スピリチュアリズム・心霊研究
基本用語解説



掲載日:2006年10月22日   
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本用語集は、スピリチュアリズムおよび伝統的心霊研究で用いられる概念や現象用語を解説したものです。基本的にスピリチュアリズムの立場に立っており、また主題の性質上、厳正中立な記述を標榜するものではありません。部分的引用は自由ですが、出典の明記を希望します。なお、事項の選択や、ごく一部の記述に関しては、『新・心霊科学事典』(田中千代松編、潮文社、1984年)、『心霊研究――その歴史・原理・実践』(グラッタン=ギネス編、笠原敏雄監訳、技術出版、1995年)を参考にさせていただきました。


【ア行】



ITC →インストゥルメンタル・トランスコミュニケーション

アカシック・レコード →大記憶

(evil) 古来、多くの宗教は「悪」というものを実体的なものとして描いてきたし、実際、地上の生を生きていく中で、悪というものが存在するのではないかという実感はぬぐいがたくある。しかし、スピリチュアリズムでは「悪」そのもの、あるいは本質的存在としての悪魔、悪霊というものは、存在しないとする。霊的に見れば、悪とは、低次の欲望――物欲、肉欲、自我拡大欲、嗜虐など――に囚われ、異常に固執し、霊的成長への道に背を向ける、魂の過ちに過ぎない。しかし、モーゼス『霊訓』の中でも述べられているように、邪悪な欲望に身を浸し、地上近くをさまよい、同じ欲望に引き込める人間を虎視眈々と狙っている霊はおり、そうした邪霊からの影響をこうむれば、由々しき問題が発生することも、また事実である。原理論的に悪は存在しないにしても、情況論的には悪はそこにある、と言えよう。
 悪の影響を受けないためには、自らの霊魂を高めることが必須となる。低次の欲望に囚われれば、霊魂の発する波動は低く粗くなり、同じように低く粗い霊を引き寄せる。「類は友を呼ぶ」のである。あらゆる宗教が述べてきたことではあるが、低次の欲望を捨て、邪悪な思い・言葉・行ないを遠ざけることが、邪悪な霊的影響を防ぐ最善の道である。

悪魔 →悪

悪霊 →悪

アポート(アポーツ)(apport, apports) 「物品引き寄せ」とも。通常ではありえない仕方で物体が出現すること。たとえば密閉した空間に他の場所にあったと思われる物体が出現するとか、きわめて遠隔にあったはずの物体が突如出現するといった現象。エクトプラズムによって物品が作られる「物質化現象」や、物品を浮遊させて通常の空間経由で移動させる物体移動(念力)とは異なり、物質が物質を通過するように見えたり、空間をほとんど無視して移動が行なわれるように見える。日本の霊能者が、鯉を生きたまま、会席者の東京の自宅から関西の実験会場まで、瞬時に移動させたという伝承もある。非常に高度な技術が要求される霊現象で、霊の説明によれば、物体を構成している原子の振動数を上げると、物体はこの世から見えなくなる、そして振動数の高い界域(=準霊界)ではこの世の空間性は消滅するので、しかるべき場所に瞬時に焦点を定め、振動数を下げていくと、再び物体が出現する、という。

ESP(extrasensory perception 超感覚的知覚) 通常の知覚手段以外の方法で、人物や物品や出来事に関する情報を得ること。きわめて広い概念で、テレパシー(思念伝達)、透視、サイコメトリー、予知、後知、霊界体験など、物質的現象以外のすべての超常現象が含まれる。それぞれの項目を参照のこと。霊的世界では、時間・空間は障壁とならないので、原理的には様々な情報伝達が可能であるが、具体的な現象がどのようにして起こるのかについての仕組みは、不明のところが多い。

異言(glossolalia, speaking in tongues, glossa) 未知の言語で話すこと。新約聖書には初期キリスト教集団の間で頻繁に起こったという記述がある。古代語だと称して自ら作り出したのではないかと疑われる言語を話したりするケースもある。このうち、実在する言語であることが確認され、かつ当人がその言語を学習したことがないことが明らかである場合、それを「真性異言(xenoglossy)」と呼ぶ(シャルル・リシェの造語)。一定の決まり文句のみを繰り返す「朗唱型真性異言」と、ある程度の会話ができる「応答型真性異言」とがあり、後者は、生まれ変わりないし憑霊の可能性を強く示唆するものとなる。イアン・スティーヴンソン
(ヴァージニア大学教授)は生まれ変わりの証拠であり、かつ「超ESP仮説」を反駁しうるものとして、4例の真性異言例を調査・報告している。なお、発話でなく書字を異言に含めるかどうかは、はっきりしていない。
 言語は地上のものであり(霊界では意志伝達にはテレパシーが用いられる)、脳の機能(記憶・連想システム)にかなり依存するため、憑霊にしろ前世記憶にしろ、応答性真性異言が実現することはかなりの困難が伴うと考えられる。

イディオ・サヴァン(idiot savant) 全体的には知的能力が低いが、一部の能力が突出している人物のこと。フランス語がそのまま用いられる。たとえば、アメリカのある一卵性双生児は、1桁の数字の加減乗除すら満足にできなかったのに、「何年の何月何日は何曜日か」を脳裏で言い当てる「カレンダー計算」は完璧にこなし、さらに6桁の素数を言い合うゲームをしたり、10桁を超える素数まであげることができた
(笠原敏雄『隠された心の力』参照)。このような能力は、通常現象の範囲を超えるものがあり、いまだ解明されていない心の能力や、前世能力の持ち越し(音楽や美術の才能など)を示唆するものとなる。

祈り(prayer) スピリチュアリズムでは、祈りとは願望の成就を要請することではない。「あれがほしい」「こうなってほしい」と願っても、当人の霊的成長に不必要なものは、与えられることはないし、成長のために深い叡智のもとに定められた個々人の宿命が、いささかも変わることはないからである。霊的な祈りとは、「心をこめ魂のかぎり、神に触れ神に従おうとする」営み、「守護霊を通じての神への直情的叫び」であり、「宇宙の霊的生命とのより完全な調和を求め」「肉体に宿るがゆえの宿命的な障壁を克服して本来の自我を見出したいと望む」ものでなければならない。形式や言葉は全く重要ではない。こうした祈りによって、人間は霊能力の有無にかかわらず、霊的存在(特に守護霊)とのつながりを強め、苦難を克服して霊的成長の道を歩むことができる。

インストゥルメンタル・トランスコミュニケーション(instrumental transcommunication=ITC) 電子機器による霊界との交信。20世紀の中期、ユルゲンソン、ラウディーヴらによって発見された方法で、無音の空間に向けて録音機を作動させたり、ホワイトノイズを継続的に録音することで、霊の声が録音されるというもの。さらに20世紀後半には、テレビカメラやコンピュータによって、画像や詳細な言語情報がもたらされるようになった。欧米・南米に多くの研究者がおり、国際ITC学会が結成されている。画像の受信が可能になり、また霊媒という不安定な個人に依拠する必要がないなど、メリットも大きい。

ウイジャ盤(ouija board) 19世紀スピリチュアリズムの中で流行した、霊との交信器具。形式はいろいろあるが、アルファベットと数字、そしてイエス/ノーを記した盤と、その上をすべる指示器からなる。実験者(ないし霊能者)が指示器に手を置き、自動的に動き出すのを待ち、それが指し示した文字によって、霊からのメッセージがつづられる。ウイジャはフランス語とドイツ語の「イエス」を合成した言葉。これが明治期、英国人によって日本に持ち込まれ、「こっくりさん」となった。

生まれ変わり(再生)(reincarnation) 霊魂(一定の同一性を持った霊的主体)が、死後、別の肉体に宿ってこの世を生き直すこと。生まれ変わりの概念・仕組みはきわめて複雑で、「人間の知性では捉えられない」と多くの霊信は述べている。ただし、(1)ある霊魂が死後、同一性を保ったまま、別の肉体に宿る、という通常の意味での生まれ変わりは、一応あると考えるべきである。(2)ある霊魂のある部分に別の霊魂のある部分が合成されて生まれ変わる「部分再生」や、「私」の本質部分である霊の、別の一面(ないし部分)が現世に生まれるという「本霊の個別顕現」といった、複雑な生まれ変わり概念もまた正しい。(3)現世に生まれるのは霊魂の成長のためであり、一定の成長を果たしたら、特殊な使命の遂行といった場合を除けば、生まれ変わる必要はないし、生まれ変わらない(霊界で活動する)方が望ましい。(4)地球と似たような環境はいくつもあり、その間での移行的生まれ変わりもある。――ということは、スピリチュアリズムではほぼ定説となっている。なお、インドの輪廻説(仏教も含む)に見られる、「人間が他の生物に生まれ変わる」という見方は誤りである。また、霊魂は死後しばらく浮遊した後生まれ変わるので霊界のようなものは存在しないという考えも誤りである。
 なお、イアン・スティーヴンソンによる生まれ変わりのケース研究は、きわめて実証性の高いもので、現代の死後存続研究では最も強力な成果を蓄積している。ただし、実証性が高い再生ケース(具体的で強い執着を伴う記憶、前世の肉体的特徴や致死傷が痣や奇形などとして持ち越されるケース(birth mark)、前世の言語能力などが残存するケース)は、生まれ変わりのプロセスとしては、むしろ異常例である(通常の再生プロセスでは、反省・総括や浄化という過程を経るため、こうした具体的「持ち越し」はない)。従って、こうしたケースをもとに、生まれ変わりの一般的仕組みを推定することは誤りである。

運命(destiny) スピリチュアリズムの霊信および近年の前世療法でのクライエントの証言から、人間はこの世に生まれ変わる際に、ある程度その「人物」のたどる運命を知らされ、それが自らの霊的成長に好ましいと判断して、その「人物」を選択することが明らかにされている。つまり、人間の運命は、大まかな範囲では決まっていることになる。もちろん人間には自由意志があるので、そこで様々な選択をし、それによってその後の人生は変化をするが、全体の大枠が大きな変更をこうむることはないという。世俗的な成功をするか否か、家族や友人とどういう愛憎模様を繰り広げるか、そしてどのくらいの時間をこの世で過ごすか、といったことは、ある程度は予定されているのであって、問題となるのは、その中で、その魂の成長にとって必要な課題(カルマ)をどれだけ学習・解決できたかということである。ただし、このことは宿命論に行き着くのではなく、そこで豊かな人生を送れるか、深い学びがあるかは、当人の選択次第であり、それに対する責任は自らが負わなければならない。

エーテル体(ethelic body) 人間は肉体のほかに不可視の「霊的身体」を複数持っているとするのが、スピリチュアリズム(および神智学)の定説であるが、その「霊的身体」をめぐっては、様々な分け方、名付け方がある。スピリチュアリズムで最もよく言及されるのがこのエーテル体(ほぼ同じ意味で「幽体 astral body」という名称もよく使われる)で、肉体とほぼ同じ形をし、霊魂と肉体をつなぐ役目をするとされる(エーテル体とは別に、より肉体に近く、より濃厚な物質性を持つ「複体 double」を立てる説もある。またアラン・カルデックのスピリティスムではこれとほぼ同義のものとして「ペリスピリット perispirit」(霊の鞘)という呼称を用いている)。霊魂の意志や思念(イメージ)に迅速に反応し、それを肉体に伝達する機能を持つ。つまり、われわれは、脳によって次の行動を思索・決定・命令し、神経経路を通して電気信号を伝達して手足を動かしているのではなく、霊魂のイメージによってエーテル体を操作し(ないしはさらに複体を操作し)、それを肉体に変換伝達することで手足を動かしているのである。肉体の死後、霊魂はこのエーテル体をまとって霊界に移行する。また霊が現世に降りてくる際も、これを利用して姿を見せたり、物体を動かしたりする。エーテル体を構成する半物質は流動化が可能で(これをスピリティスムでは「フリュイド fluid」と呼ぶ)、霊や霊能者は、これを自在に操って物理的現象を起こしているとされる。この流動化したものを、さらに振動数を下げて物質に近づけると、通常の人間でも見えるものになり、これを「エクトプラズム ectoplasm」と呼ぶ。19世紀の交霊会では、エクトプラズムによって人間の手や全身像などが作られたケースが多数ある。霊能者や霊媒体質の人は、この「流動化可能なエーテル体」を通常より多く(体からはみ出すほどに)持っており(霊から見ると光って見える)、霊はそれを目印に降りてきたり、それを利用して様々な現象を起こす。また、脱魂(体外離脱体験)は、霊魂とエーテル体が肉体から一時的に離れる現象で、睡眠中にもこれは起こっている。
 なお、エーテル体よりさらに精妙で霊的な身体があり、その分け方・呼称も様々ある。マイヤーズ通信では、高次の霊界に進んでいくのに従って、それに対応した、霊妙体(サトル体 subtle body)、火焔体(flame body)、神体(celestial body)といった霊的身体があるとしている。ちなみに神智学では、アストラル体(astral body)、サトル体(subtle body)、コーザル体(causal body)といった階層的身体を設定している。

エクトプラズム(ectoplasm) エーテル体の一部(ないしフリュイド)が半物質化したもの。シャルル・リシェの造語。19世紀の交霊会において、霊媒の体から流出し、霧状になったり、物体の形を作り上げたりすることが多く報告され(写真にも撮られている)、科学者たちの研究対象となったが、解明はされていない。テーブルを動かしたり、空中から声を発したり、死者の姿を見せたりするのに用いられるとされる。霊媒はエーテル体を多量に持っているので、霊はおおむねこれを使用するが、しばしば会席者のエーテル体をも利用する。会席者に否定論者が多いと現象が起こりにくいのは、否定的思念の影響のほかに、こうした利用が妨げられるからだと説明されている。

遠隔視(remote viewing) 透視の一形態。超心理学の実験で、サイ能力者が、別の人物がランダムに行き着いた場所の情景を、透視して描写するもの。同種の現象に対して「天眼通」という古風な表現もある。遠隔知覚としては「遠隔聴」(「天耳通」)という現象も稀にだがある。

オカルティズム(occultism) 一般的には「占い、魔法、占星術などの教義を総称する言葉」と定義されるが、広くは「未知の法則があることを信じ、それを操作する技術の発見・習得をめざすもの」と言える。例えば神智学は、未知の法則を信じ、それに関連した秘儀伝授的な技術習得や通過儀礼を行なうので、オカルティズムに属する。スピリチュアリズムは未知の法則があることを信じているが、多くは、それを技術的に操作することはしないし、秘儀伝授のようなものも否定している。従って一般人(や多くの心霊研究者さえも)が、スピリチュアリズムをオカルティズムと見ていることは正当ではないし、多くのスピリチュアリストはオカルティストと呼ばれることに抵抗を感じている。スピリチュアリストから見れば、オカルティズムは、往々にして教条主義(法則還元主義)、物神崇拝(フェティシズム)、自我拡大(誇大妄想)に陥りやすいと思われる。

オーラ(aura) 肉体の周囲に放射される色を持った光状のもの。特殊能力者にしか見えないとされるが、これを利用した病気診断法や健康法なども生み出されている。オーラをめぐっては、生体エネルギー(気)の放射、エーテル体の発している色、深い感情状態や霊的高低を示すもの、など解釈は様々で、色をめぐっても多様な説があり、確定的なことはわかっていない。なお、オーラを客観的に記録すると主張されているものに、キルリアン写真がある。


【カ行】


会席者(sitter) 交霊会に参加している人。霊はこうした人々からもエクトプラズム(余剰エーテル体、フリュイド)をもらって現象を起こす。強烈な霊魂否定論者はこの分与を拒否するばかりか、否定的な思念で現象の発生を妨害するので、参加を回避することが望ましい。

過去世リーディング(past-life reading) 近年アメリカで霊能者がさかんに行なっており、日本でもその影響で流行しつつある。前世療法のように、来談者が催眠に入り自ら想起するのではなく、霊能者が、来談者の過去世を超常的に読み取るとされる。実証性はほとんどなく、来談者がその説明やアドバイスに納得するかどうかにすべてがかかっている。

(God, Deity) スピリチュアリズムも、全宇宙の根源たる唯一の神が実在すると説いているが、その存在は人間はもとより、きわめて高級な霊にとっても、把握不可能であるとしている。従って一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラーム)のように、自らの教義だけが唯一の神の正統な教えであり、他は間違っているという態度は、断固として否定し、これを厳しく糾弾する。一方、いわゆる多神教の神々は、きわめて高次の「霊」(かつて人間であった霊もいれば、別系統の進化成長をしている霊もいる)であると説く。つまり、各宗派の神は高級霊である可能性はあるが、それは複数併存であり、どれかが特権的な立場を主張することは許されず、唯一の神を僭称する権利は誰にもない、ということである。このような見方は、多文化共存時代の地球文明において、実利的な意味でも有益であろう。

カルマ(karma) もともとは「行ない」を意味するサンスクリット語で、ウパニシャッド以後の「輪廻転生」のインド思想において、「因果応報」の原理に従って、「次の人生を決定する原因となる所行=業(ごう)」という意味に展開したもの。「悪い行ないをすれば、次は悲惨な生(ないしは低い生物の生)を生きなければならない」という、懲罰的な意味合いが強く、しばしば差別の合理化の根拠ともなった。スピリチュアリズム(および前世療法のクライエント報告)では、生まれ変わりの意味とは、「これまでの生で学んでいないこと、あるいは学び損なったこと」を、再び地上に生きて学習するということであり、従って「カルマを背負っての再生」とは、懲罰的な意味ではなく、「宿題」「未解決の課題」への再挑戦というように積極的に捉えるべきだと説明されている。 →生まれ変わり

既視感 →デジャ・ヴュ

儀式(rite, ritual) スピリチュアリズムは「正しい知識、正しい心、正しい行為」を重視し、儀式、儀礼的行為はほとんど意味がないとする。特に人間が作り上げた威厳誇示や自己満足のための儀式は無意味であるばかりか有害ですらある。ただし、一部の霊信では、特定の行為が特定の霊的影響をもたらすという言及があり(その詳細は不明)、すべてが全く無意味だとは言えないようである。また、心を高めたり浄めたりするための補助手段としての有効性も、一概に否定できない。

偽薬効果(placebo effect) 実際には薬効がない薬を、効くと信じて服用することで、症状の改善が見られる現象。思いが生体に影響を与えるということであり、一種の超常的現象(生体PK)である。手術などでも同様の現象はあり、現代では生理学的に全く無意味だとわかった手術が、過去に盛んに行なわれ、高い改善率を示しているといった事態もある。

キルリアン写真(Kirlian photography) 「高電圧の電極板と接地された電極板との間に、カラー・フィルムの感光面に当てた物品を置いて、あるいは、高電圧の電極板と指(ないし手)の間にカラー・フィルムを置いて、レンズを使用せずカラー写真を撮影する方法」(『心霊研究』より)。1930年代末にウクライナのセミオン・キルリアンによって発見された。コロナ状の美しい模様が撮影される。人間のエーテル体を観測するものとされ、患者の肉体的、感情的、精神的状態についての情報をもたらすというが、科学的な解明はいまだなされていない。

空中浮揚(levitation) 人体や物体が通常の物理的法則によらず、浮揚する現象。PKの一種であり、稀有な現象ではない。通常は不可視のエーテル体が関与していると思われる。

交差通信(cross correspondence) 死後存続証明の一技法。同一の発信霊から、複数の霊媒に向けて断片的なメッセージが出され、それらをつなぎ合わせると、高度な意味を持ったメッセージが完成されるというもの。マイヤーズ霊による実験は有名。ただし、複数の霊媒を操作することは簡単なことではないので、成功しない場合も多い。交差通信の有意性を否定するためには、超ESP仮説を何重にも組み上げる必要があるので、死後存続証明としてはきわめて強力なものであるが、証明(メッセージの有意性)が主観的(非物質的)であることもあって、多くの研究者からは無視されている。

交霊会(sitting, seance) セアンスというフランス語が用いられることが多い。古典的な形態では、真っ暗な部屋で、気心の知れた数人が、テーブルを囲んで両手をその上に置き、しばしば祈りを唱えたり賛美歌を歌ったりして、長時間待つことで、テーブルが動き出し、叩音(ラップ)が響く。会席者は霊との間に「イエスなら1回、ノーなら2回、音で答えよ」といったルールを取り決め、質問を発していく……というものである。部屋は主催者の家の応接室など、よくなじんだ場所であること、メンバーは心が同調している仲間を8人以内ほどで選び、顔ぶれを変えないこと、テーブルは簡単に動かない重い円卓が望ましいこと、低俗な好奇心ではなく真剣な思いを持つこと、など、いろいろな条件がある。スピリチュアリズム全盛時代は、「ロンドンでは毎晩幾千のテーブルが踊っている」と言われるほど、どこでも普通に行なわれた。また、強力な霊媒/霊能者を囲んでの実験会を交霊会と呼ぶこともある。霊言を始め、様々な物理的霊現象が発現する。

(mind) 人間の「心」と呼ばれるものは、きわめて複雑な構成でなっており、スピリチュアリズム霊学においても、そのすべてがクリアに説明されているわけではない。いくつかのポイントを以下に記す。(1)われわれの意識は心の広大な領域に比べれば氷山の一角――ないしは非常に限定されたモニター画面――に過ぎない。(2)通常の「心」(表層的な自我)は、霊を内に秘めた人間という生物が現実に適応して生きていくための様々な自動回路(刺激−反応システム、記憶・連想システム、平衡保持システムなど)の集合体――マイヤーズ通信の言う「神経魂(nerve soul)」――がその主要部を占めている。これは脳に大きく依拠しているが、脳が生み出しているものではない。(3)深層意識ないしは閾下自我(subliminal self)といったものが存在し、それは当人の霊魂と一層緊密に関係している。また、霊が霊媒を統御する際にはこの部分に働きかける。(4)肉体(遺伝性質)に付随する「準−心」のようなものが存在する。時折これは肉体に宿る霊魂と違和・対立を起こすこともある。(5)感情・思考・意志などは、通常は表層的な心に由来するが、霊魂自体に由来するより深い感情・思考・意志も時に発動する。(6)深い(霊魂的な)レベルで心が発動すれば、自己の肉体の統御(病気が治る/発病・悪化することも含めて)はもとより、驚異的な超常能力(ESP・PK能力)が発揮される。
 これらのことは一部に過ぎず、「心」は人間知性にとってあいかわらず厖大な謎を秘めた領域である。

後知(retrocognition) 特に特定の場で、過去に起こった出来事を、超常的な情報量と迫真感を持って、まるで現実のように知覚すること。地上の場所には、エーテル的な次元で、過去の人々の思いが刻印されていることがあり、それに反応すると、その思い自体に入り込むような状態になると思われる。サイコメトリーとも通じる現象である。


【サ行】


サイ(psi) 一般的には「超常現象」「心霊現象」と同義で用いられるが、超心理学では、霊的なニュアンスはすべて排除し、「現在発見されている物理的法則では説明できない、人間の心の力によって起こされる現象」全般を指す。つまりESPとPKのすべての現象の総称。

再現性(repeatability) 指定された条件を満たせば、いつでもどこでも誰でも、同じ現象を再現できるということ。実証科学の基本概念であるが、心や霊に関する現象では、ほとんど求め得ないものであり、超常現象(心や霊の実在)を否定する根拠の一つになっている。再現性は、条件がきわめて少ない単純物質現象では可能であるが、複雑現象(社会現象を含む)や心理的・霊的次元では、条件となる変数があまりにも多いため、再現性を求めること自体が無意味である。

サイキカル・リサーチ →心霊研究

サイキック →超能力者

サイコメトリー(psychometry) 特殊能力者が、物品から、その所有者の情報や関連する出来事などを超常的な仕方で読み取るもの。近年は「超能力捜査官」などで有名になっている。その原理や仕組みはまったくわかっていない。能力者自身ではなくその指導霊が、物品に付着した生体物質ないしエーテル体の波長を読み取り、それを頼りに「大記憶」にアクセスして情報を引き出す、という推定が成り立つが、名前などの情報だけで同じことが実現する場合もあり、物品がどのような役割を果たしているのか定かではない。

(サイ能力の)保有に対する(心理的)抵抗(ownership resistance) 自らにサイ(ESP・PK)能力があることを否定しようとする心理的働き。K・バチェルダーは、交霊会形式の実験で、最初トリックを用いてテーブルを動かすと、次には超常的に同じことが起こったというケースを報告している。つまり、「他の人(ないし霊的存在)がやった」という形を取ることによって(会席者のうちの誰かの)サイが発揮されたわけである。ここから、「サイ能力は万人にあるが、それへの心理的抵抗がなぜか埋め込まれているため、生命の危機などの特殊ケース以外では、発揮されることが稀である」と考える人たちもいる。

サイ・ミッシング(psi-missing) カード当てのような実験で、ヒットする率が偶然値よりも格段に低いという現象。「わざと当たらないようにしている」可能性があり、超常能力の証拠であり、さらに「超常現象(能力)に対する心理的抵抗」を表わす現象でもあると考えられる。

催眠(hypnosis) ある人物を深いリラックス状態に導き、誘導者の暗示に従いやすい状態にさせるプロセス全体を指す。メスマーの「動物磁気」治療に起源を持つ。非常に曖昧な概念で、「催眠とは何か」を定義することはいまだできていない。しかし、治療としては長年利用され、効果があることもわかっている。催眠状態と超常能力(特に透視能力や自分に対する生体PK能力)の発現とが深い関係を持っていることも知られているが、正統科学やアカデミックな催眠研究家・療法家からは無視されている。近年は催眠による前世想起(前世療法)が盛んに行なわれ、再び催眠と霊学の関係が注目されてきている。

挫折の法則(law of failure) サイ能力や霊魂実在の立証が、誰もが認める完璧な形を取る手前で、(まるで何かに妨害されたように)失敗すること。 →とらえにくさ問題

(death) スピリチュアリズムの根本にあるのは「霊魂は不滅であり、死はない」ということである。死とは、霊魂が霊界へ移行する際のプロセスである。死によって霊魂はもといた場所に帰るのであって、死は忌むべきもの、悲しむべきものではない。
 死に際して、霊魂は肉体から分離する。これは臨死体験や前世療法の研究から、通常、生体の完全な死よりも数瞬間前に起こることが明らかになっている。一般に断末魔の苦しみは恐怖の対象と考えられているが、霊魂は苦痛が一定以上に高まり、死が近づいていることを予知すると、事前に肉体を離れるのである。ただし、事故や戦争などでの突然の死では、こうした滑らかな移行が失われる。そのため、自らが死んだことに気づくのに時間がかかったり、霊界に持って行くエーテル体に傷がついたりする。こうした死に方はできれば回避する方がよい。また、一説では死後も肉体とエーテル体との完全な分離には時間がかかるため、遺体の焼却は三日ほどおいてから行なうのが望ましいとも言う。
 死後のプロセスは複雑だが、概略的に言えば、休息とエネルギーの再補充、エーテル体の修復、直前の生の回顧と反省などが行なわれ、霊魂は霊界(幽界ないし幻想界)へと向かう。そしてこの後、守護霊・指導霊の導きに従って、生まれ変わるか霊界で活動するかを選択する。
 こうした死のプロセスは、死後すぐの霊界(幽界ないし幻想界)からより高次の霊界に向かう際にも、似たような形であると言われている。

ジェームズの法則(law of James) 長年にわたり心霊研究に携わり、アメリカ心霊研究協会の設立者でもあった心理学者ウィリアム・ジェームズ(1842-1910)が、晩年、サイ現象や死後存続の完璧な立証ができないことを、「永遠に創造主は、自然界のこの領域を不可解なままに留め置くつもりなのではないか」と諦観したことから、「挫折の法則」「とらえにくさ問題」のことをこう表現することがある。 →とらえにくさ問題

自覚夢(明晰夢)(lucid dream) 夢を見ていると自覚しながら見ている夢のこと。体外離脱体験ときわめて近い関係にある。

地獄(Hell) 諸宗教では悪人が死後赴く恐ろしい刑罰の世界が説かれているが、死後の霊たちからのメッセージでは、そのような世界は存在しない。ただし、悪逆非道を好んだ霊魂は、死後すぐに悔悟して性質を変えることはできず、似たような者が集まる低い霊的境域に赴く。そこは悲惨な闘争の世界であり、常人から見れば地獄に近いと言えるであろう。また、肉の欲望に固執した魂は、それが忘れられず地上近くをさまようが、肉のない身では満足を味わえず、過酷な渇望の経験をするとも言われている。これもまた一種の地獄かもしれない。また、自己愛に囚われて、ないしは自暴自棄になって、周囲の魂とのつながりを断ち切って自殺した魂は、不毛の荒野のような荒寥とした境涯にとどまる(時には自らが死んだことにも気づかない)という。ただし、いずれの場合も、一定の期間を過ぎれば、高級霊の援助を受け入れて悔悟し、再び地上に生まれて霊的成長の道を歩むことになる。なお、手の施しようのないほど邪悪な魂は、一説では消滅させられるとも、また別説では「分解・再創造」されるとも言われている。

死後存続(死後生存)(survival, survival of death, survival after death=SAD) 人間の死後に、当人の精神的主体の主要部分が、固有性を保ったまま存続するという考え方。仏教の一部を除いてほとんどの宗教はこれを認めている。スピリチュアリズムの中心命題であり、心霊研究(サイキカル・リサーチ)の影の主題でもあった。「生まれ変わり」はその中の一概念である。死後存続する主体を一般的に霊ないし霊魂と呼ぶが、それが地上世界以外に活動の場を持つ(死後世界・霊界がある)という考え方(標準的で多数派)のほかに、霊魂はすぐに地上世界に戻ってくるとする変則的死後存続説(頻繁な生まれ変わり説)もあり、また、死後存続は認めるが生まれ変わりはないとする説(キリスト教など)もある。死後は「大いなるもの」「宇宙意識」などと合体・融入するという説は、個性の消滅を含意しているので、死後存続説とは言えない。

自然発火現象(spontaneous combustion) ポルターガイスト現象においては、時折、火の気のない所から炎が燃え上がるという現象が起こる(「ポルターガイスト」参照)。また、人間の自然発火(spontaneous human combustion)という奇妙な現象も報告されている。これは、普通に寝ていた人間が、突然焼失してしまうもので、全身がすっかり灰になっているのに、足とか手とかいった体の一部が残っていたり、着ていた衣服や寝具はわずかに焦げる程度であったりと、きわめて異常な燃焼形態を示す。ディケンズの小説『淋しい家』にお話として描かれているが、実際にこのような事件は幾例か報告されている
(ピクネット編・関口篤訳『超常現象の事典』青土社、1994年、参照)

実験者効果(experimenter effect) 超心理学で、実験者の意識的・無意識的な思いが、被験者ないし実験全体に影響を与えることを言う。実験者が実験の意義や結果にポジティブなメンタリティを持っていると、好結果が生まれ、逆の場合は逆の結果になることが多い。偽薬効果や、「手術への医師・患者の信頼度が手術の結果に影響する」といった現象、被験者が超常現象を信じているかいないかによって実験の結果が左右される「山羊−羊効果」などと同様、人間の思いが現象を左右するという、一種の超常的現象である。

自然霊(natural spirit) 人霊や動植物の霊(集合的な形態)とは別に、自然の事物(風や水や土や岩)を管理している様々な霊が存在すると言われている。これらは肉体を持って存在することはなく、人間とは異なる独自の進化の道を歩んでおり、その営みとして地球自然の管理を行なっているという。こうした霊を「精霊」と呼ぶこともある。生命豊かで美しい森、野、湖などには、それを保守している自然霊がおり、それらはしばしば「妖精(fairy)」として人間に認知される。妖精はそれほど高級な霊ではなく、人間に好意的に認知されるために、おとぎ話的な姿を作り上げる。19世紀に撮影された妖精の写真は、こうした自然霊の操作によるもので、一種の心霊写真である。自然霊が動植物に半・憑依して、様々な奇瑞を起こすこともあるという。

実在(existence) 何が実在かという哲学論争は古来続いているが、近代人にとって、霊的存在は実在の対極にあると思われている。しかし、霊の側からは、霊こそが実在であり、地上の物質や人間の生はその影に過ぎないとしばしば言われる。人間の知による「実在」の詮索ないし論争は、無意味だということである。

実証性(positiveness) 科学主義、実証主義の立場からは、(1)普遍的観察可能性、(2)実験再現性、(3)数式的法則性などが実証の基準となるが、これは単純なものにしか適用できないルール(自らの守備範囲でしか通用しない「手前味噌ルール」)であって、変数が厖大になる複雑現象(たとえば経済などの社会現象)にこれらを求めることはできない。まして、心や霊など、物理的なものに依拠していない可能性があるものに、これらの原則を適用することは、どだい無理がある。従って「霊(の存在)の実証」というような概念はそもそも語義矛盾ないしカテゴリーエラーであるとも言える。複雑現象、心、霊などという領野では、別種の真偽判定基準が必要であり、それらは経験知や総合的(構成的)判断――様々なデータを勘案して抽出される蓋然的(非絶対的)判断――といったものに頼らざるを得ない。「実証性のないものは存在しない」という立場は、限定的なものを全体化しようとする過誤である。

自動書記(automatic writing) 自分で内容を意識しないまま、意味を持った文章がつづられる現象で、自動症(automatism)の一型とされる。スピリチュアリズムでは、霊からの通信として、「霊言」と並ぶ、あるいはそれ以上の重要な位置を占める。書記者は軽いトランス状態にあるが、意識は保たれており、書かれていく字を読んでいる(『霊訓』の記述者ステイントン・モーゼスは、別の難解な本を読みながらでも書記が継続したと証言している)。霊は霊媒の手と深層意識を操作して書字するわけだが、語彙や連想・統合システムは霊媒の深層意識にあるものが利用されるため、表現の巧拙は霊媒の知的水準に大きく左右される。これによって、モーゼス『霊訓』、カミンズ『不滅への道』『人間個性を超えて』(マイヤーズ通信)など、スピリチュアリズムの中核をなす霊的情報がもたらされた。なお、異言と同様、当人の知らない外国語がつづられることもある。

思念伝達(thought transference) →テレパシー

支配霊(control) 霊媒を支配し、霊現象を統御する霊。通常の人にも守護霊が存在するが、顕著で有意義な霊的現象を起こす霊媒には、それにふさわしい技術と霊格を持った霊がついているのが通常である。大規模な霊現象が起こる時には、複数の霊が共同して実行に当たることも多く、支配霊はその全体を統御する。

シャーマニズム(shamanism) 神や霊と交渉する特殊職能者(シベリアでの呼称を援用してシャーマンと呼ぶ)を中心とした信仰・文化形態(人類にかなり普遍的に見られる)を指す宗教人類学の概念。エリアーデらによって立てられた。死者霊を含む様々な神霊の形態を認める点、それらと人間とが交渉可能であるとする点は、スピリチュアリズムときわめて近い。しかし、宗教人類学のシャーマニズム研究では、脱魂して他界を訪問する「脱魂型シャーマン」が主役であるのに対し、スピリチュアリズム(および日本のシャーマニズム研究)では、神霊の言葉や働きを地上にもたらす「憑霊型シャーマン=霊媒」が主役である。

宗教(religion) 宗教は複雑で定義困難な概念であるが、ごく一部(ユダヤ教や哲学的仏教や儒教)を除いて、「死後」や「あの世」をいかに捉えるか、そしてそれを基に現世をどう生きるか、を探究する試みであったことは否定できない。この意味ではスピリチュアリズムもまた宗教である。しかしスピリチュアリズムは、鍵となるのは人間の思弁ではなく、霊からの情報であるとし、諸宗教はいずれも霊からもたらされた「真理の芽が包含されている」
(モーゼス『霊訓』)にもかかわらず、人間の勝手な想像による「誤れる夾雑物も蓄積して」(同)おり、そうしたゴミの山は掃き清められねばならないと主張する。つまり、スピリチュアリズムは「反/超人間主義」の宗教改革運動でもある。また、多くの宗教が理性に対して否定的なのに対し、スピリチュアリズムは「理性を用いて熟慮し判断せよ」と説く(スピリチュアリズムが「哲学であり科学である」とも言われるのはこのためである)。そして多くの宗教が単一の教典・教祖への非批判的帰依を求めるのに対し、スピリチュアリズムは多くの霊からのメッセージを比較検討し総合して、理性的判断によって真理に接近せよと説く。こうした姿勢は、従来の宗教の概念には収まらないものであると言える。

終末論(eschatology) いくつかの宗教では、やがてこの世の終わりが訪れ、天変地異や最後の審判のようなものがやってくるとされるが、霊信はなべて、そのようなことはないと述べている。ただし、人間の過ちによって地球が住むにふさわしくなくなり、全霊魂が別の似たような現実的世界(「惑星」)へ移行せざるを得なくなるかもしれない、と述べた霊もいる。なお、宇宙の始源や終末については、人間はおろか、高級霊にも知ることができないと言われている。

守護霊(guide, guardian, guiding spirit, spirit-guide, angel messenger, agency, appointed angel, divine messenger, inspiring guide) スピリチュアリズムの霊信では、いずれも、すべての人間一人一人に、その人を見守り、時に応じて救いの手を差し伸べてくれる霊的存在があるとしている。これを日本語では多く守護霊と呼ぶ。ただし、人間には自由意志があり、それを押しのけて何かがなされることはない。その人生の責任を負うのは当人である。守護霊はこの世での学習を終えた高級霊が当たるが、未熟な人間を見守り導くことで、自身も霊的成長を遂げるという。守護霊信仰は、スピリチュアリズムの中核的な考え方であるが、日本でも、浅野和三郎や様々な霊能者、そして新宗教の教祖などが、この信仰を説いている。なお、守護霊と同義、ないしはより高い役割の霊格(類魂を統括する霊)として、指導霊という概念も立てる場合もある。

巡行透視(travelling clairvoyance) 体外離脱によって、様々な現実を見て回ること。

浄霊 日本固有の言葉で、強いて言えば cleaning/purification [of the soul/spirit] ということになろうか。霊のケガレ(=負の感情や低い欲望)を祓い浄めるということで、生者の霊にも死者の霊にも使用される。霊自体は本来高貴なものであるという、日本の健全な霊魂観が反映された言葉である。具体的な方法は宗派によってまちまちであるが、一般的には、死者霊に対しては祈り・供儀といった儀礼、生者霊に対しては手かざし(対他者)、禊ぎ(対自己)といった行法が行なわれる。

除霊(exorcism) 執着や怨恨などを持った「未浄化霊」からの悪影響を除去すること。霊的な悪影響は、当人の心・魂が低下したことによって引き起こされたり、特殊な因縁によって生じたりする。これを除去するには、当人の心・魂を向上させることが第一義であるが、場合によっては、霊能者によって、悪影響を与えている霊を説得し、その迷妄を解くことが必要になる。さらに霊の側が拒否する場合には、高位の霊格に頼って、強力な霊的浄化をしてもらう必要がある。ウィックランド医師の霊的治療は、この好例である。

シルバーコード(silver code) 霊魂が肉体から一時的に離脱する(体外離脱)際に、霊体(エーテル体)と肉体との間をつなぐものとして観察される紐状のもの。どこまでも伸びるものだとされる(そうでないと遠距離の体脱は不可能になる)が、これが切れると死となる。日本には古来「玉の緒」という表現があるが、これはこのシルバーコードを指すものではないかという。

進化(evolution) 進化という概念はスピリチュアリズムにとって、きわめて重要なものである。といっても、それはダーウィニズム、つまり物質から偶然生まれた生命が偶然の突然変異と淘汰(自然選択)によって進化し、人間が誕生したという物質主義進化論ではない。それは誤りであって、進化は霊の側が企図・主導するものであり、しかるべき生物が形成された時にしかるべき霊がそこに宿る、というものである(ただし、その仕組みが詳しく明かされているわけではない)。そして、スピリチュアリズムにとって最も肝要なことは、生物学的な進化ではなく、霊的な進化――個々の霊魂の、そして大類魂としての人類の進化である。この数万年(?)、人類は生物学的には進化していないが、霊的にはある程度の進化を遂げている。意識の誕生と拡大、知性・理性・想像力の発達、そして他者(他の生物)への親和的感情の広がりなど、やはり人類は進化していると見ざるを得ない。進化とは神聖なもの、霊的なものが、物質ないし物質的生命という受け皿(高次の霊界においては形相や感情や思念)に徐々に拡がり、浸透していくプロセスであり、それはすべての宇宙――地球や他の「惑星」「恒星」、そして諸霊界――で展開されている神の創造である。個々の人間も、この壮大な進化のプロセスの中におり、その一端を担っているのであって、人生の意味とは、物質性の桎梏を克服し、それを表現の素材にしつつ、神聖なもの、霊的なものをいかに実現していくかということになる。そしてその進化プロセスは、死で終わるものではなく、何度も地上生で学び、めでたく現実界を卒業してからも、より高次の霊界に進み、無窮に続く。
 霊信によれば、人類がこの先生物学的に進化するという可能性は薄いようである。人類全体がより高度に霊化すれば、ヒトという生物に依存する必要はなくなるが、そこには再びヒトという学習の場を必要とする霊が流入してくるのかもしれない。また、そうなる前にヒト(地球文明)が滅亡し、それに依拠していた霊は別の似たような「地上世界」へと移動する、というようなこともありえないではない。

真性異言 →異言

神童(infant genius) 幼くして人並みはずれた才能を示す子供のことで、通常現象として一般的にも用いられるが、中には超常的な現象――たとえば、19世紀シチリアの10歳の羊飼いの少年が、「282,475,249の10乗根」を即答するといった事例――を示すものもある。また、特異な才能だけが突出していて、全体的には知的能力が低いという「イディオ・サヴァン」(別項参照)という現象もある。人間の心の超常的な能力を示すものであり、また、場合によっては前世記憶の持ち越しを示唆するものとなる。

心霊科学(psychic science) サイ現象と霊魂問題を、ともに科学的に探究しようとする立場を表わす。ナンドー・フォドー
(Nandor Fodor 1895年ハンガリー生まれ)の『Encyclopaedia of Psychic Science』(1933)という画期的な事典のタイトルによって標榜され、広まった。日本で最も伝統の古いスピリチュアリズム団体「日本心霊科学協会」の名称にも採用されている。心霊研究が科学的実証主義を追究するあまり、「生者の心の超常的な力」の研究に偏り、「死後存続」という最大の課題を捨て去ろうとする傾向があったのに対し、「死後存続」「霊魂」問題は科学的にも扱えると主張する意が含まれている。しかし、霊的事象と物質世界とは極端な乖離があるため、こうした統合は難しいと主張する人もいる。

心霊研究(psychical research) スピリチュアリズムの興隆に伴って英国で結成された研究者の団体(心霊研究協会 Society for Psychical Research[SPR]:1882年設立)が、自らの研究領域を名付けるために作った言葉。psyche はギリシャ語の心を表わす語「プシュケー」に由来し、「肉体には還元できない心」といったニュアンスが込められるが、「肉体とは独立の霊魂」というような強力な意味はない(従って「心霊」という訳語は適当ではない)。心霊研究も、現行の物理科学では説明できない、心の持っている様々な力、及びそれによって起こされる現象を研究するという広い間口を持ったもので、死後存続自体を研究しようとしたものではない。ゆえに、「超常的な心の力の研究」と捉えるのが正しい。テレパシーや透視(超感覚的知覚)、念力、霊姿、ポルターガイスト現象、催眠、など、その主題は多岐にわたる。後にこれをより実験・実証に厳密化した「超心理学」が生まれる。心霊研究(者)自体は、死後存続説に対して、態度留保(むしろ懐疑的)という姿勢を取り続けている。

心霊現象(psychic phenomenon) サイ現象と霊現象との両方を含意する、きわめて曖昧な概念。「現在知られている物理法則に違反する現象」を意味する「超常現象」よりも、「(生者・死者を問わず)人の心」が関与しているというニュアンスが強い。 →超常現象、サイ

心霊写真(psychic photograph) 霊の姿が写っていたり、実際の現実が異様な変形をこうむっていて、そこに何か意味があるように思われる写真。霊が何かを訴えようとしたり、自分の存在を知らしめようとして、しかるべき像を写し込む場合もあるが、いたずら好きの霊による悪ふざけも多いと思われる。心霊写真にも流行があり、かつてはあり得ない形で手や顔を写し込むものが多かったが、その後、人物の一部が欠損して写るような形が流行し、さらに最近は、オーブと呼ばれる丸い発光体が写るものが増えている。他の偶発的霊現象と同様、中心人物(特に撮影者)が霊媒体質を持っていると、その余剰エーテルを利用して起こることが多い。

心霊主義 →スピリチュアリズム

心霊手術(psychic surgery) →霊的治療

心霊治療(psychic healing) 超常的な治病行為を指す総称。様々な形態があるが、治療者の心の力ないしは生体エネルギーによってなされるものと、治療者はあくまで媒介で、霊によってなされるものとが区別される。気功や手かざしなどは基本的に前者に属すると考えられるが、治療者がエネルギーを消費するという弊害があり、遠隔治療も不可能である。霊によってなされる治療は別項「霊的治療」を参照のこと。

随伴霊 スピリチュアリズムでは公的に認められていない概念であるが、守護霊とは別に、ある人間と共に生き、その経験を共有することで、霊的な学習をする霊的存在があるとする見解がある。

スピリチュアリズム(Spiritualism) 1848年のハイズヴィル事件に端を発する「交霊会」の流行現象と、それによってもたらされた「霊からのメッセージ」、そしてそれらを基盤にした「死後存続」「霊魂」を認める世界観(およびそれに伴う倫理・行為など)、のすべてを包含する概念。一般的な「精神主義」や中世キリスト教の一派と区別するために、冒頭大文字で記され、また「近代スピリチュアリズム(Modern Spiritualism)」と記されたりする。さらに、霊現象を好奇心的に追求する「通俗的/大衆的(vulgar)」スピリチュアリズムに対して、高度な哲学思想や倫理を核とする「高級(higher)スピリチュアリズム」を区別する人もいる。一般的には「心霊主義」と訳されるが、「心霊研究(psychical research)」との混同を避けるために、片仮名のまま表記されることも多い。「霊交思想」などの訳語が提案されたこともあるが、広まってはいない。
 スピリチュアリズムの最小的中核は、(1)人間の魂は死後も存続する、(2)肉体を離れた霊魂との交信が可能である、との2点だとされるが、「霊からのメッセージ」に基づく世界観(外部から見れば「信仰」とされる)を除外することは適当ではない。

スピリティスム(Spiritisme) フランスのアラン・カルデック(Allan Kardec[Hypolyte Leon Denizard Rivail]1804-1869)によって収集・体系づけられた、ほぼスピリチュアリズムと同様の霊的メッセージとそれに基づく世界観。『霊の書』(Livre des Esprits)が1854年に刊行され、フランス及び大陸ヨーロッパに広まった。英米のスピリチュアリズムが当初は「生まれ変わり」を主張しなかったのに対し、初めからそれを前面に出した。20世紀にはブラジルに伝わり、爆発的な広がりを見せ、ブラジルの「エスピリタ」(スピリティスト)は1000万人を超えると言われている。ブラジル・スピリティスムは、心霊手術を始めとした霊的治療が盛んであり、また、キリスト教との親近性も強い。

聖痕(stigmata) キリスト教の深い信仰を持った人が、イエスが磔(はりつけ)にされた時の傷を、自らの体(特に掌と足の中心)に再現させる現象。アッシジの聖フランチェスコに始まる。以来、様々な人に現われ、列聖の一つの基準ともされた。しかし、近年の歴史研究から、磔刑では掌ではなく腕に釘が打たれるということが明らかになり、聖痕の評価は下落した。思いが身体に物理的影響を及ぼす「生体PK」の一種であると考えられる。昔の身体的外傷の記憶を強く甦らせると、その時の創傷に酷似した傷状の身体変化が発生することは、幾例か報告されている。

生体PK(biophysical psychokinesis) 思念が生体に物理的変化を生じさせる現象。対象となる生体は他者(他の生物)である場合もあるし、自己の身体である場合もある。物質を対象にしたPKよりも、結果が生じやすい。これは、生体がそもそも思念に反応する性質を持っている(思念に反応するエーテル体を伴っている)からだと考えられる。プラナリアなどの原始的生物に「右へ行け」と念じることでそれが実現する場合、異生物間のテレパシーとも取れるが、生体PKとも解釈しうる。植物の生長を念じて(祈りや話しかけで)それが実現した場合も同様である。他者に対する病気回復の祈りや、逆に呪い(呪詛)なども、生体PKの一種と考えられる。奇怪な例としては、妊婦刻印――妊婦が肢体欠損の人間を見ることで、胎児に同様な欠損が生じる――とか、胎児への呪い――特定の身体障害を表わす言葉を第三者が浴びせることで、それに対応した障害が生じる――などの事例もある。多重人格障害で、人格が交代すると、特定の生理反応(アレルギーや体温・心拍など)が変化するという事例も、一種の生体PKと言える。偽薬効果は、「よくなる」という思いが自分の身体をよくしてしまうという、自己生体PKの典型である。さらには、「人間は自分の体を生体PKによって動かしている」という説もある。

聖地(sacred place) 古来、宗教は神秘的体験や超常現象が特異的に起こる場所があるとしていた。スピリチュアリズムの霊信では、本質的な問題ではないためか、あまり言及されることはない。しかし、物質的観点からも霊的観点からも、特異な場所があることは否定できない。磁場や重力場の特異点があり、そこでは奇妙な現象が起こりやすいことは、比較的広く認められている。また「風水」説に説かれるように、準物質的な「気」の作用が場所を特異化する場合(陽脈・陰脈など)もある。さらに、自然霊が強く働く場所――人跡未踏の地や、美しい景観を示す場所、奇矯な地形、水や鉱物の豊かな場所など――もあるとされる。加えて、人の思念がその場のエーテルに痕跡を残すことは確かであり、たくさんの人の思念が加重されて、その思念に色づけられた特異点(よい思念の漂う場所であれ、悪い思念の渦巻く場所であれ)を作ることは充分考えられる。聖地はそのような様々な要素が複合的に絡み合う場所と言える。聖地の本質は「霊的存在との交渉が成立しやすい」ということであり、その場所において祈りや瞑想をすることで、通常はそうした能力がない人も、霊的交渉が可能になる。日本においては、山岳、森、滝、泉、巨岩などがそうした霊地となり、神社や祠が建立されることも多かった。中・近世の修験者や沖縄のユタなどは、そうした聖地をめぐり様々な神霊と交渉することで、自らの霊能力を増加させた。この伝統は近年の霊能者にも受け継がれているようである。

精霊 →自然霊

占星術(astrology) 天体の動きが人間に影響を及ぼすという考え方に基づく知識・技術。スピリチュアリズムではあまり論及されない。

潜在記憶(cryptomnesia) 通常の手段で情報を得たにもかかわらず、それを意識していない、あるいは忘れてしまっている記憶のこと。超常的な情報伝達を否定するために、よく用いられる概念である。たとえば、ある人が、前世記憶として非常に克明で史実と符合する記憶を報告した場合、それを「どこかで読んだか聞いたかしたのに、そのことを覚えていないだけだ」とすることで、前世記憶であることを否定しようとする。この場合、「どこかで読んだか聞いたかした」という事実を立証しなくても、前世記憶であることは否定されてしまうのが通例である。それを反駁するには、「どこかで読んだか聞いたかした」ことはあり得ないと証明するか、そうした経験の範囲では当該の情報は得られないと証明するかしかない。これは非常に困難な作業となる。

前世療法(past-life therapy, before-life therapy) 催眠によって患者を年齢退行させ、さらに生まれる前に移行させると、前世の記憶らしきものが出現する。そこで受けたトラウマを想起させたり、今回の人生の意味や霊魂の不滅性を意識化させることで、患者の様々な身体的・心理的症状が改善する。前世退行催眠は19世紀半ばから行なわれていたが、セラピーとして広まったのは、1970年代のようである。治療的な効果のみならず、霊魂の不滅性を主観的に体験するという意味ではきわめて有意義な技法であるが、催眠はかかりにくい人、かからない人がいるため(前世遡行ができるほど深い催眠状態に入れる人は全体の5〜15%に過ぎないとも言われている)、誰にでも開かれている道だとは言えない。前世療法で報告される記憶のすべてに信憑性があるわけではなく、むしろ、実証性の高い証拠が上がってくるのは稀である。なお、前世と今生(ないし次の生)との間にある「中間世」は、死後の霊界移行体験や、霊界での活動、次生の選択など、きわめて霊的に重要な主題を含む領域である(別項参照)。

千里眼 →透視

ソウル →霊魂

ソウル・メイト(soul mate) 霊魂はいくつか(五個とか数十個とか)で集団を作り、複雑に関係しながら共に生まれ変わりをしつつ成長の道を歩む。これを類魂(グループ・ソウル、ただし狭義の)と呼び、そのメンバーを、ソウル・メイトと呼ぶ。ソウル・メイトは配偶者や親子の場合もあるし、単なる知人の場合もあるし、また今生では全く出会わない場合すらある。愛し合ったり助け合ったりする場合もあるし、逆に憎しみ合ったり殺し合ったりする場合もある。この言葉に「宿命の恋人」というようなロマンチックな想像を託している人々が多いが、そのようなケースはむしろ稀である。 →類魂


【タ行】


体外離脱体験(out-of-body experience=OBE) 人間の意識が体から離脱して、遠方や別の世界を見聞する体験を、心霊研究・超心理学ではこう呼ぶ。脱魂とほぼ同義。古くは「幽体離脱(astral projection)」と呼ばれた。霊魂がエーテル体とともに肉体を離脱することは可能であり、特異体質や事故・病気の時には起こりやすい。ただし、通常、脱魂した魂が行けるのは、現実界かすぐ上の霊界(幻想界)どまりで、より高い霊界を訪れることはまず不可能である。また、通常意識ではそれらを正確に把捉できず、歪められることが多いので、そこでの体験の情報価値も、あまり高くない。超心理学では、OBEを意図的に起こせる能力者を被験者に、遠方透視、予知などの実験を行ない、一部の実験ではきわめて有意な結果が得られている。またロバート・モンローは、特殊な音を聞くことでOBEが誘発されることを発見し、独自のメソッドと施設(モンロー研究所)によって、多くの人にOBEを体験させており、中にはかなり高度の霊界を見聞したと主張している人もいる。 →脱魂

耐火現象(fire immunity) 火や高熱の物体に接触しても火傷を起こさない現象。ルルドの発見者ベルナデットは祈りの間、蝋燭の火が指の間からゆらめくように上がっていても、火傷をしなかったという。不世出の物理霊媒D・D・ホームは焼けた石炭を手に乗せ、息を吹きかけて白熱させても、平気な顔をしていた。催眠に入った人が、熱した火箸を「木の棒です」との暗示のもとに押しつけられても、火傷が出なかったという報告もある(逆に「焼け火箸です」との暗示で木の棒を押しつけられ、火傷が出現したという報告もある)。「火渡り」の宗教儀礼は世界各地に見られるもので、トランス状態での火に対する耐性強化は、古くから知られていたようである。

大記憶(Great Memory) 霊界にある、人類の心的記憶が蓄積されている貯蔵庫のようなもの。インド思想の影響から「アカシック・レコード(アカシャ記録)」と呼ぶ人も多い。一部のESP(過去世リーディング、サイコメトリー、後知など)はこれとの接触によって実現されるとされる。また、物故した霊が、交霊会において生前のことを詳しく語る際にも参照するとも言われている。前世療法においても、多くのクライエントが中間世で「図書館」のような大記録庫があり、そこを訪れたことがあると証言している。なお、超ESP仮説とこのような記憶庫を結びつけ、個性の死後存続を否定しようとする(「人類のすべての記憶がそこにあり、それにESPでアクセスすればいかなる霊格も詐称しうる」と主張する)人々もいる。

ダウジング(dowsing) 「水鉱脈占い」「杖占い」とも。手に握った針金や、物体(水晶など)を鎖で吊り下げた振り子を使って、地下の水脈や鉱脈、ないしは特定のターゲットを超常的に探り当てること。能力者の中にはこれによって巨大な富を得た例もあるという。また、近年は地図の上で同様の行為を行なう能力者もいる。従って、物理的な何かによるものではないことになる。霊的存在からの示唆が関与していると思われるが、詳細は不明。

脱魂(ecstasy) もともとは人類学のシャーマニズム研究から出た概念。シャーマン(霊能者)の魂が、儀礼や薬物によって体から抜け出し、霊界に赴くことで、治病・予言などがなされる。この間、シャーマンの体は仮死状態であるが、意識は継続している。このプロセスを脱魂と呼ぶ。これが霊界に「行く」のに対し、霊界から「来る」タイプ、つまり霊が人間に憑依し(この間憑依された人間の意識は消失しているが体はほぼ通常である)、治病・予言・説諭などをするのが「憑霊」である。宗教人類学では「脱魂」型が真性のシャーマンであるとし、重点的研究対象としたが、なぜか「憑霊」型は軽視された。 →体外離脱

地球(Earth) 地球が単なる物質の集積ではなく、それ自体、あたかも生体であるかのように、ホメオスタシス(バランスの均衡)の能力を持っているとする見方――「ガイア」仮説――は、一部の科学者も認めている。霊的観点からも、地球は一つの巨大な霊的生命体――多くの自然霊の活動によって支えられた統合体――だと見る見方は存在する。その霊的生命体はいまだに生成変動中であり、地震や火山噴火、大陸移動などの現象はその表われであるという(それらは人間にとっては災厄と映るが、死後存続を認める視点に立てば一つの情況変数に過ぎず、「神の愛」の反証にはならない)。地球は、人間を始めとする霊に成長のための学習を提供する場であり、同様なものは他にもあるという。ただし地球はそのような「惑星」の中でも、物質性が濃厚(鈍重)な世界であり、様々なレベルの霊が同居・葛藤する、かなり苛酷な環境だとも言われる。

地球外生命(extraterrestrial life/entity) 現行科学の諸知見では、生命の自然発生の確率と全宇宙(観測可能な)の推定惑星数を勘案すると、当然、地球以外にも生命体が存在し、中には高度な文明を持っているものもあると考えられる。これをもとに、現行の科学的手段によって地球外生命を発見しようとする科学的試みがなされている。カール・セーガンが主導したSETIは最も有名で、NASAと共同して様々な実験がなされた。ただしこれらは、「現行の物理法則によって観測可能な生命体」を対象にしたものであり、「物質の振動数が異なるため現行の物理手段では観測不可能な」生命体はもちろん除外されている。スピリチュアリズムの一部の霊信では、金星にも木星にも、そして太陽にも、知性を持った生命体が存在するが、それはこの物質界の観測手段によっては把捉不可能だとされている(ただしその際に対象とされる惑星・恒星は、われわれが見ているものと同一ではないわけで、このような言説は混乱を招きやすい)。霊的に見れば、「他の惑星」の住人も、諸霊界の住人も、地球外生命体であり、むしろ地球内生命体はごく限られた部分に過ぎない。

チャクラ(chakra) インドの宗教思想・実践において、人間の見えない身体の重要な結節点とされるもの。通常、頭頂・眉間・喉・胸腺・鳩尾・下腹・会陰(いずれも近辺)の7つがあるとされるが、他の説もある。治病・健康法・宗教的修行においては有効なものと思われるが、霊信では論及するものもしないものもあり、明確ではない。

チャネラー(chaneller) →チャネリング

チャネリング(chanelling) アメリカのニューエイジ運動において、伝統的な「霊との交信(mediumship)」の代わりに用いられる言葉。チャネラーはそれを行なう人で、機能的には「霊媒(medium)」とほぼ同義だが、憑霊トランスに入らない場合も多く、むしろ「霊能者(霊感者)(sensitive)」に近い。

中間世(between-life, interlife) 前世療法で、クライエントが過去世と現世(ないし次の生)との間に経験したと報告するプロセスないし領域。先に他界した親族・知人と再会したり、霊的指導者(マスター、ガイドなどと呼ばれる)と出会ったりし、直前の生の回顧・反省と次の生の選択が行なわれる。つまりは霊界の体験にほかならないのであるが、死直後と再生直前の記憶が主体となっていて、霊界自体の様子やそこでの活動の記憶はあまり想起・報告されないようである。マイケル・ニュートンは、クライエントの中間世記憶を執拗に追究することで、かなり高次な霊界のありようを情報収集している。前世療法で中間世を重視することは、守護霊との対話や人生の霊的意味の意識化などが行なわれるので、治療効果も高いと言われる。なお、中間世想起状態のクライエントに霊的存在が憑依し、直接セラピストに語りかけるという、注目すべきケースも多々報告されている。

超ESP仮説(super-extrasensory perception hypothesis) 超強力なESP能力によって、生者や物体から直接的に任意の情報を得ることができる人間がいる、とする考え方で、死後存続を否定するために作られた仮説。たとえば、霊媒が、死者しか知らなかった情報を正しく明らかにした場合、あるいは、ある人が、当人が絶対に知り得なかった情報を正しく前世記憶として語った場合、死後存続の証明となるように思われるが、ここで、「その人は、超絶的なESP能力を発揮して、どこかの生者か物体に残存している情報を探り出し(しかも当人にはそうしているという意識もないまま)、それを死者の語りや前世記憶として語っているだけだ」とすることで、死後存続を否定するわけである。この仮説自体、途方もないもので(これまでの厖大な記録からすれば、人間のESP能力はかなり微弱で、意のままになるものではないことが明らかである)、正しいと証明されたわけでもないが、否定論者は、この論理的可能性がある限り、死後存続は認められないと主張する。これに対して、イアン・スティーヴンソンは、ESPによっては伝達され得ないもの、つまり情報ではなく技能や身体的特徴に注目し、それが超常的に伝達された事例(主張される前世と符合する真性異言や、母斑・先天性欠損)を挙げ、強力な反論を提出した。これによって超ESP仮説は棄却されたと考える人もいるが、無視している人も多い。

超感覚的知覚 →ESP

超常現象(paranormal phenomenon) 「現行の物理法則によっては説明できない現象」を指すが、一般的にはサイ現象、心霊現象と同義で用いられることが多い。近年はより穏当にした「変則現象(anomalous phenomenon)」などという表現もある。

超常現象に対する心理的抵抗(psychological resistance to psychic phenomenon) 近年、超心理学の中で注目されている概念で、ケネス・バチェルダー、笠原敏雄らが論じている。人間には基本的に、超常現象(ESP・PK、そして霊現象)を忌避したいという無意識の欲求を持っているとするもの。超常現象を目撃した時に身体的反応(湿疹など)が出たり、瞬間的に認知能力や記憶を消失させたりするケースもある。超常現象否定論者が、没論理的で感情的な反論をしがちなのも、この抵抗によるものと考えられる。

超心理学(parapsychology) J・B・ライン(1895-1980)が、心霊研究をより科学的・実証的に厳密化しようとして作り上げた研究。被験者を霊能者に限定せず、実験室の中で、二重盲検法(double blind test)によって、主に念力や透視などの現象を検知しようとする。たとえば、ESPカードを用い、次に出る模様を当てる実験や、1か0の数字をランダムに発生させる電子的機械を用い、その数字をどちらかに偏らせようとする実験などが有名。様々な正統研究者が同様の実験を試み、かなり有意な結果を出しており、一時はアカデミックな科学の一領域として認定されかけたが、懐疑派の攻撃もあって、その地位は依然として曖昧である。また、「とらえにくさ問題」などのために、研究自体が手詰まり状態になっていることも否定できない。超心理学者は、スティーヴンソンなどの例外を除いて、死後存続には否定的な態度を取っている。

超能力者(psychic) 「サイキック」とも。ESPやPKを発揮できる能力を持つ人のこと。この言葉が用いられる場合には、霊的存在の関与は問題にされず、もっぱら「心の力」の発揮と解釈される。ただし、中には、霊的存在の助力があることを自覚しながら、それを隠している場合もある。

直接書記(直接筆記)(direct writing) 筆記具が見えない手、ないしは物質化現象によって現われた手によって操られ、文字をつづり出す現象。また、二枚の石板にチョークをはさんでおくと、自動的に石板に文字が書かれる現象もある。さらには筆記具の介在なしで紙に文字が記される場合もあり、モーゼスの『霊訓』の一部はこうして書かれたという。ポルターガイスト現象で、壁に呪いの言葉が書かれたりすることもある。

直接談話(direct voice) 何もない空間から、発話が聞こえてくる現象(幻聴とは違って、多数の人間が体験する現実の音声であり、録音も可能である)。エクトプラズムによって可視の口や声帯が形成される場合もあるし、まったく不可視の場合もある。

(sin) キリスト教の原罪や、インド由来の「悪行を犯すと次生は悲惨になる」といった単純な懲罰的輪廻説は、霊信では否定されている。神や高級霊が、人間を罰するということはなく、人間が行なった行為の結果は、自らが担うのである。たとえば、人間がその生で行なった行為の結果は、死後の回顧・反省のプロセスの中で「相手に与えたものと同じものを自らが経験する」プロセスとして自身に戻される。つまり、残忍な行為をした者は、そこで被害者の苦しみを自ら味わうと言われる。また、霊的に不適切な行為をした魂は、次生でその意味を深く自覚するような機会を与えられるが、それは単純な「悪事−業罰」といった形ではない。行為とその報いとの関係は、様々で一般化できない。しかし「蒔いた種は自ら刈り取る」、つまり自身の行為の責任は自らが(死後も)負うという大原則は、霊的真理である。

テーブル・ターニング(テーブル傾げ)(table-turning) →交霊会

テレキネシス(telekinesis) 念力(PK)の古称。

テレパシー(telepathy) フレデリック・マイヤーズの造語。「思念伝達」とも。ESPの一形態で、通常の伝達手段を介さずに、人から人へと思いや感情や情報が伝達されること。これに関する報告や実験例は厖大にあり、比較的多くの人が存在を認めていると思われる。ある人の生存の危機が、その家族などに伝わる「虫の知らせ」は古くから知られている。能力者による「読心術(mind-reading)」も、この一形態である。人間のテレパシー能力は微弱であり、突発的・非継続的である。動植物にもこの能力があると認める人も多く、人間と他の動植物との間のテレパシー(花が危機を訴えたり、犬が主人の生命の危機を察知するなど)も、しばしば報告されている。
 霊信によれば、霊界では言語は用いられず、コミュニケーションはテレパシーによって行なわれる。思念や感情は波動であり、また実体的なものだとも言う。

テレポーテーション(teleportation) アポートの一形態で、人間の体が長距離を一瞬にして移動する現象。事例はきわめて少ないが、信憑性のあるものもある。アポートと同義で用いられることもある。

デジャ・ヴュ(既視感) ある経験を、以前にもしたことがあると感じられる現象。現行科学では、脳の作用の錯誤で、情報が先に記憶回路に入り、その後認知回路によって処理されるために起こると説明される。大半の既視感はそうであるかもしれないが、前世記憶による既視感(時に物品の正確な再認知といったものを伴う)が起こることももちろんあり、前世想起の引き金になることもある。

天使(angel) ユダヤ教・キリスト教・イスラームで、「天の御使い」として登場する、規定の曖昧な存在。スウェーデンボルグが「天使とは人霊である」と述べたように、守護霊・祖先霊・高級霊を指す、一つの宗教的表現である。イエスは「死後は誰もが天の御使いのようになる」
(マタイ22:30、ルカ12:25)と述べている。

電子的音声現象 →インストゥルメンタル・トランスコミュニケーション

透視(clairvoyance) ESP(超感覚的知覚)の一形態。「千里眼(second sight)」とも言う。物品・人物・出来事についての情報を超常的な手段で得ること。非常に広い概念で、カード当てから、遠方透視(巡行透視)、時間を超えた情報獲得(予知・後知)、さらにはサイコメトリーや過去世リーディング、守護霊診断といったような霊的なものまで含まれる場合もある。「見る」というニュアンスがあるが、映像イメージ以外の様々な形態で伝達され、時には目や脳を通さず直接肌に文字やサインが出現するといったケースもある。基本的には、当人の霊魂が部分的に脱魂し、準霊界に移行ないし接触することで情報が伝達されると考えられる。体外離脱の能力者に透視能力者が多いのはこのことを裏付ける。しかしまた、霊媒型の能力者もこの能力を示すことがあり、霊が(当人が意識するか否かに関係なく)教示する場合も多いと思われる。

読心術(mind-reading) →テレパシー

飛び入り交信者(drop-in communicator) 交霊会で、呼び出されてもいないのに突如現われる、霊媒も会席者もその存在を知らない交信者(特に死者霊)のこと。時にその通信内容が事実と一致することが報告されており、ESP能力による霊格のでっち上げや、潜在記憶による作為などを否定できる、死後存続の強力な証拠となる。

とらえにくさ問題(elussiveness problem) 超常現象研究において、サイや霊的実在の完璧な証拠が得られそうになると、それが何らかの理由で阻害される現象をめぐる問題群。この阻害現象は、「挫折の法則」とか「ジェームズの法則」と呼ばれ、研究者の中では長年知られてきた。その根底には、「超常現象に対する心理的抵抗」「サイ能力の保有に対する心理的抵抗」といった人間の無意識の志向が関与していると考えられている。「サイ・ミッシング」「追試における逆転現象」(有意な実験結果が出た後に再び行なうと、全く効果が得られない現象)「目撃による抑制」(誰かが見ていることで、あるいは見ている人間が多いことで、現象が起こりにくくなること)などの奇妙な現象も、これによって起こされると思われる。しかし、霊学的には、それに加えて、「霊界側が、決定的な証拠があがることを禁止している」ためと考えられる。いくつかの霊信も、「霊的な認識は明白な事実として自動的・強制的に与えられるべきものではなく、魂の選択として選び取るものであることが望ましい」と述べている。つまり、ある程度の曖昧さを残すように、霊側が統御・抑制・破棄といった行為をしていると思われる。

トランス(trance) 意識の変容状態のこと。近年はより広い概念として「変性意識状態(altered state of consciousness=ASC)」という言葉が用いられる。ASCは、睡眠、酩酊、麻薬使用時など、様々な非通常意識状態を意味するが、トランスという場合には、意識の低下と同時に、ESPやPK(特に自己に対する生体PK)の発現、霊との交信、憑霊、脱魂などが起こるというニュアンスがある。また催眠で施術者の暗示に従いやすくなっている状態もトランス(催眠性トランス)と呼ぶ。トランスの仕組みについてはよくわかっていないが、通常の刺激−反応システム、記憶・連想システムなど――マイヤーズ通信の言う「神経魂(nerve soul)」――が活動低下し、それによって人間の奥にある霊魂の働きが顕現してくるものと考えられる。

トランスコミュニケーション →インストゥルメンタル・トランスコミュニケーション


【ナ行】


ニューエイジ(New-age movement) 1970年代からアメリカでサブカルチャー的に始まった文化・思想・宗教運動。ベトナム戦争後の「文明批判・自然回帰」傾向や、「パラダイム・シフト」への志向に、インドの宗教思想や仏教の影響などが加わり、神秘主義的な色彩を帯びた新しい試行が、哲学・科学・宗教・芸術など様々な領域で展開された。宗教領域では、インド神秘主義や禅仏教の影響から、「宇宙意識との合一」といったテーゼが主流を占めたが、一部では霊魂説の復権も見られる。しかし、先行的な探究であるスピリチュアリズムへの参照はほとんどなく、多くは大衆的な「オカルト運動」に終始している感がある。

入神状態 →トランス

念写(thoughtography) 思念によって、フィルムや印画紙に、超常的に画像が記録される現象。福来友吉(1871-1952)によって発見された。ミクロPKの一形態。

念力(psychokinesis=PK) 人間の心が物体に超常的に影響を及ぼすこと。スプーン曲げ、物体浮揚(飛翔)、アポート、念写など、様々な形態がある。このうち、量子力学的レベルの対象に現象が起こるものを「ミクロPK」、それ以外の(通常の)物体を対象に起こるものを「マクロPK」と呼ぶ。ミクロPKでは、たとえば電子機械がランダムに発生させる1か0の数字をどちらかに偏らせる試みがあり、厳密な監理下で通常の人によって、しばしば有意な結果が得られている。マクロPKは困難度が高く、「人間の心」と標榜しつつ実は霊の支援によって現象が起こされていることもしばしばのようである。なお、生体(他者・他の生物であれ、自己の体であれ)に物理的変化を起こす現象を、「生体PK」と呼ぶ。

(brain) 近年の科学主義者(唯物論者)は、脳が心の原因であり、人間精神は脳の随伴現象に過ぎないとさえ主張するが、脳はあくまで感覚・記憶・連想などをつなぐエーテル的伝達を支える基盤に過ぎない。水頭症で脳が通常人の3分の1しかない人が、まったく正常な生活を営んでいた例や、傷害による欠損で動くはずのない身体部位が、リハビリによって運動を回復した例もあり、これは脳還元説、とりわけ脳の特定部分が特定機能を担うという説(局在論)への反駁証拠となる。さらに、低体温手術で、脳幹機能まで停止した患者が、臨死体験をしていたというケースもある。人間は脳ではない。ただし、脳の生物的な特定傾向が、人格にある種の影響を与えることは否定できない。


【ハ行】


ハイズヴィル事件(Hydesville occurrence) 近代スピリチュアリズムの発端として多くの人が認める事件。
 1847年11月11日、ニューヨーク州の閑村ハイズヴィルにある小さな一軒家に、フォックス一家が引っ越してきた。その家は、以前から怪しいことが起こるとの噂があり、1845年にそこを借りたM・ウィークマンは、そのために引っ越してしまっていた。移り住んだ当初は何事も起こらなかったが、1848年の3月、夜になると、何かを叩くような音や家具の動くような音がするのに悩まされるようになった。3月31日(金曜日)の夜、あまりの音の騒々しさに、父親が窓枠を点検していると、末妹のケイト(キャサリン、当時7歳)は、父親の立てる音に叩音が反応するのに気づいた。そして、「Mr. Spiritfoot, do as I do」と言い、自分の指を鳴らしてみると、怪しい音はこれに応えて鳴った。ついで、ケイトのすぐ上の姉マーガレット(当時9歳)が、自分の手で1つ、2つと数を打つと、怪音はそれに同じ回数で反応した。さらに母親が子供たちの年齢の数を鳴らしてごらんと言ったところ、音は、正確にその数を打った。この時、音は、最後に3つ打ったが、それは一番最後に生まれ幼くして死んだ子供の年齢だった。
 フォックス一家は、音とのやりとりを続行し、近所の人々も巻き込んで、「交信」が展開された。ある人物が、アルファベットを唱え、必要な文字のところで音を立てる、という交信法を提言して、比較的詳しい内容が伝えられるようになった。音は、次のように主張していることが明らかになった。「自分はチャールズ・B・ロスマという行商人で、5年前の火曜の夜12時に東側の寝室で就寝中、包丁で喉を切られ、殺された。所持金500ドルを奪われ、死体は地下室に埋められた」……
 事件は大評判となり、地下室が掘り返されたり、5年前の在住者をめぐって疑惑と弁護が渦巻いたりしたため、マーガレットとケイトの姉妹は、親戚の家に避難することになった(この時点では確定的な事実は何も得られなかった)。ところが、ポルターガイスト現象は姉妹の行った先でも起こり、家具は動き、楽器が独りで鳴り出し、さらにアルファベット表を使ってよりスムースな交信も行われるようになっていった。そこで出されたメッセージは「真実を世に伝えなさい。これは新しい時代の曙です」と語ったと言われている。
 そして1848年11月14日、避難先のロチェスターのホールで、フォックス家の二姉妹は、集まった観衆を前に、ポルターガイスト(叩音やテーブルの浮揚など)の実演を披露し、多くの人々を驚愕させる。この実演は、大評判のツアーとなり、姉のリーも加わって、50年の夏にはニューヨークの大舞台で大成功を納め、全米をにセンセーションを巻き起こした。
 この事件をめぐっては、賛否両論が巻き起こり、誹謗・中傷、いやがらせもあいついだ。事件はこの後も、すっきりとしない展開をたどることになる。公正を期するためにいくつかの後日談を付け加えておかなくてはならない。
 ・ロスマなる人物の事件に関しては確証は得られなかった。
 ・56年後、1904年11月23日付けのボストン・ジャーナルは、ハイズヴィルの「幽霊屋敷」の地下室に入り込んで遊んでいた少年たちが、壁が崩れて人骨らしきものが見えていることを報告、調査したところ、壁は二重になっており、そこからほぼ一体分の人骨と行商人用のブリキ製の箱が発見された、と報じた。
 ・ケイトの起こす現象を調査したイギリスのサー・ウィリアム・クルックスは現象にトリックがないことを確信したが、長女リーを調査した研究団は否定的な見解を発表した。
 ・40年後の1888年、マーガレットが「叩音は虚偽であった」と発表し、実演もしてみせ、ケイトもそれを認めた。しかし1年ほどして、2人とも、その告白は圧力に屈した偽のものだと再訂正した。この背景には以下のような事情があった。3人の姉妹の間、そして結婚相手や親戚との間には、非難や不和が絶えずあったこと。マーガレットとケイトは酒や麻薬に溺れる傾向があったこと。
 出来事それ自体は、ありふれた怪奇譚(ポルターガイスト現象)にすぎないとも言えるが、事件の一部始終が新聞という近代メディアによって報道され、広範囲の大衆に知れわたることで「霊」との対話を求める交霊会が流行するきっかけとなり、ここから近代スピリチュアリズムの大きな動きが生まれたと言われている。

PK →念力

憑霊(possession) 「憑依」とも。生者が霊によって支配されること。霊媒の憑依現象においては、通常、霊媒の霊魂は不活動状態(半体脱ないし入眠状態)となり、霊は霊媒の深層意識を操作して、スピーチや物理現象を行なう。これはあらかじめ霊的計画に沿って双方の合意のもとに行なわれる、霊的意義のあるものである。これに対し、未浄化霊(浮遊霊)が、霊媒体質の人に引きつけられ、双方とも半ば無意識に憑霊現象が起こることもある。これは除霊が必要となる。さらに、低次の欲望に執着している人に、邪霊が霊的影響を及ぼし、一層低劣な道へと進ませることもある。これは正確には憑霊とは言えず、霊的影響関係と考えるべきであろうが、一般的には「邪霊(悪霊)憑依」と呼ばれる。霊媒の憑依現象以外の憑霊を区別して「obsession」と呼ぶこともある。なお、動植物に別の霊(自然霊など)が憑依することもあると言われている。

複体 →エーテル体

物質化現象(materialisation) 特に交霊会などで、人物像や物品が何もないところから出現すること。エクトプラズムを、振動数を落とし、可視のものにすることで形作られる。きわめて精巧な手が出現したり、逆に稚拙な紙細工のような人体像が現われたりもする。アポート(物品引き寄せ)と異なり、出現した物体は永続せず消滅する。

物理的霊現象(physical phenomenon) 霊によって生起する現象のうち、特に物理的な発現が際立っている現象を指す。対語として「心理的霊現象(mental phenomenon)」(「主観的現象」とも)があるが、純粋なものは霊姿、霊聴くらいなので、あまり用いられない。

プランシェット(planchette) 自動書記のための道具。ハート型木板の二つのふくらみの下面に可動式車輪、とがった部分に鉛筆を取り付け、滑らかに動くようにしたもの。手を置いて、下の紙に文字が自動的に描かれるのを待つ。この方法によって綴られた定評ある霊界通信もある。

変性意識状態(altered state of consciouness=ASC) 通常の状態とは異なる意識状態。「トランス」という概念の「いかがわしさ」を払拭するために近年用いられる。しかし、麻薬使用状態、睡眠、高揚、集中など、何でも含まれてしまうため、あまり役には立たない概念である。

芳香現象(perfume) 交霊会などにおいて、霊の出現とともにかぐわしい芳香が漂う現象。逆に、邪霊が出現する時は、ひどい悪臭が漂うことがあり、秋田のマリア像にまつわる奇跡現象の中でも報告されている。

保有抵抗 →サイ能力の保有に対する心理的抵抗

ポルターガイスト(poltergeist) 「騒々しい霊」というドイツ語から来た言葉。多くは特定の場所で、見えない作用者によって、物体が飛び交ったり、異常音が聞こえたり、火が燃えたりするなどのことが起こる現象。霊の姿が現われる場合には「幽霊屋敷 haunted house」現象と呼ぶこともある。超心理学では「霊」という言葉を使うことを嫌って、反復性偶発性念力(recurrent spontaneous psychokinesis=RSPK)などという気取った表現をする。ポルターガイストには、大きく分けて二種があると考えられる。一つは、まさに「幽霊屋敷」で、地縛霊(未浄化霊)が、そこを訪れた生者に何かを訴えようとして起こすもの。生者の側に特別な霊能力がなくとも、霊の側は何らかの手段で、現象を起こすことができるようである。もう一つは、霊媒体質の中心人物がいて、その余剰のエーテル(フリュイド)が現象を起こす場合。この中心人物は、思春期の、特に女性であることが多い。この余剰エーテルに、浮遊霊ないしいたずら霊が反応し、悪さをする場合もあるし、中心人物の無意識の攻撃的思念が、余剰エーテルを介して物理現象を起こす場合もある。家族の中に虐げられている少女がいて、親や姉の部屋で自然発火が頻発したケースなどは、後者のものと考えられる。


【マ行】


マイヤーズ通信(Myers's correspondence) 自動書記霊媒ジェラルディーン・カミンズ
(1890-1969)が、心霊研究の泰斗フレデリック・マイヤーズ(1843-1901)が死後、霊として通信してきたメッセージを書き記した『不滅への道(The Road to Immortality)』(1932)及び『人間個性を超えて(Beyond Human Personality)』(1935)に記された霊界情報を指す。死後の霊魂の行方、類魂、生まれ変わり、高次の霊界、人間の心の本質などについて、きわめて精緻で哲学的な内容を伝えており、スピリチュアリズムの数ある霊信の中でも情報量や質において白眉のものとされる。国や時代が異なる他の霊信でも「マイヤーズ通信」として言及され、その正確性・妥当性が認められている。

マクロPK(macro PK) →念力

ミクロPK(micro PK) →念力

瞑想(meditation) きわめて古い宗教行法であり、多くの文化で重要性・有効性が認められている。瞑想にはきわめて多様な方法があり、解釈や志向するもの(求める境地)も多様である。霊との交流を求めるにはどれがよいという定説もない。しかし、基本的には、通常の心の自動的活動――刺激−反応システム、連想・記憶・志向システムなど「神経魂」の働き――を鎮静・停止させ、深層にある霊魂の働きを覚醒させるのが、霊的瞑想の本質と言えるだろう。

冥府(Hades) マイヤーズ通信によれば、死者の霊が最初に移行する霊界の下部層。休息、直前の生の回顧などが行なわれるという。

メスメリズム(mesmerism) F・A・メスマー
(1734-1815)の「動物磁気説」およびその治療とそれによって引き起こされる現象のすべてを総称する概念。これが洗練・修正されて「催眠」となった。メスメリズムに伴うトランス状態では、サイ能力の発揮が数多く報告されている(催眠でも同じ)。しかし、メスメリズムも催眠も、詳しい仕組みや原理はわかっていない。


【ヤ行】


山羊−羊効果(sheep-goat effect) サイ現象が、その可能性を信じている実験者・被験者(羊)によって検証される場合には起こりやすく、否定的な場合(山羊)では起こりにくいという現象を示す表現。超常現象には人間の心(思念)が大きく関与することを示す。

唯物論(materialism) 哲学的にはきわめて古い、複雑な概念であるが、スピリチュアリズムが問題にし、徹底的に批判するのは、世界が物質だけでできているとする、近代の科学主義的・還元主義的・実証主義的唯物論である。これは一元支配の知的傲慢であり、霊魂である人間が自らの存在の本質を全否定することであり、また生の意味や精神的価値をすべて否定する虚無主義である。なお、この思想に基づく「死ねばすべておしまい」という考え方を、「死滅パラダイム(extinction paradigm)」と呼ぶ。

UFO(unidentified flying object) 大衆的人気の高い超常現象であるが、熱烈に支持する人々(中には接近遭遇を超えて「宇宙船」に乗ったとか、「宇宙人」に誘拐され手術を受けたと主張する人々もいる)に対して、多くの人々は白眼視・蔑視をもって対するようである。多くのスピリチュアリストは、この主題に対して、霊的な意味が認められないという理由もあって、近づくことを避けている。一般的には、「他の天体からの生命体」かどうかという議論になるが、霊学的に見れば、「現実外の、つまり霊的存在による現象」、つまり物理的霊現象であるという可能性も考えうる。これについては、(a)地球世界とは別系統の霊的存在が現実世界と接触することで――その理由や仕組みは不明であるが――現象が起こる、(b)いたずら好きの霊、ないしは生前この主題に固着した死者の霊が起こしている、といった考え方が成り立ちうる。(a)については、一部の前世療法体験者(中間世記憶想起者)が、「見たことのない霊的存在が、地球世界を訪れているのを目撃したことがある」と証言しており、全くありえない話ではない。(b)については、ある種の宗教的概念(たとえば聖母信仰)に深く執着する霊が、それに関連する奇跡を起こすという考え方もあり、充分に考えうる。ただし、いずれにしても、UFO問題は、霊的な意味(霊的情報の開示)がない主題であり、真剣に検討する意義は少ないと思われる。

幽姿 →霊姿

幽体 →エーテル体

幽体離脱 →体外離脱体験

幽霊(ghost) 死者霊の一般的表現。それが頻繁に目撃される家(しばしば叩音やポルターガイスト現象が起こる)を「幽霊屋敷(haunted house)」と呼ぶ。 →霊姿

妖精 →自然霊

予知(precognition) ESPの一種で、未来のことを超常的に知ること。通常の時間概念からするとあり得ないことであるが、かなりの報告例がある。たとえば、タイタニック号の沈没(1912年)は、1898年の小説『タイタン号遭難』やW・ステッド(彼はその事故の犠牲者となった)による1883年のエッセイなどで予知されていたという話は有名(ただし予知であるらしいことは誰にもわからず、結局事件は起こった)。霊信では、「未来は神の想像力の中ですでに描かれている(が、必ずしもその通りになるわけではない)」というような主旨のことが語られることがある。諸々の(無数とも言える)要因がこの先どういう情況をもたらしうるかは、きわめて高度な霊的知性ならば、ある程度想定できるのかもしれない。その想定イメージの一端を「ビジョン」として見るのが予知であるとするならば、そのうちのいくつかは、確かに的中するであろう。
 なお、プリンストン大学のロバート・ジャンらによって行なわれた「予知的遠隔視実験」は興味深い。これは、インゴ・スワンという超能力者を対象にして行なわれたもので、全く非作為的に選ばれた場所へ行った実験者がどのような風景を目にするかを、その24時間前にスワンが遠隔透視し、それを口頭で描写するというもので、驚くほどの的中結果が得られている
(ジャン他『実在の境界領域』参照)。これは正確な予知である可能性が推定される。ただし、霊的存在が場所の選択を操作していたという可能性がないわけではない。


【ラ行】


ラウディヴ・ヴォイス(Raudive voice) 音声録音機に、ありえない声(霊の声)が入る現象。ホワイトノイズを使ってこれを意図的に起こすことに成功したラトヴィアの心理学者コンスタンティン・ラウディーヴの名前から取られている。 →インストゥルメンタル・トランスコミュニケーション

ラップ(rap) 「叩音(こうおん)」。物理的な仕組みによらず起こる、物を叩くような音。比較的容易に起こせる現象のようで、幽霊屋敷、ポルターガイストなどから、初歩の交霊会まで、様々な情況で報告されている。スピリチュアリズムの発端となったハイズヴィル事件では、死者の霊と幼い姉妹が、叩音と指鳴らしによって交信を開始した。

リーディング →ESP

臨死体験(near-death experience=NDE) 心停止・呼吸停止で死を宣告された人が、蘇生した後に、その間見聞したと報告する体験。体外離脱体験の一形態。1975年に刊行されたレイモンド・ムーディ『かいまみた死後の世界』(Life after Life)を皮切りに、厖大な数の報告や研究がなされている。救命医療技術の進歩のために、体験者は数百万にのぼるとも言われている。体験には様々な形態があるが、大まかに言えば、(1)自らの死体を上から見る、(2)何かに引っ張られるように猛スピードでトンネル状の空間を移動する、(3)すでに死亡している親族・知人と出会う、(4)強烈な光ないしは霊的存在(時には自ら信仰している宗教の教祖と感じられる存在)と出会う、(5)霊的存在から命じられたり自ら欲したりして地上に帰還する、といった出来事が主流を占める。全体的に「柔らかな光に包まれ、とても気持ちのよい体験」とする者が多く、体験者の多くは以後死を恐れなくなると言う(ただしネガティブな体験をしたと主張する例も若干ある)。臨死体験をめぐっては、脳内麻薬説、脳の錯乱説など反論が多いが、低体温手術で脳幹機能までもが停止している患者が臨死体験をしている報告もあり、脳起因説は説得力がない。霊学的に見れば、言うまでもなくこれは霊界への移行体験(の前半)であり、前世療法での死後記憶想起者が同様のことを体験していることからも、信憑性は疑いない。ただし、臨死体験者は霊界の入り口に行っただけであり、霊界自体を体験しているわけではない。従って臨死体験者の報告から霊界や霊的法則を推定することは適当ではない。「地獄」様の臨死体験ケースは、地上近くの想念界のそういう部分に何らかの理由で入り込んでしまったものと推察される。

臨終時体験(deathbed experience) 「臨終時幻像(deathbed vision)」とも。死期の迫った人が、正常な意識状態で、すでに死亡した親族や友人の姿を見ること。いわゆる「お迎え」。

輪廻(転生) →生まれ変わり

類魂(group souls) マイヤーズ通信によって詳細に論じられ、その後、他の霊信や、ITCによる通信、そして前世療法での霊界体験者の報告などによっても頻繁に言及されるようになった概念。霊魂は、5前後から数十という単位でグループをなしており、同じグループに属する霊魂は、基本的に、ほぼ同時期に生まれ変わりを繰り返し、家族や友人・知人として関係しつつ、地上での学びをしていくという。この同じグループに属する霊魂を「ソウル・メイト」と呼ぶ(別項参照)。ただし、魂の成長度合いに開きができた場合はメンバーの組み替えもあると言う。このグループには、全体を指導する霊(個々人の守護霊とは異なる)がおり、さらにその霊は高次のグループの成員となって、高次の指導霊に導かれている。いくつものグループを包括し、数百から数千の霊魂(守護霊・指導霊を含む)を束ねる高級霊は、「本霊(Spirit, Geat Spirit)」と呼ばれ、個々の霊魂を養い見守っている。個々の霊魂はこの本霊の一部分とも見ることができ、個々の霊魂の経験は本霊の中に統合されていく。こうして、グループは最小単位からより大きなグループへと統合されていき、最終的には人類という巨大なグループに包括される。

(spirit) 日本語で霊という場合、肉体を脱した人間存在、つまり死者霊を指すことが多い。心霊研究ではこの死者霊を「肉体を離れた存在(discarnate entity)」としゃれて表現することがある。霊の概念は広く、通常は死後の個人を指す場合に使われるが、肉体を持たない知的存在すべてを総称する意味にもなり、神々や根源神をも霊と捉えることができるし、あらゆる生命体の奥にも霊があると考えられる。また、自然霊(妖精、竜など)のように、対応する物質的身体を持たない存在もある。本霊、高級霊(Spirit, Great Spirit)という表現は、様々な個別霊を自らの一部として養い、統括している、きわめて高い霊を指す。

霊界(the Other World, spirit world, World of spirits) 通常は「他界」「あの世」と同義で、この世に対して死者の霊の住む世界という意味で使われる。しかし、厳密に言えば、この世もまた霊の住む霊界の一つであり、宇宙全体という霊界の中で、いくつかの階層があるに過ぎない。霊信はいずれも、霊界には階層があるとしているが、その分け方や名称については一定していない。おおまかに、地球と同様の物質性の濃厚な世界、物質性から解き放たれた思念・イメージ中心の世界、そしてさらに高度な世界があるということは共通している。前世療法体験者の他界報告には、霊界の階層性を否定するものもあるが、それは生まれ変わりを繰り返しているレベルの魂には、それより高い次元の霊界が把捉できないからではないかと思われる。
 マイヤーズ通信による霊界の階層は次の通り。(1)物質界、(2)冥府――地上記憶の点検、(3)幻想界――地上的欲望の充足、(4)色彩界――形態の破壊と創造、(5)火焔界――全類魂の感情を知悉する、(6)光明界――類魂の知的生活を知悉し本霊と一体化する、(7)彼岸――宇宙の外側、時間と空間の外に出る。(ただしこの(2)冥府は、物質界から幻想界への移行の中間段階であるとも考えられ、各界間の移行過程に同様のものがあるとも言われる。)(3)幻想界が通常の死者の世界、(4)色彩界は守護霊クラスの世界、(5)は高級霊や一般的神々の世界、(6)は超高級神の世界、と言える。(7)彼岸に関しては、高級霊のレベルでも想像不可能であるとされる。死後の霊魂はより高い世界をめざして無窮の旅を続けるのであって、死後すぐに神や宇宙意識と合一できるなどということはない。

霊界通信 →霊信

霊言(spirit speaking, spirit speech) 霊が霊媒に憑依して話すこと。霊は霊媒の身体はもちろん、脳と深層意識を操作して、発言する。この際、語彙や連想・統合システムは霊媒の深層意識にあるものが利用されるため、表現の巧拙は霊媒の知的水準に大きく左右される。憑依中は霊媒の意識は消失していることが多いが、熟練するとわずかに意識が保たれるようにもなる。

霊魂(soul) 霊(spirit)がきわめて広い概念であるのに対して、人格性・個人性を強調する際に使われる。肉体を持って生存している時には、その内奥にある根源的な精神的主体をこの語で呼ぶことが多い。死後、具体的な個性や来歴を持った存在として、地上に近い霊界で活動する霊的存在もこの語で表現されることが多い。また、もちろん人間の深層的・根源的精神活動部分というニュアンスで、霊的な意味なしに使われることもある。

霊姿(apparition) フランス語の「出現」をそのまま用いる特殊用語。「幽姿」「霊視」などの訳語もある。通常意識状態にある人が、実際にはそこにいない生者や動物、ないしは死者霊の姿を見ること。ある人の生命の危機が家族・知人などに超常的に伝達される際にも起こり(「危機幻像 crisis apparition」とも呼ばれる)、その際には発信者の背景が見えることもある。厳密には偶発的・単発的なものを指し、死者霊が決まった場所に何度も目撃されるような場合は「幽霊」と呼ぶ。

霊障(対応外国語なし) 霊が原因となって災厄が起こること。様々な様態や解釈があり、「邪な霊からの悪影響」もあれば、単なる迷信・妄想に過ぎないと思われるものもある。 →悪

霊信(message from spirit) 霊からの通信で、主に自動書記や霊言によって伝えられる。それが霊からの真正なメッセージであるかどうかは、なかなか検証が難しいし、また無知な霊、低級な霊からの間違った情報もありうる。真正性を判断するには、身元が証明できるか(ただし高級霊は身元証明を拒否することがある)、通常の人間では知り得ない情報が含まれているか、他の霊信を多く読みそれと比較して極端な食い違いがないか、といったことを総合的に検討するしかない。よくある誤解だが、通信と同時に物理的霊現象が起こることで、霊信の真正性が判断できるというのは、当てにならない(ある宗教者が空中浮揚したからといってその発言が真理であることにはならない)。物理的霊現象は低級霊、いたずら霊でも起こせるからである。結局、霊信の真正性を判断するには、「内容が高貴さを感じさせるか」「得心がいくかどうか」「その語るところが心の奥底に響くかどうか」であるとも言われる。ただし、霊信は、受信者の霊的・知的能力に大きく左右されるし、そもそも地上世界の魂には理解できない性質のものを地上の言語で表現(むしろ翻訳)しているため、どのように素晴らしい交信条件であっても、間違いや曖昧さがつきまとうことは留意しておく必要がある。
 スピリチュアリズムの霊信は、基本的に霊界のありようや、人間の霊的本質についての「情報」である。細かい生活規範を設けたり、型にはまった道徳を押しつけたりするものではない。人間の霊魂の成熟度合いは様々であるため、一般論は無意味であり、それぞれが責任を持って自ら考え、選択するものであるからである。押しつけはスピリチュアリズムが最も嫌うものである。

霊性(spirituality) 近年非常に流行している言葉。内容は曖昧で、高潔な倫理性や、他者への愛や、非自己中心的・現実超越的な視点、といったことが漠然と含意されている。「霊」を認めるか否かとはほとんど無関係に用いられる。

霊聴(clairaudience) 霊姿と同様のことが、聴覚によって起こるもの。報告例はきわめて少なく、立証も難しい。

霊的治療(spirit healing) 霊が霊媒の身体やエーテル体を使用して、病気治療をすること。遠隔での祈りから、手かざし、手術といったものまで、様態は多様である。ブラジルやフィリピンなどでは、麻酔なしの手術(患者は全く痛みを感じない)で異物を摘出するといった超常的荒療治が見られる。この場合は、霊が霊媒に完全に憑依し、霊媒の意識は消失している。一方、霊媒の意識は通常のままで、手かざしや祈りだけで治療が行なわれる場合もある。この場合は、「気」による治療と区別がつかないが、霊的治療は、施術者の疲労がきわめて少なく、遠隔でも有効であり、一過性の回復で終わることがない、といった違いがある。また、骨の湾曲が正されたといった奇跡的な回復も起こる。
 霊による治療は、霊媒のエーテル体を利用して患者のエーテル体に働きかけ、それを正常化することで肉体を治療するのであって、実際のところ、手術はもとより、特殊な行為がなくても、治療は実現する(さらに言えば、霊による治病は、霊媒なしでも実現するものである)。あえて手術などの「超常現象」を見せるのは、その方が人間にはわかりやすく、信じやすいからである。つまり、霊的治療は、奇跡的な治病を明示することで、人々に霊の実在を知らしめるためにあるのである。あえて極論すれば、病気が治ることは副次的な問題であり、重要なのは霊的気づきなのであって、その気づきのない霊的治療は、患者の苦しみを軽減するという意義はあっても、霊的意義としては無意味に近いのである。
 なお、優秀な霊的治療者によっても、すべての病気が治るわけではない。その病気が当人の霊的成長にとって必要な場合、あるいは何か特別な理由があって治すことが禁じられている場合は、治療が失敗することがある。

霊能者(sensitive) 「霊感者」とも。霊的な能力を持つ人を指す非常に広い概念で、厳密に言えば人間は誰もが霊能者である。「超能力者(サイキック psychic)」が「(霊的存在の関与なしに)ESP・PK能力を発揮する人」、「霊媒(medium)」が「霊を憑依させ、霊との交信を媒介する人」であるのに対し、霊的な意味での透視――サイコメトリー、過去世リーディング、守護霊判断、予知、後知、霊界探訪――や、憑依なしの霊的コミュニケーションを行なう人を主に指す。

霊媒(medium) 原語は単なる「媒介者」ということである。スピリチュアリズムでは死者と生者との間を取り持つという意味で使われるので、訳語では霊という限定がついた(なお「霊媒師」などという表現はごく最近、テレビなどが言い始めたものである)。霊能者(psychic)が、ESP、念力など様々な能力を持つ人々を指す広い概念であるのに対し、霊媒は、あくまで霊との媒介に焦点が置かれている。ただし、脱魂して霊界訪問をする「脱魂型シャーマン」は、霊媒とは呼ばず、霊を降ろす「憑霊型シャーマン」が霊媒とほぼ同義となる。霊からのメッセージを伝えるタイプを「精神霊媒」と呼び、霊の力によって物理的現象を起こす霊媒を「物理霊媒」と呼ぶ。
 霊媒は、何らかの課題(カルマ)や使命のゆえに、そういう体質を持って生まれてきて、幼い頃から能力を発揮するのが一般的であるが、時には事故(臨死体験)や病気を契機に、能力が発現することもある。通常の人が訓練によって霊媒能力を獲得することは不可能ではないが、一般的には、生得の能力には及ばないと言われている。
 霊媒は、霊的身体構成物質(エーテル体、フリュイド)を、通常の人より多く持っており、様々な物理的霊現象は、霊がこの豊かな霊的物質を利用することで引き起こされる。それはしばしば現実の肉体からはみ出しているため、霊から見ると明るく光っているという。それが霊的存在と交渉するための回路になるわけだが、逆に、低級な浮遊霊を呼び寄せたりすることもある。従って霊媒体質の人は、正しい霊的知識獲得と心の浄化、そして「守護霊(支配霊)」との緊密な関係の保持に努める必要がある。
 完全な憑霊状態では、霊媒の霊魂は脇にどかされ、霊が霊媒のエーテル体や脳・声帯などを使って「スピーチ」が行なわれる。その際、霊媒の霊魂は深い眠りの状態にあり、時には夢を見たりしている。ただし、経験を積んで慣れていくと、霊媒の意識がかすかながら覚醒していることもある。
 霊によって霊媒を完全にコントロールすることは容易ではない。霊言や自動書記においては、霊媒の脳に依拠する知的・言語的システムの能力が大きく左右する。また、物理的霊現象のためには、霊の側にそれなりの技術習得が必要と言われる。霊も霊媒も万能ではないのであり、霊媒や霊信の絶対化は誤りである。
 完全な憑霊状態にならず、「霊感」のみで死者からのメッセージを伝えたり、被験者の過去や前世を見たりするのは、純粋な霊媒とは言えず、詐欺も入り込みやすい。
 霊媒能力を持って生まれてきた人、及び突発的に霊媒能力が発現した人は、霊的な課題や使命を課せられていると受け止めるべきで、その能力を我欲の充足に利用したり、悪しき目的に用いたりすることは、きわめて大きな問題をもたらすことになる。

霊媒術(mediumship) 霊媒によって行なわれる霊との交渉。




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