【特別寄稿】「タエの事例」のその後の報告
  ――その後に起きている超常現象の検討と考察

                     稲垣勝巳(『前世療法の探究』著者)

掲載日:2007年1月8日     




【1】はじめに


 この寄稿は、TSLのホームページ「各論編」で拙著『前世療法の探究』
(春秋社、2006年)について詳細かつ、的確な批評をしてくださったことへの敬意とお礼の意を表して書かせていただいたものです。また、このホームページの読者は、霊現象および、霊的真理に関心を持ちまた、追求されている方でしょうから、そうしたスピリチュアリズム霊学の基礎的知識を持ち、拙著をお読みくださったであろう読者を前提にして書かせていただきます。
 拙著『前世療法の探究』第2章「タエの事例」は、史実との照合によって生まれ変わり仮説を本格的に検証した、日本最初の公刊された事例だと自負しています。検証の結果、少なくとも、これが超常現象であることに異論を挟む余地はないだろうと思っています。
 そこで、これから私の報告することは、2005年6月4日の前世療法セッションにおいて「タエの事例」を語った里沙さん
(仮名)と私自身に、その後にも引き続き起こっている超常現象・能力について、スピリチュアリズムの観点から検討と考察をおこなったものです。


【2】里沙さんに現れた超常能力


 前世遡行に成功し「タエの事例」を語った2005年6月4日から1週間ほど経って、里沙さんの左腕が赤黒く変色するという異変が起こりました。赤黒い変色とともに重く怠いという自覚症状を心配した彼女は、医師の診察を受けましたが特に医学的所見はなく、経過を見ましょうということでした。
 そうした中、蛍見物に出かけ、舞っている蛍に向かって左手のひらを広げたところ、5〜6匹ほどの蛍が左手のひらにとまったそうです。蛍は羽根を休めて後、数分して飛び去りました。この事実は同行した信頼に足る目撃者からの証言を得ています。また、左腕の変色と重く怠いという症状はこの後消失したそうです。
 この不思議な現象に遭遇した里沙さんは、タエとしての前世で、左腕を切り落とされたことが咄嗟に脳裏に閃いたそうです。そして、左手のひらから何らかのエネルギーが放射されているので、衰弱した蛍がエネルギー補給のために飛んできたのではないかと直感しました。そこで、ご主人や知人の腰痛・肩凝り・関節痛等にヒーリングを試したところ顕著な改善効果が確認されたのです。このヒーリング能力は現在も続いています。
 こうしたヒーリング能力の出現と同時に、透視によって二層のオーラとその色が見えるようになったと言います(ただし、強い輝きを放っている人の場合に限るとのこと)。さらに、「生き霊や死霊(未浄化霊)が取り憑いていると、その人の名前を聞いただけで、悪寒・吐き気・頭痛など体調が悪化するという反応が起こるようにもなった」そうです。厳密な検証実験をしたわけではありませんが、何らかの霊的能力が発現したように思われます。
 過去の文献にも、非常に深い催眠体験後、まれに透視など超常能力が出現したという報告があるのですが、どうやら里沙さんにも、前世記憶の「タエの事例」を想起したことを境に、そうした超常能力ないし霊能力が出現したことは、かなり可能性が高いと判断しています。


【3】私に現れたヒーリング能力


 2006年8月31日、私にヒーリング能力があることが偶然発見されました。以来4ヶ月間、母親の股関節痛へのヒーリングに始まり、同僚や知人たちに毎日1人以上はヒーリングを試し効果の検証してきましたから、その数は200名近くになると思います。肩凝りをはじめ腰痛・背中痛・五十肩・股関節痛・アトピ−性皮膚炎・椎間板ヘルニア・子宮筋腫の痛み、子宮腫瘍、ふくらはぎ筋肉痛、大腸癌等に実施して改善効果の検証をしてきましたが、成績は極めて良好です。特に痛みの解消には著効がみられます。また、半信半疑で遠隔ヒーリングの実験を20件ほどしたところ、この成績も驚くほど良好な結果でした。これには私自身が驚いています。現在のところ直接・遠隔両ヒーリングの改善率は90%超というところでしょうか。もちろん、この中には「タエの事例」を語った里沙さんの、脊柱側湾症による背骨痛の解消と背骨矯正が含まれています。
 現在彼女の痛みは解消し、長年毎日服用してきた鎮痛剤不要の生活が送れるようになっています。また、信頼に足る彼女かかりつけの指圧師が、背骨の歪みが徐々に矯正されていることを認めています。実際、椅子にまっすぐの姿勢で腰掛けることができない状態から自転車に乗れるまでに回復しています。3度目のヒーリング最中には、彼女の背骨が二個所コクッ、コクッとわずかに動く感触を私の手のひらが感知し、彼女のほうでも背骨が動いた感触があったと報告しています。
 私のヒーリング方法は、患部に手のひら(左手のひらのほうがエネルギーが強いようです)を約5分間患部に軽く当てるだけです。当てると同時に「この者に必要な最良の治療をお願いします」と念じますが、その後は精神集中などは全く不要で、煙草を吸おうが話をしようが一向に構わないのです。ただし、このエネルギーは、私の意志によるコントロールは不能です。向こう側からやってくるのにお任せというわけです。
 クライエントは、懐炉を当てているような明らかに私の体温以上の熱感を感じることが多いようです。また終了した後も一時間くらい熱感が続くと言います。なかには、ヒリヒリした感じとか、ひんやりした感じ、あるいは頭頂部や指先までエネルギーが走る感じや、汗が出るのを報告するクライエントもいます。
 また、エネルギーの放射能力を伏せて、相手の手のひらに私の手のひらを3cm程度近づけると、熱感やヒリヒリ感、モワモワした圧力感などを感知すると報告しますから、これが暗示効果によるものでないことは明らかです。計測不能の何らかのエネルギーが手のひらの中心辺りから放射されている事実は間違いないと思われます。私の手のひらにも、微細な振動をしている薄い膜が張った感じがあり、その膜に熱を帯びた感覚があらわれます。
 私は、気功やレイキなどのエネルギー療法を見たことも、訓練したことも一切ありませんし、そもそもエネルギー療法については極めて懐疑的な立場でした。せいぜい暗示効果ないし、プラシーボ効果によるものであろうと思っていました。そういう懐疑的な自分にヒーリング能力が突如現れたことが何とも不可解で奇異な感じがしています。容易には信じがたいのですが、これはひょっとすると、霊による治癒、すなわちスピリットヒーリングが起こっているのではないかと思います。
 それは、いわゆる「気」などの、見えない身体エネルギーによるヒーリングとは違って、自分が極度に集中する必要もなく、まったく疲れることもないということ、そして、遠隔治療においても効果があるからです。さらに、霊が見えると主張する、3名の人からは、私の背後に複数のよい霊が見える、あるいは感じると指摘されました。デモンストレーションを見学した、やはり霊的な感受性があると主張する3名からは、私の手のひらから白い霧状の粒子が盛んに放射されているのが見えたと報告を受けています。こういったことに実証性があるわけではありませんが、ありうることではないかと思っています。


【4】里沙さんの守護霊の憑衣実験


 2006年12月22日夜、里沙さんにお願いして彼女の守護霊との直接対話実験をさせてもらいました。極めて深い催眠中に中間世へと導き、そこで偉大な存在者を呼び出して憑依してもらい、私が直接対話するという実験は、拙著『前世療法の探究』のタエの事例で紹介してあるとおりです。それを再度試みようというわけです。その理由は次のような四つの質問の回答を得るためであり、憑依の真偽の検証を試みるためでもありました。

1 タエの事例は、偶然語られたものか、何かわけがあって語られたものか?
2 私に突如あらわれたヒーリングのエネルギーは、どこから送られてくるものか? その治療エネルギーが私にあらわれた理由が何かあるのか?
3 スピリットヒーリング能力のある者は、たいていは霊視などの霊能力を持っているが、私のエネルギーがそうであるなら、なぜ私に霊能力がないのか?
4 私の守護霊の素性が分かるならその名を教えてもらえないか?

 この憑霊実験は、里沙さんの知人からの依頼で前世療法セッションを実施した際、彼女が付き添いとして同行してきた機会を利用して実現したものです。その知人のセッション後、私のほうから彼女に再度の憑霊実験のお願いをしました。実験前に彼女に伝えておいた質問内容は、上記2(私のヒーリングエネルギーの出所)のみでした。1・3・4の質問について彼女には知らせることを意図的に伏せて実施しています。伏せた意図は、彼女に前もって回答を準備できる時間を与えないためです。
 里沙さんに憑依したと思われる、彼女の守護霊を主語とする存在者との40分にわたる対話の録音を起こし、できるだけ生のままの語りの言葉を用いて、上記四つの質問に対する回答を要約してみると以下のようになります。ただし、質問はこれ以外にもいくつかしていますから、それらの回答を含めて下記5項に整理し要約してあります。

@タエの事例は偶然ではありません。計画されあなたに贈られたものです。計画を立てた方はわたくしではありません。計画を立てた方はわたくしよりさらに上におられる神です。
 タエの事例が出版されることも、新聞に掲載されることも、テレビに取り上げられることもはじめから計画に入っていました。
 あなたは人を救うという計画のために神に選ばれた人です。

Aあなたのヒーリングエネルギーは、霊界におられる治療霊から送られてくるものです。治療霊は一人ではありません。治療霊はたくさんおられます。その治療霊が、自分の分野の治療をするために、あなたを通して地上の人に治療エネルギーを送ってくるのです。

Bあなたの今までの時間は、あなたの魂と神とが、あなたが生まれてくる前に交わした約束を果たすときのためにありました。今、あなたの魂は大きく成長し、神との約束を果たす時期が来ました。神との約束とは、人を救う道を進むという約束です。
 その時期が来たので、ヒーリング能力も前世療法も、あなたが約束を果たすための手段として神が与えた力です。しかし、このヒーリングの力は万能ではありません。善人にのみ効果があらわれます。悪とはあなたの進む道を邪魔する者です。
 今あなたを助ける人がそろいました。どうぞたくさんの人をお救いください。

C神はあなたには霊能力を与えませんでした。あなたには必要がないからです。霊能力を与えなかった神に感謝をすることです。

D守護霊に名前はありません。わたくしにも名はありません。あなたの守護霊はわたくしよりさらに霊格が高く、わたくしより上におられます。そういう高い霊格の方に守られている分、あなたには、成長のためにそれなりの試練と困難が与えられています。これまでの、あなたに生じた困難な出来事のすべてがはじめからの計画ではありませんが、あなたの魂の成長のためのその時々の試練として与えられたものです。
 魂の試練はほとんどが魂の力で乗り越えねばなりません。わたくしたちはただ見守るだけです。導くことはありません。わたくしたちは魂の望みを叶えるために、魂の成長を育てる者です。
 霊能力がなくても、あなたに閃くインスピレーションが守護霊からのメッセージです。それがあなたが迷ったときの判断の元になります。あなたに神の力が注がれています。与えられた力を人を救う手段に使って人を救う道に進み、どうぞ神との約束を果たしてください。

 里沙さんに憑依したと思われる、彼女の守護霊を主語として語る存在者は、以上のようなメッセージを回答として伝えてきました。そのときの語りの様子は、タエの事例で憑依実験したときと同じく、彼女の表情は能面様の全くの無表情に変化し、声は低音で、囁くような、抑揚のない、ゆったりと厳かな調子の、別人同様の声音に変化していました。観察される限りでは、ふだんの里沙さんとは別人格の第三者が語ったように思われます。
 憑依を解き、催眠から覚醒直後の里沙さんは、数分間話そうにも声が出ない状態になり、膝から下が冷え切って麻痺し、立ち上がれないという疲労の極みに陥っていました。立てるようになるまで20分ほど休んでから帰宅しましたが、翌日になっても疲労は回復せず動けない状態が続き、3日目にやっと回復したという報告を受けています。


 さて、これまで2005年6月4日の前世療法セッション以後、里沙さんと私にあらわれた三つの超常能力・現象について紹介してきました。
 このうち、【2】・【3】の超常能力出現については検討するまでのない事実として認めざるをえません。では【4】の守護霊を主語とする存在者の語りはどうでしょうか。語られた内容について、できるだけ公正な立場に立って検討・考察をしてみたいと思います。ただし、この検討・考察は、自分にはスピリチュアリズムに関する知識・情報がない、という里沙さんの証言を前提としていることをお断りしておきます。また、超ESP仮説(里沙さんが私の心も含め、地上のどのような情報にも自由にアクセスできる法外なESP能力を持っているとする仮説)も、ここでは考慮外としています。


【5】守護霊を主語とする存在者の語りの検討と考察


 ここで検討してみることは、語りの内容は里沙さんの既有の知識を元に彼女自身が語ったのだ、と解釈できるかどうかということです。そうであるならば、守護霊を主語とする存在者は、里沙さんの無意識的な役割演技で説明されうることになり、語りの事実が超常現象である可能性は排除されるからです。以下にまず全体の考察を、次いで【4】の@〜Dの語りの内容について、それぞれに検討と考察を加えてみます。
 まず、全体としての考察をしてみますと
(1)「存在者」は、里沙さんとは異なる位相の視点・情報から発話している。
(2)催眠を解く前に「催眠中に語ったことはすべてはっきり思い出せる」という暗示を強調したにもかかわらず、「存在者」が憑依したとおぼしき間の里沙さんの記憶は完全に欠落している。
(3)録音された自分の語りを試聴した里沙さんの実感として、声からも語りの内容からも、自分と「存在者」とは全く同一性の感じられない他者であると認識されている。
(4)憑依を体験し、催眠から覚醒後の里沙さんの疲労状態は、通常の催眠後とは明らかに異質な極度の疲労状態に陥っている。

 以上の4点は、「存在者」の憑依を支持できる状況証拠だと考えることが可能でしょう。ただし、(1)については本人に内在している「心の力」つまり、「高位自我=ハイヤーセルフ」説で説明可能かも知れません。深い催眠中には、通常の里沙さんの持つ能力をはるかに超えた超常的叡智が現れるというわけです。
 しかし、(2)・(3)については「高位自我」説では説明がおさまり切れません。もともと里沙さんの心に内在している「高位自我」の語りであれば、解催眠前に強調した記憶再生暗示で、催眠後にその語りの内容が記憶として出てくるはずだと考えられるからです。また、彼女に解離性同一性障害(多重人格)などの精神障害がないことは明白ですから、「存在者」の語りに対して全く同一性を感じられないということも説明が困難です。単に催眠性健忘として片付けられる問題ではないと考えられます。
 (4)の極度の疲労感について確かなことは言えませんが、憑依した「存在者」が里沙さんに長時間(約40分間)の対話をさせるために、彼女の脳髄が酷使された結果ではないかという解釈ができるかも知れません。

 次に【4】の@〜Dの語りについて一つずつ検討してみましょう。
 まず【4】の@の語りの内容について検討してみます。里沙さんのスピリチュアリズムについての知識は、治療霊が存在すること以外にはありません。したがって、スピリチュアリズムでいう「神の計画」つまり、地上の人間に霊的真理(霊界の存在、霊の存在、霊との交信可能など)を啓発し、霊的覚醒を促す計画があることは知識として持っているはずのないものです。彼女の無意識の役割演技などでは淀みなく発話される内容ではないと思われます。この計画についての語りは、スピリチュアリズムの高級霊からの霊信内容に一致していると考えることができるでしょう。
 【4】のAの治療霊の存在については、里沙さんの知識としてある程度あるはずです。彼女の脊柱側湾症による痛み改善と、湾曲した背骨の矯正のためにヒーリングをした機会に、ヒーリングエネルギーと治療霊について私が話題にしているからです。また、彼女は霊感によって、私の背後に憑いている複数の治療霊らしき霊の存在を感知できると語っているからです。しかも、私のヒーリング能力についての質問をすることについては、催眠に入る前に彼女に知らせてありました。したがって、治療霊とその治療エネルギーについての回答は、彼女の既有の知識を語った可能性を排除できません。
 【4】のBの、私が生を受ける前の「魂」と「神との約束」についての語りは、里沙さんの想像力が駆使され、私への願望が投影された彼女の役割演技だと解釈できるかもしれません。しかし、私にヒーリング能力があらわれた理由がそれなりに矛盾なく説明され、瞬時に淀みなく語られた事実を考えると、「存在者」の憑依可能性を否定できるものではないと思われます。ちなみに、「私の魂が大きく成長した」という語りは、タエの事例に遭遇以来、私の世界観・価値観が霊界の存在を視野に入れたものへと転換し、現世的欲望へのとらわれから自由度を増した精神状態を指している気がしないわけでもありません。
 ただし、「善人にのみ効果が現れます」という語りは誤解されやすいかもしれません。しかし、「悪とはあなたの進む道を邪魔する者です」という語りと照らし合わせると、その病が当人の霊的成長に必要な場合には、ヒーリングが効かないという意味に解するべきであろうと思われます。なぜなら、治療によって霊的覚醒が邪魔されることになり、私の人を救う道に反することになるでしょうから。したがって、この語り部分も高級霊からの霊信と矛盾するものではないと考えてよいと思われます。
 【4】のCの語りについては、理解に苦しむところです。ところで、前世療法のセッション中に中間世へクラエントを導く過程で、未浄化霊が寄ってきて憑依しようとしていると訴えるクライエントがこれまでに2例ありました。私に霊視などの霊能力がなく、そうした霊が見えないために、こうした事態に遭遇しても惑わされることなく冷静に対処できたことを考えると、前世療法セラピストとしては、霊能力は持たないほうがよいという含意の語りのようにも思われます。あるいは、私に霊能力がなくそれらに懐疑的な普通の人間の側にいるからこそ、懐疑的な普通の人間への霊的真理の啓発には却って説得力を持ち得るので、神の道具としての啓発者には適っている、という意味かも知れません。
 こう考えてみると「霊能力を与えなかった神に感謝をすることです」という意味深い語りは、里沙さん自身の通常の意識からは到底出てくるはずのないもののように思われます。まして、その場の咄嗟の思いつきで回答できる類の語りだとは考えられないと思われます。
 【4】のDの語りは、まさにスピリチュアリズムの霊信そのものだと言っていいでしょう。そして、「守護霊に名前はありません」「魂の試練はほとんどが魂の力で乗り越えねばなりません。わたくしたちはただ見守るだけです。導くことはありません」「あなたに閃くインスピレーションが守護霊からのメッセージです」などの具体的な語りは、スピリチュアリズムの高級霊たちの霊信と一致し、正当な守護霊の語りとしてその信憑性が保障されているように思われます。
 ここで浮上してくるのが、里沙さんはシルバーバーチなどスピリチュアリズムに関する書籍を読んでおり、それを元に語ったのではないかという疑いです。しかし、これについて彼女はきっぱり否定しています。また、それを信ずるに足る録音試聴後の感想があります。彼女は感想として次のように語っています。

 「私の守護霊は阿弥陀如来だ、と高名な信頼できる霊能者から霊視してもらって、そう信じていました。だから、私自身が守護霊の役割演技をして語るとしたら、守護霊に名前はありませんとは絶対言わないと思います。阿弥陀如来です、と言ったはずです。私の守護霊に名前がないと言われてちょっとショックです。阿弥陀如来以上の守護霊はいないと思っていたから、稲垣先生の守護霊より霊格が上だと思って、密かに優越感があったのに、稲垣先生の守護霊のほうが霊格が高いと言われたのもショックです。」

 つまり、彼女にスピリチュアリズムの知識があったとすれば、自分の守護霊を阿弥陀如来だなどと信じることはまず考えられません。高級霊は原則素性を明かさない、というのがスピリチュアリズムの常識ですから、彼女の守護霊についての知識は、仏教の説く「守護仏」と混同している程度の知識でしかなかったと判断できるわけです。
 このように検討してみると、Dの語りの主体は、里沙さん以外の憑依した「存在者」である可能性が高いと判断できるように思われます。

 こうして検討を重ねてきますと、憑依した守護霊の回答は、里沙さんの意識が投影された役割演技だと解釈するよりも、彼女が霊媒の役割を果たし守護霊からの霊信を伝えたものと素直に受け取るほうが妥当性が高いのではないかと思われます。 
 ただし、そのように受け取るにしても、ここで述べられている内容が、絶対的に真実であると主張しているわけではありません。治療を始めとする私自身の活動を、こうした言葉によって権威づけようとする意図も全くありません。あくまで何らかの存在者の一意見として、どこまでも冷静に受け止めるべきだと考えています。こうした言葉で自己を権威づけたり絶対化することはあってはならないことで、徹底して厳しく自戒すべきだと思っています。
 特に「神の計画」「神との約束」「善と悪」といった事柄を、軽々に云々することは、極めて大きな問題を孕むものです。こうした表現の取り扱いについては、十分過ぎるほど慎重であるべきだと考えています。


【6】終わりに


 本報告を閉じるにあたって、私の脳裏に思い起こされるのはモーゼスの『霊訓』にある次の一節です。

 霊界より指導に当たる大軍の中にはありとあらゆる必要性に応じた霊が用意されている。(中略)
 筋の通れる論証の過程を経なければ得心のできぬ者には、霊媒を通じて働きかける声の主の客観的実在を立証し、秩序と連続性の要素をもつ証明を提供し、動かぬ証拠の上に不動の確信を徐々に確立していく。さらに、そうした霊的真理の初歩段階を卒業し、物的感覚を超越せる、より深き神秘への突入を欲する者には、神の深き真理に通暁せる高級霊を派遣し、神性の秘奥と人間の宿命について啓示を垂れさせる。かくのごとく人間にはその程度に応じた霊と相応しき情報とが提供される。これまでも神はその目的に応じて手段を用意されてきたのである。
 今一度繰り返しておく。スピリチュアリズムは曾ての福音の如き見せかけのみの啓示とは異なる。地上人類へ向けての高級界からの本格的な働きかけであり、啓示であると同時に宗教でもあり、救済でもある。それを総合するものがスピリチュアリズムにほかならぬ。(中略)
 常に分別を働かせねばならぬ。その渦中に置かれた者にとっては冷静なる分別を働かせることは容易ではあるまい。が、その後において、今汝を取り囲む厳しき事情を振り返った時には容易に得心がいくことであろう。
                  (近藤千雄訳『霊訓』「世界心霊宝典」第1巻、国書刊行会)

 
インペレーターと名乗る高級霊からの上記霊信に、報告した三つの超常現象を引き当てて考えてみますと、この引用部分は私に向かって発信された啓示であるかのような錯覚すら覚えます。
 インペレーターが説いているように、前世療法にとりかかる前の私は、「筋の通れる論証の過程を経なければ得心のできぬ者」のレベルにありました。だから、「秩序と連続性の要素を持つ証明を提供し、動かぬ証拠の上に不動の確信を徐々に確立していく」ために、「動かぬ証拠」としてタエの事例をはじめとして、ヒーリング能力の出現などの超常現象が、霊界から私に次々に提供されているような気がしていました。
 そうした直感の真偽を確かめるために、里沙さんの守護霊に尋ねてみるという憑霊実験を試みたわけです。その結果と検討・考察は、【3】【4】に報告したとおりです。この検討・考察は「常に分別を働かせねばならぬ」と言うインペレーターの忠告に従っていることにもなるのでしょう。そして、分別を働かせた結果の帰着点は、霊界の存在を排除しては説明できないのではないかということでした。
 かつての私であれば、例えばヒーラーと称する輩のヒーリング効果の解釈として、プラシーボ効果であるとか、暗示効果であるとか、信念の心身相関による効果であるとかの知的・科学的説明に躍起となって、それを公正な態度だと信じて疑わなかったと思います。今、自分自身に突如ヒーリング能力があらわれ、その説明は霊界の存在抜きには(霊的真理抜きには)考えられない事態に追い込まれたようです。そして、「動かぬ証拠」を次々に提供され、ようやく「霊的真理の初歩段階を卒業」しかけている自分を感じています。やはり人間は、最後は自分自身の直接体験にこそ、科学が何を言おうがそれを無視して強く信じさせる自明の真実性があると言わざるをえません。
 交霊能力のあったスピリットヒーラーであるハリー・エドワーズは、高級霊界が霊的治療によって地上の人々を霊的覚醒に導く計画であることを知っていたと言います
(ハリー・エドワーズ著、梅原隆雅訳『霊的治療の解明』国書刊行会)。里沙さんの守護霊が伝えてくれた、「人を救うという計画」という語りがそれを指しているとすれば、「人を救う道に進むという神との約束を果たす時期が来た」私は、催眠とヒーリングを道具に、人のお役に立つ道に進むような流れに乗っているのかも知れません。
 そして、これからの私が、催眠とヒーリングを神から与えられた道具として役立たせる道を清明正直に実践していくことができれば、ヒーリングの謎も守護霊の語りの真実性も、おのずと開示されていくのではないかと思います。また、そうした開示がされないにしても、人のお役に立つ道を愚直に進む過程で、私は確信的スピリチュアリストに成長できるのではないかと思っています。

※本報告の筆者宛の感想は、Eメールアドレス katumi-i@ma.ctk.ne.jp へお寄せください。



          Copyright (c) 2007 INAGAKI, Katsumi 無断転載をお断わりします。


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