武田さんのひとりこと 愛の日記

2017年06月26日 力流(りきりゅう)




あ、、、これは造語です。ありからず。。。

ようは、体のちからの流れって話です。



うちでは当たり前のように、重力に調和し、力を入れず、落ちるようにしたほうが挙がるし動けてしまいます。このような非科学的な成果は何を意味するか???体重計に乗るかのような立ち方がもっとも加重できたり力が伝わったりするのも、何を意味するか???



天文学的な答えを言いましょう。



力は、、、そのながれは、、、



末端から、



中心に向かって、



流れていくのです。



これが、、、重力動作「落ちる」を提唱している私の答えです。ブログには私の無数の見本動画を載せています。結果的に末端から中心へ向かうそのながれを、ご覧ください。ぶら下げたほうが挙がり、下がったほうが挙がり、落ちたほうが動けるし、安定さえもする。その力流(りきりゅう)は、、、そういうことだったのです。



重さは、こういう事実をも、教えてくれる。



さあ、、、ウエイトトレーニングをして、機能を改善しよう!!
ついでに、、、うまい体作りもしよう!!
こういうことを良く知るパーソナルトレーナーの私もいます。ご活用ください。




2017年06月25日 筋肥大肯定説




うちは機能重視ですが、筋肉を大きくすることに否定していません。



なぜでしょうか???



筋肉が、、、脳みそだからです。



脳みそが筋肉、、、じゃありません。これだと硬い筋肉になってしまい、そういう肥大は良いとは思えません。ですが、脱力も機能もし、そういう知恵を育まれた筋肉が成長する、キャパが増す、というのは、それだけどんどん筋もやわらかくなり、力に頼らずうまく動けるということ。



うちの場合に限っては、、、

普通に部位別トレーニングをやって、体を発達させようとしてても、動ける体になってしまうのです。全身運動やビッグ3、クリーンなどのリフティングがすべてではありません。大事なのは、、、何をやるか、ではなく、どうやるか???



うまく動いてついた筋肉なら、、、賢い筋肉。
それが増えるのは、、、大歓迎なのです。





2017年06月24日 ホンモノの時代




別に俺は、予言者ではありません。でも、過去の積み重ねが今であり、今の積み重ねが未来であるわけですよね。コーヒーでいえばスターバックスのようなホンモノ志向。値下げとかしないし、どこか王道ですもんね。ディズニーとかもそう。共通してるのは、「人が作っているんだ」というスピリッツでしょうか???マニュアルはたしかにあるだろうが、それ以上の人としてのもてなす気持ち。それがさならるサービスや品質の向上へつながっていくんだと思う。

安易な値下げや一過性の流行追うトレンド志向が悪いとはいわない。でも、続かないのはどうしてでしょうか???気づいたとき、残っていたのは、案外、バブルの話にも似ているが、、、、、、

うちは、古典的なバーベル運動中心。マシンはほぼ使わないし、トレンドのコンディショニングメニューなどない。バーベル運動も、すっごく基本的でオーソドックス。それで、あそこまで結果を出すのです。正しくやれば、自然に忠実であれば、強化がコンディショニングになり、元気の元(素)になります。

変わったやり方を知るものがプロじゃなく、
オーソドックスなのに違いがある。それを引き出せるのがプロ。

苦言をいえば、「マンネリ化をしたくないから変わったものを」というその心がすでに、「結果」ではなく「やったことが目的」になってる。だから結果が出ないんだ、ということ。オーソドックスなのに、同じなのに、お笑いでいう「待ってました〜!!」っていうおなじみのギャグのような。。。ま、(方向性を変えずして)強度や種目の変化などたまに変化はつけますけどね。。。

あのスポーツクラブが閉店。このクラブも。。。みたいな話を最近良く聞くので、こういうことを議題にしてみた。





2017年06月22日 動作と挙上の機能性




あからさまに、動かそう!動かそう!って目に見えて動かすのではなく、




主観では、ほとんど動いてないぐらいの感じ。




これが、動きの機能性です。




静は動であり、動は静であるのです。




赤ちゃんを抱っこするとき、、、
どうやって抱っこしますか???
やさしく抱っこしますよね。。。



これも、、、心も含めた動きの機能性。



事務的な方法論に走ってしまうより、



激しさを求めるんじゃなく、



穏やかなところに、、、



答えがあるんだと思います。






2017年06月22日 元気の源は、、、それが、好きだから!!




ジムにあるマシンには説明書きがしてある。どういうふうに動かすか。どの筋肉が使われ鍛えられるか。どうしてそれが描かれてあるか、俺なりの返答をしよう。



指導者が楽をするためじゃないんだな!!



むしろ、お客さんにもっと良い質問をしてもらうためにあるんだな!!



ああいう説明書きは、人に興味を示すためです。指導者は、その説明書きにないものを、教えるものなんです。だから、指導者はいつもトレーニングしてるし、それに対するやらされ感がないんです。そういう「好きだ」という気持ちが、元気となって、人から「ああいうふうになりたい」って思われる肉体や人物像になっていくんだと思う。



普通じゃだめで、、、



どうしてそこまでできるの!!



という体や強さや知性、そして温かさ。
本に載ってることを教えるだけなら、指導者なんて要らんよね。例えていうならば、テレビの情報よりも、主治医です。でもそれだけじゃない。好きで好きで、やめられないから、それが自然な向上心になっていき、暗記じゃない、その情報や知識もどこか「エンタ−テイン」がある。



指導者は、、、インストラクションする生き物です。



そうそう、、俺は、機能重視で普通の体に見えて重いものを楽に挙げる。でも、、、袖をまくったら筋肉もやばいことになっています。ようは、、、ちゃんと、出来上がっています。体も。。。だから少しは、、、筋肉が見える服装(ノースリーブとか)にしようかな???って検討中のような決定。。。





2017年06月22日 意識の高い判断力




トレーニングで重りに逆らって挙げるように気張っておきながら、その後、マットとかでややこしそうなコンディショニングとかしてる。気張って挙げる調和のない運動の追い込み度合い。コンディショニングの複雑化。どういうコンディションがお薦め???



きれいに動くスクワットとか、じゃないかしら。。。



そのコンディションの時間と労力って、、、
だったらどうして、トレーニングを見直さないの???

って言ってもこれは波動の高い話。トレーニング動作をいじめるものにしなければ、効果がない???という迷信。でも効果って目的って???いじめることかい???それが目的かい???っていう話。

って言ってもせいぜい、頭ではわかるけど。。。で終わる話。じゃあ、、、体で解りませんか???うちは、変なコンディショニングプログラムは一切しない。ま、歩行動作とかエクササイズはやっても、それはあくまで「動作の協調だけ」。ウエイトはもっとも強力な「協調エクササイズ」。それができてしまう高い次元になれば、、、周囲が低い次元に映るし、かといって「なかなかわかってもらえないだろうな」とムリに教えたりもしなくなっていくもの。

気づくかきづかないか、その第一歩として、俺は、こういう日記を描いている。身体じゅうでわからないと。。。そのきっかけとアシストを現場で指導しています。









2017年06月22日 はどー




うちは、ウエイトトレーニングをやったあとのほうが、身体が軽く感じ、やわらかくなって、動きやすくなるんだけど、やってる動作もそういう自然体でやわらかい動作になっちゃうんだけど、、、



それだけじゃない、っていうか、



心まで軽くなってるっていうか。。。



動いた溌剌さ、動いた追い込んだすがすがしさとはまた違った、
ぽかぽか温かい気分っていうか。。。
ほっこりするっていうか。。。
気分が良くなる。。。



闘うようにいじめるように挙げるんじゃないし、
苛め抜くことを目的にして動かすわけじゃないから。
大人のような事務的な判断から頭を解放させよう。



すかっとしたり、すーーーっておだやかに過ごすスムーズさ。
それがうちの動作であり、これこそ的確なんだよ。
まるで無邪気な子供のように。。。



体だけじゃなく、心も軽く。



波動も高まっていくんだろうね。。。





2017年06月19日 おべんきょ(前半)




というか、本を楽しく読んでるだけなんですが、、、でも読んでて共感するというか、俺、そういう分野ってぜんぜん知らなかったのに、俺のトレーニングのやり方が、ね、、、幸いにもそのおべんきょしてるおはしみたいだから、、、ね。。。

っていうか、、、おべんきょじゃないんだけど、、、

俺もね、、、自分の本とか書けたらいいなあって思ってるの。。。その参考になる分野って、、、運動にないからね。。。宇宙とか心理にこれまで走ったよ。。。最近は意識の世界。今はね、、、波動行っちゃった。。。ほんのせんせいの取った水の結晶が、、、ポジティブで愛のある言葉や意識って大事なんだな。。。共鳴って大事なんだな〜って。愛を無償で与えたときに、計算しない感謝が還ってきたとき、すごく嬉しくなるもん。。。これ、よくわかるよ。。。

それに、俺の動作論って、重力との共鳴だし、重りさんとの共鳴だから。。。だから、うまくいくんだってわかった気がしたしね。。。これも、はじめから「だめだ」「ムリだ」「でもね」から入ればアウトです。「こういう言葉」って心を蝕むし、私利私欲に走って闘ってまで奪い取るような動きだと、負担も悲鳴も大きいし、そうやって肥大した筋肉って、体にいいんだかどうか???

おもりさんとやさしくふれあい、分かり合う心と意識、その動作。過負荷である重りさんは、自分(重り)がなくなっても、その知恵を体に覚えこませてくれます。心がポジティブなら、動きもスムーズでケガもしないんだよ。凝らないんだよ、きっと。。。




2017年06月19日 おべんきょ(後半)




かといっこっちも、強制してるんじゃないよ。でも少しでも力んだ今に疑問を感じて、こちらに来てくれた人には愛を持って接したいの。それで喜ぶか喜ばないかは、その人次第だから。でも、どの人にも持つ宇宙だと思うから。。。だから、わかってもらうまで基本、(相手が諦めない限り)私のほうからは絶対、諦めないんだよね。。。

そういうスタンスも含め、、、小さなできたを褒めたりするのも、自然と、俺、波動を使えてたのかな???だったらもっと、、、意識してみようかな???

大丈夫。
絶対、うまくいく。

この気持ちは、ね、やる人と私との二人分の合力だから、強いと思うよ。。。なんてことも、おべんきょした。。。「どういうときに人は嬉しいのか」だから俺、この仕事やってるんだ。私利私欲でやってるんじゃなかったよね。。。その時間が楽しいんだよね。。。しかも結果が出たりして喜んでもらえた瞬間が嬉しいんだよね。。。計算じゃないから。。。

「愛・感謝」





2017年06月17日 「感じること」と「反応すること」




俺、思うのね。。。



「感じること=反応すること」とは限らないってね。。。



これをウエイトトレーニングで言うならば、こう。身体が受けた重さを感じるじゃない。。。でも、それでいいのに、そこで終われば良いのに、過剰反応してしまったらさ、、、そうそう、、、力んだ動きができちゃうよね。一見パワフルで、やりきった充実感、支配欲で制覇した充実感はあるよ。でもこれって、、、子供の喧嘩をムキになって親が反応するのと、変わりあるでしょうか???あるいは、重さを苦だと反応し、過剰に守っちゃったり、過剰に拒否してしまったり、、、でも結局これって、、、「双方の心の距離」近づくだけ近づいてしまって、抱き合ったぐらいの感じじゃない???



俺、思うの。。。



正しく感じられれば、過剰反応はしないって。



それがいわゆる「自分を肯定する気持ち」「自分を信頼する気持ち」「自分の価値」「高い精神レベル」だったりしないかな???温かく受け止めてあげればいいんです。重りが動作速度や動作のカタチまで作ってくれるぐらいなんですから。

でも、無反応で何も感じないんじゃないよ。これだと堅物で本末転倒。機械的にマニュアルどおり、痛みも何も感じない。怖いよね。。。反応しない、というにもふたとおりあるんだよね。。。きっと。。。動揺しない気持ちは、感じないことにあるんじゃなく、感じることにあるんだ!!





2017年06月16日 良いべべは着なくて良い




関西弁になりましたが、、、



ええかっこせんでもいい。よそ行きはしなくていい。



これは、、、運動やトレーニングにおける話。



よそ行きの態度だけじゃなく、
よそ行きの知識、



それだけじゃない。



よそ行きの体の使い方
よそ行きの動作

だけはしないこと。



よそ行きしなくていいのが、パーソナルであり、
よそ行きしない行動に、本質があるのです。



ま、、、服装は、、、自由ですよ。。。
やる気が出ると言う人は、ええべべ着てくださいね。
これは、やる気を出したい本心である、というよそ行きしない気持ちだからね。。。





2017年06月15日 基本の前にあるもの




たとえばバーベル運動で言えば、挙げる際はバーの軌道は真上が基本。そういわれれば、逆らいようがないでしょう。しかし、その真上に行くためには、真上を意識しなければいけないのでしょうか???教科書のようにマニュアルのように崇拝しなければいけないのでしょうか???

私がどうして、運動以外の部分、心の部分を強調するのか???

それは、、、真上にいく基本は、真下に行くことにあるからです。

真下にいけなければ、真上にはきません。
でも、真下にいくだけで、どうして挙がってくるの???
しかも真上に???

だから、心や精神の部分、運動以外の部分なんです。

2ℓの水とかが入った重い買い物袋をたとえば台に置きたい。持ち上げたい際、普通は力を入れなければいけない、と思うでしょう???でも、ぶら下げるようにしたままなら、案外すっと、ぶら下がったまま挙がってくれるんですよ。。。しかも真上に。。。

ウエイトでも、挙げる動きの基本は、戻す動きにある、とも言われます。でもその真髄は、、、こういうことにもあるはずです。力や指令で軌道の方向を決めるのではなく、鉛直の重さを受け容れること、信じる心、このふたつが、動作を実現させます。

カタチの前に大事なこと。

うちのパーソナルが感覚的なのも、理由がわかったでしょうか???

そうそう、転がる感じと歩く動きを表現したが、これも実質は、転がるような足運びじゃなく、真下に落ちるだけで自然と転がるようになるだけのことで、比重だけは前比重のままでバランスを取る。倒れたところに自然と落ちる。そういう自然な感じでいいと思う。人の関節は直線に動こうとしても自然と円運動しますから。と余談。。。





2017年06月14日 無垢・前編



ほんとうにこれまでの指導者人生、いっぱい嬉しいことがあった。それ自体が好きでやってることなので、それ自体も楽しく、ともに歩んでいくその過程だったり、質問に応えたりすることも楽しく、嬉しく、充実するわけであるが、それも含め、お金に換算できないほどの喜びも味わってきました。今日はこのことを少し触れてみよう。

かつて、ジュニアのテニス選手を見てたとき。その子は全日本クラスの子でしたが、一度私が特別レッスンをするためにテニススクールに足を運んだ際、その子のお母さんに会いました。挨拶もさながら、その後こうおっしゃってくださって。。。

「今までしゃべらなかった息子が、急に明るくなって、『今日、武田さんからこんなこと習ってん!』とかほんとうに嬉しそうに話すようになって・・・・・・」

その子は運動の成果も理解も良く、トレーニングも毎回楽しそうで、(ま、俺が楽しそうなんだけど・・・)家の物置やらに武田さんに習った運動をできる特設スペースまで作ったって嬉しそうに俺に話しかけた子でした。全日本上位の選手にして。。。

でも今思えば、ほんとうにこの仕事やってて良かったなって思えた瞬間だったよ。。。ある意味人の人生(観)まで変えたわけだから。。。成果が出た声も嬉しいけど、こういうことって、ほんとうに指導者冥利に尽きる瞬間でしたね。。。




2017年06月14日 無垢・後編



使命感っていうか、以前はこの気持ちが硬さになるんじゃないか、って思った時期もあった。でも思います。人にはそれぞれに「使命感」があって、それは「自分を幸せにする」「幸せになった自分を影響に、他人も幸せにする」。自分は少なくとも、この仕事に「温かい使命感」を改めてかみ締めています。

他にも、指導料金以外で温かい気持ちを受け取り、ありがたかったし嬉しかった。5kgの高価なお米だったり、カタログギフト、サプリメント、神戸の方からは、指導料金に私がかかる交通費まで追加してお支払いされる方もいました。報いのために働いてるわけじゃないから、好きでやってて、こういう恩恵をいただけたことに、今、改めて感謝の気持ちに浸っています。

いろんなものを頂いただけじゃなく、もちろん成果においてもほんとうにその方が感謝いっぱいで嬉しさいっぱいで報告してくださるその瞬間時間。。。何年やっててもこの時間が、自分がおいしいチョコのようにとろけてしまうような満足感に浸ります。繰り返すが、報いや計算でやってるんじゃなく、「今、その時間を、一生懸命集中し楽しむ」その結果だから、嬉しい気持ちになります。

今、思えば、最初はまったくできなくって、この先どうなるんだろう、、、って思えた方でも、続ければ変わっていけるんです。正直、センスとか、どうでもいい。受ける側だと気にされるだろうこと、気にしないことね!!それ、取り越し苦労っていいますからね!!そういうのもわかるんです。センスじゃない。今、できなくってもいい。ただ、気持ちを持って接していけば、大丈夫なんだ、って強く思えるんです。

お金じゃない部分。それ固有の成果だけじゃない部分。

でもそういう豊かな気持ちがあるから、結果が伴っていくるものではないだろうか。そう振り返ります。感謝の気持ちをもってすれば、不可能だと思うようなことでも、扉を開けることができるのではないか???だからこれからも、温かく接する指導者でいたい。




2017年06月13日 【続】動きの極意(あるがままが、最強)




昨日はガトリンやクレメンスの例を掲げたが、

要約すれば、



あるがままを受け容れることで、なぜか不思議とうまくいく。
あるまががを受け容れたほうが、なぜか不思議とうまくいく。



ということではないでしょうか???歩行でも、転がるぐらいのほうが自然でしょう。立ったままのバランスじゃなく、倒すことで推進が生まれ、その動バランスでバランスを取るだけ。静止はある意味、四方八方への揺れや転がりが釣り合った意味です。固定されたものじゃないんです。

だから、あるがままでいいのではないでしょうか???

重りを扱うこともそう。あるがままの重さを受け容れることで、なぜか不思議と、挙がってしまうのですから。体重計に乗る感じ、というか、バーベルを担いでスクワットをやれば、あるがままだと、体重計に乗るような感じになりますから。でも、踏んだり蹴ったりあるがままじゃないから、かえって負担や抵抗が大きくなるのです。それをまた打ち勝とうとするものなら、もっと抵抗をかけてくるでしょう。まさに、あるがままが叶う(マイナスの意味で)

でもどうせなら、プラスの意味であるがままが実現して欲しいもの。

あるがままで、不思議と。。。

人の思考で力任せでどうこうするよりも、
見えない力を信じるプラス思考が大事ではないでしょうか???
あるがままだから、守られるように、うまくいく。
トレーニングで鍛えるべきことは、筋肉の発達や筋力の強さ以上に、
こういうプラス思考を実感し、癖づけすることじゃないでしょうか???





2017年06月12日 動きの極意




まあ、極意っていうだけで、深い文章や分析を期待してしまう人もいるかもしれないが、真の極意は、擬態語にあります。



ロジャー・クレメンス(MLBの大エース)が言う投球の極意は、
「坂道を駆け下りるように」

ジャスティン・ガトリン(100mアテネ金・ボルトの好敵手)が言うスタートのコツは
「転がるように」



日本人だとついつい説明が多くなって複雑になっていき、「あそこがああなって、このままではいけないからここでこうしてああして・・・」みたいになってしまいます。そこが違うんでしょうね。



そう、、、じゃあ私が言う動きの極意。。。スクワットはとくにそうで、立ち方まですべて、私はこう単純に言うことがあります。

「体重計に乗るように」

そうです。そこに答えがあります。そういうふうになれたときに、負担のなさだけじゃなく動きの効率までもがわかります。ジャンプだってそう。スクワットはおろか、その他の運動もそう。うちのクライアントさんは、ゴルフでもそうだと言っていました。



「体重計に乗るような」



そこに分析や理由が詰まっています。しかも重りを扱ったほうが、このことがわかりやすい。それが“メイドイン武田さん”の「落ちる」という動作です。






2017年06月12日 魔法




トレーニングは、体をいじめるもの。
どうやっていじめるか。
苛め抜いたことで、満たされる。

うちはこういうことから脱却した、魔法のような内容。
そもそも、苛め抜くような動きだと、動きが間違ってる。そういう解釈をします。
ほんとうは、、、力を入れないほうが、機能します。

力を入れないことで、人の感受性が磨かれ、理想の動きへ導かれるのです。
漫画でいう「ぷるぷる、と小さな波線」あるでしょう???あれがないのが究極。
でも、サボってるんじゃなく、むしろ的確で、機能的。

負荷がかかっても苛め抜かないで挙がってしまう。

そういう知恵は、地球上の知恵でもあります。
身体が喜ぶような刺激であり、身体が喜ぶような記憶となり、体となるのです。
追い込むことや我慢すること、闘うことじゃなく、
仲良くすること。

実感すれば、思考をぶっ飛ばして、感情レベルで受け容れられると思います。
負荷が与えられる以上、それを扱う以上、体も発達します。人間的に。。。
ただの肉体改造ではなく、機能性も兼ね備えた肉体改造。
いいえ、、、人の意識のレベル向上まで兼ね備えた肉体改造。





2017年06月11日 体作りもできます




うちは、機能改善重視のワークアウトですが、だからといって、身体がまったく作られないはずがありません!!むしろ、的確に刺激が行き届いたり、的確に機能して連動したりすることで、バランスの取れた体型になっていくことでしょう。

アスリート体型というか、

まっすぐ整う感じ。

非人間的な筋肥大じゃなく、それなりにやってるよ、って感じにね。。。

もちろん、、、コリがなくなったりケガもしなくなったり、動けちゃったりもします。





2017年06月08日 掃き清める




じつは今、お部屋のお掃除に、ほうきとちりとりを使っています。掃除機はほうきとちりとりで取りきれなかったときに最終手段として。で、その「ほうき」と「ちりとり」。使ってみて、感じたのが、、、気分がどんどん良くなる。掃き清められるっていうか、「掃く」ということに意味があるのかな???って。。。あ、別にあやしい宗教にはまったわけじゃないからね。

影響を受けたのは、うちのマンションの管理人かな。マンションだけじゃなく、近所までほうきととりとりでお掃除してる。それが嫌そうじゃなく、どこかいいものを見てるように感じる。その姿に、どこかこう、身を清められてるような雰囲気を感じりもした。あとは廣瀬裕子さんのエッセイ。管理人を見たときに、廣瀬裕子さんのエッセイとつながった感じがして。。。

掃除は掃除機を使うと面倒だったりおおがかりなように感じたりする。でもほうきととりとりなら、6畳ひとまのうちのマンションの部屋なら1分あればできる。しかも、どこか掃くことで、流れていき、浄化される感じがする、というか。。。これなら毎日でもできる。しかも気分が良くなる。。。

さ、今朝も簡単に掃き掃除。
もちろん、窓やドアを開けて、空気を入れ替え。
これで一日が始まる。

今日も、いい一日だ。





2017年06月06日 簡易説明会・・・なんちゃって。。。




うちは、ね、がちがちのバーベルトレーニングしかなしないんです。トレンドとかそういうのじゃなく、王道っていうか、リアルなバーベル運動しかしないんです。しかもぜんぶ、、、オーソドックスで、普通のことしかしないんです。逃げ場のないバーベル運動なんです。

ところが、、、動作と心構えがぜんぜん違うんです。「ぐぐぐぐぐ・・・・っ」って力んで頑張って挙げるんじゃなく、力をいれず、ほっこりしたまま挙がってしまう動作なんです。表情もおだやか。でもバーべル。そのバーベルまでもがやわらかく映ってしまうぐらいに。。。

終わったあと、ものすごく軽くなり、やわらかくなる。でも動きだってオーソドックスで難しくない。むしろ、単純化を促しているぐらい。それで、変わっていくんです。動けるようになっていくんです。ケガがなくなるんです。コリが消えるんです。週1回しかやってなくても、ほかに運動やトリートメントなどしなくっても。。。

コツですか???

・闘わないこと・仲良くすること・力まないこと・やさしくなること
・自分を持つこと・信じること

でしょうか???後者だけでうまくいく人は、きっと素質の高い人。でも多くが、力んでいます。その力みを取ってやれば、後者がスムーズになり、うまくいきます。とくに前者は、どこまで向上したらいいって言うんじゃなく、どこまでも向上するから。。。



だいたい、こんな感じでしょうかね。。。





2017年06月02日 精神レベルとプラスのパワー(前編)





意識に関する書籍を、数週前から読んで、実践もしています。意識といっても、体への意識を課して「ある部位に指令を送る」とかそういう類ではありません。うちの世界観(とあえて言わせてもらいますが:笑)では「(指令という意味の)意識」ではなく「自動化」や「自然体」を重んじています。そういう意識ではなく、目に見えない力の存在があって、人の意識やその状態が、現実を引き起こす、という、こういう世界ってずいぶん前から認知されてるんですね。有名なのが「水」と「言霊」の話。ご存知でしょうか???

さて、話を進めます。じつはその本に書かれてあることをある程度実践していった結果、本にも書かれてありましたが、不思議なことが起こるようになりました。たとえば、スーパーやカフェなど、レジの対応や接客が、なぜか丁寧に接してくれたり、この人苦手だな、という人は、自分から避けたわけじゃないのに、不思議と交わせていたり、私が驚いたのは、特に食に気を遣ったわけじゃないのに、血管年齢が約10歳若返っていたこと。

まだまだ意識レベルというか精神レベルは初級者です。でもこういうのって、上限がないらしく、本の執筆者なんてすごいことを引き寄せていたりします。その意識のことを振り返っていったときに、ひとつ、見えたことがありました。



それは、、、





2017年06月02日 精神レベルとプラスのパワー(中篇)




自分のトレーニングも、それに近い現象で成り立っていたのではないか???



うちは、重りに対して、闘って挙げるのではないんです。むしろ「友好的」「おだやか」そういう対話で動かすのです。なのに、力を入れてるよりもすっと、すごく簡単そうに、すごく負担もなく、挙がったり挙がりやすくなってたりします。そればかりか、特別なコンディショニングをしないのに、身体じゅうが軽くなり、機能まで整い、コリもなくなり、ケガもしない体になっていきます。

それだけじゃないんです。

スポーツ動作にも、考えなくてもつながっていくのです。競技の練習時点で、とくに動きを意識したわけじゃないのに、かゆところに手が届くように動かせた、という声が多く。ましてや競技者でなくとも、歩行など日常動作が改善され、歩行動作の学習とか何もしないのに、ですよ。趣味でやるエアロビクスもそうでした。すごく動けたり、以前は痛めがちだったコンビネーションの動きで、まったく痛めなくなったり、楽に動けたり、疲れがなかったり、、、ほか、ランナーも顕著でした。





2017年06月02日 精神レベルとプラスのパワー(後編)




私は、すべての専門スポーツを知るわけではありません。しかし、闘わない徳のある、というか、著者の言葉を借りるなら、プラスのパワーというものを高めていたのでしょう。私のおだやかなウエイトトレーニングで。それだけではありません。動きの知恵まで実現したのです。自由に、好きなように動かして、それでできてしまう。逆に、動きを作ったり、体に意識を持たせないほうが良い。これは、著者の言葉を借りるとすれば、不安というマイナス思考がプラスのパワーを下げた。

近年の情報社会をどうこう言うわけではありません。意識の世界のような素敵な情報もありますので、全否定はできません。ですが、知識が昔よりも増えていき、頭で分析できるようになったことで、逆に「意識」という面がどうなのか???見える情報が多くなりましたが、見えない領域というか、振動のこと、共鳴のこと、色々ありますが、そういう豊かなものを取り入れる時代は、とっくに始まっていて、私も元々は「力んだトレーニングに疑問を感じて」、いきなりのひらめきから、今の脱力・自然体・温かいトレーニングになっていきました。もっともこういう出会いも、見えない力の誘導で、そうなったのかもしれませんが。今、どうして自分のトレーニングにそういう奇跡のようなことが起きるのか、説明がうまくなったような気がします。それだけじゃなく、運動以外でも、そういうことを取り入れ、豊かになりたいと思います。トレーナーは、運動を通じて人に幸せを与える仕事だと思っています。ですが自分のことをまず幸せにさせてあげられないと、説得力もありません。ブログを書き綴ったのも、動画を載せたのも、そういう気持ちの表れでした。



ほんとうに、、、まだまだ、、、もっともっと、、、成長できるんだな〜と現在進行形である自分が幸せに思えます。私のとおりにやりなさい、というのもマイナスだと思います。指導空間は、ディズニーランドのような「無垢なおもてなし劇場」でありたいです。





2017年05月30日 したい。だから、する。




結果的に見れば、人のためになってることでも、
その元は、その動機は、いたって単純で、
自分が、そうしたかったから。

自分の心を喜ばせることを、シンプルに考え、行動する。

素直に、感じる。

単純になる。



人の豊かさって、こういうところにあるんだな〜って。





2017年05月29日 人のため、と思える瞬間




「あ、自分は、こんなにも、守られてるんだ」



みたいにふと自分を立ち返れた瞬間、とても豊かな心境になっていきますね。すると今度は、、、「自分がされたように、人にしてあげたい」って思えるんでしょうね。自分が満たされてることに気づくことで。。。

余談ですが、私も褒める指導法だったり、少しでもうまくできたらすぐに「いいですね〜」という言葉が出てきてしまうのも、自分にそういう過去があったからです。くわしくは、ブログのこの記事http://turbo77.blog66.fc2.com/blog-entry-1004.htmlを参照に。

自分を大事にすることは大切なんですよ。でも、自分が満たされてることに気づくことで、どこか豊かで温かい心になっていく気がする。すると、その後の行動が、決まってくるというか。。。自分を守ることばかりに気を取られてると、そこに気づけないの。。。むしろ足りない部分ばかりを見てしまうかもしれないね。。。



今、いてるお客様。これまで受けてくださったお客様。自分がこれまで築いてきた努力。それをさせてくれた環境。それだけじゃなく、さまざまな愛情を含め、もっといろんなものに見守られて、運良く、仕事ができている。



今度は、自分が、自分のやれる範囲で、誰かの支えになりたい。。。

俺のトレーニングに関する持論は、、、人のためのものだったんだ。。。





2017年05月28日 色眼鏡




同じ起きた事実でも、同じ現象でも、それを視た本人の見え方で、感じ方もがらりと変わる。ホント、不思議です。意識がポジティブだと、感謝の気持ちが先に来るのでしょうか???決してムリしてるわけじゃないのに、気分が良くなり、ありがたく思えたり、愛を感じたりするんです。その反対もしかり。

カラーレンズをつけて物事をみてるんだな、とつくづく考えさせられたし、レンズの色を変えるトレーニングかもね。。。って思った。うちのトレーニングは。。。



ま、すぐに変えられるわけじゃないから、徐々に、徐々に、だから継続って大事だし、トレー二ング時間だけがトレーニングじゃないんだね。。。食事でもそれを味わう五感や感情がどうあるか、なんでもない日常から、大きなヒントが得られる。そういうことにも気づく。栄養補給のためだけに食べるんじゃなく、豊かさ充填のために食べてる。強化も一緒かな???

そうして色眼鏡の色が変わっていくことで、その継続で日々過ごすことで、あ、もうそれ、叶ってたわ。。。なんて感じに、ね。。。執着もなく、プロセスを楽しむ。大事ですね、こういうの。。。





2017年05月26日 ほくちゃん




子供のころ、まだ僕という漢字を習う前、ひらがなで書いてた頃、よく俺は、何度も何度も注意されたり、赤ペンで濁点を添削されても、それでも、それでも、やっぱり、、、「ほく」って描いてしまう子でした。もちろん、故意じゃないんだよ。すっごくまじめに、、、抜けてしまうの。。。笑。



ロボットは、おとながつくる
おとなは、うごきをかんがえる
でもほくは、ロボットじゃないんだよ



かつてブログのトップページに載せてた自分の名言(?)です。また復活させようかな???うちのトレーニングがいいのは、リラックスというのが「実感」できる点だろうね。そもそもが緊張しっぱなしで、これだとすぐに「人と戦っちゃう」「何かと闘っちゃう」それで闘うものがなくなると、すぐに不安になって「また闘いを求めちゃう」

リラックスが実感できてくると、それがなくなるの。。。っていうか、闘うことを目的にするんじゃなく、目的をかなえようとするから。自分を実感できるっていうか、そのリラックス感が、自分を実感させ、自分ビジョンで感じられ、人に左右されない自分になっていくから、、、

ほくちゃん、、、みたいな無邪気な心を持ちつつも、賢者のようなしっかりした意志も持つの。

お客さんも、感じたこと思ったことを、素直に話される方が多いね。

でも不思議だけど、、、カフェで受ける接客とかで、慣れた店員からそうじゃない店員まで、どう考えても俺のほうが年上のはずなのに、まるで俺のこと、子供を見るかのような感じで、首を少し傾け笑顔で迎えてくれることが多いのね。。。カフェに限らず、、、ですけど。。。





2017年05月25日 意識を変えよ!!




いじめることに目的があるんじゃなく、
たくさんの重量を挙げることに目的があるんじゃなく、
変わることに目的があるんです!!



体の使い方ないがしろで、強化が目的となっていませんか???



そもそも動きのメカニズムを力任せや強制手段化してませんか???



ヒンズー教みたいな言い回しになりますが、、、

意識が変われば、感じ方が変わります。
感じ方が変われば、考え方が変わります。
考え方が変われば、行動が変わります。
行動が変われば、身体と人生観が変わります。



素直な心と純粋な気持ち。



それが、いちばんの才能で、



動きのコツは、、、



今、感じること。
自分を持つこと。



このふたつしかありません。それがウエイトトレーニングで気づくのです。出会えるのです。ゴリ押しの筋力やパワーを高めることじゃなく、ごり押ししない信頼で動きが叶う。もっともっと、見えない何かを知るべきです。我慢や指示待ちじゃなく、楽しんで感じること。素直に認めること。



あなたも、、、大丈夫!!





2017年05月23日 「徳」のある行為







いいことをすること。

だいたいそう定義づけられます。それには異論の余地はないのですが、個人的な見解としては、「自分の心をすっきりさせたり、気分を良くさせたりするために行動すること」じゃないかな???って。

「あっちを立てればこっちが立たず」みたいな例もあります。自分のために自分を喜ばすためにそれができてるかどうか。我慢したり何かの方法論でそうしたりすると、それをされた側も気分がよろしくないのです。そういうのは心のトランシーバーで感じ取れるような気がするんです。自分のために、自分を解放するためにした親切なら、お礼はいらないぐらいです。お礼をもらうための行為じゃ、(損得はあっても)徳はないし、かえってお互いぎくしゃくします。

それをして、自分の気分が良くなる。もしおせっかいだとしたら、その自分を解放させるために、ごめんっていう。どっちに転んでも、気分がいいのです。勘ぐるのをやめて、えいっ!って。難しい顔をせずに、やさしく向き合って。かといって、嫌な人にムリに向き合う必要はないと思うし、それだとその我慢が音叉のごとく響き合ってかえって。。。そう思う。自分を守るために、下手に向き合わない。ようは、自分の心を満たすこと。向き合いたい場合や、仕事でどうしても目的達成に必要なら、目的を優先していく。あの人は嫌い。でも目的は達成したい。目的は別ですから、自分のためのものですから、相手には左右されません。

でも、たいていは、いいものだと思うから、ましてや自然はいいものだから、、、自然物もいいものだから。。。鉄の塊も、悪いものじゃないから。。。そういう向き合い方が、大事なのかな???



愛のウエイトトレーニング。



話がやはり、、、こっちに傾いたようです。





2017年05月23日 徳を積むトレーニング




大げさなことではなく、これは事実です。



でもその前に、先日の内容を簡略。



「体の使い方」とは、、、という話。



ずばり、、、



体をどう使うのか、という方法論や思考じゃなく、



体で、ありのままに、ありのままを、感じること。



だから、、、

重力や浮力がこうだから、こういう作用だから、と決め付けるのではなく、
先入観を持ってこれらを感じなければ、、、でもなく、



「何を感じたか」さえもわからない。
「どんな作用か」さえも知らない。
それぐらいまっさらな状態。だからこそ、「何か」を感じ取る。自分で感じ取る。その結果論やその反応でしかありません。



指示待ち状態になって、これさえやればいい。こうさえやればいい。



そこに答えはありませんし、そういう答えは、きっと、感じずに、無用な争いばかりしています。だから、感じ方にもレベルがあるんだと思います。理論や方法論から解放され、思考から解放され、感受性が高まっていくそのレベルによって、理解の仕方も違ってくる。



でも最初は、、、



常識や先入観を捨てて、、、



あるがままに感じる!!



素直になる!!



目に見える筋力、頭でわかる筋力だけですべてがまかなわれてるのではありません。知識から脱却し、実感という知恵を大事にしましょう。個人的な話、指導では私、教えすぎた人ほどできないんです。食いつきが良く、それに私もつられてしまい、結果、頭でっかちになる、そういうケース。だから私も、、、気をつけているのです。ブログでは色々書いてますが、現場では、実感ばかりなんです。



ウエイトは、重りを扱います。



実質は、、、重りが動きを教えてくれるようなもの。



すべては、、、先入観を捨てた「感じる心」「感じる体」です。



私は、そのお手伝いをしています。



動かそう!としなくても、、、動けていくものなんです!!



その感受性には「徳」がある。そう思います。



さあ、、、一段高い自分(の意識)へ!!





2017年05月22日 体の使い方について




誤解があってはいけないのですが、



ほんとうの体の使い方とは、



敵に打ち勝つ、という低い精神レベルのことをいうのではなく、
打ち勝つための手法に明け暮れた追求にあるのではなく、



自分を持ち、自分を大事にし、自分を感じ、自然を味方にすることにあります。



ようは、、、競争じゃなく、共存にある。



それを敵にしてしまうほど、低い次元だということです。
それを友好関係にする大きさが大事です。
そのためにも、、、感受性が大事。
周囲の雑多に振り回されない強い自分も必要です。



自分が、、、ある!!



自然は宇宙の縮小版だとある書籍で知りました。そこから何を感じ、どう拾っていくのか。それには、自分以外を責めたりしても始まりません。自分を育てる以外にありません。どう育てるか???愛を持つことです。真っ先に、、、自分に対して。。。



そういう穏やかな心が、スケールの大きな寛大な心になり、感受性が増し、自分が育っていく。こういう動作感覚にしてくれるのが、、、重りであり、ウエイトトレーニングでもあるのです。



類を見ないリラックス感からスムーズな動きで心地良く。ケガもないし、やったあとのほうがやわらかく弛緩する。動きやすくなっている。温まり、エネルギーある自分になっている。そういうことが、、、当たり前に起きるもの。それが、、、うちのトレー二ングであり、誰もが持つ能力なんだ、と思います。



体の使い方とは、、、



自分に元々持っていたものであり、、、



ネガティブに闘う・逃げるのではなく、



ポジティブになることで引き出されていくというか思い出していくというか。闘う手段ではなく、友好的になる手段。それが強くある手段であり、体の使い方じゃないかな???と思う。





2017年05月20日 グリーンマン!!




ブログには動画も載せてるんですが、シャツや上着の色、何色かな???たまに白いシャツのときもあるけど、よーくご覧いただくと、、、文字だけが、その色だったりするんですね。。。大好きなんですその色が。好きってだけで片付けたくなくて、なんだかね、、、自分を受け容れてくれてる色っていうかね。。。こんな俺でも受け容れてくれる。どんな俺でも受け容れてくれる。そういう温かくて包み込んでくれる色のような気がしてるの。。。で、その色じゃない服をわざわざ買おうとは思わないから、どんどんその色の服が増えてってね。。。

それでね、、、最近以前よろも見かけるようになったの。緑色の服を着てる人。どう、、、着てみて??良い色だろ???ほらほらほら!!なんて言いません。そういえば以前、こういうことを言われた。

「緑の服着てる人みたら、武田さんみたいに見えて」

そう、、、緑の服の元祖が俺みたいになってて(笑)だから緑の服着てる人を見たら、俺の真似してるみたいに見えるんだって。。。こういうことも言われたよ。

「あの人、緑の服着てるけど、、、(あなた、真似されて気分が悪くない???)大丈夫???」



俺的にはね、緑って、自分でいいんだよって言ってくれてる色だから、そう、俺にとってね。。。だから自分を尊重してるのね。だから、人がどんな色を選ぼうが、それも人の自由なのね。。。緑を選ぶ理由も俺とは違うだろうしね。。。ましてや、おお、俺と同じ色!!って仲間意識じゃないし、俺の真似をするな、って拒否意識でもない。



でも、、、自然の思わせる色であることは間違いない。自然って、、、気づいてる???癒しの効果もあるし、壮大だから。。。だから時に、自然に触れたくなるのも、人の常かもね。。。



そうそう、、、自然物であるバーベルもそう。。。俺の動作法もそう。。。自然なものをもとめてきた結果。どこにもない動作。そうでしょう。繕うんじゃなく、剥がして引き出すのですから。でもそれが、、、心地いい。続けられる。いつまでも楽しい。マンネリ化したとしても楽しい。



自然不足を、、、ときに、、、解消しましょう。。。



服の色は、自由ですからね。。。





2017年05月19日 癒しになる




うちのトレーニングは、どっちかというと、苛め抜くとか踏ん張る気張るがない感じで、心に寄り添いながら、癒しながら、やっていく感じ。だから、うちは、継続率が高い。継続される方はほぼ全員、変わってきてる。個人的に思うのは、みなさんそもそもが、自分をいじめすぎじゃないの???ってこと。できないことを責め立てたり、我慢を課してまで追い込んだり、したいと思ってやるも、これでいいのだろうかと迷ったり。。。

トレーニングの目的は、人をポジティブにさせることです。しなければいけない、という頑張りにあるのではなく、したくなってきて、楽しくなってきて、という子供のような好奇心。心に寄り添わす、情報に流され、あの選手がやってるから、とか。でもほんとうに大事なのは、自分の意志です。その意志は、感情から生まれます。思考で「ねばならない」からでは意志は育ちません。犠牲になる頑張りしかできないでしょう。それで結果が出ても、問題が起きたときに、解決策がありません。感情をごまかしてるから。感情を出すことを拒否してるから。

運動自体はそもそも課されるものではありません。自分の心に正直になってやるものです。心地いい選択ができたとき、心地良い動作に出会い、心地いいトレーニングになって、心地いい体やコンディションになっていくのです。その心地いい選択を、一緒にやっておるのです。それが、パーソナルトレーニングです。

私の動作は、、、一緒になって引き出す動作です。

あなたが心地良いと感じた、シンプルでやりやすく楽しい動作や強化。そういう動作は、癒しにもなってるし、動作の質がどんどん「くろうと」になっていくんですよ!!日進月歩、くろうとになっていく。くろうとの所作になっていく。くろうとな運動効果に出会う。



難しいことじゃなく、癒しです。そこがはじまりです。





2017年05月19日 摩訶不思議




鍛えた後なのに、おそろしく身体が軽くなってしまってて(体重が変わるわけじゃなく)、からだじゅうがすこすこ動かしやすくなってる。そんなウエイトトレーニング。あったらやってみたい???あるんですって!!



鍛えるその運動、重りという負荷がかかったその運動が、きつくなく、逆に力をいれずに、痛みや苦痛を伴わずに挙がっていく。すーーーと。あるいはぴゅーーーっと。苛め抜くエムの感じに引かれるマニアなパンプ派にはわからないだろう。こっちは、ある程度重いはずなのに、、、あれれ???不思議な感覚で動いていくそういう快感。。。重さを実感することそれ自体が心地よく、重さを動かすのも、動かそう!じゃなく、不思議な感覚で挙がっていく。そりゃ、体も賢くなりますよ。頭で理屈で思考で考え出した机上のものとは一線を引いたもの。



いじめればいい、のではありません。



カタチさえ真似ればいいいのでもありません。



今の情報社会だからこそ、、、必要なこと。



感じること!!



重力を受けたのに、受け容れて認めたのに、
認めたほうが、動けてしまう!!
しかも軽くなる。



そう、、、誤った動きだと、重りを扱ったあとは、身体が硬くなってがっちがちです。「過負荷がなくなれば軽くなるんじゃないの???」そうです・・・的確な動きならね。。。。的確か不的確か、すぐにわかりますから。。。





2017年05月15日 成功への3か条




武田パーソナル。

いざトライしようにも、

・自分にできるのだろうか???
・とてもムリじゃないだろうか???
・ついていけるだろうか???

と、思考が邪魔してしまう。たしかに「あなたも持っている」といっても、信じられない。おそらくは、未来への不安だったり、過去の否定からくるのかもしれませんが、うまくいくための3つの重要点をここに掲げます。







ひとつ「できなくて当たり前、と思ってください」






ひとつ「少しでも変わったら、大いに褒めてあげてください」






ひとつ「継続してください」






詳しくはひとつ下の記事(解説記事)へ。






2017年05月15日 成功への3か条(解説)





そもそも、すでにできているのなら、うちのトレーニングは必要ないぐらい、あなたはすでに「完成している」のですからね。そうでないのであれば、できなくて当たり前。真新しい感覚や斬新な内容だとは思います。ですが、過去の自分、ようは自分の心に寄り添ってあげて欲しいのです。できるできる、と我慢してポジティブにならず、今は、これで、いいんだよ。できないことを、認めてあげる。過去の自分と今の自分を、認めてあげる。どんな自分でも、愛してあげる。今までは、「だからダメなんだ」と責めていませんでしたか???これからは、「そうなんだ」「そうだったんだ」「そうかそうか」と自分に寄り添い、認めてあげて欲しいのです。

すると、寄り添ってあげた瞬間、自然とポジティブ感が芽生えます。自分を育ててあげたい、育て甲斐があるって思えたら、それでじゅうぶん。できないものなんです。急には変わらないものなんです。だからこそ、覚悟も生まれます。やれる範囲でやろう!!と。

そうやって段階を経て、少しでもできてきたら、少しも変化したのなら、大いにその実感を味わい、楽しみましょう。できるできる、と思って始めるよりも、案外早く、こういう瞬間が訪れるでしょう。小さな「できた」を増やしていくのです。実感を増やしていくのです。楽しさを増やしていくのです。

繰り返しますが、、、「できなくて当たり前」なんです。だからこそ、、、少しの変化が嬉しいのです。その嬉しさが、また次の嬉しさを運んでいくのです。小さな成功が、次の成功、また次の成功、、、と成功癖が身につき、いつしか(気づかないうちに)時間が経てば、大きな成功となって“しまっている”ことでしょう。

継続というか、プロセスが大事なんです。

プロセスを楽しめるか。

だから、、、「できなくて当たり前」から始めること。

肩肘張らないこと。自分を責めず、認めてあげ、愛してあげること。

すると、覚悟が芽生え、ポジティブになります。

そして自分への肯定が、次の肯定を、運んでくれるのです。



過去の自分を責めたり、未来の不安を先読みするのではなく、「今」「その実感」を味わい、楽しむことです。それが未来を作りますからね。だからこそ、「できなくて当たり前」と過去の自分をいたわり、小さな「できた実感」「その貯金」が自分を育て、未来を築きますからね。





2017年05月12日 しなければいけないこと




うちのトレーニングにおいては、可能な限り、その「しなければいけないこと」を省くようにしています。その代わり、「したいこと」「やってみたいこと」にアクセスします。そうしなければいけない、と課すスタンスではありません。感じてみて、心地いい選択をするだけです。

頑張らせる選択をしないのです。

頑張るというのは、一時的にはいいでしょうが、いつまでも続くわけではありません。それよりも「持続的に」「自然と」できてしまうぐらいの快適なものを選択します。あの意識・この意識というか、言い換えればあの課題・この課題。そうではなく、意識そのものを見直します。

意識をポジティブにするのです。

ネガティブになって、しなければいけない、耐えなければいけない、闘わねばならない、という葛藤をトレーニングだと誤解されますが、これだと、自分の感じ方がお留守になっています。感じ方が悪いので、判断も間違います。心地よくない選択をして、犠牲を課し、その見返りを期待する。結果はでるでしょうが、いつまでもできることではありません。下手すればそのムリが、我慢が、感じないせいで、気づくのが遅れます。

感じた情報こそ、一番の情報です。

心地いい選択をしていくことが、もっとも良い動きであり、もっとも調和できており、もっとも機能的なのです。感じるという情報に、もっと許してあげるのです。私の教室では、「頑張った感がある動き=ダメな動き」という判断です。でもこれが事実です。

しなければいけない、というふうに感じることを封じる、感情を抑えるのではなく、「したいこと・したくないこと」「快か不快か」という感じ方や判断。そのしなければいけないことは、本当は、してもいいししなくてもいいことだったりもします。

感じ方が良くなるから、判断も良くなり、トレーニングの質も上がるのです。うちはそのお手伝いをしています。そういう動きを引き出し、そういう行動と判断で動いています。マニュアルなんてありません。その場その場で、対応します。必ずこの重量・この種目・この回数などとは一切考えていません。





2017年05月09日 計画性について




「ああだ」「こうだ」「ああしよう」「こうしよう」「こういう計画で」「第1ステップはこう、第2ステップはこう」といった思考がぐるぐる広がって、やる前にわくわくするケース。私も若い頃はそうでした。しかし今は、それが一番「自分を潰す」ことに気づいています。



どうしてぐるぐる思考が走るのか???



行動してないからです。



うちは、動作論や内容には長けていますが、計画面でも長けています。自身もパワーリフティングでは数年前から本場で力が出せるというか、普段はサボ気味なのにピーキングだけで仕上がるというか、だんだん仕上がっていくのがわかるようになってきました。

計画性などのさまざまな方法論があります。そういう型に当てまめることもできます。方法論それ自体が悪いわけではありません。ただ、行動や実感が伴っていない計画だと、うまくいかない可能性が高い。



うちの場合は、まずやってみる。やってみてから、目標を設定していく。遠い目標と近い目標と。まず自分を知らなければ、何も始まりません。だからまず、やってみる。そこからなんです。

たしかに臨機応変でもあります。ただ、その臨機応変さも、軸があってのこと。毎回毎回が計画です。でもムリはしません。今のレベルを知るというのは、ショックではなく、未来への励みです。その気持ちだけは、忘れてはいけません。そういう気持ちがあれば、本番に強くなれるかもしれません。





2017年05月08日 体作りは、副産物




重りを扱うトレーニングっていうだけで、それをやる人っていうだけで、「ムキムキ」を想像したりする人も多いでしょう。筋肉が大きくなって、体が変わる。でかくなる。あるいは引き締まる。筋肉というエンジンを大きくしたら、出力も大きくなって、、、など考えたりもするだろう。

ただ、、、やり方も色々あります。

筋肉をでかくすることだけに特化したものや筋肉のセパレーションを刻むものだったり。いわばボディビル的な感じのやつ。筋肉にしっかり負荷を乗せて、いじめるのです。「運動−休養−栄養」というトライアングルが示すように、食事や睡眠も重要。プロテインなどのサプリメントを摂る人も多いだろう。

でも、筋肉に効かせるやり方じゃなく、効かせないやり方もあります。ようは、筋肉をでかくすることを狙いとするのではなく、強さを求めるやり方。私はパワーリフターですが、同じ体重でいかに重いものを挙げれるか、という競技をやっています。「筋肉に効いてしまった=動きがまずい」という解釈です。さらに補強でウエイトリフティングもやっています。これは競技スポーツになり、技術が問われます。

そのパワーリフティング風であっても、色々分かれるのかもしれません。私のような脱力で挙げる選手はあまり見かけません。私は「強さ=神経系」「強さ=補助筋郡の強さ」とは考えていません。「強さ=調和力」だと感じています。動きの技術ですね。

ただ、、、じゃあ体は作られないの???鍛える前と何も変わらないの???それじゃ、、、モチベーションが。。。そんなことはありません。まっすぐ一本整うように変わっていきます。効かさなくても、身体は作られます。ただ、、、的確かどうか、です。その的確というのが、ボディビル風に効かせる意味合いだけでしか解釈されないので、誤解も生じるのでしょう。

私の体、みれば、わかりますよ。。。

着くべきところは、着いてますから。。。背中は逆三(角形)というよりひし形ですから。。。アスリート体型になる、というほうが正確かもしれませんね。。。





2017年05月07日 引き出された動作




これは、動作の話。
私が考える動作法なら、そういう動作で鍛えれば、
こういうことが当たり前になりますよ、という話。



バーベルを正しく扱えると、重力を受けた体は、天井を向いた部位から浮上するんだ、ということがわかります。落下一辺倒じゃなく、不思議な力で浮上する感じ。不思議な力で挙がっていく感じ。そういうことそういう動作が日常化していくから、姿勢も良くなり、動きも良くなり、スポーツで動け、快適に過ごせ、こらなくなってケガもしにくくなる。体の流れもよくなるし、太りにくく温かく、しかもきれいに整う。

持つ重りが下がれど、体はむしろ、浮上してくれる。スクワットなら、(担ぎ始めは仕方なくも)バーベルを担いだ体が圧縮されるよりはむしろ、節々に隙間が生まれるような感じになったりします。節々が分離するようなやわらかい動きです。そういう選手っていますでしょう???そういう動きになっていくんです。しかも自然と。。。

ブログでは天井を向いた部位から浮かすように動かすとぎこちなくなると書いた。でも、重力を正しく受けた体、重力と仲良くできリラックスできた体なら、むしろ思い切って天井を向いた部位から浮かすぐらいのほうが、自然でうまく動け、しかも伝わり、加重もでき、つながっている。

百会が引きあがっても、両肩は下がっているのです。
いえ、両肩はゆするように浮いてしまうものかもしれません。このほうが結果的に、地面に加重できたり、地面を強く押せたりする気がします。

ようは、、、マジ軽なんです。。。



動けてしまえば、動かそうとしなくても動くから、それだけで気分がよくなり、自分を信頼できるようになります。動くことが快適で、負担もないので、すがすがしく、運動が好きになります。まさにマジカルです。武田マジックなんです。





2017年05月06日 その理由 その大きな意味




自分のことを肯定し、自信を持っていれば、そういう心が姿勢を作り、動作を作り、運動を作り、体を作るんじゃないか、って。色々参考にするのはいいが、それが結局「無理があったり」「自己否定になっていたり」するのではあれば、「何か」を見直す必要がある。今、自信は持ってるけど、否定はしてないけど、でも今ひとつなら、自分を見つめる必要がある。正確には「自分を感じる必要」がある。五感や感情を感じ取る必要が。それらをスルーした日々こそ見直すべきだ。

うちは、、、そういう自然なものを引き出すことを狙いとしています。脱力という出力は、筋力出力をしのぎます。意識づけで考えて思考するのは、いくらでも思考できますが、悩みや迷いのスパイラルにもなります。素直に感じ、実感し、受け容れて、なじんでいく。そういう習慣へ。

ヒンズー教にはこういう格言が。

 心が変われば態度も変わる
 態度が変われば行動も変わる
 行動が変われば習慣も変わる
 習慣が変われば人格が変わる
 人格が変われば運命が変わる
 運命が変われば人生が変わる

トレーニングひとつでも、私は、それぐらいの影響があると思っています。自分は、この仕事の理念をそこに感じています。ただ単に体を鍛えて「あ〜気持ちいい」で終わるものじゃなく、もっと大きなものを人に伝え、人の体と心に残していきたい。





2017年05月05日 楽あれば、楽あり  良薬は、口に旨し




マジメな人には許せない言葉かもしれませんが、本質や王道に「と・こ・と・ん」向き合っていけば、このことが正当性を得ていると思います。ほんとうの意味での向上心は、そういうことだと自分には思えますし、苦しめばいい、というものでもないはずです。

見返り発想的なやり方だと、我慢を刻んでいきます。その我慢が心地よくまでなってしまう。でもほんとうは、どうなりたいのか。今、どうなっているのか。そういう現実と向き合うべきだと思うのです。

それができないのは、筋力不足のせいだ。

そうでしょうか???そうやって「ほんとうの理由」に「蓋をして」ごまかしていないでしょうか???私が指導するウエイトトレーニングは、単純です。バーベルを使ったシンプルな全身運動です。ですが、そこにすべてが凝縮されています。個々に個別に分解して複雑化していくのではなく、そのひとつにすべてを凝縮させます。「筋力を使って挙げる」のではなく、「使う筋力を最小限にして、動くこと」を磨きます。それゆえに、強さだけではなく、やわらかさも磨かれます。バランスよく調和します。調和された体づくりにもなります。

うまくいかないのは、筋力のせいじゃなく、動きのせいです。体を守るのは、筋力ではなく動きです。動きを鍛えていくなかで、自然とフィジカルも強化され、回路もよくなり、しかもやわらかく機能していくのです。うちのウエイトは、歯を食いしばってやるものではなく、笑みを浮かべる余裕さえもある。でも的確で、強化自体がストレッチなどのコンディショニングにもなっている。

重りは、正しく受け容れれば、逆に力を拾えるのです。

これが本来の動きで、そうじゃないから負担が大きくなるのです。

苦しい。きつい。
そこに充実感を覚えることご法度で、
うちならば、「動作を見直す」という方法をとります。
重量の重さは、技術量の大きさだと自分は考えています。
技術の伴わない重量に、意味はないと思っています。



楽があるから、うまくいき、
旨みがあるから、良薬。



それが、うちのやり方です。





2017年05月04日 自分原因説でポジティブに




うまくいかないとき、ついつい自分以外の何かや誰かを責めてしまいます。そして自分を正当化しようとします。先日も書いたように、今、できなかったことや困難だったことも、日を置いたり、年月を重ねて再びやってみると、また違った結果になることもある。あるいは以前あれだけ困難不快でどうしようもなかったことが、今、案外こなせていたりするもの。



不思議なんですが、、、

人は、、、
絶えず、、、
成長してるんだなって思うんです。。。



自分さえ変われば、、、状況も大きく変わるんです。



でも、自分以外の誰かや何かが原因だとすれば、そのたびにその誰かや何かに変えてもらわなければいけなくなります。いちいち自分以外の誰かや何かに承認を得ないといけないのです。



自分原因なら、、、
自分さえ変われば、、、
自分さえ向上すれば、、、



じゃあ、、、自分のどこを見直せばいいんだろうか???どこを見直せばいいのか、というそれ自体を見直せばいいのです。そういう目線が、すでに他者承認になってるからです。

うまくいってる自分を基準にして、そこから比べて足りない部分を見直せばいいのでは???つまり、、、自分のことをもっと肯定できる自分になる、というか。。。自分に対する悲観的な考え方が、その原因にほかならないと思うのです。意志や感情とは真反対の思考に原因が。。。

自分を貫くからこそ、、、自分度が向上し、それが成長になるんだと思います。しかし、情報社会や固定観念が、それを阻んでいます。かといって、社会に背くという意味ではありません。これでは他者承認と一緒です。相手がどうであれ、自分は自分だ。もちろん、相手だって同じで、相手のことは相手の勝手だから、自分が相手のことをああだこうだ非難したりするのは、間違い。ただ、、、その勝手には、責任が伴う、ということだけです。相手の責任を正義感ぶって自分が引き受ける必要はない。



かなり話がそれたかもしれないが、、、



周囲や環境がどうあれ、、、自分は自分だ。
他人へどうこう、、、じゃなく、
自分のために、、、自分を向上させよう。





2017年05月03日 抜け駆けをしよう!





「不況で困難だが、これは従業員に活きた教育をする絶好のチャンスだ」

松下幸之助さんのある書籍から抜粋した文章です。困難に直面したとき、困った困った、とあわてふためく気持ちもわからなくはないが、それを「チャンス」だとする姿勢。私がここまで色々探求してこれた要因のひとつも、そこにあると思います。同じ策で筋力強化してても、結果が見合わなければ、「困った困った」。こういうときは、何かを見直す絶好の時期だと英気を養う「抜け駆け」がお薦めです。

見る角度を変えれば、視るに変わります。

今まで視えなかった部分が、見えてくるのです。

私もそういう抜け駆けをしてここまで来たように思います。もっともそれ以上に、「自分は、できるんだ」という根拠のない自信だけはあります。深層で眠っているんですね。。。順調に行かないときこそ、、、そういう気持ちが「ひらめき」を生むのです。そのひらめきの積み重ねで、今の私があります。

そして不思議なのは、、、そういう信念のようなものがあると、向こうから情報やらがやってくることもあります。私は、やはり、トレーナーでなければいけない人間だと思っています。義務感じゃなく、それだけの影響力がある人間のような気がしてるから。。。天狗になるわけじゃないのですが、どんなに泥臭くても、絶対腐らない不死鳥のような自分というか。。。

これまで「できない」と思ってたようなことでも、年月とともにできていった経験。私もそうですし、みなさんにもあるでしょう。潜在意識というのは、今だけではなく、過去も未来も知っているんです。記憶されているんです。この潜在意識を敵にせず、もっと味方につけたいもの。「本心で、どうなりたいか」「あのときはできなかった。でも今ならどうか。数ヵ月後にはどうなってるか」

もし、過去と同じ生きかたをしてたら、今よりも遥かに腐ってるはずで、やはり人には、眠れる向上心というのがあるんだと思います。状況が良かれ悪しかれ、それ自体を利用することも、できるはず。



抜け駆け上手になりませんか???





2017年05月02日 “感じたこと”を“表現できる”自分に!




これはあるビジネス雑誌を読んでいて、ニュースキャスターになったアナウンサーの方が先輩から受けたアドバイスだそう。そのニュースキャスターなり立ての方が壁に感じていたところへ、先輩から受けたアドバイス。正しく伝えることはもちろんですが、棒読みではなく、人に伝わるようにする困難を感じていたそうですが、読み上げる内容を、まず自分が感じ、感じたように表現することの重要性を先輩キャスターが伝えたのでしょう。



私の仕事も、ただ単に、「科学的根拠がこうだから、このようにしてください」だけでは、説得力がありません。「こういうカタチが基本だから、こうしましょう」「そのカタチにならなければ、筋力を鍛えましょう」残念ながら、それで指導が(勤まったとしても)務まるわけではないと自分は思う。



どうして自分はトレーニングをするのか。
どうして実践するのか。



それは、自分で感じるためです。
実感するためです。



先に「その情報」があって、それを基準に後から理論がついてくるのだと思います。リアルな実感。でもそこに「理論や常識に合わそう」とした「我慢」があれば、その実感は、偽り。感じたように、やる。感じたことを、受け容れる。



だから、固めてまでバランスをとるものじゃないし、力んでまで瞬発力を出すものじゃない。必要な栄養を不足させてでも食事制限して痩せるのではないし、身体が悲鳴を上げるようなダイエットは違う。

むしろ、感じた情報こそ、理論を越えるエッセンスだったり、理論の行間を読み取るものだったりするかもしれないぐらい。私の動作ややり方は、ぱっと見、変わってるとか斬新とか思うかもしれないが、素直になって、ありのままでの実感を重んじた結果です。

重りは、、、重くて、、、いいんです。

それを「我慢」して軽く見せようと「固める」「力む」などの「見栄」がよろしくないのでは???認め、感じること。その実感が、、、次のステージへ自分を運ぶもの。それが、ウエイトトレーニングの動作であり、重力のひとつの神秘じゃないだろうか???



そういう動作を表現したくて、ブログでは動画を載せています。

理由???

感じたことを表現できる自分でいたいから。






2017年04月28日 気持ちひとつで、、、体ひとつで、、、 (前編)




反対意見もあるそうだが、習慣はおおむね、3週間ぐらいで会得されるといわれるそう。でも、その3週間さえ我慢すれば、、、という気持ちじゃなく、3週間だろうがどれぐらいだろうが、そういう期間というノルマを気にせず、今、それ(習慣にしたいこと)を楽しむこと。それ自体を、「やってて楽しいな」って感じたり思えたりすることが大事じゃないかな。。。

俺も、今、いろんなことを試してる。でもそれをやってるそのときが、そのことが、楽しいのね。。。夢中になるってことが、、、秘訣かもね。。。夢中になれるから、またやろうって思えたりもするし。。。

そうそう、、、うちのトレーニングは、力を入れないのに不思議な挙がり方をするエクササイズだから、、、たしかに重りとの折り合いが大事だけど、その折り合う部分が、心地良いんだよね。。。ごり押しじゃないからね。。。だから、、、継続もしやすいんだろうね。。。

体が変わってくると、心も違ってくる。下を向いてばかりだと、体だって、表情も印象もね。。。気持ちだって。。。そうやってカタチから入るのもアリですね。。。

ただ、少し深い話で申し訳ないけど、、、参考程度に、、、うちのやり方は、上を向いたり背筋を伸ばしたりすることも、結局は重力を受けて、ふっとセンタ−から落ちていくことで、天から浮上する感じがあって。。。「リラックス=引きあがる」というのが、うちの感じなんですね。。。「リラックス」という「自己信頼」「自己肯定感覚」みたいな。カタチは確認として利用はするけどね。。。

「折り合う」ってすごい!!



後編へつづく





2017年04月28日 気持ちひとつで、、、体ひとつで、、、 (後編)




もしかしたら、、、世間や一般常識では、こう考えられてるかな???
「重力を受けた体は、下がる」
「下がらないように、引き上げなければいけない」
「さ、、、頑張って鍛えましょう」
みたいな。。。下がるものだから、頑張って引き上げようとする趣向かな???

繰り返すように、うちは、重力とうまく折り合えば、体はむしろ引き上がる。しかも、高い部分から引きあがる。エレベーターで降りるとき、体ってどういう感触になりますか???どういう感触でしょうか???・・・頭から上へ引っ張られないでしょうか???

そう、、、高い部分から働く重力は、高い部分から同時に引き上げてもいるのね。頭とか顔とか。。。そう、、、顔も。。。って顔に気づいたのは、つい最近ですけどね。。。そう、、、お顔のリフトアップだって、不可能とはいえないと思うよ。いえ、、、顔のリフトアップを実感するような「重力の受け方」や「体の使い方」こそ、良い動きじゃないかって。

重力を受けて、リフトアップ。

リフトアップしたそのリラックス。

思い出しませんか???昭和世代の方。

ソウル五輪女子100M。あのフローレンス・ジョイナーさんを!その走る表情を!






2017年04月27日 傷ついた分だけ、やさしく




クリエイティブな子供だったと自身を振り返ります。今もクリエイティブだと思います。しかし常識というものさしで裁かれ、傷ついた経験もあります。でも、わかる人できる人らは、口をそろえて「五感で感じることが大事」「畏まらずに、右脳でクリエイティブに」と言います。それで勇気付けられます。かといって、感受性や想像に欠ける人らを自分が否定したり攻撃したりしてしまえば、自分がされたことをし返してるだけ。これでは自分が浮かばれないんです。



傷ついた分だけ、やさしくなれる。



だからこそ、歩み寄ろうと、色々勉強するんですね。勉強したくなるんですね。聴き方とか伝え方とか。ま、最終的には、、、感覚的でユーモアになってしまうんですけどね。。。






2017年04月26日 心の姿勢と陰陽論について(前半)




姿勢が良い人を見たら、どんな感じがしますか???その人から暗く沈むようなネガティブなイメージがわいて来ますか???でも逆に姿勢が悪かったり、目が死んだ魚のようだったりしたら、その人からエネルギッシュで溌剌とした感じがしますか???

私はこうしたフィットネス業界でいてますので、どちらかといえばポジティブな人が多いのが当たり前の環境ではあるのですが、中にはいろんな人がいます。その人をどうこういうのではありませんよ。でも良い気分にはなりませんね。

だから、姿勢が良いことに越したことはありません。姿勢が良いというだけで、みなぎる感じがしたりします。体や動作から、心へ反映させることもできます。だから、姿勢を改善したい、という人は多いはず。

その姿勢を改善するヒントも、案外心や気持ちの部分だったりもします。

沈むよりは、高くありたい。人が本来持つ向上意欲。そこに働きかけてみるのです。それがヒントです。低いよりも高くありたい。天へ向かいたい。横に広がってぶれるよりも、一直線に細く上へ向かいたい。だいたいこんなところかもしれません。

というのは、元キャビンアテンダントが書いた本によれば、ファーストクラスに乗車される「できる方」は皆、姿勢が良い、とのこと。振る舞いや心が姿勢を作ったのか、姿勢が先なのかはわからないが、姿勢とは「姿」の「勢い」という解釈だそうで、体からも心かもアプローチされ、互いに相関関係を持つのだと。その方によれば、良い姿勢には10項目ぐらいあって、頭の百会を引き上げて、肩甲骨を寄せ、丹田に力をいれ、おなかも凹ませて、親指側へ体重をかけたり、お尻を締めたり、など色々ありました。

ですが、その要点を掻い摘めば、、、

中心軸に求心して、天に向かうこと。

その結果でほぼすべての要因が叶うような気がしました。




2017年04月26日 心の姿勢と陰陽論について(後半)




でも、、、それだけではないんです。

私もそれなりに良い姿勢だと思いますし、お客様もどんどんよくなっています。軸の通った体になっています。どうしてでしょうか???

良いウエイトトレーニングをやってるからです。

そう、、、重力を受け、重力と調和し、落ちてて、リラックスしてるから。たったこれだけで、軸に求心して天に昇る姿勢が作られる、というか、私から見れば、良い姿勢を作るためには、、、

重力を、正しく受ければ、叶う。

でも沈んでしまうのは、受け方が悪いから。この辺はブログに委ねるけど、落下には、浮上が伴うのです。一局面じゃなく、反対にも極があって、互いに存在するか、両社が存在しないか、であって、片方だけってことがないんですね。うちの挙げ方は、そういう挙げ方ですから。。。

だから、「求心して天まで昇る」と「そのカタチ」「各部位の注意点」を真似てもいいのですが、これは私のような重力の対話がそれなりに上手な人にしてみれば、良い姿勢の要因は、自然と叶っていくのね。。。

私にしてみれば、、、
「下方への重力を受けたほうが、天へ昇りやすい」
そういう感覚です。



でも同時にいえるのは、、、求心して天まで昇る感じになれば、それだけ重力も受け方がうまく、下方へも的確に力が働いていて、余計な力を入れずして地面に加重もできる。




ですので、ここまでの内容を超短絡化して式を出すと、




「正しく重力を受ける=気持ちもポジティブになる」



やや強引な繋げ方でしょうが、、、、

沈むんじゃなく、気張って引き上げるでもなく。そういう動きをうちは引き出しています。でも、姿勢もカタチから入るのも良いと思います。でも真似ることで、最終的には内容や根本がつかめてくるものかもしれませんので、真似るのはアリだと思います。先入観を持たず、まずはやってみること。あとは自然と導かれる、かもしれません。

そうです。行動してみることで、ポジティブにもなります。でも、迷いが起きれば、すぐにネガティブになります。そういうのも姿勢に出るかもしれませんね。。。




2017年04月25日 “身体能力”を鍛える(前半)




ここではトレーニングに関係のない人も対象に話をします。ところで「重りを扱う人や選手」を見て、「どういう印象」をお持ちでしょうか???強そう、とか怖そう、とか、何でもいいです。

重たいものを挙げるだけの「強さ」

でも多くが、このことを誤解していると思います。

ある重量級のパワーリフターは、バック宙ができたりします。ウエイトリフター(重量挙げ選手)の垂直とび能力や走ったら速かったり、実際に試合会場にも私は行きましたが、彼らの何気ない歩行動作やジョギング動作は、やわらかく、きれいで、動きも整っていました。

競技力向上させたい選手が「ウエイトトレーニング」を行うその理由は、筋肉を大きくしたり、筋力を強めたり、といった強化目的。瞬発力養成のためにウエイトリフティング(重量挙げ)を取り入れたりします。

でも、どうして、うまく行く選手とそうでない選手がいるのでしょうか???

何が、境界線だと思いますか???




できる選手というのは、身体能力も優れています。だから「ウエイト」を扱う動作も、違っているんです。でも多くが、力に頼って重りを挙げようとします。あるいは指導者の指導でそうさせられます。

しかし、、、それだけの重い重量を挙げられるために、

ウエイト出身者の私が感じているのは、、、







(動く)技術です。







2017年04月25日 “身体能力”を鍛える!(後半)




パワーパワーと言われたり、筋力やフィジカルを求め
ます。それ自体は否定しません。しかし、ウエイトを扱う選手が本当に鍛えているのは、

筋力でもパワーでもありません。

技術です。



技術あってのパワーです。
技術あっての筋力値です。




むしろ、技術が足りないから、余計な力が求められます。
そういうやり方だと、筋肉は育ちますが、身体能力はぐんぐん低下するはず。
もし向上するなら、ついた筋力分の話。でもそれ以上のマイナス要因は歪めない。




体への意識に詳しい方のなかには、ウエイトやバーベルを否定する人もいる。しかし、本当の身体能力は、調和にあるのであって、その技術を磨くことが、最短ではないだろうか???意識や工夫など、人の思考には限界がある。実物をリアルに感じ、受け容れ、実感していくこと。

その技術を良く知る者から指導を仰ぐ。




ほんとうの強化は、フィジカルを鍛える前に、能力を鍛えるもの。



硬い筋肉・重い動けない体・凝ってしまう体・ケガが絶えない体から卒業し、身体能力を開眼させ、未来を切り開きましょうよ!!できますって!!






2017年04月24日 相反する両者が、一致する(前半)




相反する両者が一致する。

「左脳的」と「右脳的」とが、なんと。。。
より具体的には、「課題やノルマ」と「実感や感受」です。



課題やノルマは、義務感でしょう。
だから、仕方なくなってて、楽しんでない。
そういうのに懸念を抱いていたわたし。



でも、、、案外そうでもないんだなって。。。



いいや、、、むしろ「覚悟」が座って、、、意志を持ててて、、、



逆に迷いなく「それ」に打ち込んでいる自分がいたのですね。。。



あえて、一日にやることリストを紙に書いた。
順番も決めた。
やったらそれを鉛筆で傍線を引く。

今、たとえば食事ならそのことだけに集中でき、
逆においしく食べれたり、
洗濯ならそのことだけに集中し、迷いがなく、

「次に何をしようかな???」

がないんですね。。。今に集中できてて。。。



そればかりか、、、

それをやってる最中の「自分の姿勢」が
元々すでに姿勢は良いのですが、、、
それ以上に何か、こう、、、「凛」としてて、でも硬くない。



これももしかすると、人によっては異なる感じになるのかもしれないけど、
「やる」と決めて「やってる」時は、、、何というか、
それが単純なことでも、すごく「満ち満ちた感じ」が実感できるんですね。。。

そればかりか、、、

やり終わったあとの達成感が違う。
やりきった!!って感じ。嬉しいって感じ。
だらだら一日が流れていくんじゃなくって、
じっくりゆっくり堪能できて、おなかいっぱい胸いっぱいって感じでね。。。
若さが蘇るよ。





2017年04月24日 相反する両者が、一致する(後半)




トレーニングも一緒じゃないでしょうか???

何をやるのかをまったく決めず、ジムで右往左往してしまうケース。
たしかに臨機応変は大事です。
でも、この私でさえも、、、ある程度の「やること」や「軸」は決めています。その上で状況判断します。で、状況判断で変更になったのなら、「それでやる!」と決めてしまう。だから、、、やりながら迷うことはないし、その種目のことだけに集中できます。



迷いがなく、
そのことに集中してる。
だから、、、実感できる。



ある意味パーソナルトレーニングも、
指導者がいることで、一人でやるときよりも「覚悟」を持ってできるから、
だから、、、より良いものを実感できたりするのではないのかな???

そう思えば、、、その価格にも価値があるんですね。



話が脱線しましたが、、、



我慢や義務感ではなく、自分を感じること。
これは大事ではあるのですが、
何も持たないでは、何も決めないでは、意志は育まれない。



このことを言いたかっただけです。





2017年04月23日 古典の授業(前半)





ある言葉の深い意味を検索したくてネット検索したら、
素敵なブログに出会いました。

http://www.roushiweb.com/

中国古来のそういうのは俺はほぼ無知で、俺の考え方ややり方も自分独自だと思ってたんだよね。
でもこのサイトみたら、ほら。。。




俺の考えややり方って、、、老子そっくりじゃん(驚)




新しいもの(だと感じること)を吸収するには吸収するだろうけど、でも俺のやり方は、老子流に言っちゃえば、足すのではなく、むしろ引き算。「今、すでに足りてる天才に気づくこと」。新しいって感じるのは仕方なくも、でもそれで鎧になって足されるんじゃなく、むしろ剥がしていき、本来あるべき豊かさを発見するってこと。




俺って、、、すごいじゃん!!
わたしって、、、すごいわ!!




でもそこそこの満足で妥協するって意味じゃないんだよ。心理でいうと、1%の成功を見れる人は、100%の成功を見れる、みたいに。対し、1%の成功じゃなく、残りの99%の失敗を見る人は、仮に99%成功しても、1%の失敗のほうを深く感じ、まるでその1%の失敗が100%の失敗みたいに映っちゃうって。

小さな成功癖を認めることは、現在進行形で加算されていくって感じかな???




できないことを、できるようにするんじゃなく、そういうごり押しじゃなく、できることに気づいていけば、、、できなかったことまで変わっていくって感じかな。西洋的になんでもかんでも力で解決する、肩肘張って強がって見栄っ張り。これはある意味、ほんとうの自分から背いている。




ほんとうの強さや豊かさって、そういうことじゃないってね。




山登りでいうと、山頂があんなにも遠いのか、と悲観的になったり、もっともっと!と自分を責めることよりも、景色を見たときに「あ、こんなにも登れたんだ!」「やったー」「すごいね!よくやったよ」って認めてあげれば、どうでしょう???

俄然、元気が出て、もっと頑張りたいって思えてきませんか???
もうじゅうぶん頑張ったから、、、と下山しよう、ってなるでしょうか???

そういう話じゃないかなって。。。





2017年04月23日 古典の授業(後半)





「できないことを言うよりも、できたことをおっしゃいますよね」




あるクライアントさんが私に言いました。その人にいわれるまで気づいてなかったぐらい、私も、ちいさな「できた」を褒めるスタンスで指導しています。自然とそうなった感じです。動作論もそうですが、行動パターンもそうなってしまってた。

でもお客さまのなかでも、多くが、考え方が楽になったり、ポジティブになったりした方も多いね。心も変わるんでしょうかね。。。




でも、今、どんな部分で足りてるんだろう。。。




そこを発見するのが、その道のプロなんじゃないでしょうか???と自身を振り返ります。理論武装じゃなく、知恵の塊になりたいものですね。。。




その「検索した言葉」こそ、、、




「足るを知るものは、富む」




という言葉でした。妥協じゃないんだよ。成功癖や勝ち癖が雪だるま式にって意味だよ。




ながいつぶやきでした。