真木柱1/63 次へ
真木柱の巻は源氏の君、三十七歳の冬から始まります。
〔本文〕
「内に聞こし召さむこともかしこし。しばし人にあまねく漏らさじ」と諌〔いさ〕め聞こえ給〔たま〕へど、さしもえつつみあへ給はず。ほど経〔ふ〕れど、いささかうちとけたる御けしきもなく、「思はずに憂〔う〕き宿世〔すくせ〕なりけり」と、思ひ入り給へるさまのたゆみなきを、「いみじうつらし」と思へど、おぼろけならぬ契〔ちぎ〕りのほど、あはれにうれしく思ふ。
見るままにめでたく、思ふさまなる御容貌〔かたち〕、ありさまを、「よそのものに見果ててやみなましよ」と思ふだに胸つぶれて、石山の仏をも、弁のおもとをも、並べて頂〔いただ〕かまほしう思へど、女君の、深くものしと疎みにければ、え交じらはで籠もりゐにけり。げに、そこら心苦しげなることどもを、とりどりに見しかど、心浅き人のためにぞ、寺の験〔げん〕も現はれける。
〔大意〕
「主上がお聞きになるようなことも恐れ多い。しばらく世間の人に広く漏らさないのがよい」と、源氏の君が忠告し申し上げなさるけれども、鬚黒大将はそうも隠しきりなさることができない。日数が立つけれども、すこしも慣れ親しんでいる御様子もなく、「予想外でがっかりな運勢であった」と、思い詰めなさっている玉鬘の様子がいつまでも解けないのを、「とてもひどい」と鬚黒大将は思うけれども、並々でない前世からの約束の程度が、しみじみうれしく思う。
逢瀬を重ねるにつれて素晴らしく、理想的である玉鬘の顔立ちや姿を、「自分と関わりのないものとして見届けてしまっただろうのに」と思うだけでも胸がどきどきして、石山の観音をも、弁のおもとをも、並べて拝みたく思うけれども、女君〔:玉鬘〕が、ひどく気に入らないと嫌ってしまったので、弁のおもとは出仕もできなくて自宅に引き籠もってしまった。確かに、たくさん気の毒な事々を、それぞれ見たけれども、思慮が浅い人〔:弁のおもと〕のために、寺の効験も現われた。
〔解説〕
事態の急変があったようです。語り手の説明から判断すると、鬚黒大将の手紙の仲介をしていた玉鬘の女房での弁のおもと〔:藤袴21〕の手引きで鬚黒大将が通ってくるようになってしまったようです。三晩続けて通えば、結婚が成立するということなのですが、「見るままに」とあるので、三日以上続けて通ってきているようです。
鬚黒大将は、「石山の仏をも、弁のおもとをも、並べて頂かまほしう思へ」とあるように、うれしくてうれしくて仕方がないのですが、一方の玉鬘は、「思はずに憂き宿世なりけり」とあるように、すっかり落ち込んでいるようです。
「験」は御利益です。軽率な女房の手引きで女君が不本意な思いをするという例がたくさんあるのでしょう。この一文は語り手が感想を述べた草子地です。
続きです。
〔本文〕
大臣〔おとど〕も、「心ゆかずくちをし」と思〔おぼ〕せど、いふかひなきことにて、「誰〔たれ〕も誰もかく許しそめ給〔たま〕へることなれば、引き返し許さぬけしきを見せむも、人のためいとほしう、あいなし」と思して、儀式〔ぎしき〕いと二〔に〕なくもてかしづき給ふ。
いつしかと、わが殿〔との〕に渡〔わた〕い奉〔たてまつ〕らむことを思〔おも〕ひいそぎ給へど、軽々〔かるがる〕しくふとうちとけ渡り給はむに、かしこに待ち取りて、よくも思ふまじき人のものし給ふなるが、いとほしさにことづけ給ひて、「なほ、心のどかに、なだらかなるさまにて、音なく、いづ方〔かた〕にも、人のそしり恨みなかるべくをもてなし給へ」とぞ聞こえ給ふ。
〔大意〕
大臣〔:源氏の君〕も、「不満足で残念だ」とお思いになるけれども、言っても仕方がないことで、「誰も誰もこのように認めなさっていることであるので、それに反して認めない様子を見せるようなのも、人〔:鬚黒大将をさす〕のために気の毒で、つまらない」とお思いになって、作法をまたとなくして大切にお世話なさる。
鬚黒大将は、早く早くと、自分の邸に玉鬘をお移し申し上げるようなことを支度なさるけれども、源氏の君は、軽率にうっかり油断してお移りになるような場合に、あちらで待ち迎えて、良くもお思いになるはずがない人〔:鬚黒大将の北の方〕がいらっしゃるということであるのが気の毒であることにかこつけなさって、「やはり、ゆっくり構えて、穏便な形で、波風なく、どちらにとっても、世間の人の非難がないに違いないように振る舞いなさってください」と鬚黒大将に申し上げなさる。
〔解説〕
源氏の君もこの結婚については不満足ですが、相手が右近衛大将であるので、粗略に扱うわけにはいきません。「誰も誰もかく許しそめ給へる」については〔藤袴21〕で「かの大臣も、もて離れても思したらざなり」という情報を鬚黒大将はすでにつかんでいました。内大臣は玉鬘との結婚を悪くはないと思っていたようです。
玉鬘をゲットできて有頂天の鬚黒大将はすぐに玉鬘を引き取りたいようですが、源氏の君は、万事穏便にとアドバイスをしてます。(^_^;
続きです。
〔本文〕
父大臣〔ちちおとど〕は、「なかなかめやすかめり。ことにこまかなる後見〔うしろみ〕なき人の、なまほの好いたる宮仕へに出〔い〕で立ちて、苦しげにやあらむとぞ、うしろめたかりし。心ざしはありながら、女御〔にようご〕かくてものし給〔たま〕ふをおきて、いかがもてなさまし」など、忍びてのたまひけり。げに、帝と聞こゆとも、人に思〔おぼ〕し落とし、はかなきほどに見え奉〔たてまつ〕り給ひて、ものものしくももてなし給はずは、あはつけきやうにもあべかりけり。
三日〔みか〕の夜〔よ〕の御消息〔せうそこ〕ども、聞こえ交はし給ひけるけしきを伝へ聞き給ひてなむ、この大臣の君の御心を、「あはれにかたじけなく、ありがたし」とは思ひ聞こえ給ひける。
〔大意〕
父内大臣は、「尚侍として出仕するよりもかえって感じがよいように思える。特に親身になる世話役がいない人が、半端に帝の愛情をいただく宮仕えに出て行って、つらいだろうと思うと、心配だった。気持ちはありながらも、弘徽殿の女御がこうしていらっしゃるのを差し置いて、どのように扱ったらよいのだろう」など、内々におっしゃった。確かに、帝と申し上げても、玉鬘を他の女御更衣よりも軽くお思いになり、たいしたことがない程度でお目に懸かり申し上げなさって、玉鬘を重々しくも扱いなさらなかったならば、軽々しいことでもあるに違いなかった。
三日の夜のお祝いの歌を、やり取りし申し上げなさった様子を内大臣は伝え聞きなさって、この大臣の君〔:源氏の君〕のお気持ちを、「しみじみもったいなく、なかなかできないこと」とは思い申し上げなさった。
〔解説〕
尚侍は一般職ですが、帝の寵愛を受けるのが当時の慣例だったようです。でも、冷泉帝にはすでに内大臣の娘の弘徽殿の女御がいるので、姉妹で帝の寵愛を競うことになるのはよくないと内大臣としては困っていたようです。それで、「なかなかめやすかめり」という言葉が出たのでしょう。「げに」以下は、内大臣の考えに同意する草子地です。
「三日の夜」とは結婚第三夜のことで、この時、新郎新婦が「三日の夜の餅」を食べ、「露顕〔ところあらわし〕」という披露宴があるのですが、「御消息」とはこの時に源氏の君と詠み交わした和歌のことだと注釈があります。
続きです。
〔本文〕
かう忍び給〔たま〕ふ御仲らひのことなれど、おのづから人のをかしきことに語り伝へつつ、次々に聞き洩〔も〕らしつつ、ありがたき世語りにぞささめきける。
内裏〔うち〕にも聞こし召してけり。「くちをしう、宿世〔すくせ〕異なりける人なれど、さ思〔おぼ〕しし本意〔ほい〕もあるを。宮仕へなど、かけかけしき筋ならばこそは、思〔おも〕ひ絶え給はめ」などのたまはせけり。
〔大意〕
このように人目を忍ぶお二人の仲であるけれども、しぜんと世間の人が興味ある話として語り伝え語り伝えして、次から次へと聞いたことを他人に漏らしては、めずらしい語りぐさとしてさかんに噂をした。
帝もお聞きになってしまった。「残念なことに、前世からの約束が私とは食い違った人であるけれども、そうお思いになった趣旨もあるから。出仕することなどは、男女に関わることであるならば、あきらめなさるのがよいだろうけれども」などおっしゃった。
〔解説〕
〔真木柱1〕で「しばし人にあまねく漏らさじ」と源氏の君が忠告していましたが、やはり世間の噂になってしまって、冷泉帝にまで情報がとどきました。噂のネットワークってすごかったんでしょうね。(^_^;
「さ思しし本意」とは、玉鬘を尚侍に就任させたいと冷泉帝が考えていたことをさします。この「思し」は、語り手の敬意が反映されたものだろうと注釈があります。「かけかけしき筋」とは、女御などとして入内することをさしています。尚侍という一般職だから、誰かの妻であっても出仕は差し支えないだろうということです。
霜月になりました。
〔本文〕
霜月〔しもつき〕になりぬ。神事〔かむわざ〕などしげく、内侍所〔ないしどころ〕にもこと多かるころにて、女官〔にようくわん〕ども、内侍〔ないし〕ども参りつつ、今めかしう人騒がしきに、大将殿、昼もいと隠ろへたるさまにもてなして、籠もりおはするを、いと心づきなく、尚侍〔かむ〕の君は思〔おぼ〕したり。
宮などは、まいていみじうくちをしと思す。兵衛〔ひやうゑ〕の督〔かみ〕は、妹の北の方の御ことをさへ、人笑へに思〔おお〕ひ嘆きて、とり重ねもの思ほしけれど、「をこがましう、恨み寄りても、今はかひなし」と思ひ返す。
〔大意〕
霜月になった。神事などが多く、内侍所でも仕事が多い時で、女官ども内侍どもが参上しては、華やかで賑やかであるので、大将殿〔:鬚黒〕は、昼もまったく人目に付かないように振る舞って、籠もっていらっしゃるのを、とても不愉快に、尚侍の君〔:玉鬘〕はお思いになっている。
兵部卿の宮などは、ましてとても残念だとお思いになる。兵衛の督は、姉妹の北の方のことをまでも、世間の者笑いの種だと嘆き悲しみなさって、自分のことと合わせてなにかと挽回したいけれども、「愚かなことに、恨み言を言って口説いても、今となっては無駄だ」と考え直す。
〔解説〕
霜月は陰暦十一月、新嘗祭などの神事が多くあって、天皇への取り次ぎや天皇の言葉の伝達などをする内侍は忙しいです。玉鬘は六条院にいたままで公務を行っているのでしょう。玉鬘は尚侍で内侍司の長官ですから、決裁を仰ぐためなどに来ているようです。
兵衛の督とは、〔藤袴23〕で初登場した人物です。鬚黒大将の北の方の兄弟です。「とり重ねもの思ほしけれど」という表現が分かりにくいのですが、「思ほし」という形容詞に「もの」が上接したものとして解釈してあります。
続きです。
〔本文〕
大将は、名に立てるまめ人の年ごろいささか乱れたるふるまひなくて過ぐし給〔たま〕へる名残なく、心ゆきて、あらざりしさまに好ましう、宵暁〔よひあかつき〕のうち忍び給へる出〔い〕で入りも、艶〔えん〕にしなし給へるを、をかしと人々見奉〔たてまつ〕る。
女は、わららかににぎははしくもてなし給ふ本性〔ほんじやう〕ももて隠して、いといたう思ひ結ぼほれ、心もてあらぬさまは、しるきことなれど、大臣〔おとど〕の思〔おぼ〕すらむこと、宮の御心ざまの、心深う、情け情けしうおはせしなどを思ひ出で給ふに、恥づかしうくちをしうのみ思〔おも〕ほすに、もの心づきなき御けしき絶えず。
〔大意〕
鬚黒大将は、有名な真面目な人が長年すこしも踏み外した振る舞いもなくて過ごしなさった名残もなく、満足して、以前とはすっかり違ったふうで好感が持てて、夕方明け方の人目を忍んでいらっしゃる出入りも、優美に振る舞いなさっているのを、おもしろいと女房たちは見申し上げる。
女〔:玉鬘〕は、陽気で賑やかに振る舞いなさる性格も隠して、とてもひどくふさぎこみ、自分の気持ちからあるのではなかったのは、はっきりしたことであるけれども、大臣が今お思いになっているだろうことや、兵部卿の宮のお気持ちが、思いやりがあり、情愛が深くいらっしゃったことなどを思い出しなさると、恥ずかしく残念にばかりお思いになるので、なにかと不機嫌な御表情が絶えない。
〔解説〕
堅物とも言えた鬚黒大将〔:胡蝶14〕が六条院に出入りしているのを女房たちは面白がっているようですが、玉鬘は〔行幸4〕で冷泉帝の大原野行幸に供奉する鬚黒大将を目にしてもまったく心魅かれなかったそのままに今も相変わらずの不機嫌で、兵部卿の宮のすばらしさを思い出して、鬚黒大将との結婚を残念に思っています。そういえば、〔藤袴24〕で兵部卿の宮だけに返事をしていました。
「心もてあらぬさま」という表現、分かりにくいのですが、「心もてあら」のではない「さま」という解釈をしてあります。
源氏の君が玉鬘の所にやって来ました。
〔本文〕
殿も、いとほしう人々も思ひ疑ひける筋を、心清くあらはし給〔たま〕ひて、「わが心ながら、うちつけにねぢけたることは好まずかし」と、昔よりのことも思〔おぼ〕し出〔い〕でて、紫の上にも、「思し疑ひたりしよ」など聞こえ給ふ。「今さらに人の心癖もこそ」と思しながら、ものの苦しう思されし時、「さてもや」と、思し寄り給ひしことなれば、なほ思しも絶えず。
大将のおはせぬ昼つ方〔かた〕渡り給へり。女君、あやしう悩ましげにのみもてない給ひて、すくよかなる折〔をり〕もなくしをれ給へるを、かくて渡り給へれば、すこし起き上がり給ひて、御几帳〔みきちやう〕にはた隠れておはす。殿も、用意ことに、すこしけけしきさまにもてない給ひて、おほかたのことどもなど聞こえ給ふ。すくよかなる世の常の人にならひては、まして言ふ方なき御けはひありさまを見知り給ふにも、思〔おも〕ひのほかなる身の置きどころなく恥づかしきにも、涙ぞこぼれける。
〔大意〕
殿〔:源氏の君〕も、気の毒に人々が思い疑った事を、潔白であると明らかになさって、「自分の心ながら、場当たりの筋違いなことは好まないよ」と、昔からのことも思い出しなさって、紫の上にも、「疑いなさっていたね」など申し上げなさる。「今改めて生まれながらの癖が出てくるといけない」とお思いになりながらも、なにかと切なくお思いにならずにはいられなかった時、「そうであってもよいか」と、考え及びなさったことであるので、やはりすっかりあきらめなさることがない。
鬚黒大将がいらっしゃらない昼ごろお越しになった。女君〔:玉鬘〕は、どういうわけか具合が悪いようにばかり振る舞いなさって、すっきりとした時もなくしょんぼりなさっているけれども、こうして源氏の君がお越しになっているので、ちょっと起き上がりなさって、几帳に少し隠れていらっしゃる。殿も、気配り格別に、少し取り澄ました感じに振る舞いなさって、世間一般のことなどをお話し申し上げなさる。玉鬘は生真面目な世間並みの人〔:鬚黒大将のこと〕に接するようになってからは、まして言いようのない源氏の君の人柄や容姿をお分かりなるにつけても、予想外な我が身の置き所がなく恥ずかしいにつけても、涙がこぼれた。
〔解説〕
源氏の君は玉鬘が鬚黒大将と結婚して、例の、玉鬘に恋慕していたことが世間にばれずに、ほっとしているようです。「さてもや」は、いっそ玉鬘を自分のものにしてしまおうかということですが、「なほ思しも絶えず」とあるように、相変わらず持続中というのが困ったものです。(^_^;
玉鬘は、「言ふ方なき御けはひありさま」の源氏の君をよく知っているわけですが、今日改めて几帳越しに接して、鬚黒大将との差を痛感しているようです。鬚黒大将は「すくよかなる世の常の人」と語られていますが、源氏の君と比べると、月とスッポンなのでしょう。
続きです。
〔本文〕
やうやうこまやかなる御物語になりて、近き御脇息〔けふそく〕に寄りかかりて、すこしのぞきつつ聞こえ給〔たま〕ふ。いとをかしげに面痩〔おもや〕せ給へるさまの見まほしう、らうたいことの添ひ給へるにつけても、「よそに見放つも、あまりなる心のすさびぞかし」とくちをし。
おりたちて汲みは見ねども渡り川
人の瀬とはた契〔ちぎ〕らざりしを
思ひのほかなりや」とて、鼻うちかみ給ふけはひ、なつかしうあはれなり。女は顔を隠して、
三つ瀬川渡らぬさきにいかでなほ
涙の澪〔みを〕の泡と消えなむ
「心幼なの御消えどころや。さても、かの瀬は避〔よ〕き道なかなるを、御手の先ばかりは引き助け聞こえてむや」と、ほほ笑み給ひて、
〔大意〕
だんだん情の籠もった話になって、源氏の君は近くの脇息に寄りかかって、すこしのぞきながらお話し申し上げなさる。とてもかわいい感じに顔がやつれなさっている様子が見ていたく、いたわりたいことが加わりなさったことにつけても、「関係がないものとして手放すのも、あんまりな気まぐれだなあ」と思うと残念である。
立ち入って深い仲になならなかったけれども渡川
他の人の瀬とは約束しなかったのに。
予想外であるよ」と言って、鼻をかみなさる様子は、やさしさがあり風情がある。女は顔を隠して、
三つ瀬川を渡らないうちになんとかして
涙の流れの泡と消えてしまいたい。
「考えが浅い消え所だなあ。それにしても、あの瀬は避ける道がないという話であるから、あなたの手の先だけは引いて助けて差し上げようか」と、源氏の君は微笑みなさって、
〔解説〕
玉鬘のやつれた顔が「見まほしう」とあるのですが、ずっと見ていたいということでしょう。「らうたいこと」の「らうたい」は形容詞「らうたし」の連体形「らうたき」のイ音便ですが、こちらが何かと世話をしていたわってやりたい気持ちにかられるありさまを言います。大変だったねえとか、気の毒だったねえとかいうことがあったということなので、鬚黒大将と契りを結んだことをさしているのでしょう。(^_^;
「あまりなる心のすさび」とは、あまりに物好きだということです。
「渡り川」や「三つ瀬川」は三途の川のことで、女は死ぬとはじめて逢った男に背負われて渡るという俗信があったということです。「人の瀬」とは、他の男に背負われて渡るということです。「澪〔みを〕」とは流れの筋のことです。
続きです。
〔本文〕
「まめやかには、思〔おぼ〕し知ることもあらむかし。世になき痴〔し〕れ痴〔じ〕れしさも、またうしろやすさも、この世にたぐひなきほどを、さりともとなむ、頼もしき」と聞こえ給〔たま〕ふを、いとわりなう聞き苦しと思いたれば、いとほしうてのたまひ紛らはしつつ、「内にのたまはすることなむいとほしきを、なほ、あからさまに参らせ奉〔たてまつ〕らむ。おのがものと領〔りやう〕じ果てては、さやうの御交じらひもかたげなめる世なめり。思〔おも〕ひそめ聞こえし心は違〔たが〕ふさまなめれど、二条の大臣〔おとど〕は、心ゆき給ふなれば、心やすくなむ」など、こまかに聞こえ給ふ。
あはれにも恥づかしくも聞き給ふこと多かれど、ただ涙にまつはれておはす。いとかう思〔おぼ〕したるさまの心苦しければ、思すさまにも乱れ給はず、ただ、あるべきやう、御心づかひを教へ聞こえ給ふ。かしこに渡り給はむことを、とみにも許し聞こえ給ふまじき御けしきなり。
〔大意〕
「真面目な話、お分かりになることもあるだろうよ。世間にない間抜けさも、また気楽さも、この世に例がないくらいであるのを、いくらなんでも分かっていただけるだろうと、あてにしている」と源氏の君が申し上げなさるので、玉鬘はどうにもしようがないほど聞くに堪えないとお思いになっているので、困って言い紛らわしなさりながら、「主上がおっしゃることが気の毒であるから、やはり、形だけでも参上させ申し上げよう。自分のものとすっかり所有しては、そのような出仕も難しいように思われる世の中であるようだ。最初に考え申し上げた心積もりは外れた情況であるようであるけれども、二条の大臣〔:内大臣〕は、満足なさっているということであるので、安心で」など、こまごまと申し上げなさる。
しみじみとも恥ずかしくもお聞きになることがたくさんあるけれども、玉鬘はただただ涙に沈んでいらっしゃる。玉鬘がまったくこのようにお思いになっていることが気の毒であるので、源氏の君は、お思いの通りに踏み外しなさることができず、ただ、これからあるはずのこと、心構えを教え申し上げなさる。あちらにお移りになるようなことを、すぐにもお許し申し上げなさりそうもない御様子である。
〔解説〕
「痴れ痴れしさ」とは、玉鬘を我が物にすることが十分できたのにそれをしなかったことをさしています。雨夜の品定め〔:帚木24〕で、若かりし内大臣〔:当時は頭中将〕が「なにがしは、痴者〔しれもの〕の物語をせむ」と言っていたのですが、この「痴者」は男女関係で積極的に相手の愛情を得ようとしない引っ込み思案な人を言うようです。
こういう話を臆面もなくされて玉鬘が困り果てて涙を流しているのが気の毒なので、源氏の君は「思すさまにも乱れ給はず」とあるのですが、なんとまあ、今になってもチャンスさえあれば玉鬘を我が物にしようという魂胆があるんですね。「とみにも許し聞こえ給ふまじき御けしき」と語っていますが、この場面、玉鬘へのセクハラ、嫌がらせ、いじめですね。
鬚黒大将のことです。
〔本文〕
内裏〔うち〕へ参り給〔たま〕はむことを、やすからぬことに大将思〔おぼ〕せど、そのついでにや、まかでさせ奉〔たてまつ〕らむの御心つき給ひて、ただあからさまのほどを許し聞こえ給ふ。かく忍び隠ろへ給ふ御ふるまひも、ならひ給はぬ心地に苦しければ、わが殿のうち修理ししつらひて、年ごろは荒らし埋〔うづ〕もれ、うち捨て給へりつる御しつらひ、よろづの儀式を改めいそぎ給ふ。
北の方の思し嘆くらむ御心も知り給はず、かなしうし給ひし君達〔きみたち〕をも、目にもとめ給はず、なよびかに情け情けしき心うちまじりたる人こそ、とざまかうざまにつけても、人のため恥がましからむことをば、推し量り思〔おも〕ふところもありけれ、ひたおもむきにすくみ給へる御心にて、人の御心動きぬべきこと多かり。
〔大意〕
玉鬘が内裏へ参上なさるようなことを、心配なことに鬚黒大将はお思いになるけれども、その機会にだろうか、鬚黒大将の自邸に玉鬘を退出させ申し上げようという考えを思い付きなさって、ほんのしばらくの期間を承諾し申し上げなさる。このように人目を避け隠れなさる振る舞いも、経験なさらない気持ちに心苦しいので、自分の邸の中を修理し整えて、この数年は荒れ放題で陰気で、放置なさってした設備や、すべての格式を改め準備なさる。
北の方が悲しみなさっているだろう気持ちもお分かりにならず、かわいがりなさったお子たちをも、注目なさらず、人柄が優しく情愛深いところもある人は、あれやこれやにつけても、その人にとって恥をさらすようなことは、考慮するところもあったけれども、鬚黒大将は脇目もふらず一途でいらっしゃる性格で、人〔:北の方をさす〕の心が落ち着きを失ってしまいそうなことがたくさんある。
〔解説〕
鬚黒大将は玉鬘が出仕するのを機会に、自邸に引き取るつもりのようです。「まかでさせ奉らむの御心つき給ひて」の部分の助詞「の」の使い方が面白いです。現代語なら「という」です。邸はこの数年荒れ放題のようです。「年ごろは荒らし埋もれ」の部分、「荒れ」が自然に荒廃する意味であるのに対して、「荒らし」は荒れるに任せるという意味だということです。助動詞「す」「さす」も、そうなるように仕向けるという意味が感じられることがあります。
「なよびかに情け情けしき心うちまじりたる人こそ」から「推し量り思ふところもありけれ」は、「こそ〜已然形」を使った対比表現で、一瞬、源氏の君のことを言っているのかなと受け取れるのですが、尊敬語がないので一般的に説明しているようです。優しい男は女性に考慮するけど、この鬚黒大将は竹を割ったような性格なので波風が立つことが多いということです。
北の方のことです。
〔本文〕
女君〔をんなぎみ〕、人に劣り給〔たま〕ふべきことなし。人の御本性〔ほんじやう〕も、さるやむごとなき父親王〔みこ〕の、いみじうかしづき奉〔たてまつ〕り給へるおぼえ、世に軽〔かろ〕からず、御容貌〔かたち〕なども、いとようおはしけるを、あやしう、執念〔しふね〕き御物の怪〔け〕にわづらひ給ひて、この年ごろ、人にも似給はず、うつし心なき折々〔をりをり〕多くものし給ひて、御仲もあくがれてほど経〔へ〕にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひ聞こえ給へるを、めづらしう御心移る方〔かた〕の、なのめにだにあらず、人にすぐれ給へる御ありさまよりも、かの疑ひおきて、皆人〔みなひと〕の推し量りしことさへ、心きよくて過ぐい給ひけるなどを、ありがたうあはれと、思ひまし聞こえ給ふも、ことわりになむ。
〔大意〕
女君〔:鬚黒大将の北の方〕は、他の人にひけを取りなさるはずのことはない。その人の人柄も、そういう重々しい父親王が、たいそう大事に育て申し上げなさった人望は、世の中で軽くなく、顔立ちなども、とても美しくいらっしゃるけれども、不思議なことに、しつこい物の怪に苦しみなさって、この数年、普通の人とは違いなさって、正気が失せた時々も多くおありになって、夫婦仲もしっくりいかずに月日が経ってしまったけれども、鬚黒大将は北の方を重々しいもの〔:正妻〕としては、ほかに並ぶ人がなく思い申し上げなさっているのに対して、目新しく気持ちが移る方〔:玉鬘のこと〕が、並々でさえなく、人並み以上に優れなさっている御様子よりも、あの疑いを抱いて、誰もかれもが推測したことまで、潔白で過ごしなさったことなどを、めったにできないことで愛しいと、愛情が増し申し上げなさるのも、もっともである。
〔解説〕
鬚黒大将の北の方は式部卿の宮の娘で、紫の上とは異母姉妹です。「物の怪」とは、人にとりついて苦しめたり病気にしたり死なせたりする死霊、生き霊〔いきすだま〕などのことです。「執念〔しふね〕き」は「執念」が形容詞化したものだそうです。
「皆人の推し量りしこと」とは、源氏の君との仲のことです。「心きよくて過ぐい給ひける」ことについて、「ありがたうあはれ」と言っている、「ありがたし」が面白いですね。なかなかできないという意味ですが、あの源氏の君の所にいて、深い仲にならなかったのは、仏ではありえないということなんでしょう。(^_^;
続きです。
〔本文〕
式部卿〔しきぶきやう〕の宮、聞こし召して、「今は、しか今めかしき人を渡して、もてかしづかむ片隅に、人悪〔ひとわ〕ろくて添ひものし給〔たま〕はむも、人聞きやさしかるべし。おのがあらむこなたは、いと人笑へなるさまに従ひなびかでも、ものし給ひなむ」とのたまひて、宮の東〔ひんがし〕の対〔たい〕を払ひしつらひて、「渡し奉〔たてまつ〕らむ」と思〔おぼ〕しのたまふを、「親の御あたりといひながら、今は限りの身にて、たち返り見え奉らむこと」と、思ひ乱れ給ふに、いとど御心地もあやまりて、うちはへ臥しわづらひ給ふ。
本性〔ほんじやう〕は、いと静かに心よく、子めき給へる人の、時々、心あやまりして、人に疎まれぬべきことなむ、うち混じり給ひける。
〔大意〕
式部卿の宮がお聞きになって、「今となっては、そのように現代風な人〔:玉鬘〕を移して、大事に扱うような片隅に、体裁が悪くて一緒にいらっしゃるようなのも、世間への聞こえが堪え難いに違いない。私がいるような間は、ひどく物笑いの種である有り様で言いなりになり随わなくても、いらっしゃることがきっとできるだろう」とおっしゃって、邸の東の対をきれいにして手を入れて、「お移し申し上げよう」とお考えになりおっしゃるので、「親の所といいながら、今となってはもうお終いの身の上で、出戻りでお会い申し上げること」と、北の方は思い悩みなさると、ますます具合が悪くなって、引き続き寝込んでいらっしゃる。
生まれつきは、とてももの静かで気立てがよく、おっとりなさっている人が、時々、気がおかしくなって、人に嫌われてしまうに違いないことが、しばしばおありだった。
〔解説〕
父親の式部卿の宮が北の方を引き取ろうとします。「おのがあらむこなた」の「こなた」は、とりあえず、「間」と訳しましたが、自分が亡くなる時点から現在の間を「こなた」と指しているのでしょうか。面白い表現です。
「時々、心あやまりして」とは、「うつし心なき折々多くものし給ひて」〔:真木柱11〕を指しています。物の怪が原因です。
鬚黒大将が北の方を慰めます。
〔本文〕
住まひなどの、あやしうしどけなく、もののきよらもなくやつして、いと埋〔むも〕れいたくもてなし給〔たま〕へるを、玉を磨ける目移しに、心もとまらねど、年ごろの心ざしひき替ふるものならねば、心には、いとあはれと思ひ聞こえ給ふ。
「昨日今日の、いと浅はかなる人の御仲らひだに、よろしき際〔きは〕になれば、皆思ひのどむる方〔かた〕ありてこそ見果つなれ。いと身も苦しげにもてなし給ひつれば、聞こゆべきこともうち出〔い〕で聞こえにくくなむ。
年ごろ契り聞こゆることにはあらずや、世の人にも似ぬ御ありさまを、見奉〔たてまつ〕り果てむとこそは、ここら思ひしづめつつ過〔す〕ぐし来〔く〕るに、えさしもあり果つまじき御心おきてに、思〔おぼ〕し疎むな。
〔大意〕
住居などが、みすぼらしく雑然とし、調度類の美しさもなく貧相になって、ずいぶん晴れ晴れとせずに振る舞いなさっているのに対して、玉を磨いた玉鬘を見た目で見ると、心もひかれないけれども、長年の愛情がすっかり変わるものではないので、心の中では、とても気の毒と思い申し上げなさる。
「昨日今日の、とても深くはない夫婦仲さえ、そこそこの身分になると、皆のんびりと構えるところがあって添いとげるということだ。まったく身体が具合悪そうにしていらっしゃったので、申し上げなければいけないことも口に出し申し上げにくく。
長年約束し申し上げたことではないか、普通の人とも違う御様子を、ずっとお世話し申し上げようと、ずいぶん我慢して過ごしているのに、そのようにもずっといることはできそうもないという考えで、私を嫌いなさってはいけない。
〔解説〕
「玉を磨ける目移し」は、住まいや「もののきよら」という話の流れですから、玉を磨いたような素晴らしい六条院にいる玉鬘を見た目で、ぱっとしない邸にいる北の方を見るということだと理解してよさそうです。「心には、いとあはれと思ひ聞こえ給ふ」とあるのは、やはり、鬚黒大将は根がまじめだからでしょう。
「えさしもあり果つまじき御心おきて」の「えさしもあり果つまじき」は北の方の思いとして解釈しましたが、「あなたとずっと一緒にいることなんかできない」ということです。
続きです。
〔本文〕
幼き人々も侍〔はべ〕れば、とざまかうざまにつけて、おろかにはあらじと聞こえわたるを、女の御心の乱りがはしきままに、かく恨みわたり給〔たま〕ふ。ひとわたり見果て給はぬほど、さもありぬべきことなれど、まかせてこそ、今しばし御覧じ果てめ。
宮の聞こし召し疎みて、さはやかにふと渡し奉〔たてまつ〕りてむと思〔おぼ〕しのたまふなむ、かへりていと軽々〔かろがろ〕しき。まことに思しおきつることにやあらむ、しばし勘事〔かうじ〕し給ふべきにやあらむ」と、うち笑ひてのたまへる、いとねたげに心やまし。
御召人〔めしうど〕だちて、仕うまつり馴れたる木工〔もく〕の君、中将のおもとなどいふ人々だに、ほどにつけつつ、「やすからずつらし」と思ひ聞こえたるを、北の方〔かた〕は、うつし心ものし給ふほどにて、いとなつかしううち泣きてゐ給へり。
〔大意〕
幼い子供たちもいますので、あれやこれやにつけて、疎かではないようにしようとずっと私は思い申し上げているのに、女の考えの至りなさのままに、このようにずっと恨みなさっている。一通り見届けなさらない間は、そうであるのももっともなことであるけれども、成り行きにまかせて、もうしばらく間、見届けなさってください。
父宮が噂を耳になさって私を嫌って、きっぱりとあなたをお移し申し上げてしまおうとお思いになりおっしゃるということは、かえってとても軽率だ。本当にお心積もりなさっていることであるのだろうか、ちょっとの間、お叱りなさるおつもりであるのだろうか」と、鬚黒大将が微笑んでおっしゃるのは、とても腹立たしく不快である。
召人のようにして、親しくお仕え申し上げている木工の君や中将のおもとなど言う女房たちさえ、それぞれの身分に応じて、「ねたましく薄情だ」と鬚黒大将を思い申し上げているけれども、北の方は、正気でいらっしゃる時で、とても感じよくお泣きになっている。
〔解説〕
鬚黒大将は「見果て給は」「御覧じ果て」と繰り返して、玉鬘と結婚する前後で鬚黒大将の北の方への愛情が変わりがないことを見届けてほしいと言っています。北の方の父式部卿の宮が北の方を引き取ろうとしていることについて、「かへりていと軽々しき」と言っていますが、考えが足りない軽はずみなことだと言っているのでしょう。
「いとねたげに心やまし」は、北の方の気持ちです。「召人」というのは愛人のような立場の女房を言います。源氏の君にもこういう召人という立場の女房がちゃんといます。〔葵39〕の「年ごろ忍び思ししか」という中納言の君、〔澪標7〕の「ほどほどにつけつつ情けを見え給ふ」という中将の君や中務の君がそうです。(^_^;
続きです。
〔本文〕
「みづからを、ほけたり、ひがひがしとのたまひ、恥ぢしむるは、ことわりなることになむ。宮の御ことをさへ取り混ぜのたまふぞ、漏〔も〕り聞き給はむはいとほしう、憂〔う〕き身のゆかり、軽々〔かろがろ〕しきやうなる。耳馴れにて侍〔はべ〕れば、今はじめていかにもものを思ひ侍らず」とて、うち背き給へる、らうたげなり。
いとささやかなる人の、常の御悩みに痩せ衰へ、ひはづにて、髪いとけうらにて長かりけるが、わけたるやうに落ち細りて、削ることもをさをさし給はず、涙にまつはれたるは、いとあはれなり。こまかに匂へるところはなくて、父宮に似奉〔たてまつ〕りて、なまめいたる容貌〔かたち〕し給へるを、もてやつし給へれば、いづこのはなやかなるけはひかはあらむ。
〔大意〕
「私を、ぼけている、変だとおっしゃり、恥ずかしい思いをさせるのは、もっともなことで。父宮〔:式部卿の宮〕のことをまで一緒におっしゃるのは、漏れ聞きなさるような時にはとても気の毒で、情けない我が身の縁者であることは軽んずるようで。聞きなれてしまっていますので、今さらどのようにも思い悩みません」と言って、背を向けなさっているのは、かわいらしい。
とても小柄な人が、日ごろの病気で痩せ衰え、弱々しくて、髪がとても美しくて長かったのが、分け取ったように抜けて少なくなって、櫛でとかすこともほとんどなさらず、涙に沈んでいるのは、とても気の毒である。きめこまかでつややかに美しい所はなくて、父宮に似申し上げて、優美な顔立ちをしていらっしゃるのを、身なりも気にせずいらっしゃるので、どこが華やかな感じがあるだろうか。
〔解説〕
北の方の髪はもとは美しかったようですが、「わけたるやうに落ち細りて」とあるのは、ひょっとすると精神的ストレスによる脱毛なのかもしれません。
顔立ちは父の式部卿の宮に似ていると説明されています。〔紅葉賀8〕で、源氏の君が藤壺の宮を藤壺の宮を見舞いに行った時に、当時兵部卿の宮であった式部卿に会っていますが、「いとよしあるさまして、色めかしうなよび給へるを、女にて見むはをかしかりぬべく人知れず見奉り給ふ」と語られています。優美な感じの人であるようです。
続きです。
〔本文〕
「宮の御ことを、軽〔かろ〕くはいかが聞こゆる。恐ろしう、人聞きかたはになのたまひなしそ」とこしらへて、「かの通ひ侍〔はべ〕る所の、いとまばゆき玉の台〔うてな〕に、うひうひしう、きすくなるさまにて出〔い〕で入るほども、かたがたに人目たつらむと、かたはらいたければ、心やすく移ろはしてむと思ひ侍るなり。太政大臣〔おほきおとど〕の、さる世にたぐひなき御おぼえをば、さらにも聞こえず、心恥づかしう、いたり深うおはすめる御あたりに、憎げなること漏〔も〕り聞こえば、いとなむいとほしう、かたじけなかるべき。
なだらかにて、御仲よくて、語らひてものし給〔たま〕へ。宮に渡り給へりとも、忘るることは侍〔はべ〕らじ。とてもかうても、今さらに心ざしの隔たることはあるまじけれど、世の聞こえ人笑〔ひとわら〕へに、まろがためにも軽々〔かろがろ〕しうなむ侍るべきを、年ごろの契り違〔たが〕へず、かたみに後見〔うしろみ〕むと思〔おぼ〕せ」と、こしらへ聞こえ給へば、
〔大意〕
「父宮のことを、軽々しくどうして申し上げよう。恐ろしいことに、外聞が悪いようにおっしゃってはいけない」となだめて、「あの通っております所〔:玉鬘のいる六条院〕の、とてもまぶしい立派な邸で、もの馴れずに、生真面目な様子で出入りする時も、あちこち人目に付いているだろうと、気がひけるので、気楽に移らせようと思うのです。太政大臣〔:源氏の君〕が、そういう世の中に例のない声望は、あらためて申し上げず、立派で、隅々まで整っているように思える所で、醜い噂が漏れ聞こえたならば、とても困るし、恐れ多いに違いない。
玉鬘と角を立てず、仲良く、懇意にしていらっしゃってください。父宮の邸にお移りになっていても、忘れることはないでしょう。そうあってもこうあっても、今改めて気持ちが遠のくことはあるはずがないけれども、世間の噂も人の笑い草で、私にとっても軽率だと言われるに違いありませんから、長年の夫婦の約束を破らずに、互いに世話をしようとお考えください」と、慰め申し上げなさると、
〔解説〕
「きすく」は「きすぐ(生直)」で辞書には載っています「いとなむいとほしう」の「いとほし」は鬚黒大将自身にとって困る、迷惑だという心情を表現しています。「人聞きかたは」とともに、鬚黒大将自身に対する世間の評価ばかりを気にしているようです。
「なだらかにて、御仲よくて、語らひてものし給へ」とか「かたみに後見むと思せ」という言葉は、北の方の気持ちを無視した、あまりにも身勝手なものの言い方です。
続きです。
〔本文〕
「人の御つらさは、ともかくも知り聞こえず。世の人にも似ぬ身の憂きをなむ、宮にも思〔おぼ〕し嘆きて、今さらに人笑へなることと、御心を乱〔みだ〕り給〔たま〕ふなれば、いとほしう、いかでか見え奉〔たてまつ〕らむとなむ。大殿〔おほいとの〕の北の方〔かた〕と聞こゆるも、異人〔ことひと〕にやはものし給ふ。かれは、知らぬさまにて生〔お〕ひ出〔い〕で給へる人の、末の世に、かく人の親だちもてない給ふつらさをなむ、思〔おも〕ほしのたまふなれど、ここにはともかくも思はずや。もてない給はむさまを見るばかり」とのたまへば、
「いとようのたまふを、例〔れい〕の御心違〔こころたが〕ひにや、苦しきことも出で来〔こ〕む。大殿の北の方の知り給ふことにも侍〔はべ〕らず。いつき女〔むすめ〕のやうにてものし給へば、かく思ひ落とされたる人の上までは知り給ひなむや。人の御親げなくこそものし給ふべかめれ。かかることの聞こえあらば、いとど苦しかるべきこと」など、日一日〔ひひとひ〕入りゐて語らひ申し給ふ。
〔大意〕
「あなたの薄情なことは、どのようにも関わり申し上げない。世間の人には異なる我が身のつらさを、父宮も悲しみなさって、今改めてもの笑いの種であることと、心を砕きなさっているということであるので、お気の毒で、どうしてお会い申し上げることができようかと。大殿〔:源氏の君〕の北の方と申し上げる方〔:紫の上〕も、赤の他人でいらっしゃるか。あの人は、知らない所で成長なさった人が、晩年になって、このように玉鬘の親のように振る舞いなさる薄情さを、父宮はお思いになりお話しになるということであるけれども、私はどのようにも思わないよ。振る舞いなさるだろう様子を見るだけだ」と北の方がおっしゃるので、
「とてもうまくおっしゃるけれども、いつもの乱心だろうか、困ったことも起こるだろう。大殿の北の方の関わりなさることでもございません。秘蔵の娘のようにしていらっしゃるので、このように軽く見られている人〔:玉鬘〕の身の上まではお分かりになるだろうか。人の親という感じではなくいらっしゃるに違いないようだ。このような噂が広まったならば、ますます心苦しいに違いないことだ」など、鬚黒大将は、一日中部屋に入ったままでお話し申し上げなさる。
〔解説〕
北の方の「人の御つらさは、ともかくも知り聞こえず」は、あなたの薄情さはどうこう申し上げません、どうでも構いませんということです。「知る」は現代語の「知る」とは違って、認識する、理解する、世話をする、面倒を見るとかいう現代語が相当する意味領域があります。ここでは認識対象として関わりを持つということでしょう。
鬚黒大将の北の方と紫の上とは母親違いの姉妹です。「かれは」から「つらさ」までは父式部卿の宮の言葉の引用で、あの紫の上は式部卿の宮の知らない所で成長なさったけれど、式部卿の宮が年を取ってからこのように玉鬘の親のように振る舞いなさるのは薄情だというようなことを言っているのでしょう。「もてない給はむさま」については、「紫の上が」とする解釈と「鬚黒大将が」とする解釈と両方あるようです。
鬚黒大将、まじめに、一日がかりで説得しようとするんですね。(^_^;
その日の夜のことです。
〔本文〕
暮れぬれば、心も空に浮きたちて、いかで出〔い〕でなむと思〔おも〕ほすに、雪かきたれて降る。かかる空にふり出でむも、人目いとほしう、この御けしきも、憎げにふすべ恨みなどし給〔たま〕はば、なかなかことつけて、われも迎へ火つくりてあるべきを、いとおいらかに、つれなうもてなし給へるさまの、いと心苦しければ、いかにせむと思ひ乱れつつ、格子〔かうし〕などもさながら、端近〔はしぢか〕ううち眺めてゐ給へり。
北の方〔かた〕、けしきを見て、「あやにくなめる雪を、いかで分け給はむとすらむ。夜も更けぬめりや」とそそのかし給ふ。「今は限り。とどむとも」と思ひめぐらし給へるけしき、いとあはれなり。
〔大意〕
日が暮れたので、鬚黒大将は気もそぞろにそわそわして、なんとかして出掛けてしまおうとお思いになる時に、雪が激しく降る。このような空模様で出掛けるようなのも、人目が気になり、この北の方の様子も、憎らしそうに嫉妬し恨み言などを言いなさったならば、かえってかこつけて、自分も迎え火を放っていることができるのに、とてもおっとりと、さりげなく振る舞いなさっている様子が、とても気の毒であるので、鬚黒大将は、どうしようと思い悩みながら、格子などもそのままで、部屋の端近くでもの思いにふけってお座りになっている。
北の方は、様子を見て、「あいにくであるように思える雪を、どうやって踏み分けなさろうとするのだろう。夜も更けてしまったようだよ」と促しなさる。「今となってはもう終わり。引き留めても」と、思案なさっている様子は、とても気の毒である。
〔解説〕
夜になれば、玉鬘のもとへ出掛けるわけで、鬚黒大将はそわそわしています。「雪かきたれて降る」の「かきたれ」は、辞書に「雲が低く垂れて一面が暗くなる。雨や雪などが激しく降る」と説明されていますが、ここでは日が暮れてしまっているので、「激しく降る」で訳出してあります。「迎へ火」は野火を防ぐためにこちらから点ける火のことだそうです。
北の方の「いかで分け給はむとすらむ」は、次の「夜も更けぬめりやとそそのかし給ふ」を考慮すると、この雪を踏み分けて出掛けてゆくのは大変ですよと心配している言葉だと解釈できます。「今は限り。とどむとも」と考えている北の方、気の毒ですねえ。(^_^;
続きです。
〔本文〕
「かかるには、いかでか」とのたまふものから、「なほ、このころばかり、心のほどを知らで、とかく人の言ひなし、大臣〔おとど〕たちも左右〔ひだりみぎ〕に聞き思〔おぼ〕さむことを憚りてなむ、途絶えあらむはいとほしき。思ひしづめて、なほ見果て給〔たま〕へ。ここになど渡しては、心やすく侍〔はべ〕りなむ。かく世の常なる御けしき見え給ふ時は、ほかざまに分くる心も失せてなむ、あはれに思〔おも〕ひ聞こゆる」など、語らひ給へば、「立ちとまり給ひても、御心のほかならむは、なかなか苦しうこそあるべけれ。よそにても、思ひだにおこせ給はば、袖の氷も解けなむかし」など、なごやかに言ひゐ給へり。
〔大意〕
「このような時には、どうして」とおっしゃるけれども、「やはり、この時期だけは、私の気持ちのほどを知らずに、あれこれと女房が言い立て、大臣たち〔:源氏の君や内大臣〕もあちらこちらから耳にしてお思いになるだろうことを考慮して、途絶えがあるようなことは具合が悪い。気持ちを落ち着かせて、やはり最後まで御覧ください。玉鬘をこちらになど移したならば、きっと気遣いはないでしょう。このように普通の御表情がお見えになる時は、他の女性に分ける気持ちもなくなって、愛しく思い申し上げる」など、鬚黒大将が慰めなさるので、「あなたが留まりなさっても、お気持ちがよそに向いているようなのは、かえってつらいに違いない。よそでも、せめてこちらに思いをよこしなさるならば、悲しみの涙が凍った袖の氷もきっと解けるだろうよ」など、北の方は穏やかに話をしていらっしゃる。
〔解説〕
「かかるには、いかでか」とは、このような雪が降る夜に外出することはできないということです。「なほ、このころばかり」は句点で文を切る解釈が普通ですが、「途絶えあらむはいとほしき」に係っているとして解釈してみました。
「袖の氷」とは、涙で濡れた袖が寒さで凍ってできた氷のことです。「思ひつつ寝なくに明くる冬の夜の袖の氷は解けずもあるかな(あなたのことを思いながら眠ることもできずに明ける冬の夜の涙が凍った袖の氷は解けずにあるなあ)」(後撰集)という歌があります。
続きです。
〔本文〕
御火取〔ひとり〕召して、いよいよ焚〔た〕きしめさせ奉〔たてまつ〕り給〔たま〕ふ。みづからは、萎〔な〕えたる御衣〔ぞ〕ども、うちとけたる御姿、いとど細う、か弱げなり。しめりておはする、いと心苦し。御目のいたう泣き腫〔は〕れたるぞ、すこしものしけれど、いとあはれと見る時は、罪なう思〔おぼ〕して、「いかで過ぐしつる年月ぞ」と、「名残なう移ろふ心のいと軽〔かろ〕きぞや」とは思ふ思ふ、なほ心懸想〔こころげさう〕は進みて、そら嘆きをうちしつつ、なほ装束〔さうぞく〕し給ひて、小さき火取取り寄せて、袖に引き入れてしめゐ給へり。
なつかしきほどに萎えたる御装束に、容貌〔かたち〕も、かの並びなき御光にこそ圧〔お〕さるれど、いとあざやかに男々〔をを〕しきさまして、ただ人と見えず、心恥づかしげなり。
〔大意〕
火取を取り寄せて、ますます香を焚き染めさせ申し上げなさる。北の方自身は、糊の落ちたお召し物の、くつろいだ姿は、とてもほっそりして弱々しい感じである。しんみりとしていらっしゃるのは、とても気の毒である。目がひどく泣いて腫れているのは、すこし疎ましいけれども、とても愛しいと思って見る時には、悪くなくお思いになって、「どうして過ごしてきた年月か」よ、「きれいさっぱりと変わる心はとても軽薄だなあ」とは思いながらも、やはり気持ちは逸って、うそのため息をつきながら、やはり衣装を整えなさって、小さい火取を取り寄せて、袖の中に入れて焚き染めていらっしゃる。
感じよい程度に糊が落ちた装束で、顔立ちも、あの並ぶものがない光〔:源氏の君をさす〕には圧倒されるけれども、とてもすっきりと男らしい感じがして、並の貴族とは見えず、こちらが気後れするくらいである。
〔解説〕
「火取」は衣服などに香を焚き染める時に用いる香炉です「焚きしめさせ奉り給ふ」とありますから、北の方が女房たちに命じて鬚黒大将のために焚き染めさせているということです。「いかで過ぐしつる年月ぞ」は、どうして長い間疎遠にしていたのだろうという解釈、よくぞ長い間夫婦の関係を続けてきたものだという解釈などがありますが、次に「なほ」を繰り返し用いて、玉鬘にひかれる鬚黒大将の心の動きが語られますから、「いかで過ぐしつる年月ぞ」は北の方への好意的な心情の現われとして解釈するのがよいでしょう。
続きです。
〔本文〕
侍〔さぶらひ〕に、人々声して、「雪すこし隙〔ひま〕あり。夜は更〔ふ〕けぬらむかし」など、さすがにまほにはあらで、そそのかし聞こえて、声づくりあへり。中将、木工〔もく〕など、「あはれの世や」などうち嘆きつつ、語らひて臥したるに、正身〔さうじみ〕は、いみじう思ひしづめて、らうたげに寄り臥し給〔たま〕へりと見るほどに、にはかに起き上がりて、大きなる籠〔こ〕の下〔した〕なりつる火取〔ひとり〕を取り寄せて、殿の後ろに寄りて、さと沃〔い〕かけ給ふほど、人のややみあふるほどもなう、あさましきに、あきれてものし給ふ。さるこまかなる灰の、目鼻にも入りて、おぼほれてものもおぼえず。払ひ捨て給へど、立ち満ちたれば、御衣〔ぞ〕ども脱ぎ給ひつ。
〔大意〕
侍所〔さぶらいどころ〕で、供の者どもの声がして、「雪が少し小降りだ。夜は更けてしまっただろうよ」など、そうはいうものの直接ではなくて、うながし申し上げて、それぞれ咳払いをしている。中将や木工などは、「気の毒な夫婦仲だなあ」などため息をつきながら、話をして横になっている時に、当人〔:北の方をさす〕は、ずいぶん思いを鎮めて、かわいらしく寄りかかって横におなりになっていると見るうちに、急に起き上がって、大きな籠の下にあった火取を取り寄せて、殿〔:鬚黒大将〕の後ろに近寄って、さっと浴びせかけなさる時は、女房が引き留められる間もなく、意外なことで、鬚黒大将は呆然としていらっしゃる。そういう細かな灰が、目や鼻にも入って、ぼんやりとして、何が何だか分からずにいらっしゃる。灰を払い捨てなさるけれども、立ちこめているので、お召し物を脱ぎなさった。
〔解説〕
「侍」は侍所のことで、警護の者の詰所です。それとなく外出をうながすのが面白いですね。「中将、木工」は〔真木柱14〕で「御召人だちて、仕うまつり馴れたる」と紹介されていた鬚黒大将の愛人の女房たちです。中将と木工も北の方の味方になっています。
北の方に、この瞬間に、物の怪が取り憑いたのでしょうか。火取の灰を浴びせかけるというのは、現在の暮らしでは、仏壇の線香立てをひっくり返して灰だらけになったのが近いですが、こんなこと、めったにないですよね。「ややみあふる」は語義未詳だということです。見たところ、「ややむ+あふ(敢)」のようですが、「ややむ」は「やや+見る」だという説もあります。ともあれ、大変なことになってしまいました。
さあ、大変です。
〔本文〕
うつし心にてかくし給〔たま〕ふぞと思はば、またかへりみすべくもあらずあさましけれど、「例〔れい〕の御もののけの、人に疎ませむとするわざ」と、御前〔おまへ〕なる人々も、いとほしう見奉〔たてまつ〕る。
立ち騷ぎて御衣〔ぞ〕ども奉り替へなどすれど、そこらの灰の、鬢〔びん〕のわたりにも立ちのぼり、よろづの所に満ちたる心地すれば、きよらを尽くし給ふわたりに、さながら参うで給ふべきにもあらず。
「心違〔こころたが〕ひとはいひながら、なほめづらしう、見知らぬ人の御ありさまなりや」と爪弾〔つまはじ〕きせられ、疎ましうなりて、あはれと思ひつる心も残らねど、「この頃、荒だてては、いみじきこと出〔い〕で来〔き〕なむ」と思ししづめて、夜中になりぬれど、僧など召して、加持〔かぢ〕参り騒ぐ。呼ばひののしり給ふ声など、思ひ疎み給はむにことわりなり。
〔大意〕
正気でこのようにしなさることだと思うならば、二度と振り返って見るはずもなくあきれるほどであるけれども、「いつもの物の怪が、人〔:鬚黒大将〕に北の方を嫌わせようとするしわざ」と、前に控える女房たちも、気の毒に見申し上げる。
大騒ぎをしてお召し物など着替えなさりなどするけれども、たくさんの灰が鬢のあたりにも舞い上がり、すべての所に充満している気持ちがするので、華麗さを極めている所〔:六条院〕に、そのまま参上なさるのができることでもない。
「乱心とはいいながら、やはりめったにないことで、見たこともない北の方の御様子であるよ」と、爪弾きをせずにはいられず、気味が悪くなって、愛しいと思った心も残らないけれども、「この時期、事を荒立てたならば、きっとひどいことが起こるだろう」と落ち着いて考えなさって、夜中になってしまったけれども、僧などをお呼びになって、加持祈祷を盛んにし申し上げる。北の方がなんども叫び大声をあげなさる声など、愛想を尽かしなさるのももっともである。
〔解説〕
「うつし心」とは、気が確かではっきりしていることです。「うつし」は現実に存在するさまをいうシク活用の形容詞です。「心違ひ」は、その「うつし心」が普通でなくなっていることです。鬚黒大将も女房たちもいつもの物の怪のしわざだと考えていますが、「なほめづらしう、見知らぬ人の御ありさま」であったようです。
「爪弾き」は、辞書には、「人差し指または中指の爪先を親指の腹にかけてはじくこと。気にくわないときや、忌み嫌うときなどにするしぐさ」と説明されています。鬚黒大将は、ぱちぱちやっているわけです。僧は、物の怪を抑え鎮めるために呼ばれました。
続きです。
〔本文〕
夜一夜〔よひとよ〕、打たれ引かれ、泣きまどひ明かし給〔たま〕ひて、すこしうち休み給へるほどに、かしこへ御文〔ふみ〕奉〔たてまつ〕れ給ふ。「昨夜〔よべ〕、にはかに消え入る人の侍〔はべ〕しにより、雪のけしきもふり出〔い〕でがたく、やすらひ侍しに、身さへ冷えてなむ。御心をばさるものにて、人いかに取りなし侍りけむ」と、きすくに書き給へり。
心さへ空に乱れし雪もよに
ひとり冴えつる片敷の袖
堪〔た〕へがたくこそ」と、白き薄様〔うすやう〕に、つつやかに書い給へれど、ことにをかしきところもなし。手はいときよげなり。才〔ざえ〕かしこくなどぞものし給ひける。
〔大意〕
一晩中、打たれたり引きずられたり、ひどく泣いて夜を明かしなさって、北の方がすこしおやすみになっている時に、鬚黒大将はあちら〔:玉鬘〕へお手紙を差し上げなさる。「昨夜、急に息が絶える人がおりましたことにより、雪の様子も出て行きにくく、ためらっておりましたうちに、身体までも冷えてね。あなたのお気持ちは言うまでもないものであって、女房がどのように取りなしましたのだろう」と、生真面目にお書きになっている。
心までも上の空で思い乱れた雪が激しく降る時に
一人冷えきった片敷きの袖
堪えることができずに」と、白い薄様に、真面目にお書きになっているけれども、とくに趣がある所もない。筆跡はとてもすっきりとしている。漢学は造詣が深くなどいらっしゃった。
〔解説〕
「打たれ引かれ」は、北の方には気の毒なことですが、北の方に取り憑いた物の怪を退散させるためです。物の怪が取り憑くと、まったくの別人になってしまったようです。〔葵21〕で、六条御息所の生霊が取り憑いた葵の上の話し方が、六条御息所そっくりになったと語られていますが、鬚黒大将の北の方の場合はどのようだったのでしょうか、詳しく語られていません。
「侍し」は「侍りし」の促音便「侍っし」の「っ」を表記しない形だそうです。「きすく」は〔真木柱16〕で出ていた言葉です。「雪もよ」「つつやか」は語義未詳だそうです。
鬚黒大将の歌の「片敷きの袖」は、男女が共寝をする時、互いの衣を敷いて寝たということですが、自分の衣だけを敷く寂しい独り寝をさしています。
続きです。
〔本文〕
尚侍〔かむ〕の君、夜がれを何とも思〔おぼ〕されぬに、かく心ときめきし給〔たま〕へるを、見も入れ給はねば、御返りなし。男、胸つぶれて、思ひ暮らし給ふ。
北の方は、なほいと苦しげにし給へば、御修法〔みずほふ〕など始めさせ給ふ。心のうちにも、「このころばかりだに、ことなく、うつし心にあらせ給へ」と念じ給ふ。「まことの心ばへのあはれなるを見ず知らずは、かうまで思ひ過ぐすべくもなきけ疎さかな」と、思ひゐ給へり。
〔大意〕
尚侍の君〔:玉鬘〕は、鬚黒大将が通って来ないのを何ともお思いにはならないので、鬚黒大将のこのようにどきどきなさっている手紙には、見向きもなさらないので、お返事はない。男〔:鬚黒大将〕は、気が気ではなく、一日中心配なさる。
北の方は、相変わらずとても苦しそうにしなさるので、鬚黒大将は御修法など始めさせなさる。心の中でも、「せめてこの時期くらいだけでも、無事に、正気でいさせなさってください」と祈念しなさる。「本当の気立てがやさしいのを見知っていなかったならば、こうまで大目に見るはずもない疎ましさだなあ」とずっとお思いになっている。
〔解説〕
鬚黒大将がせっかく書いた手紙も玉鬘は見もしないようです。「心ときめき」は、期待や不安で胸がどきどきすることです。
「御修法など始めさせ給ふ」の「させ」は鬚黒大将の指示で始めさせるということでしょう。夫という立場上、指示を出しているだけで、「まことの心ばへ」云々の心内文も自己満足的です。
鬚黒大将が玉鬘の所へ通って行きます。
〔本文〕
暮るれば、例〔れい〕の急ぎ出〔い〕で給〔たま〕ふ。御装束のことなども、めやすくしなし給はず、世にあやしう、うちあはぬさまにのみむつかり給ふを、あざやかなる御直衣〔なほし〕なども、え取りあへ給はで、いと見苦し。昨夜〔よべ〕のは、焼けとほりて、疎ましげに焦〔こが〕れたるにほひなども、ことやうなり。御衣〔ぞ〕どもに移り香〔が〕もしみたり。ふすべられけるほどあらはに、人も倦〔うん〕じ給ひぬべければ、脱ぎ替へて、御湯殿〔ゆどの〕など、いたうつくろひ給ふ。
木工〔もく〕の君、御薫物〔たきもの〕しつつ、
ひとりゐて焦がるる胸の苦しきに
思ひあまれる炎とぞ見し
名残なき御もてなしは、見奉〔たてまつ〕る人だに、ただにやは」と、口おほひてゐたる、まみ、いといたし。されど、「いかなる心にて、かやうの人にものを言ひけむ」などのみぞおぼえ給ひける、情けなきことよ。
憂きことを思ひ騒げばさまざまに
くゆる煙ぞいとど立ちそふ
いとことのほかなることどもの、もし聞こえあらば、中間〔ちゆうげん〕になりぬべき身なめり」と、うち嘆きて出で給ひぬ。
〔大意〕
日が暮れると、いつものように急いで出掛けなさる。衣装のことなども、感じよくは着こなしなさらず、とても見苦しく、整っていないと鬚黒大将は機嫌が悪いけれども、美しい直衣なども、用意なさることができずに、とても見苦しい。昨日のは、焼けて穴が空いて、嫌な感じに焦げている臭いなども、異様である。何枚もの衣に移り香も染みこんでいる。嫉妬されたことが手に取るようで、人〔:玉鬘〕もきっと愛想を尽かしなさるに違いないので、脱ぎ替えて、湯浴みなど、たいそう着飾りなさる。
木工の君が、薫物をしながら、
一人残って思い焦がれる胸が苦しいので
思い余った炎と思って見たことだ。
手のひらを返すような扱いは、お世話申し上げる者さえ、普通でいられようか」と、口を袖で隠しているまなざしは、とても厳しい。しかし、「どのような気持ちで、このような人〔:北の方〕と深い仲になったのだろう」などばかりお感じになっているのは、薄情なことだよ。
嫌なことをあれこれ考えるといろいろと
後悔される煙がますます加わることだ。
まったく予想外な事が、もし噂になったならば、どっち付かずになってしまうに違いない身の上であるようだ」と、ため息をついて、鬚黒大将はお出かけになった。
〔解説〕
「御装束」から「むつかり給ふを」までは、このところの鬚黒大将の日常のことで、本来ならば北の方が鬚黒大将の衣装の面倒を見てやるはずなのですが、北の方が病気ですから、鬚黒大将の衣装を整えてやることができないでいることを言っていると注釈があります。「むつかり給ふ」は、鬚黒大将が自分の恰好の悪さにぶつぶつ愚痴を言っているということなのでしょう。
焦げた臭いは、どういうわけなのか、鼻につきますね。「御湯殿」で、臭いを落とすために湯浴みをしたわけですが、この時代の湯殿って、どういうようになっていたのでしょうか。
「ひとりゐて」は木工の君の歌です。「ひとり」は「一人」と「火取」の掛詞です。「憂きことを」は鬚黒大将の歌です。「くゆる」は、煙がくすぶる意味の「くゆる」と後悔する意の「悔ゆ」の掛詞です。木工の君は厳しく詰め寄っていますが、鬚黒大将は自分のことばかり考えているようです。
続きです。
〔本文〕
一夜〔ひとよ〕ばかりの隔てだに、まためづらしう、をかしさまさりておぼえ給〔たま〕ふありさまに、いとど心を分〔わ〕くべくもあらずおぼえて、心憂〔こころう〕ければ、久しう籠もりゐ給へり。修法〔ずほふ〕などし騒げど、御物の怪〔け〕こちたくおこりてののしるを聞き給へば、「あるまじき疵〔きず〕もつき、恥ぢがましきこと、かならずありなむ」と、恐ろしうて寄りつき給はず。殿に渡り給ふ時も、異方〔ことかた〕に離れゐ給ひて、君達〔きんだち〕ばかりをぞ呼び放ちて見奉〔たてまつ〕り給ふ。女一所〔ひとところ〕、十二三ばかりにて、また次々、男二人なむおはしける。
近き年ごろとなりては、御仲も隔たりがちにてならはし給へれど、やむごとなう、立ち並ぶ方〔かた〕なくてならひ給へれば、「今は限り」と見給ふに、候〔さぶら〕ふ人々も、「いみじう悲し」と思ふ。
〔大意〕
一晩ほど逢わないだけでさえ、さらに愛らしく、かわいらしさが増して感じられなさる玉鬘の様子に、ますます愛情を北の方に分けるはずもなく感じられて、厭わしいので、鬚黒大将は玉鬘のもとに長い間籠もり続けなさっている。修法などをさかんにするけれども、物の怪がおびただしく現われて大騒ぎをするのを鬚黒大将はお聞きになると、「する必要のない恥もかき、外聞が悪いことは、きっとあるだろう」と思うと、恐ろしくて鬚黒大将は寄り付きなさらない。邸にお戻りになる時にも、他の部屋に離れていらっしゃって、お子たちばかりを呼び寄せてお会い申し上げなさる。女がお一人、十二三歳ぐらいで、ほかに次々と男が二人いらっしゃった。
最近の数年になってからは、夫婦仲も遠ざかりがちでずっと来られているけれども、重々しい立場として、肩を並べる方もなくてずっといらっしゃっているので、北の方は「今となってはもう終しまい」と思って御覧になると、伺候する女房たちも、「とても悲しい」と思う。
〔解説〕
鬚黒大将と北の方の夫婦仲は終末に向かっているようです。玉鬘の所に籠もっている鬚黒大将は、北の方から気持ちがすっかり離れてしまいました。たまに邸に戻っても離れた部屋にいて、子供たちを呼び寄せて会うというのは、あんまりですね。
「やむごとなう、立ち並ぶ方なくてならひ給へれば」の文意が把握しにくいのですが、〔真木柱11〕にも「やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひ聞こえ給へる」とあったことを考慮すると、北の方は鬚黒大将に正妻としてずっと大事にされてきたということのようです。それだけに、北の方はショックなんでしょうねえ。
父式部卿の宮が北の方を引き取ります。
〔本文〕
父宮、聞き給〔たま〕ひて、「今は、しかかけ離れて、もて出〔い〕で給ふらむに、さて心強くものし給ふ、いと面〔おも〕なう、人笑〔ひとわら〕へなることなり。おのがあらむ世の限りは、ひたぶるにしもなどか従ひくづほれ給はむ」と聞こえ給ひて、にはかに御迎へあり。
北の方、御心地すこし例〔れい〕になりて、世の中をあさましう思ひ嘆き給ふに、かくと聞こえ給へれば、「しひて立ちとまりて、人の絶え果てむさまを見果てて、思ひとぢめむも、今すこし人笑へにこそあらめ」など思〔おぼ〕し立つ。
〔大意〕
父宮〔:式部卿の宮〕がお聞きになって、「今は、そのようによそよそしくして、はっきりと示していらっしゃるような時に、そうして辛抱強くしていらっしゃるのは、とても恥ずかしく、物笑いの種である。私が生きているような間は、ひたすら、どうして言いなりになってふさぎこみなさっていてよいだろうか」と申し上げなさって、急にお迎えがある。
北の方は、お気持ちがすこし正常になって、鬚黒大将との夫婦仲を情けないこと悲しみなさっている時に、父宮がこれこれと申し上げなさるので、「無理に留まって、夫がすっかり来なくなるような様子を見届けてからあきらめるようなのも、さらに物笑いの種であるだろう」など決心なさる。
〔解説〕
父の式部卿の宮が出て来ました。行動の判断基準は「人笑へ」になるかどうかです。皇族として、名誉を重んじるということなのでしょう。北の方も同じように考えています。
続きです。
〔本文〕
御兄弟〔せうと〕の君達〔きみたち〕、兵衛〔ひやうゑ〕の督〔かみ〕は、上達部〔かんだちめ〕におはすれば、ことことしとて、中将、侍従〔じじゆう〕、民部の大輔〔たいふ〕など、御車〔くるま〕三つばかりしておはしたり。「さこそはあべかめれ」と、かねて思ひつることなれど、さしあたりて今日を限りと思へば、候〔さぶら〕ふ人々も、ほろほろと泣きあへり。
「年ごろならひ給〔たま〕はぬ旅住みに、狭くはしたなくては、いかでかあまたは候はむ。かたへは、おのおの里にまかでて、しづまらせ給ひなむに」など定めて、人々おのがじし、はかなきものどもなど、里に運びやりつつ、乱れ散るべし。御調度〔てうど〕どもは、さるべきは皆したため置きなどするままに、上下〔かみしも〕泣き騒ぎたるは、いとゆゆしく見ゆ。
〔大意〕
御兄弟の方々、兵衛の督は、上達部でいらっしゃるので、大袈裟だということで、中将、侍従、民部の大輔などが、牛車三両ほどでいらっしゃった。「そのようであるに違いないようだ」と、前から思っていたことであるけれども、今この場に臨んで今日を最後と思うと、お仕え申し上げる女房たちも、ぽろぽろと皆で泣いている。
「長年経験なさっていない他所での暮らしに、狭くてきまり悪くては、どうして大勢お仕え申し上げることができよう。一部は、めいめいの実家に退出して、落ち着きなさったならば、その時に」など決めて、女房たちはめいめい、とりとめもない物などを実家に運び送っては、ばらばらに去ってゆくに違いない。お道具類は、ふさわしい物は皆片付けて置きなどする間、身分の上の者も下の者も泣き騒いでいるのは、とても不吉に見える。
〔解説〕
「御兄弟の君達」は北の方の兄弟です。「さこそはあべかめれ」以下は女房たちのことを語っていますが、北の方も同じ心情だったのでしょう。
「旅住み」とは、北の方が父の式部卿の宮の邸で暮らすことを言っていますが、辞書には、「普段暮らしている住居以外の所に住むこと。仮の住まい。旅先の住まい」というように説明されています。実家に帰るのに「旅住み」というのが面白いですね。「狭くはしたなくては」の「はしたなし」は、女房たちが式部卿の宮の邸に移って仕えることのきまり悪さを言っています。鬚黒大将の邸が本来の居場所だという意識があるようです。
続きです。
〔本文〕
君達〔きみたち〕は、何心もなくてありき給〔たま〕ふを、母君、皆呼び据〔す〕ゑ給ひて、「みづからは、かく心憂〔う〕き宿世〔すくせ〕、今は見果てつれば、この世に跡〔あと〕とむべきにもあらず、ともかくもさすらへなむ。生〔お〕ひ先遠うて、さすがに、散りぼひ給はむありさまどもの、悲しうもあべいかな。
姫君は、となるともかうなるとも、おのれに添ひ給へ。なかなか、男君たちは、えさらず参うで通ひ見え奉〔たてまつ〕らむに、人の心とどめ給ふべくもあらず、はしたなうてこそただよはめ。
宮のおはせむほど、形〔かた〕のやうに交じらひをすとも、かの大臣〔おとど〕たちの御心にかかれる世にて、かく心おくべきわたりぞと、さすがに知られて、人にもなり立たむこと難し。さりとて、山林〔やまはやし〕に引き続きまじらむこと、後〔のち〕の世までいみじきこと」と泣き給ふに、皆、深き心は思ひ分〔わ〕かねど、うちひそみて泣きおはさうず。
〔大意〕
お子さまたちは、無邪気に歩き回りなさるのを、母君が皆呼んで座らせなさって、「私は、このように情けない運命で、もう今は見届けてしまったので、この世の中に跡を残すつもりでもない、どのようにでもさまよい歩いてしまおう。おまえたちは、将来が長くて、そうはいうものの、散り散りにおなりになるような様子が、悲しいに違いないよ。
姫君は、そうなってもこうなっても、私と一緒にいらっしゃい。かえって、男の子たちは、やむを得ず行き来をしてお目にかかるような時に、人〔:鬚黒大将〕が目をおかけになるはずもなく、体裁が悪くて落ち着かないだろう。
父式部卿の宮がいらっしゃるような間、型通りの宮仕えをしても、あの大臣たち〔:源氏の君と内大臣〕のお気持ちのままになっている世の中で、このように気を付けなければいけない人たちだよと、そうはいうものの世間に知られて、一人前の人として立身するようなことは難しい。そうかといって、山林に私の後を追って入るようなことは、死んだ後の世までもとてもつらいこと」とお泣きになると、皆、深い事情は理解できないけれども、べそをかいて皆泣いていらっしゃる。
〔解説〕
北の方が語ります。「この世に跡とむべきにもあらず、ともかくもさすらへなむ」は、後の「山林に引き続きまじらむこと」を参照すると、北の方は出家して隠遁する覚悟を決めたようです。「姫君は、となるともかうなるとも、おのれに添ひ給へ」は、姫君は母親のもとで育てられなければならないという通念からの発言でしょうが、父方に姫君が引き取られた場合は、継母にいじめられるということも心配しているのでしょう。
男の子たちは貴族社会で生きていくために、どうしても鬚黒大将とのつながりを絶つわけにはいきませんが、式部卿の宮が健在のうちは、宮の孫ということで、どうにかこうにかやっていけるとしても、宮の死後は、源氏の君と宮の関係がよくありません〔:澪標24、この時は兵部卿〕から、煙たがれることは間違いないということです。
続きです。
〔本文〕
「昔物語などを見るにも、世の常の心ざし深き親だに、時に移ろひ、人に従へば、おろかにのみこそなりけれ。まして、形〔かた〕のやうにて、見る前にだに名残なき心は、かかりどころありてももてない給〔たま〕はじ」と、御乳母〔めのと〕どもさし集〔つど〕ひて、のたまひ嘆く。
日も暮れ、雪降りぬべき空のけしきも、心細う見ゆる夕べなり。「いたう荒れ侍〔はべ〕りなむ。早う」と、御迎への君達〔きむだち〕そそのかし聞こえて、御目おし拭〔のご〕ひつつ眺めおはす。
姫君は、殿いとかなしうし奉〔たてまつ〕り給ふならひに、「見奉らではいかでかあらむ。『今』なども聞こえで、また会ひ見ぬやうもこそあれ」と思〔おも〕ほすに、うつぶし伏して、「え渡るまじ」と思ほしたるを、「かく思〔おぼ〕したるなむ、いと心憂〔う〕き」など、こしらへ聞こえ給ふ。「ただ今も渡り給はなむ」と、待ち聞こえ給へど、かく暮れなむに、まさに動〔うご〕き給ひなむや。
〔大意〕
「昔物語などを見るにつけても、世間並みの愛情が深い親さえ、時の流れで気持ちが変わり、人の気持ちに付き従うので、愛情が疎かにばかりなることだ。まして、形ばかりで、目の前でさえすっかり変わる気持ちは、頼るところがあるようには扱いなさらないだろう」と、乳母たちも集まって、北の方はお話になって悲しみなさる。
日も暮れ、吹きが降ってしまいそうな空模様も、心細く見える夕方である。「きっとひどく荒れるだろう。早く」と、お迎えの兄弟の方々が促し申し上げて、北の方は目を押し拭いながらもの思いにふけっていらっしゃる。
姫君は、殿〔:鬚黒大将〕がとてもかわいがり申し上げなさっていたので、「お会い申し上げなくてはどうしていることができようか。もうこれでなども申し上げずに、再び会うことができないことがあるといけない」とお思いになると、うつ伏して、「出て行くことができそうにない」とお思いになっているので、「このようにお思いになっているのは、とても情けない」など、北の方がなだめ申し上げなさる。「今すぐお越しになってくれたらいいなあ」と、姫君は殿をお待ち申し上げなさるけれども、こうして暮れてしまうような時に、どうして鬚黒大将が玉鬘の所からお動きになるだろうか。
〔解説〕
北の方の語りが続きます。この当時の昔物語というのはどういうものだったのでしょうか。『落窪物語』には、継母の言いなりになる実の父親が登場しますが、そういう物語がたくさんあったのでしょう。
「日も暮れ、雪降りぬべき空のけしきも、心細う見ゆる夕べなり」は天候の描写ですが、同時に、北の方の心情の描写でもあります。先が真っ暗ということです。
姫君は、「女一所、十二三ばかりにて」〔:真木柱26〕とあったので、「皆、深き心は思ひ分かねど」〔:真木柱29〕とはあるものの、姫君なりに父親との心のつながりがあって、悲しいのでしょう。「君達は、何心もなくてありき給ふを」〔:真木柱29〕とあったのは弟たちのことなのかもしれません。
姫君が別れの歌を詠みます。
〔本文〕
常に寄りゐ給〔たま〕ふ東面〔ひむがしおもて〕の柱を、人に譲る心地し給ふもあはれにて、姫君、檜皮色〔ひはだいろ〕の紙の重ね、ただいささかに書きて、柱の干割〔ひわ〕れたるはさまに、笄〔かうがい〕の先して押し入れ給ふ。
今はとて宿かれぬとも馴れ来〔き〕つる
真木〔まき〕の柱はわれを忘るな
えも書きやらで泣き給ふ。母君、「いでや」とて、
馴れきとは思ひ出〔い〕づとも何により
立ちとまるべき真木の柱ぞ
御前〔おまへ〕なる人々も、さまざまに悲しく、「さしも思はぬ木草〔きくさ〕のもとさへ恋しからむこと」と、目とどめて、鼻すすりあへり。
〔大意〕
いつも寄りかかってお座りになる東の部屋の柱を、他の人に与える気持ちがしなさるのも悲しくて、姫君は、檜皮色の紙の重なったもの、ほんのちょっと書いて、柱のひび割れた隙間に、笄の先で押し入れなさる。
もうこれでと言って邸から離れてしまっても親しんできた
真木の柱は私を忘れるな。
すらすらと書くことができず姫君はお泣きになる。母君が、「いやはや」と言って、
慣れ親しんだとは思い出しても、どういうことによって
私たちがここに留まることができる真木の柱か。
お側にいる女房たちも、それぞれに悲しく、「それほど思わない草木のもとまでも恋しいだろうことだ」と、心をとめて見て、皆で鼻をすすっている。
〔解説〕
「常に寄りゐ給ふ東面の柱」とは、お寺の本堂にあるような、壁が続いていない柱です。姫君はいつもその柱に寄りかかって座っていたのでしょう。自分の座席なんですね。「笄」は、髪をかき上げるのに使った、箸のような道具です。
この姫君は、この歌を詠んだことから真木柱と呼ばれています。
北の方が邸を出て行きます。
〔本文〕
木工〔もく〕の君は、殿の御方〔かた〕の人にてとどまるに、中将のおもと、
浅けれど石間〔いしま〕の水は澄み果てて
宿もる君やかけ離るべき
思ひかけざりしことなり。かくて別れ奉〔たてまつ〕らむことよ」と言へば、木工、
ともかくも岩間の水の結ぼほれ
かけとむべくも思ほえぬ世を
いでや」とてうち泣く。
御車引き出〔い〕でて返り見るも、「またはいかでかは見む」と、はかなき心地す。梢〔こずゑ〕をも目とどめて、隠るるまでぞ返り見給ひける。君が住むゆゑにはあらで、ここら年経〔へ〕給へる御住みかの、いかでか偲〔しの〕びどころなくはあらむ。
〔大意〕
木工の君は、大将付きの女房として残るので、中将のおもとが、
浅いけれども石の間を流れる遣水はすっかり澄んで
いつまでも住んで邸を守るあなたは立ち去ってよいはずがあるか。
思いもしなかったことだ。こうしてお別れ申し上げるようなことはねえ」と言うと、木工の君が、
どのようにでも石の間を流れる遣水は滞って
留まることができそうにも思われない世の中を。
いやはや」と言って、わっと泣く。
牛車を門から引き出して邸を振り返るのも、「ふたたびどうして見ることができよう」と、頼りない気持ちがする。梢をも心をとめて見て、隠れるまで振り返って御覧になった。君が住むからではなくて、たくさんの年月過ごしなさった住まいが、どうして懐かしむところがないだろうか。
〔解説〕
別れて出て行く側から歌を詠むのが仕来りのようです。「おもと」は女房の名の下につけた敬称です。「澄み果てて」は「住み果てて」を掛けています。北の方に仕えることになって邸を出て行く中将が、「あなたはいつまでもこの邸で仕えて、立ち去ってはいけませんよ」と詠むと、木工の君が「私は悲しみに沈んで、この邸に住み続けられるようには思えない」と返しています。
「梢をも目とどめて、隠るるまでぞ返り見給ひける」は、菅原道真が左遷されて京を去った時の和歌「君が住む宿の梢を行く行くと隠るるまでも返り見しはや(あなたが住む邸の木々の梢を去って行くにしたがって振り返って見たことだよ)」(大鏡・時平)が下敷きになっていると注釈があります。この歌の「君」は道真と関係のあった女性だということです。『源氏物語』の「君が住むゆゑにはあらで」以下は語り手の解説です。
式部卿の宮が迎えます。
〔本文〕
宮には待ち取り、いみじう思〔おぼ〕したり。母北の方〔かた〕、泣き騷ぎ給ひて、「太政大臣〔おほきおとど〕を、めでたきよすがと思ひ聞こえ給〔たま〕へれど、いかばかりの昔の仇敵〔あたかたき〕にかおはしけむとこそ思〔おも〕ほゆれ。女御〔にようご〕をも、ことに触れ、はしたなくもてなし給ひしかど、それは、御仲の恨み解けざりしほど、思ひ知れとにこそはありけめと思〔おぼ〕しのたまひ、世の人も言ひなししだに、なほ、さやはあるべき。人一人を思〔おも〕ひかしづき給はむゆゑは、ほとりまでもにほふ例〔れい〕こそあれと心得ざりしを、まして、かく末に、すずろなる継子〔ままこ〕かしづきをして、おのれ古〔ふる〕し給へるいとほしみに、実法〔じほふ〕なる人のゆるぎどころあるまじきをとて、取り寄せもてかしづき給ふは、いかがつらからぬ」と、言ひ続けののしり給へば、
〔大意〕
式部卿の宮が待ち迎え、とても気の毒にお思いになっている。母北の方が泣き騒ぎなさって、「太政大臣〔:源氏の君〕を、すばらしい縁者とあなたは思い申し上げなさっているけれども、どれほどの昔からの憎い相手でいらっしゃったのだろうかと思われる。女御をも、なにかにつけ、きまり悪く扱いなさったけれども、それは、あなたとの仲の恨みが解けなかったことを、思い知れということであったのだろうと、あなたはお考えになりお話しになり、世間の人もそのように言ったことさえ、やはり、そうであってよいはずがあるか。人一人〔:紫の上のこと〕を大事に扱いなさるからは、近くの者まで恩恵が及ぶ例はあるのにと、納得がいかなかったけれども、まして、このように晩年になって、筋の通らない継子〔:玉鬘のこと〕を大事にして、自分が見飽きなさったことの気の毒さに、まじめな人の心変わりするはずのないはずの者をということで、婿〔:鬚黒大将のこと〕を迎えて大切に世話をしなさるのは、どうして心苦しくないか」と、大声で言い続けなさるので、
〔解説〕
母北の方とは式部卿の妻のことです。紫の上の継母にあたります。源氏の君を心底から恨んでいるようです。そういえば、〔若紫13〕でも「本の北の方、やむごとなくなどして、安からぬこと多くて」とあったのですが、どうもこの母北の方が困った人であるようです。
「女御をも、ことに触れ、はしたなくもてなし給ひしか」の女御とは式部卿と母北の方の間に生まれた姫君ですが、〔澪標24〕で「兵部卿の宮〔:現在の式部卿の宮〕の中の君も、さやうに心ざしてかしづき給ふ名高きを、大臣は、人よりまさり給へとしも思さずなむありける」とあったとおり、源氏の君はこの姫君を冷遇します。源氏の君が須磨に隠退している間、式部卿の宮が世間の目を気にして親身にならなかったことを源氏の君が不満に思っていたからですが、これは母北の方も「御仲の恨み解けざりし」と述べているとおりです。この姫君は、その後、立后もできず〔:少女17〕、母北の方は不満に思っていました〔:少女71〕。
続きです。
〔本文〕
宮は、「あな、聞きにくや。世に難〔なん〕つけられ給〔たま〕はぬ大臣〔おとど〕を、口にまかせてなおとしめ給ひそ。かしこき人は、思ひおき、かかる報いもがなと、思ふことこそはものせられけめ。さ思はるるわが身の不幸なるにこそはあらめ。つれなうて、皆かの沈み給ひし世の報いは、浮かべ沈め、いとかしこくこそは思ひわたい給ふめれ。おのれ一人をば、さるべきゆかりと思ひてこそは、一年〔ひととせ〕も、さる世の響きに、家よりあまることどももありしか。それをこの生〔しやう〕の面目〔めいぼく〕にてやみぬべきなめり」とのたまふに、いよいよ腹立ちて、まがまがしきことなどを言ひ散らし給ふ。この大北の方ぞ、さがな者なりける。
〔大意〕
兵部卿の宮は、「ああ、聞いていて不愉快だよ。世間から欠点を指摘されなさらない大臣〔:源氏の君〕を、口にまかせてさげすみなさってはいけないよ。才知に富む人は、ずっと前から考え、このような仕返しができたらいいなあと、思うことはなにされたのだろう。そう思われる我が身が不幸である定めではあるのだろう。さりげない顔で、誰も、あの零落なさった時の仕返しは、引き立てたり落としたり、とてもうまく隅々まで考えなさっているようだ。私一人を、そうするのが当然の縁故と思って、先年も、そういう世間で評判になるほどに、分不相応なこと〔:五十の賀〕もあった。それをこの一生の名誉として終わってしまわなければならない身の上であるようだ」とおっしゃるので、北の方はますます腹を立てて、不吉なことなどをあたりかまわず言いなさる。この大北の方〔:式部卿の妻〕が、たちの悪い者であった。
〔解説〕
式部卿の宮は、自分が以前に源氏の君に対してしたことを自覚しているので、源氏の君に対しては非難がましいことは言わず、我が身の定めとしてとらえているようです。「さる世の響きに、家よりあまることども」とは、式部卿の宮の五十歳のお祝いですが、〔少女70〕で源氏の君は紫の上と相談して準備を始めていました。また、〔少女71〕では「かくこの世にあまるまで、響かし営み給ふは、おぼえぬ齢の末の栄えにもあるべきかな」と、式部卿は感謝の言葉を述べていましたが、妻の北の方は不愉快だと言葉を漏らしていました。
鬚黒大将が聞きつけました。
〔本文〕
大将の君、かく渡り給〔たま〕ひにけるを聞きて、「いとあやしう、若々しき仲らひのやうに、ふすべ顔にてものし給ひけるかな。正身〔さうじみ〕は、しかひききりに際々〔きはぎは〕しき心もなきものを、宮のかく軽々〔かるがる〕しうおはする」と思ひて、君達〔きむだち〕もあり、人目もいとほしきに、思ひ乱れて、尚侍〔かむ〕の君に、「かくあやしきことなむ侍〔はべ〕る。なかなか心やすくは思ひ給へなせど、さて片隅に隠ろへてもありぬべき人の心やすさを、おだしう思ひ給へつるに、にはかにかの宮ものし給ふならむ。人の聞き見ることも情けなきを、うちほのめきて、参り来〔き〕なむ」とて出〔い〕で給ふ。
よき上〔うへ〕の御衣〔ぞ〕、柳の下襲〔したがさね〕、青鈍〔あをにび〕の綺〔き〕の指貫〔さしぬき〕着給ひて、引きつくろひ給へる、いとものものし。「などかは似げなからむ」と、人々は見奉〔たてまつ〕るを、尚侍の君は、かかることどもを聞き給ふにつけても、身の心づきなう思〔おぼ〕し知らるれば、見もやり給はず。
〔大意〕
鬚黒大将は、北の方がこのように引っ越しなさってしまったのを聞いて、「とても不可解なことに、年若い夫婦仲のように、すねたような顔つきでいらっしゃるなあ。本人は、そのようにせっかちではっきりとした気持ちもないのに、父宮がこのように軽率でいらっしゃることだ」と思って、子供たちもい、世間体も心苦しいので、思い悩んで、尚侍の君〔:玉鬘〕に、「このように不可解なことがございます。かえって気持ちが楽に思いますけれども、そうして片隅にあっくれてもいるに違いない人〔:北の方〕の気安さを、安心に思っておりましたけれども、急にあの宮〔:式部卿の宮〕がなになさることであるのだろう。世間の人が聞いたり見たりすることも私が薄情だということなので、ちょっと姿を見せて、帰って参りましょう」と言って、お出かけになる。
立派な表着、柳襲の下襲、青鈍の綺の指貫をお召しになって、服装を整えなさっているのは、とても重々しい。「どうして不釣り合いだろうか」と、女房たちは見申し上げるのを、尚侍の君〔:玉鬘〕は、このようなことをお聞きになるにつけても、我が身がつくづく情けなく思われるので、目をやりなさらない。
〔解説〕
鬚黒大将は、式部卿の宮が仕掛けたのだろうと、見当をつけましたが、出掛ける一番の要因は、どうも、世間の評判であるようです。「人の聞き見ることも情けなき」は、注釈書を見ると、大意に示した通り、鬚黒大将が薄情だということをいっている表現で、「人の聞き見ること」について鬚黒が嘆かわしく思っているという表現ではないのですね。
ものものしく服装を整えている鬚黒大将を見て玉鬘が「身の心づきなう」と思っていますが、ここは、何でこんな人と結婚したのだろうと、自分自身が不愉快に思われているという理解でよいのでしょうか。形容詞の連用形って難しいです。(^_^;
続きです。
〔本文〕
宮に恨み聞こえむとて、詣〔まう〕で給〔たま〕ふままに、まづ殿におはしたれば、木工〔もく〕の君など出〔い〕で来て、ありしさま語り聞こゆ。姫君の御ありさま聞き給ひて、男々〔をを〕しく念〔ねん〕じ給へど、ほろほろとこぼるる御けしき、いとあはれなり。
「さても、世の人にも似ず、あやしきことどもを見過ぐすここらの年ごろの心ざしを、見知り給はずありけるかな。いと思ひのままならむ人は、今までも立ちとまるべくやはある。よし、かの正身〔さうじみ〕は、とてもかくても、いたづら人と見え給へば、同じことなり。幼き人々も、いかやうにもてなし給はむとすらむ」と、うち嘆きつつ、かの真木柱〔まきばしら〕を見給ふに、手も幼けれど、心ばへのあはれに恋しきままに、道すがら涙おしのごひつつ詣で給へれば、対面し給ふべくもあらず。
〔大意〕
式部卿の宮に苦情を申し上げようということで、参上なさる途中、真っ先に自邸にいらっしゃったところ、木工の君などが出て来て、以前の様子などを説明し申し上げる。姫君の様子をお聞きになって、男らしく我慢なさるけれども、ぽろぽろと涙がこぼれなさる御表情は、とても気の毒である。
「それにしても、世間の普通の人と違い、おかしなことを見ながらそのままにしている長年の私の気持ちを、お分かりにならないあったのだなあ。とても思いの通りにするような夫は、今日の今まで一緒に暮らすはずがあるか。まあよい、あの人本人は、そうあってもこうあっても、用のない人だとお見えになるので、同じことである。幼い子供たちも、どのように扱いなさろうとするのだろう」と、ため息をつきながら、あの真木柱を御覧になると、筆跡も子供っぽいけれども、歌の内容がかわいそうで恋しいので、宮邸への道中、涙を押し拭いながら参上なさったところ、北の方は対面なさるはずもない。
〔解説〕
鬚黒大将が自邸に立ち寄った時に出て来た木工の君は居残りの女房です〔:真木柱32〕。姫君を鬚黒大将がとても可愛がっていたことは〔真木柱30〕で語られていました。姫君の歌を見て、「男々し」い鬚黒大将が「涙おしのごひつつ」というアンバランスがとても面白いです。(^_^;
続きです。
〔本文〕
「何か。ただ時に移る心の、今はじめて変はり給〔たま〕ふにもあらず。年ごろ思ひうかれ給ふさま、聞きわたりても久しくなりぬるを、いづくをまた思ひ直るべき折〔をり〕とか待たむ。いとどひがひがしきさまのみこそ見え果て給はめ」と諌〔いさ〕め申し給ふ、ことわりなり。
「いと、若々しき心地もし侍〔はべ〕るかな。思ほし捨つまじき人々も侍ればと、のどかに思ひ侍りける心のおこたりを、かへすがへす聞こえてもやるかたなし。今は、ただ、なだらかに御覧じ許して、罪さりどころなう、世人〔よひと〕にもことわらせてこそ、かやうにももてない給はめ」など、聞こえわづらひておはす。「姫君をだに見奉〔たてまつ〕らむ」と聞こえ給へれど、出〔い〕だし奉るべくもあらず。
〔大意〕
「いやいや。ただ時勢におもねる気持ちが、今初めてお変わりになるのでもない。長年、うつつを抜かしなさる様子は、ずっと耳にして長くなってしまったけれども、いつを再び気持ちが元に戻るはずの時と思って待とうか。ますますみっともない姿ばかりをすっかりお見せになるだろう」と式部卿の宮は鬚黒大将の北の方に意見し申し上げなさるのも、もっともである。
「まったく、大人げない気持ちもしますことだよ。見捨てなさるはずのない人々〔:子供たち〕もいますからと、のんびりと思っておりました私の不注意を、なんとも申し上げてもお詫びのしようもない。こうなった今は、ともかく、穏便に見逃しなさって、私の落ち度は逃れようもないと、世間の人にもきちんと分からせてから、このように扱いなさるのがよいだろう」など、言い訳を申し上げるのに苦労していらっしゃる。「せめて姫君だけでも見申し上げたい」と申し上げなさっているけれども、お出し申し上げるはずもない。
〔解説〕
父の式部卿は、今さら鬚黒大将に会うことはないと言っています。「ひがひがしきさま」は、北の方の物の怪に取り憑かれた姿のことです。「見え果て給はめ」は、その北の方の姿が鬚黒大将の目に見えるという表現です。現代語ではこのような表現はしません。
鬚黒大将の「かへすがへす聞こえてもやるかたなし」は、「言ひやるかたなし(説明のしようがない)」をこってりと表現したものでしょうが、仰々しいものの言い方なのでしょうか、訳すのが難しいです。「なだらかに御覧じ許して」は「大目に見て」の敬語表現でしょう。この「なだらかに」は理解しやすいです。(^_^;
男の子を連れ帰ります。
〔本文〕
男君〔をとこぎみ〕たち、十なるは、殿上〔てんじやう〕し給〔たま〕ふ。いとうつくし。人にほめられて、容貌〔かたち〕などようはあらねど、いとらうらうじう、ものの心やうやう知り給へり。次の君は、八つばかりにて、いとらうたげに、姫君にもおぼえたれば、かきなでつつ、「あこをこそは、恋しき御形見にも見るべかめれ」など、うち泣きて語らひ給ふ。宮にも、御けしき賜〔たま〕はらせ給へど、「風邪おこりて、ためらひ侍〔はべ〕るほどにて」とあれば、はしたなくて出〔い〕で給ひぬ。
小君達〔こきむだち〕をば車に乗せて、語らひおはす。六条殿には、え率〔ゐ〕ておはせねば、殿にとどめて、「なほ、ここにあれ。来て見むにも心やすかるべく」とのたまふ。うち眺めて、いと心細げに見送りたるさまども、いとあはれなるに、もの思ひ加はりぬる心地すれど、女君〔をんなぎみ〕の御さまの、見るかひありてめでたきに、ひがひがしき御さまを思ひ比ぶるにも、こよなくて、よろづを慰め給ふ。
〔大意〕
息子たちは、十歳であるのは、童殿上していらっしゃる。とてもかわいらしい。人にほめられて、顔立ちなどよくはないけれども、とても利発で、ものの分別もだんだんとおできになっている。次の方は、八歳ほどで、とてもかわいらしく、姫君にも似ているので、鬚黒大将はなでながら、「おまえをこそ、恋しい姫君の代わりにも見なければいけないようだ」など、わっと泣いてお話しになる。式部卿の宮にも、お目にかかりたいと御意向をおうかがいなさるけれども、「風邪を引いて、養生しています時で」とあるので、恰好がつかずにお帰りになった。
お子様たち〔:男君二人〕を牛車に乗せて、話をしていらっしゃる。六条院には、連れていらっしゃることができないので、自邸に残して、「このままここにいなさい。来て会うようなのにも気楽に違いなく」とおっしゃる。しょんぼりとして、とても寂しそうに見送っている二人の様子は、とてもいじらしいので、心配の種がふえてしまった気持ちがするけれども、女君〔:玉鬘〕の様子が、見応えがあって美しいので、普通ではない北の方の様子と比べるにつけても、格段に違って、すべてのつらい思いをなごませなさる。
〔解説〕
「童殿上」とは、元服前の貴族の子弟が清涼殿で行儀見習いをすることです。人々にかわいがってもらっているようです。「形見」という言葉は、今では亡くなった人の思いでの物に言いますが、この時代は生きている人を思い出させるものにも言います。
美しい玉鬘を見て気持ちを慰めている鬚黒大将ですが、今のドラマにもありそうな場面ですね。(^_^;
続きです。
〔本文〕
うち絶えて訪れもせず、はしたなかりしにことづけ顔なるを、宮には、いみじうめざましがり嘆き給〔たま〕ふ。春の上も聞き給ひて、「ここにさへ恨みらるるゆゑになるが苦しきこと」と嘆き給ふを、大臣〔おとど〕の君、いとほしと思〔おぼ〕して、「難〔かた〕きことなり。おのが心ひとつにもあらぬ人のゆかりに、内にも心おきたるさまに思したなり。兵部卿〔ひやうぶきやう〕の宮なども、怨〔ゑん〕じ給ふと聞きしを、さいへど、思〔おも〕ひやり深うおはする人にて、聞きあきらめ、恨み解け給ひにたなり。おのづから人の仲らひは、忍ぶることと思へど、隠れなきものなれば、しか思ふべき罪もなしとなむ思ひ侍〔はべ〕る」とのたまふ。
〔大意〕
鬚黒大将はぱったりと訪れもせず、きまり悪かったことにかこつけ顔であるのを、式部卿の宮は、とても失礼なことと嘆きなさる。春の上〔:紫の上〕もお聞きになって、「こちらにまでも恨み言を言われる原因であるのが心苦しこと」と悲しみなさるのを、大臣の君〔:源氏の君〕が、気の毒だと思って、「難しいことだ。自分の気持ち一つでもない人の縁で、内裏〔:冷泉帝をさす〕でも私をよそよそしいことだとお思いになっているということだ。兵部卿の宮なども、私への不満をおっしゃっていると聞いたけれども、そうはいっても、思慮深くいらっしゃる人で、話を聞いて事情を理解して、恨みも解けなさってているということだ。自然と男女の関係は、秘密にしていることと思っても、広く知られるものであるから、そう思わなければならない責任もないと思います」とおっしゃる。
〔解説〕
紫の上が心を痛めています。式部卿の宮は紫の上の父親であるし、源氏の君が養女ということにした玉鬘の婿の鬚黒大将が、式部卿の宮の娘である北の方と揉め事を起こしているからです。がんじがらめの人間関係ですね。(^_^;
源氏の君は紫の上を慰めています。冷泉帝の不満は、せっかく尚侍〔ないしのかみ〕として出仕した玉鬘がすぐに鬚黒大将の妻となってしまって、出仕しなくなったことについてでしょう。
「聞きあきらめ」とあるのは、鬚黒大将と玉鬘の結婚が源氏の君の意向によるものではないことを式部卿の宮が理解したということのようです。
玉鬘のことです。
〔本文〕
かかることどもの騷ぎに、尚侍〔かむ〕の君の御けしき、いよいよ晴れ間なきを、大将は、いとほしと思ひあつかひ聞こえて、「この参り給〔たま〕はむとありしことも、絶え切れて、妨げ聞こえつるを、内にも、なめく心あるさまに聞こしめし、人々も思〔おぼ〕すところあらむ。公人〔おほやけびと〕を頼みたる人はなくやはある」と思ひ返して、年返りて、参らせ奉〔たてまつ〕り給ふ。男踏歌〔をとこだふか〕ありければ、やがてそのほどに、儀式いといかめしく、二〔に〕なくて参り給ふ。
かたがたの大臣〔おとど〕たち、この大将の御勢ひさへさしあひ、宰相の中将、ねむごろに心しらひ聞こえ給ふ。兄弟〔せうと〕の君達〔きみたち〕も、かかる折〔をり〕にと集ひ、追従〔ついしよう〕し寄りて、かしづき給ふさま、いとめでたし。
〔大意〕
このような事々の騒動で、尚侍の君〔:玉鬘〕の表情は、ますますすっきりする時がないのを、鬚黒大将は、気の毒だと気遣い申し上げなさって、「この参内なさるだろうとあった予定も、途切れて、私が妨げ申し上げたのを、内裏でも、無礼で下心があるとお聞きになり、大臣たちもお思いになることがあるだろう。朝廷に仕える女性を妻としている人もいないことがあるか」と考え直して、年が改まって、参内させ申し上げなさる。男踏歌があったので、ちょうどその時に、支度はとても立派に、またとない有り様で参内なさる。
おのおのの大臣たち〔:源氏の君と内大臣〕と、この鬚黒大将の威勢まで加わって、宰相の中将〔:夕霧〕が丁寧に気配りし申し上げなさる。異母兄弟たちも、このような時にと集まり、皆で付き従って、お世話しなさる様子は、とてもすばらしい。
〔解説〕
久しぶりに玉鬘が話題になりました。結婚早々、夫の側のもめごとで、そりゃ不機嫌になりますよね。(^_^;
鬚黒大将があれこれ考えているうちに年が改まりました。源氏の君、三十八歳です。「男踏歌」は、宮中の正月の行事で、歌の上手な男女を召して、祝詞を歌い、舞いを舞わせたものです。「兄弟の君達」とは、柏木や弁の少将たちです。
続きです。
〔本文〕
承香殿〔じようきやうでん〕の東面〔ひむがしおもて〕に御局〔つぼね〕したり。西に宮の女御〔にようご〕はおはしければ、馬道〔めだう〕ばかりの隔てなるに、御心のうちは、遥かに隔たりけむかし。御方々〔かたがた〕、いづれとなく挑〔いど〕み交〔か〕はし給〔たま〕ひて、内裏〔うち〕わたり、心にくくをかしきころほひなり。ことに乱りがはしき更衣〔かうい〕たち、あまたも候〔さぶら〕ひ給はず。中宮、弘徽殿〔こきでん〕の女御、この宮の女御、左の大殿〔おとど〕の女御など候ひ給ふ。さては、中納言、宰相の御女〔むすめ〕二人ばかりぞ候ひ給ひける。
踏歌〔たふか〕は、方々に里人〔さとびと〕参り、さまことに、けににぎははしき見物〔みもの〕なれば、誰〔たれ〕も誰もきよらを尽くし、袖口の重なり、こちたくめでたくととのへ給ふ。春宮〔とうぐう〕の女御も、いとはなやかにもてなし給ひて、宮は、まだ若くおはしませど、すべていと今めかし。
〔大意〕
承香殿の東向きの部屋に玉鬘の部屋を用意してある。西に宮の女御〔:式部卿の宮の姫君〕はいらっしゃったので、馬道だけの隔たりであるけれども、お気持ちの中は、遠く隔たっていただろうよ。後宮の方々が、どちらということもなく競いあいなさって、内裏の辺りは、素晴らしく華やかな頃である。特に行儀の悪い更衣たちが大勢もお仕え申し上げなさらない。秋好中宮、弘徽殿の女御〔:内大臣の姫君〕、この宮の女御、左大臣の女御などがお仕え申し上げなさる。それから、中納言、宰相のお嬢さん二人ほどがお仕え申し上げなさる。
踏歌は、それぞれの後宮に自邸の女房が参上し、普段とは違った、特に賑やかな行事であるので、誰も誰も華麗さを極めて、袖口の重なり方は盛大に美しく準備なさる。東宮の女御〔:東宮の母で鬚黒大将の妹〕も、とても華やかに準備なさって、東宮はまだ若くいらっしゃるけれども、すべてがとても当世風である。
〔解説〕
承香殿は内裏の建物です。その東向きの部屋が玉鬘の居場所です。「馬道」というのは、二つの建物の間に板を渡して廊下のように通行するところで、馬を引き入れる時には板を外します。「いづれとなく挑み交はし」とか、「心にくくをかしき」は、現代語に移すのがむずかしいです。(^_^;
「袖口の重なり」というのは、出衣〔いだしぎぬ〕といって御簾から出る女房の衣装の袖口の重なり具合ということですが、その美しさを競うために盛大に準備しているようです。
続きです。
〔本文〕
御前〔おまへ〕、中宮の御方〔かた〕、朱雀院〔すざくゐん〕とに参りて、夜いたう更〔ふ〕けにければ、六条の院には、このたびは所狭〔ところせ〕しとはぶき給〔たま〕ふ。朱雀院より帰り参りて、春宮〔とうぐう〕の御方々〔かたがた〕めぐるほどに、夜〔よ〕明けぬ。
ほのぼのとをかしき朝ぼらけに、いたく酔ひ乱れたるさまして、竹河〔たけかは〕謡〔うた〕ひけるほどを見れば、内の大殿〔おほいとの〕の君達〔きむだち〕は、四五人ばかり、殿上人〔てんじやうびと〕のなかに、声すぐれ、容貌〔かたち〕きよげにて、うち続き給へる、いとめでたし。
童〔わらが〕なる八郎君は、むかひ腹〔ばら〕にて、いみじうかしづき給ふが、いとうつくしうて、大将殿の太郎君と立ち並みたるを、尚侍〔かむ〕の君も、よそ人と見給はねば、御目とまりけり。やむごとなくまじらひ馴れ給へる御方々よりも、この御局〔つぼね〕の袖口、おほかたのけはひ今めかしう、同じものの色あひ、襲〔かさね〕なりなれど、ものよりことにはなやかなり。正身〔さうじみ〕も女房たちも、かやうに御心やりてしばしは過〔す〕ぐい給はましと思ひあへり。
〔大意〕
男踏歌は主上の御前、中宮の所、朱雀院とに参上して、夜がとても更けてしまったので、六条の院には、今回は仰々しいと省略なさる。朱雀院から帰参して、春宮の所をまわるうちに、夜が明けてしまった。
ほのぼのと趣のある明け方に、ひどく酔いしれた様子で、竹河を歌った様子を見ると、内大臣の子息たちは、四五人ほど、殿上人の中で、声が優れ、顔立ちがすっきりして、そろっていらっしゃるのは、とてもすばらしい。
童である八郎君は、本妻腹で、とても大事になさるのが、とてもかわいらしくて、大将殿〔:鬚黒大将〕の太郎君と立ち並んでいるのを、尚侍の君〔:玉鬘〕も、他人と御覧にならないので、注目なさった。重々しく宮仕えに馴れなさっている方々よりも、この玉鬘の局の袖口は、全体の様子が現代風で、同じ衣装の色あい、襲であるけれども、ほかよりも格段に華やかである。本人〔:玉鬘〕も女房たちも、このように気晴らしをなさってしばらくはお過ごしになることができたらいいのにと、皆で思っている。
〔解説〕
男踏歌は、清涼殿の東庭、秋好中宮のいる梅壺、宮中を出て朱雀院、六条院は省略して宮中に戻って、春宮の居所の梨壺をまわります。梨壺は建物が二つあるので「方々」と言っているようです。
内大臣家の子息たちが大勢参加していますが、「大将殿の太郎君」は〔真木柱38〕で「男君たち、十なるは、殿上し給ふ」とあった男の子です。玉鬘の局は華やかですが、「かやうに御心やりてしばしは過ぐい給はまし」は現実の不愉快な鬚黒大将の一件に対しての反実仮想です。
続きです。
〔本文〕
皆同じごと、かづけわたす綿のさまも、匂ひ香〔か〕ことにらうらうじうしない給〔たま〕ひて、こなたは水駅〔みづむまや〕なりけれど、けはひにぎははしく、人々心懸想〔こころげさう〕しそして、限りある御饗〔みあるじ〕などのことどもも、したるさま、ことに用意ありてなむ、大将殿せさせ給へりける。
宿直所〔とのゐどころ〕にゐ給ひて、日一日〔ひひとひ〕、聞こえ暮らし給ふことは、「夜さり、まかでさせ奉〔たてまつ〕りてむ。かかるついでにと、思〔おぼ〕し移るらむ御宮仕へなむ、やすからぬ」とのみ、同じことを責め聞こえ給へど、御返りなし。候〔さぶら〕ふ人々ぞ、「大臣〔おとど〕の、『心あわたたしきほどならで、まれまれの御参りなれば、御心ゆかせ給ふばかり。許されありてを、まかでさせ給へ』と、聞こえさせ給ひしかば、今宵〔こよひ〕は、あまりすがすがしうや」と聞こえたるを、いとつらしと思ひて、「さばかり聞こえしものを、さも心にかなはぬ世かな」とうち嘆きてゐ給へり。
〔大意〕
皆同じように、一同に与える綿の様子も、香りが格別で上品に趣向を凝らしなさって、こちらは水駅であったけれども、雰囲気は賑やかで、人々が心配りを皆でして、決まりのある御馳走などのことごとも、用意した物は、特別に心遣いをして、大将殿〔:鬚黒〕がさせなさっていた。
鬚黒大将は宿直所に詰めていらっしゃって、一日中、玉鬘に申し上げなさって過ごしなさることは、「今夜、退出させ申し上げてしまおう。このような機会にということで、気持ちが変わりなさっているだろう宮仕えは、心配だ」とばかり、同じことを催促し申し上げなさるけれども、玉鬘のお返事はない。伺候する女房は、「大臣が〔:源氏の君〕、『気持ちが落ち着かない時でなくて、たまの参内であるので、主上が満足なさるくらいに。勅許があって、退出なさいませ』と、申し上げなさったので、今夜退出するは、あまりにそっけなく」と申し上げているのを、鬚黒大将はとても冷たいとお思いになって、「あれほど申し上げたのに、まったく思いの通りにならない仲だなあ」とため息をついていらっしゃる。
〔解説〕
男踏歌では綿を祝儀で与えるのが例であったと注釈があります。「水駅」は男踏歌の一行に酒や湯漬〔ゆづ〕けをふるまった場所です。湯漬けは乾飯〔ほしいい〕を水に浸したものです。
鬚黒大将の宿直所は、鬚黒が右大将なので、陰明門内南廊だと注釈があります。そこから手紙で玉鬘に連絡を取っているようです。「思し移るらむ御宮仕へ」については、尚侍は主上に寝所に伺候するしきたりだったと注釈があります。鬚黒大将は玉鬘の気持ちが冷泉帝に移るのを心配しているのです。(^_^;
冷泉帝がやって来ます。
〔本文〕
兵部卿〔ひやうぶきやう〕の宮、御前〔まへ〕の御遊びに候〔さぶら〕ひ給〔たま〕ひて、静心〔しづこころ〕なく、この御局〔つぼね〕のあたり思ひやられ給へば、念〔ねん〕じあまりて聞こえ給へり。大将は、司〔つかさ〕の御曹司〔みざうし〕にぞおはしける。「これより」とて取り入れたれば、しぶしぶに見給ふ。
深山木〔みやまぎ〕に羽〔はね〕うち交〔か〕はしゐる鳥の
またなくねたき春にもあるかな
さへづる声も耳とどめられてなむ」とあり。いとほしう、面〔おもて〕赤みて、聞こえむかたなく思ひゐ給へるに、上〔うへ〕渡らせ給ふ。月の明きに、御容貌〔かたち〕はいふよしなくきよらにて、ただ、かの大臣〔おとど〕の御けはひに違〔たが〕ふところなくおはします。「かかる人はまたもおはしけり」と、見奉〔たてまつ〕り給ふ。
〔大意〕
兵部卿の宮は、清涼殿での管絃の遊びに伺候なさって、気持ちが落ち着かず、この玉鬘の局のあたりに思いを馳せなさっているので、気持ちを抑えきれずにお便りをお出し申し上げなさった。鬚黒大将は、役所の部屋にいらっしゃった。「こちらから」ということで取り入れたところ、しぶしぶ御覧になる。
深山の木に羽根を交わしてとまっている鳥が
またとなく腹立たしい春でもあるなあ。
さえずる声も自然と耳を傾けずにはいられなくて」と書いてある。玉鬘は困り、顔が赤くなって、お返事の申し上げようもなく思いなさっている時に、主上〔:冷泉帝〕がお越しになる。月が明るいので、お顔立ちがいいようもなく美しくて、まったく、あの大臣〔:源氏の君〕の御表情に食い違うところがなくいらっしゃる。「このような人はほかにもいらっしゃった」と、玉鬘は冷泉帝を見申し上げる。
〔解説〕
兵部卿の宮、清涼殿での管絃の遊びに伺候しながら、気持ちは上の空だったようです。「これより」というのは、鬚黒大将からの手紙だというように使いの者が上手にうそをついたのでしょう。「それより」となっている本文もあるようです。
兵部卿の宮の和歌、「深山木」は真面目一直線の鬚黒大将を喩えていて鬚黒大将のこと、「鳥」が玉鬘だという注釈がありますが、「羽うち交はしゐる」とあるのは鬚黒大将と玉鬘のことでしょう。二人が仲良くいることが兵部卿の宮には腹立たしいということです。
冷泉帝が来られたのは、まるで月の出ですね。(^_^;
続きです。
〔本文〕
かの御心ばへは浅からぬも、うたてもの思ひ加はりしを、これは、などかはさしもおぼえさせ給〔たま〕はむ。いとなつかしげに、思ひしことの違〔たが〕ひにたる恨みをのたまはするに、面〔おもて〕置かむかたなくぞおぼえ給ふや。顔をもて隠して、御いらへもえ聞こえ給はねば、「あやしうおぼつかなきわざかな。よろこびなども、思ひ知り給はむと思ふことあるを、聞き入れ給はぬさまにのみあるは、かかる御癖なりけり」とのたまはせて、
などてかく灰〔はひ〕あひがたき紫を
心に深く思ひそめけむ
濃くなりはつまじきにや」と仰せらるるさま、いと若くきよらに恥づかしきを、「違ひ給へるところやある」と思ひ慰めて、聞こえ給ふ。
〔大意〕
あの源氏の君のお気持ちは並々でないのも、嫌なことに悩みの種になったけれども、この冷泉帝は、どうしてそうもお感じになるだろうか。とても感じよく、思っていたことがかなわなくなってしまった不満をおっしゃるので、玉鬘は顔向けのしようがなくお感じになるよ。顔を扇で隠して、お返事も申し上げることができないでいるので、「おかしなことに返事がないことだなあ。官位の昇進なども、お分かりになるだろうと思うことがあるのに、耳を傾けなさらない様子でばかりあるのは、このような御性分であった」と冷泉帝はおっしゃって、
どうしてこのように逢うことができないあなたを
心に深く思い始めたのだろう。
深くなってしまうことはできないのだろうか」とおっしゃる様子は、とても若々しく美しく立派であるので、「源氏の君と違っていらっしゃるところがあるか」と気持ちを慰めて、玉鬘は申し上げなさる。
〔解説〕
「かの御心ばへ」は「うたてもの思ひ加はりし」で過去の助動詞「き」が用いられているので、源氏の君のことだと分かります。それに対して今目の前にいるのは冷泉帝です。助動詞「き」は、このように、過去と現在を対比させる文脈でよく用いられます。「思ひしことの違ひにたる」は玉鬘が鬚黒大将と結婚したことを言っています。「おぼつかなき」は、玉鬘の返事がはかどらないさまを言っているのですが、逐語訳が難しいです。
冷泉帝の歌の、「紫」は三位の服の色で、玉鬘が三位に叙せられたことを指していて、「灰」は「紫」に染める時に椿の灰を用い、配合の分量によって色の濃さが決まるということです。「あひ」が「灰合ひ」と「逢ひ難き」との掛詞、「そめ」は「初め」「染め」の掛詞で、「紫」の縁語、「紫」は玉鬘のことという、手の込んだ歌です。
続きです。
〔本文〕
宮仕への労〔らう〕もなくて、今年、加階〔かかい〕し給〔たま〕へる心にや。
いかならむ色とも知らぬ紫を
心してこそ人は染めけれ
今よりなむ思ひ給へ知るべき」と聞こえ給へば、うち笑みて、「その、今より染め給はむこそ、かひなかべいことなれ。愁〔うれ〕ふべき人あらば、ことわり聞かまほしくなむ」と、いたう恨みさせ給ふ御けしきの、まめやかにわづらはしければ、「いとうたてもあるかな」とおぼえて、「をかしきさまをも見え奉〔たてまつ〕らじ。むつかしき世の癖なりけり」と思ふに、まめだちて候〔さぶら〕ひ給へば、え思〔おぼ〕すさまなる乱れごともうち出でさせ給はで、「やうやうこそは目馴れめ」と思しけり。
〔大意〕
尚侍としての宮仕えの功労もなくて、今年、位階が昇進なさったお礼だろうか。
どのような色であるとも知らない紫を
心を籠めて人は染めたのだなあ。
これから身に染みてよく分かるに違いありません」と玉鬘が申し上げなさるので、冷泉帝は微笑んで、「その、これから染めなさるようなのが、甲斐がないに違いないことである。不満を訴えることができる人がいるならば、それが正しいかどうか聞きたく」と、ひどく不満にお思いになっている御表情が、真剣で厄介であったので、「とても面倒でもあるなあ」と感じられて、「風情がある様子をも冷泉帝にお見せ申し上げないようにしよう。わずらわしい男女の仲の習いであるなあ」と玉鬘は思うと、まじめになって伺候なさるので、冷泉帝はお心積もりの通りの色めいた言葉を口になさることができずに、「だんだんと馴染むだろう」とお思いになった。
〔解説〕
「宮仕への労もなくて、今年、加階し給へる心にや」は語り手が和歌の解説をした草子地です。
玉鬘の歌は、「冷泉帝のお気持ちがどのようなものとも知りませんでしたが、特別のおぼしめしでいただいたのですね」ということ、「今よりなむ思ひ給へ知るべき」は、「これからよく心得てお仕え申し上げましょう」ということでしょう。それに対して、冷泉帝の「その、今より染め給はむこそ、かひなかべいことなれ」は、「これから私の愛情がしみじみ分かっても、もう遅いんだよ」という愚痴です。
「まめだちて候ひ給へば」は、冷泉帝の前に玉鬘がいるので「候ひ」が出ているわけで、「真面目な顔つきでいるので」ということです。
玉鬘が宮中から退出します。
〔本文〕
大将は、かく渡らせ給へるを聞き給〔たま〕ひて、いとど静心〔しづこころ〕なければ、急ぎまどはし給ふ。みづからも、「似げなきことも出〔い〕で来〔き〕ぬべき身なりけり」と心憂〔こころう〕きに、えのどめ給はず、まかでさせ給ふべきさま、つきづきしきことづけども作り出でて、父大臣〔ちちおとど〕など、かしこくたばかり給ひてなむ、御暇〔いとま〕許され給ひける。
「さらば。物懲〔ものご〕りして、また出だし立てぬ人もぞある。いとこそからけれ。人より先に進みにし心ざしの、人に後〔おく〕れて、けしき取り従ふよ。昔のなにがしが例〔れい〕も、引き出でつべき心地なむする」とて、まことにいとくちをしと思〔おぼ〕し召したり。
〔大意〕
鬚黒大将は、冷泉帝がこのようにお越しになっているのをお聞きになって、ますます気持ちが落ち着かないので、すぐにあたふたと玉鬘の退出の支度をさせなさる。玉鬘自身も、「分不相応のことも起こってしまいそうな立場である」と思うとつらいので、時間を延ばしなさることができず、宮中から退出させなさるのにふさわしい理由を、もっともらしくかこつけて作り出して、父大臣〔:内大臣〕などが、うまく工夫しなさって、お暇を許されなさった。
「それではしかたがない。懲り懲りして、再び宮仕えさせない人もいるといけない。とてもつらい。誰よりも先に募ってしまった気持ちが、人〔:鬚黒大将のこと〕に先を越されて、機嫌を取って追従するよ。昔のだれそれの前例も、引き合いに出してしまいそうな気持ちがする」と言って、ほんとうに残念だと冷泉帝はお思いになっている。
〔解説〕
鬚黒大将の行動は、玉鬘に悪い虫がつくといけないからと、早々に帰らせるという感じですね。玉鬘自身は、異母姉妹の弘徽殿の女御〔:内大臣の娘〕と冷泉帝の寵愛を奪い合う形になるのがよくないと考えていたようです。
「昔のなにがしが例」は、よく分からないようです。
続きです。
〔本文〕
聞こし召ししにもこよなき近まさりを、はじめよりさる御心なからむにてだにも、御覧じ過ぐすまじきを、まいて、いとねたう、飽〔あ〕かず思〔おぼ〕さる。されど、ひたぶるに浅き方〔かた〕に思〔おも〕ひ疎まれじとて、いみじう心深きさまにのたまひ契〔ちぎ〕りて、なつけ給ふも、かたじけなう、「われはわれと思ふものを」と思〔おぼ〕す。
御輦車〔てぐるま〕寄せて、こなたかなたの御かしづき人ども心もとながり、大将も、いとものむつかしうたち添ひ、騷ぎ給ふまで、えおはしまし離れず。「かういと厳しき近き守りこそむつかしけれ」と憎ませ給ふ。
〔大意〕
以前にお聞きになった様子よりもこの上なく近くで見ると美しいのを、最初からそういうお気持ちがないような時でさえも、そのままになさることはできないけれども、まして、とてもしゃくで、もの足りなくお思いにならずにはいられない。しかし、ひたすら浅はかな愛情の持ち主として嫌われないようにしようと思って、冷泉帝はとても愛情が深いように約束をなさって、親しみを感じさせなさるのも、恐れ多く、「私は私と思うのに」と玉鬘はお思いになる。
御輦車を寄せて、こちらとあちらの世話役たちが気を揉み、鬚黒大将も、とても煩わしいくらいに側に付き添い、やかましくおっしゃるまで、玉鬘は冷泉帝のお側から離れなさることができない。「このようにとても厳重な身近な警護の者が不快だ」と冷泉帝は嫌にお思いになる。
〔解説〕
冷泉帝は玉鬘を初めて御覧になったようです。「だに〜まして」の構文を用いて、冷泉帝の玉鬘への執心が強調されています。「われはわれと思ふものを」はよく分からないようです。なにか引歌があるのか、昔物語のよく知られた場面があったのでしょう。
輦車というのは、車輪のついたお神輿みたいな乗り物で、尚侍〔ないしのかみ〕が宮中に出入りする時に用いたのだそうです。「こなたかなたの御かしづき人ども」は、源氏の君方と内大臣方のお供の人々です。その中に鬚黒大将も一緒にいるのですから、冷泉帝の不快な気持ちもよく分かりますね。(^_^;
続きです。
〔本文〕
九重〔ここのへ〕に霞隔〔へだ〕てば梅の花
ただ香〔か〕ばかりも匂ひ来〔こ〕じとや
異なることなきことなれども、御ありさま、けはひを見奉〔たてまつ〕るほどは、をかしくもやありけむ。「野をなつかしみ、明〔あか〕いつべき夜を、惜しむべかめる人も、身をつみて心苦しうなむ。いかでか聞こゆべき」と思〔おぼ〕し悩むも、「いとかたじけなし」と、見奉る。
香ばかりは風にも伝〔つ〕てよ花の枝〔え〕に
立ち並ぶべき匂ひなくとも
さすがにかけ離れぬけはひを、あはれと思しつつ、返り見がちにて渡らせ給〔たま〕ひぬ。
〔大意〕
幾重にも霞が隔てたならば梅の花は
このように宮中にはただ香りだけも漂ってこないだろうということか。
格別なこともない歌であるけれども、冷泉帝の御姿や態度を見申し上げる時は、趣深かったのだろうか。野に心ひかれるので明かしてしまいそうな夜を、惜しむに違いないように思える人のことも、身につまされて気の毒で。どうやってお便り申し上げよう」と思い悩みなさるのも、「とても恐れ多い」と、玉鬘は見申し上げる。
香りだけは風に乗せて伝えよ。花の枝に
立ち並ぶことができる美しさはなくても。
そうはいうもののよそよそしくしない玉鬘の様子を、冷泉帝は愛しいとお思いになりながら、振り返りがちにお帰りになった。
〔解説〕
冷泉帝の歌、「隔てば」という表現が分かりにくいのですが、「九重」は「幾重」の意の「九重」と宮中の「九重」を、「香ばかり」はこれほどの意の「かばかり」を掛けています。「霞」が鬚黒大将のこと、「香」が玉鬘のことです。
「野をなつかしみ」云々は、「春の野に菫摘みにと来し我ぞ野をなつかしみ一夜寝にける(春の野にすみれを摘みに来た私は野に心ひかれるので一夜寝てしまった)」(古今六帖)によっています。帝という地位にある人でも「いかでか聞こゆべき」と思い悩むんですね。(^_^;
玉鬘の歌の、「香ばかりは風にも伝てよ」は、風の便りに言付けてくださいということ、「花の枝に立ち並ぶべき匂ひ」の「花の枝」は後宮の女御たち、「匂ひ」は玉鬘の美しさということです。
続きです。
〔本文〕
やがて今宵〔こよひ〕、かの殿にと思〔おぼ〕しまうけたるを、かねては許されあるまじきにより、漏らし聞こえ給〔たま〕はで、「にはかにいと乱り風邪の悩ましきを、心やすき所にうち休み侍〔はべ〕らむほど、よそよそにてはいとおぼつかなく侍らむを」と、おいらかに申しない給ひて、やがて渡し奉〔たてまつ〕り給ふ。
父大臣〔ちちおとど〕、にはかなるを、「儀式〔ぎしき〕なきやうにや」と思せど、「あながちに、さばかりのことを言ひ妨げむも、人の心おくべし」と思せば、「ともかくも。もとより進退〔しんだい〕ならぬ人の御ことなれば」とぞ、聞こえ給ひける。
〔大意〕
そのまま今夜はあちらの邸〔:鬚黒大将の自邸〕にと心積もりなさっているけれども、前以て申し上げたのでは源氏の君の許可があるはずがないので、口に出し申し上げなさらずに、「急にとても風邪が苦しいので、気楽な所で休みますような間、別々ではとても気掛かりでしょうから」と、おだやかに取りなし申し上げなさって、そのままお移し申し上げなさる。
父の大臣〔:内大臣〕は、突然であるので、「略儀ではどうだろうか」とお思いなるけれども、「無理に、それほどのことを言って妨げるようなことも、人が気兼ねをするに違いない」とお思いになるので、「よいように。もともと自由にならない人のことであるから」と、申し上げなさった。
〔解説〕
鬚黒大将は、玉鬘が宮中に出仕するのを機会に自邸に引き取りたいと考えていたことは、〔真木柱10〕で語られていました。風邪を口実に、玉鬘を自邸に引き取る作戦です。(^_^;
「儀式なし」という言葉は分かりにくいのですが、玉鬘が鬚黒大将の邸に移るのならば、それなりの格式のある引っ越しをしなければいけないという考えがあるのでしょう。「もとより進退ならぬ人の御ことなれば」は、源氏の君に気兼ねした発言です。
続きです。
〔本文〕
六条殿ぞ、「いとゆくりなく本意〔ほい〕なし」と思〔おぼ〕せど、などかはあらむ。女も、塩やく煙のなびきけるかたを、あさましと思せど、盗みもて行きたらましと思しなずらへて、いとうれしく、心地落ちゐぬ。
かの、入りゐさせ給〔たま〕へりしことを、いみじう怨〔ゑん〕じ聞こえさせ給ふも、心づきなく、なほなほしき心地して、世には心解けぬ御もてなし、いよいよけしき悪〔あ〕し。
かの宮にも、さこそたけうのたまひしか、いみじう思しわぶれど、絶えておとづれず。ただ思〔おも〕ふことかなひぬる御かしづきに、明け暮れいとなみて過ぐし給ふ。
〔大意〕
六条殿〔:源氏の君〕は、「とても突然で残念だ」とお思いになるけれども、どうしてそうであろうか。女〔:玉鬘〕も、塩焼く煙がなびいた所を、情けないとお思いになるけれども、鬚黒大将は、盗んで連れて行っただろうのにと比べ合わせなさって、とてもうれしく、気持ちが落ち着いた。
あの、冷泉帝が玉鬘の局にお越しになっていたことを、鬚黒大将がひどく恨み申し上げなさるのも、玉鬘は気に入らず、世間並みな感じがして、まったく心を許さない振る舞いは、ますます表情が険しい。
あの宮〔:式部卿の宮の邸〕でも、以前はあんなに強くおっしゃったけれども、今はひどくふさぎこみなさるけれども、まったく連絡がない。鬚黒大将はただ願いが実現した玉鬘のお世話に、明けても暮れても忙しくお過ごしになる。
〔解説〕
「などかはあらむ」は、文脈から反語表現であることは分かりますが、実際、なにを言っているのか、もう一つピンと来ません。今さら言ってもどうにもならないという解釈、鬚黒大将の側から、なにも不都合はないという解釈などあるようです。
「塩やく煙」は、「須磨の海人〔あま〕の塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり(須磨の海岸の漁師が塩を焼く煙は風がひどいので思いもしない方にたなびいてしまった)」(古今集)によっています。
「盗みもて行きたらまし」の「まし」、すぐ次に「思しなずらへて」とあるので、『伊勢物語』六段の芥川の話を念頭に置いているだろうことは分かります。実際は玉鬘を盗み出したわけではないのですから、現実に反することを仮想するという「まし」の用法からは逸脱はしていないのですが、ここの用法、難しいです。
この部分、玉鬘の宮中退出の一件の後片づけ的な部分ですが、言葉が足りない箇所が多く、難解です。
二月になりました。源氏の君が手紙を出します。
〔本文〕
二月にもなりぬ。大殿〔おほいとの〕は、「さても、つれなきわざなりや。いとかう際々〔きはぎは〕しうとしも思はで、たゆめられたるねたさを人悪〔わ〕ろく、すべて御心にかからぬ折〔をり〕なく、恋しう思ひ出〔い〕でられ給〔たま〕ふ。「宿世〔すくせ〕などいふもの、おろかならぬことなれど、わがあまりなる心にて、かく人やりならぬものは思ふぞかし」と、起き臥し面影にぞ見え給ふ。
大将のをかしやかにわららかなる気〔け〕もなき人に添ひゐたらむに、はかなき戯〔たはぶ〕れごともつつましう、あいなく思〔おぼ〕されて、念じ給ふを、雨いたう降りて、いとのどやかなるころ、かやうのつれづれも紛らはし所〔どころ〕に渡り給ひて、語らひ給ひしさまなどの、いみじう恋しければ、御文〔ふみ〕奉〔たてまつ〕り給ふ。
〔大意〕
二月にもなった。大殿〔:源氏の君〕は、「それにしても、冷たい仕打ちだなあ。まったくこのようにきっぱりととも思わずに、油断させられた悔しさを体裁悪く、すべてお気持ちに懸からない時がなく、玉鬘のことが恋しく思い出しなさらずにはいられない。「前世からの因縁などいうものは、いい加減ではないことであるけれども、自分のあんまりな気持ちがもとで、このように人のせいではなく思い悩むのだよ」と思うと、寝ても覚めても面影に見えなさる。
鬚黒大将のように風流で陽気な感じもない人といっしょに玉鬘が暮らしているような時に、ちょっとした色めいた手紙も気がひけ、つまらなくお思いになって、我慢なさるけれども、雨がひどく降って、とてものどかな頃、このような手持無沙汰な気持ちも紛らわす所にお越しになって、語らいなさった様子などが、ひどく恋しいので、源氏の君は玉鬘にお手紙を差し上げなさる。
〔解説〕
源氏の君は、鬚黒大将に一杯食わされて悔しいという思いでいっぱいで、玉鬘のことが思われて仕方がないようです。「わがあまりなる心」は、源氏の君が玉鬘に最後まで手を出さなかった、お人よしの気持ちを言っています。「かく人やりならぬものは思ふ」は、玉鬘が恋しいというよりは、玉鬘を自分のものにできる機会を全く失ってしまったことについての、ふがいない気持ちなのでしょう。「恋しう思ひ出でられ」とか「起き臥し面影にぞ見え」とありますが、実際はかなり不純な心情のようです。(^_^;
「かやうのつれづれも紛らはし所」は「紛らはしし所」というように助動詞「き」が入っていると解釈は楽なのですが、源氏の君は玉鬘がもといた部屋にやって来て、あれこれと思っているのでしょう。
続きです。
〔本文〕
右近〔うこん〕がもとに忍びてつかはすも、かつは、思はむことを思〔おぼ〕すに、何ごともえ続け給〔たま〕はで、ただ思はせたることどもぞありける。
かきたれてのどけきころの春雨に
ふるさと人をいかに偲〔しの〕ぶや
つれづれに添へて、うらめしう思〔おも〕ひ出〔い〕でらるること多う侍〔はべ〕るを、いかでか分き聞こゆべからむ」などあり。
隙〔ひま〕に忍びて見せ奉〔たてまつ〕れば、うち泣きて、わが心にもほど経〔ふ〕るままに思ひ出でられ給ふ御さまを、まほに、「恋しや。いかで見奉らむ」などはえのたまはぬ親にて、「げに、いかでかは対面もあらむ」と、あはれなり。
〔大意〕
右近のもとに人目を忍んでお送りになるのも、一方では、右近が思うだろうことをお考えになると、どんな言葉を続けなさることができずに、ただ思わせている言葉ばかりが書いてあった。
雲が低く垂れて振るのどかな春雨に
馴染んだ場所の人をどのように懐かしむのか。
手持無沙汰な気持ちに添えて、恨めしく思い出さずにはいられないことが多うございますのを、どうやって一つ一つお話し申し上げるのがよいのだろうか」など書いてある。
機会を見てこっそり玉鬘にお見せ申し上げると、玉鬘はわっと泣いて、自分の気持ちでも時が経つに連れてふと思い出されなさる源氏の君の御様子を、まともに、「恋しいなあ。どうやって見申し上げることができるのだろう」などはおっしゃることができない親であって、「ほんとうに、どうして対面もあるだろうか」と思うと、悲しい。
〔解説〕
右近は、もともと夕顔に仕えていた女房〔:夕顔25〕で、夕顔亡き後は源氏の君の所に来ていました〔:夕顔48〕が、長谷寺で玉鬘に巡り合って〔:玉鬘23〕、玉鬘が引き取られる際の世話をして〔:玉鬘35〕から玉鬘に仕え〔:玉鬘47〕、玉鬘に寄せられる恋文の整理もしていました〔:胡蝶14〕。鬚黒大将の邸にも一緒に移って行ったようです。「ただ思はせたることども」は、相手の推測に任せた言葉だと注釈があります。
右近が玉鬘に手紙を見せた後の「わが心にも」以下、分かりにくい表現が続きますが、源氏の君は養父であって実の父ではないので、会いたいなあなどどは言えない関係だということです。
続きです。
〔本文〕
時々、むつかしかりし御けしきを、心づきなう思ひ聞こえしなどは、この人にも知らせ給〔たま〕はぬことなれば、心ひとつに思〔おぼ〕し続くれど、右近〔うこん〕は、ほのけしき見けり。いかなりけることならむとは、今に心得がたく思ひける。
御返り、「聞こゆるも恥づかしけれど、おぼつかなくやは」とて、書き給ふ。
眺めする軒の雫に袖ぬれて
うたかた人を偲〔しの〕ばざらめや
ほど経〔ふ〕るころは、げに、ことなるつれづれもまさり侍〔はべ〕りけり。あなかしこ」と、ゐやゐやしく書きなし給へり。
〔大意〕
玉鬘は、時々、煩わしかった源氏の君のお気持ちを、気に入らなく思い申し上げたことなどは、この人〔:右近〕にも知らせなさらないことであるので、自分一人で思い続けなさるけれども、右近は、かすかに事情が分かっていた。源氏の君と玉鬘との関係はどのようであったことであるのだろうとは、今でも不審に思っていた。
お返事、「申し上げるのも恥ずかしいけれども、返事しないままであるのも」ということで、お書きになる。
もの思いをする軒の滴で袖が濡れて
かりそめにも人を懐かしく思わないだろうか。
時が経った今は、確かに、格別な手持無沙汰もいっそう募りました。あなかしこ」と、つとめて礼儀正しくお書きになっている。
〔解説〕
源氏の君といろいろあった事は、玉鬘は右近に話していなかったのですね。でも、さすが、右近、だいたいのことは察しがついているようです。(^_^;
玉鬘の返歌は、源氏の君の歌に「春雨」があったので、「軒の雫」「濡る」という語を使っています。「うたかた」は水に浮かぶ泡のことですが、「思ひ川絶えず流るる水の泡のうたがた人にあはで消えめや(あなたを思い常に泣かずにはいられない。水の泡のようにあなたに逢わないままで消えるだろうか、いや、決して消えないだろう)」(後撰集)の「うたがた」と同じ「決して〜(ないだろう)」という意の上代語が残ったもののようです。
続きです。
〔本文〕
引き広げて、玉水のこぼるるやうに思〔おぼ〕さるるを、「人も見ば、うたてあるべし」と、つれなくもてなし給〔たま〕へど、胸に満つ心地して、かの昔の、尚侍〔かむ〕の君を朱雀院〔すざくゐん〕の后〔きさき〕の切〔せち〕に取り籠め給ひし折〔をり〕など思し出〔い〕づれど、さしあたりたることなればにや、これは世付〔よづ〕かずぞあはれなりける。
「好いたる人は、心からやすかるまじきわざなりけり。今は何につけてか心をも乱らまし。似げなき恋のつまなりや」と、さましわび給ひて、御琴〔こと〕掻き鳴らして、なつかしう弾きなし給ひし爪音〔つま〕、思〔おも〕ひ出でられ給ふ。あづまの調べを、すが掻きて、「玉藻はな刈りそ」と、歌ひすさび給ふも、恋しき人に見せたらば、あはれ過ぐすまじき御さまなり。
〔大意〕
玉鬘は、手紙を広げて、玉水のこぼれるようにふとお思いになるのを、「女房が見たならば、具合が悪いに違いない」と、さりげなく振る舞いなさるけれども、胸がいっぱいになる気持ちがして、あの昔の、尚侍の君を朱雀院の后がひたすら閉じ込めなさった時など思い出しなさるけれども、今当面していることであるからだろうか、これは世の中に例がなく悲しかった。
源氏の君は、「色好みな人は、自分から求めて苦労するに違いないものであったなあ。今となってはどういうことについて心を悩ませようか。似つかわしくない恋の相手であるよ」と、思いを鎮めあぐねなさって、和琴を掻き鳴らして、以前玉鬘が感じよくお弾きになった爪音が、ふと思い出されなさる。和琴の調べを即興的に弾いて、「玉藻は刈り取ってはいけないよ」と、気持ちの赴くままに歌いなさるのも、恋しい人〔:玉鬘〕に見せたならば、心動かされないはずはない源氏の君の御様子である。
〔解説〕
「玉水のこぼるる」は、「雨やまぬ軒の玉水数知らず恋しきことのまさるころかな(雨が止まず軒の雫は数が分からないように恋しいことが限りなく多いころだなあ)」(後撰集)によっています。「恋しきことのまさる」ように「思さるる」ということです。
「かの昔の、尚侍の君を朱雀院の后の切に取り籠め給ひし折」というのは、〔賢木18〕で、弘徽殿の大后が当時の尚侍の君であった朧月夜の君と源氏の君が逢えないようにして、「ことにふれて、はしたなきことのみ出で来れ」という有り様であったことを指しているようです。現在の尚侍の君は玉鬘ですから、源氏の君はあの時と同じだと思っているのでしょう。(^_^;
「なつかしう弾きなし給ひし爪音」は〔常夏11〕あたりで、和琴を弾きながら源氏の君と玉鬘が話をしたことがあるのですが、この時は玉鬘は弾いていないようです。〔常夏14〕では「今は御琴教へ奉り給ふにさへことづけて、近やかに馴れ寄り給ふ」とあって、その機会に玉鬘は和琴のお稽古をしたのでしょうから、その時のことを言っているのかもしれません。「玉藻はな刈りそ」は風俗歌「鴛鴦」の一節だそうです。
続きです。
〔本文〕
内にも、ほのかに御覧ぜし御容貌〔かたち〕ありさまを、心にかけ給〔たま〕ひて、「赤裳〔あかも〕垂れ引き去〔い〕にし姿を」と、憎げなる古言〔ふること〕なれど、御言種〔ことぐさ〕になりてなむ、眺めさせ給ひける。御文〔ふみ〕は、忍び忍びにありけり。身を憂〔う〕きものに思ひしみ給ひて、かやうのすさびごとをも、あいなく思〔おぼ〕しければ、心とけたる御いらへも聞こえ給はず。なほ、かの、ありがたかりし御心おきてを、かたがたにつけて思〔おも〕ひしみ給へる御ことぞ、忘られざりける。
〔大意〕
冷泉帝も、かすかに御覧になった玉鬘の顔立ちや姿を、心におとめになって、「赤い裳を引きながら立ち去った姿を」と、嫌な感じの古歌であるけれども、口癖になって、もの思いにふけりなさった。お手紙は、人目を避けてあった。玉鬘は身の上を情けないものにすっかりお思いになって、このような気ままな手紙のやり取りをも、つまらなくお思いになったので、うちとけたお返事も申し上げなさらない。やはり、あの、またとないほどだった源氏の君の御配慮を、あれやこれやにつけてしみじみ感じなさったお気持ちを、忘れられなかった。
〔解説〕
「ほのかに御覧ぜし」とあるのは、冷泉帝が玉鬘のもとにやって来た時〔:真木柱44〕、やはり几帳や簾を隔てて会っていたからでしょうか。「赤裳垂れ引き去にし姿を」は、「立ちて思ひ居てもぞ思ふ紅の赤裳垂れ引き去にし姿を(立っても思い座っても思う。紅の赤い裳を引きながら立ち去った姿を)」(古今六帖)によっています。〔真木柱49〕で「いかでか聞こゆべき」とあった冷泉帝からの手紙は、「香ばかりは風にも伝てよ」という玉鬘の歌のとおりに、時々届けられているようです。
以前は不快に思っていた源氏の君に対して、玉鬘は、今は、懐かしい思い、感謝の気持ちまで持っているようです。
三月になりました。
〔本文〕
三月になりて、六条殿の御前〔おまへ〕の藤山吹のおもしろき夕ばえを見給ふにつけても、まづ見るかひありてゐ給〔たま〕へりし御さまのみ思〔おぼ〕し出〔い〕でらるれば、春の御前をうち捨てて、こなたに渡りて御覧ず。呉竹〔くれたけ〕の籬〔まがき〕に、わざとなう咲きかかりたるにほひ、いとおもしろし。「色に衣を」などのたまひて、
思はずに井手〔いで〕の中道隔つとも
言はでぞ恋ふる山吹の花
顔に見えつつ」などのたまふも、聞く人なし。かく、さすがにもて離れたることは、このたびぞ思しける。げに、あやしき御心のすさびなりや。
〔大意〕
三月になって、六条院の庭の藤や山吹がみごとな夕方の姿を御覧になるにつけても、なによりも見応えがある姿でお座りになっていた玉鬘の御様子ばかり思い出しなさらずにはいられないので、春の庭を後に残して、こちら〔:北東の区画、花散里の居所〕にお越しになって御覧になる。呉竹の垣根に、さりげなく咲き懸かっている美しさは、とても趣がある。「色に衣を」などおっしゃって、
思い掛けなく井出の中道が遠ざけても
口には出さずに恋しく思う山吹の花。
顔に見えつつ」などおっしゃるのも、聞く人もいない。このように、そうはいっても手元から離れたことは、今お思いになった。ほんとうに、理解しがたいお気持ちの気まぐれであるよ。
〔解説〕
藤や山吹が咲いているということは晩春です。〔野分19〕で「八重山吹の咲き乱れたる盛りに、露のかかれる夕映えぞ、ふと思ひ出でらるる」のように玉鬘は山吹にたとえられていました。山吹の咲いている様子を見て、源氏の君はふと玉鬘を思い出したということです。「呉竹の籬に」とあるのは〔少女73〕で「前近き前栽、呉竹、下風涼しかるべく」とあった呉竹です。「夕映え」は、夕方、日が落ちてあたりが薄暗くなるが、空の雲がまだ夕陽に染まっているころ、物の形や、青や紫などの昼間目立たない色などがかえってくっきりと美しく見えることをいうので、ここでは藤の花がきれいに見えたのでしょう。(^_^;
「色に衣を」は「梔子〔くちなし〕の色に衣を染めしより言はで心にものをこそ思へ(梔子の黄色に衣を染めてから口には出さずに心の中で思い慕っている)」(古今六帖)によっています。「梔子〔くちなし〕」から「口無し」ということで、「言はで」という表現ができてきます。源氏の君は、山吹の花の黄色から梔子の身で染めた黄色を連想して、この一節を口ずさんだのでしょう。「井手」は山吹の名所で山城国にあります。「井手の中道」は、その意での里を通る道ということです。「顔に見えつつ」は、「夕されば野辺に鳴くてふ顔鳥の顔に見えつつ忘られなくに(夕方になると野辺でなくという顔鳥のように面影に浮かんで忘れることができないなあ)」(古今六帖)によっています。
「このたびぞ思しける」は、源氏の君は自分の手の届かない所に玉鬘が行ってしまったことを、今初めて思ったということです。
続きです。
〔本文〕
かりの子のいと多かるを御覧じて、柑子〔かんじ〕、橘〔たちばな〕などやうに紛らはして、わざとならず奉〔たてまつ〕れ給〔たま〕ふ。御文〔ふみ〕は、「あまり人もぞ目立つる」など思〔おぼ〕して、すくよかに、「おぼつかなき月日も重なりぬるを、思はずなる御もてなしなりと恨み聞こゆるも、御心ひとつにのみはあるまじう聞き侍〔はべ〕れば、ことなるついでならでは、対面の難〔かた〕からむを、くちをしう思〔おも〕ひ給ふる」など、親めき書き給ひて、
おなじ巣にかへりしかひの見えぬかな
いかなる人か手ににぎるらむ
などかさしもなど、心やましうなむ」などあるを、大将も見給ひて、うち笑ひて、「女は、まことの親の御あたりにも、たはやすくうち渡り見え奉り給はむこと、ついでなくてあるべきことにあらず。まして、なぞ、この大臣〔おとど〕の、をりをり思ひ放たず恨み言はし給ふ」と、つぶやくも、憎しと聞き給ふ。
〔大意〕
鴨の卵がとてもたくさんあるのを御覧になって、柑子や橘などのように取り繕って、なにげないふうに差し上げなさる。お手紙は、「あまりあの人〔:鬚黒大将をさす〕が注目するといけない」などお思いになって、そっけなく、「お会いできない月日も重なってしまったけれども、意外な振る舞いであると恨み言を申し上げるのも、お気持ち一つではなさそうに聞いておりますので、特別な機会でなくては、対面も難しいだろうから、残念に思います」など、親のようにお書きになって、
同じ巣でかえった卵が、甲斐もないことに、見えないなあ。
どのような人が手に握っているのだろう。
どうしてこのようになってしまったのだろうなど、残念で」など書いてあるのを、鬚黒大将も御覧になって、ほほえんで、「女は、実の親の所でも、気軽にやって来てお目にかかりなさるようなことは、機会がなくてはできることでない。まして、どうして、この大臣〔:源氏の君〕が、時々、あきらめずに恨み言をおっしゃるのか」と、つぶやくのも、玉鬘は気に入らないと思ってお聞きになる。
〔解説〕
「かりの子」は鴨や雁などの卵のことだそうです。「柑子」は蜜柑。卵を蜜柑のように着色したのだろうという注釈があります。源氏の君の手紙に「御心ひとつにのみはあるまじう聞き侍れ」とあるは、玉鬘が鬚黒邸に入ったのは玉鬘の意志ではなく鬚黒大将の意向によるのだと、源氏の君が分かっているということです。「かひの見えぬ」の「かひ」は「卵」と「甲斐〔かひ〕」を掛けてあります。
鬚黒大将は、実の親でさえなかなか対面できないのだから、まして、養父の源氏の君に対面するなどとんでもないという趣旨の発言を、さっそく、しています。(^_^;
続きです。
〔本文〕
「御返り、ここにはえ聞こえじ」と、書きにくくおぼいたれば、「まろ聞こえむ」と代はるも、かたはらいたしや。
巣隠れて数にもあらぬかりの子を
いづ方〔かた〕にかは取り隠すべき
よろしからぬ御けしきにおどろきて。すきずきしや」と聞こえ給へり。
「この大将の、かかるはかなしごと言ひたるも、まだこそ聞かざりつれ。めづらしう」とて、笑ひ給〔たま〕ふ。心のうちには、かく領〔らう〕じたるを、いとからしと思〔おぼ〕す。
〔大意〕
「お返事、私はお出し申し上げることができないだろう」と、玉鬘が書きづらくお思いになっていると、「私が申し上げよう」と、鬚黒大将が代わるのも、玉鬘は側にいて心が痛むよ。
巣の中に隠れて物の数にも入らない鴨の卵を
どこに取って隠してよいか、いや、隠すはずはない。
よくない御機嫌におどろいて。物好きだよ」とお返事申し上げなさった。
「この鬚黒大将がこのようなたわいもないことを言っているのも、まだ耳にしたことがなかった。めずらしく」と言って、源氏の君はお笑いになる。心の中では鬚黒大将がこのように玉鬘を自分のものにしているのを、とてもひどいとお思いになる。
〔解説〕
「まろ」という言葉は親しい間柄で老若男女が自分をさしていう言葉です。鬚黒大将としては親しいつもりなのでしょうが、玉鬘はそうは思っていません。「かたはらいたしや」は玉鬘の気持ちを代弁した草子地ですが、玉鬘は鬚黒大将を余計なことをする人だと思っているのでしょう。
鬚黒大将の歌、「いづ方にかは取り隠すべき」は、玉鬘をどこにも隠してはいないということですが、〔真木柱58〕の源氏の君の歌の「いかなる人か手ににぎるらむ」に答えたものです。鬚黒大将の「よろしからぬ御けしきにおどろきて」という言葉は、源氏の君の「などかさしもなど、心やましうなむ」という言葉に応じたものです。
「からし」は、もともと塩味の刺激的な味覚を言った言葉ですが、ここでは、ひりひりと心に刺さるつらさを言っています。玉鬘は源氏の君の手の届かない所に行ってしまいました。
式部卿の宮邸の様子です。
〔本文〕
かのもとの北の方は月日隔たるままに、あさましとものを思ひ沈み、いよいよ呆〔ほ〕け疾〔し〕れてものし給〔たま〕ふ。大将殿のおほかたの訪〔とぶ〕らひ、何ごとをも詳しう思〔おぼ〕しおきて、君達〔きむだち〕をば、変はらず思〔おも〕ひかしづき給へば、えしもかけ離れ給はず、まめやかなる方〔かた〕の頼みは、同じことにてなむものし給ひける。
姫君をぞ、堪へがたく恋ひ聞こえ給へど、絶えて見せ奉〔たてまつ〕り給はず。若き御心のうちに、この父君を、誰〔たれ〕も誰も許しなう恨み聞こえて、いよいよ隔て給ふことのみまされば、心細く悲しきに、男君たちは常に参り馴れつつ、尚侍〔かむ〕の君の御ありさまなどをも、おのづからことにふれてうち語りて、「まろらをも、らうたくなつかしうなむし給ふ。明け暮れをかしきことを好みてものし給ふ」など言ふに、うらやましう、かやうにても安らかに振る舞ふ身ならざりけむを嘆き給ふ。
あやしう、男女〔をとこをんな〕につけつつ、人にものを思はする尚侍の君にぞおはしける。
〔大意〕
あのもとの北の方は月日が経つにつれて、嘆かわしいとふさぎこんで、ますます茫然としていらっしゃる。鬚黒の大将殿の生活全般についての見舞いの品は、どんなことにも事細かに取り計らいなさり、お子たちを、以前と変わらずに大事にお育てなさるので、どうしても縁を切りなさることができず、実生活の方で頼りすることは、おなじようにしてお暮らしになった。
姫君を、鬚黒大将はたまらなく恋しく思い申し上げなさるけれども、北の方はまったくお見せ申し上げなさらない。若いお気落ちの中で、この父君を、誰も誰も許すことなく恨み申し上げて、ますます遠ざけなさることばかりが増すので、不安で悲しいけれども、男の子たちはいつも親しく参上しては、尚侍の君〔:玉鬘〕の御様子などをも、自然となにかにつけて話をして、「私たちをも、かわいがり優しくしてくださる。いつも風流なことを好んでしていらっしゃる」など言うので、姫君は弟たちがうらやましく、このような立場で気楽に振る舞う身の上でなかったということを悲しみなさる。
不思議なことに、男女につけては、人にもの思いをさせる尚侍の君でいらっしゃった。
〔解説〕
鬚黒大将は北の方に対して生活面の援助は続けているようです。「まめやか」は、実生活で役に立つという意味です。
姫君を鬚黒大将がとても可愛がっていたことは〔真木柱30〕で語られていました。姫君は父の鬚黒大将に心のつながりがあったようで、「今なども聞こえで、また会ひ見ぬやうもこそあれと思ほすに、うつぶし伏して、え渡るまじと思ほしたる」とありました。男の子たちは〔真木柱38〕で「六条殿には、え率ておはせねば、殿にとどめて」とあったように、鬚黒大将は自邸に引き取っていましたが、母親〔:北の方〕のいる式部卿邸に出入りをしているようです。姫君は弟たちから鬚黒大将邸の様子を耳にして、弟たちのように自由に行動できない身の上を悲しんでいます。
玉鬘が男の子を出産しました。
〔本文〕
その年の十一月に、いとをかしき児〔ちご〕をさへ抱〔いだ〕き出〔い〕で給〔たま〕へれば、大将も、思ふやうにめでたしと、もてかしづき給ふこと、限りなし。そのほどのありさま、言はずとも思ひやりつべきことぞかし。父大臣〔ちちおとど〕も、おのづから思ふやうなる御宿世〔すくせ〕と思〔おぼ〕したり。
わざとかしづき給ふ君達〔きむだち〕にも、御容貌〔かたち〕などは劣り給はず。頭〔とう〕の中将も、この尚侍〔かむ〕の君を、いとなつかしきはらからにて、睦〔むつ〕び聞こえ給ふものから、さすがなる御けしきうちまぜつつ、「宮仕へに、かひありてものし給はましものを」と、この若君のうつくしきにつけても、「今まで皇子〔みこ〕たちのおはせぬ嘆きを見奉〔たてまつ〕るに、いかに面目〔めいぼく〕あらまし」と、あまりのことをぞ思ひてのたまふ。
公事〔おほやけごと〕は、あるべきさまに知りなどしつつ、参り給ふことぞ、やがてかくてやみぬべかめる。さてもありぬべきことなりかし。
〔大意〕
その年の十一月に、とてもかわいらしい赤子をまでお抱きになることができたので、鬚黒大将も、理想的で結構なことだと、大事に育てなさることは、限りがない。その時の様子は、説明しなくても想像できるに違いないことだよ。父大臣〔:内大臣〕も、自然と申し分のない運勢とお思いになっている。
わざわざ大事にお育てになるお子たちにも、顔立ちなどは劣りなさらない。頭の中将〔:柏木〕も、この尚侍の君を、とても慕わしい姉妹として、親しみ申し上げなさるけれども、そうでもない御表情も交えながら、「宮仕えをして、その甲斐があっていらっしゃっただろうのに」と、この若君のかわいらしいのにつけても、「今まで皇子たちがいらっしゃらない冷泉帝の悲しみを見申し上げると、どんなにか晴れがましかっただろうのに」と、度が過ぎたことを思ってお話しになる。
尚侍としての公務は、しかるべき形で対処などしながら、参内なさることは、そのままこうして沙汰やみになってしまいそうである。それはそれで仕方のないことであるよ。
〔解説〕
男の子が生まれたようです。おめでたいことなのですが、柏木は、かつては恋文を送っていた関係〔:胡蝶14・胡蝶17の「結ぼほれたる」文〕ですから、あきらめきれずに、玉鬘が冷泉帝の子を生んでいたらよかっただろうのにと、悔やまずにはいられません。
玉鬘は鬚黒大将邸で朝廷の公務をこなしているようですが、この場面では玉鬘自身は登場しません。鬚黒大将の家庭に納まってしまったようです。(^_^;
久しぶりに近江の君の登場です。
〔本文〕
まことや、かの内の大殿〔おほいとの〕の御女〔むすめ〕の、尚侍〔ないしのかみ〕のぞみし君も、さるものの癖なれば、色めかしう、さまよふ心さへ添ひて、もてわづらひ給〔たま〕ふ。女御〔にようご〕も、「つひに、あはあはしきこと、この君ぞ引き出〔い〕でむ」と、ともすれば御胸つぶし給へど、大臣〔おとど〕の、「今は、なまじらひそ」と、制〔せい〕しのたまふをだに聞き入れず、まじらひ出でてものし給ふ。
いかなる折〔をり〕にかありけむ、殿上人〔てんじやうびと〕あまた、おぼえことなる限り、この女御の御方〔かた〕に参りて、物の音〔ね〕など調べ、なつかしきほどの拍子打ち加へてあそぶ。秋の夕べのただならぬに、宰相〔さいしやう〕の中将も寄りおはして、例〔れい〕ならず乱れてものなどのたまふを、人々めづらしがりて、「なほ、人よりことにも」とめづるに、この近江の君、人々の中を押し分けて出でゐ給ふ。
〔大意〕
そうそう、あの内大臣のお嬢さんの、尚侍を希望した君〔:近江の君〕も、そういう者のありがちなことであるので、好色で、うつろいやすい気持ちまで加わって、内大臣はもて余しなさる。弘徽殿の女御も、「最後には、軽はずみなことを、この近江の君が引き起こすだろう」と、なにかにつけて、はらはらなさるけれども、内大臣の、「こうなった今は、出仕しないでください」と、引き留めなさることをさえ聞き入れず、近江の君は宮仕へに出ていらっしゃる。
どのような時であったのだろうか、殿上人が大勢、世評が格別な人だけ、この弘徽殿の女御の所に参上なさって、楽器などを演奏し、心ひかれる感じの拍子を加えて管絃の遊びをする。秋の夕方が並々でない風情である時に、宰相の中将〔:夕霧〕も御簾の近くにいらっしゃって、いつもと違ってくつろいで会話などなさるのを、女房たちがめずらしく思って、「やはり、他の人よりは格別に」と感心していると、この近江の君が、女房たちの中をかき分けて出てお座りになる。
〔解説〕
あちこちで騒動を引き起こしている近江の君が久しぶりに登場です。〔常夏3〕で噂になっていましたが、内大臣は苦慮して弘徽殿の女御に出仕させることにしましたが「いと鄙び、あやしき下人の中に生ひ出で給へれば、もの言ふさまも知らず」〔:常夏30〕という生まれ育ちなので、すべてぶち壊しにしてしまうという姫君です。「尚侍のぞみし」というのは、〔行幸36〕で玉鬘のことが話題になった時に、「尚侍に、おれを、申しなし給へ」と弘徽殿の女御にお願いをしていました〔:行幸38〕。今回はどのような騒ぎが起こるのでしょうか。(^_^;
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続きです。
〔本文〕
「あな、うたてや。こはなぞ」と、引き入るれど、いとさがなげににらみて張りゐたれば、わづらはしくて、「あうなきことや、のたまひ出〔い〕でむ」と、つき交はすに、この世に目馴れぬまめ人をしも、「これぞな、これぞな」とめでてささめき騒ぐ声、いとしるし。人々、いと苦しと思ふに、声いとさはやかにて、
沖つ舟よるべ波路に漂はば
棹〔さを〕さし寄らむ泊り教へよ
棚〔たな〕なし小舟〔をぶね〕漕ぎ返り、同じ人をや。あな、悪〔わる〕や」と言ふを、いとあやしう、「この御方〔かた〕には、かう用意なきこと聞こえぬものを」と思ひまはすに、「この聞く人なりけり」と、をかしうて、
よるべなみ風の騒がす舟人〔ふなびと〕も
思はぬ方に磯づたひせず
とて、はしたなかめりとや。
〔大意〕
「あら、困ったよ。これはどうしてか」と、近江の君を奥へ引き入れるけれども、ひどく意地悪そうににらんで頑張っているので、面倒に思って、「浅はかな言葉を、口に出しなさるのだろうか」と、女房がつつきあっていると、この世にも稀な真面目な男〔:夕霧のこと〕に対して、「この方だよね、この方だよね」と感心して小声で騒ぐ声が、とても耳につく。女房たちは、とても心苦しいと思っていると、声はとてもはっきりとした調子で、
沖の舟は寄る所もないので波路に漂っているので
竿をさして近づこう。港を教えよ。
(あなたは雲居の雁とも結婚できずに独り身なので
私が行こう。宿所を教えよ)
棚なし小舟は繰り返し漕いで渡って、同じ女性をねえ。ああ、失礼しました」と近江の君が言うので、夕霧はとても不可解で、「この弘徽殿の女御の所では、このように不用意な言葉は耳にしないのになあ」と考えを巡らせると、「この噂に聞く人であったよ」と思い当たると、おかしくて、
立ち寄る所がないので風がもてあそぶ舟人も
思いもしない所には磯巡りをしない。
ということで、近江の君にはきまりが悪いようであるとか。
〔解説〕
近江の君が、周囲の心配を一身に背負って、期待通りにとんでもない発言をしています。「あうなき」は「奥無し」で、深い考えがない、思慮が浅いという意味です。「声いとさはやかにて」については、〔行幸39〕でも「舌ぶりいとものさはやかなり」とありましたが、姫君らしくないものの言い方だということです。
近江の君の歌は、雲居の雁も近江の君もどちらも内大臣の娘であることがもとにあるようです。「私でどう?」と言っているわけですが、さすが夕霧、冷静に対処しています。(^_^;
これで真木柱の巻が終わります。