天平の古刹新薬師寺。体と心と社会の健康を、最古最大の十二神将たちが、お薬師さまを守護しています。

新薬師寺について本尊薬師如来十二神将とは国宝建築・文化財新薬師寺の風景仏像・工芸品

新薬師寺について

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新薬師寺の沿革


光明皇后が聖武天皇の健康回復を願って建立

東大寺の記録に「天平19年(747)3月、光明(こうみょう)皇后が聖武(しょうむ)天皇の病気平癒を祈って新薬師寺と七仏薬師像を造立した」と記されています。また「新薬師寺はまたの名を香薬寺(こうやくじ)といい、九間の仏殿には七仏浄土七躯が祀られていた」とあります。創建当時は壮大な本格寺院だったことが伺えます。

今の新薬師寺東方の春日山に、香山堂(こうぜんどう)というお堂(香山薬師寺ともいう)があり、合併されて新薬師寺が創建されたのではないかともいわれています。

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七堂伽藍(しちどうがらん)が整う大寺院だった

完成当時の新薬師寺金堂には、七組の薬師三尊像(薬師如来像と日光・月光両菩薩)とそれを囲む十二神将(じゅうにしんしょう)像が安置されていました。この間口九間(柱と柱の間が9つある)の大きな金堂の左右には、東塔と西塔が並び、境内には100人余の僧侶が修行する僧坊や壇院があり、七堂伽藍が整う大寺院でした。

ところが創建から33年後の宝亀11年(780)、落雷により建物のほとんどが焼失しました。

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盛衰を経て今に残る、奈良時代の古寺

金堂は平安時代に倒壊。いつの頃からか、他の目的で使用されていたお堂が金堂(現本堂)に転用されました。堂内の薬師如来坐像は平安初期の制作です。周りの十二神将立像は奈良時代の作ですが、もとは新薬師寺のものではなく、近くの岩淵寺(いわぶちでら)から移したものと伝えられています。

鎌倉時代に解脱上人(げだつしょうにん)、明恵上人(みょうえしょうにん)により再興され、東門、地蔵堂、鐘楼(しょうろう)が建立されました。天平の建造物である現本堂を中心に、今の新薬師寺が整いました。

徳川時代には家康より寺領百万石を与えられました。また祈祷所として参詣者でおおいに賑っていたということです。

盛衰を経て今に残る天平(てんぴょう)の古刹(こさつ)は、1250年の人々の祈りを静かに伝えています。

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新薬師寺アクセス
名称 華厳(けごん)宗 日輪山 新薬師寺
住所 〒630-8301 奈良市高畑町1352番地
電話番号 (0742)22-3736
拝観時間 午前9時〜午後5時(年中無休)
ご拝観料金 大人 大学 高校 中学 小学
個人 600円 600円 350円 350円 150円
団体 550円 550円 300円 300円 120円
※団体料金適応は30人以上
休業日 無し
アクセス @市内循環バス 新薬師寺道口(破石町)下車 山手へ徒歩10分
  AJR奈良駅,近鉄奈良駅よりタクシー10分
アクセスマップ 周辺地図はこちらをクリック
図面拡大と境内図

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