<シムラトの証し 4>
 

平成12年(2000年)初め、預言者から大祭司への手紙に次の預言が伝えられました。

「聖所から、主があなたを祝福してくださるように。
命のある限り聖所の繁栄を見、多くの子や孫を見るように。
主の民に平和。

主の民よ、言え。『主がわたしたちの味方でなかったら、主がわたしの味方でなかったら、わたしたちに逆らう者が立ったとき、そのとき、わたしたちは生きながら、敵意の炎に飲み込まれていたであろう。
その時、大水がわたしたちを押し流し、激流がわたしたちを超えて行ったであろう。おごり高ぶる大水が。
主をたたえよ。
主はわたしたちを敵の餌食になさらなかった。
仕掛けられた網から逃れる鳥のように、わたしたちの魂は逃れ出た。

網は破れられ、わたしたちは逃れ出た。
わたしたちの助けは、天地を造られた主の御名にある。
主に依り頼む人はシオンの山。
揺らぐことなく、とこしえに座る。
山々はエルサレムを囲み、主はご自分の民を囲んでいてくださる。
今も、そしてとこしえに。

主に従う人に割り当てられた地に、主に逆らう者の笏が置かれることのないように。
主に従う人が悪に手を伸ばすことのないように。

主よ、良い人、心のまっすぐな人を、幸せにしてください。
よこしまな自分の道にそれて行く者を、主よ、悪を行う者と共に追い払ってください。
主の民の上に平和がありますように。

主が聖所の捕らわれ人を連れ帰られると聞いて、わたしたちは夢を見ている人のようになった。
その時には、わたしたちの口に笑いが、舌に喜びが満ちるであろう。
その時には、国々も言うでしょう。
『主はこの人に、大きな業を成し遂げられた』と。」


また、主は拘留中の預言者に言われました。
「主であるわたしは天を創造して、これを広げ、地とそこに生ずるものを繰り広げ、その上に住む人々に息を与え、そこを歩く者に霊を与える。

主であるわたしは、恵みをもってあなたを呼び、あなたの手を取った。
民の契約、諸国の光として、あなたを形づくり、あなたを立てた。
見ることのできない目を開き、捕らわれの枷から、闇の牢獄から救い出すために。」

 

平成12年(2000年)1月5日、主は言われました。

「ああ、主の祭壇よ、主の祭壇よ、わたしの僕が陣を張った所よ。
年毎に祭の数を増し、巡り来たらせよ。
そのよき、わたしは主の祭壇を苦しめる。主の祭壇には嘆きと、ため息が臨み、祭壇の炉のようになる。
わたしはお前を囲んで陣を張り、砦を築き、城壁を建てる。
お前は倒されて地の下から語り、お前の言葉は塵の下から鈍く響く。
亡霊のようなお前の声は地の下から聞こえ、お前の言葉は塵の下からかすかに響く。


主は民に代わって争い、彼らの命を奪う者の命を、奪われるであろう。
怒りやすい者の友になるな。
激しやすい者と交わるな。
彼らの道に親しんで、あなたの魂を罠に落としてはならない。
手を打って誓うな、負債の保障をするな。
償うための物があなたになければ、敷いている寝床まで取り上げられるであろう。
昔からの地境を移してはならない、先祖の定めたものなのだから。 
技に熟練した人を観察せよ。彼は王侯に仕え、怪しげな者に仕えることはない。
支配者と共に食卓に着いたなら、何に直面しているのかをよく理解せよ。あなたが食欲旺盛な人間なら、自分の喉にナイフを突きつけたも同じだ。

主に戦いを挑んだいのんどとクミンの種は、すべてこのようになる。
ためらえ。立ちすくめ。目をふさげ。そして見えなくなれ。
主はお前たちに深い眠りの霊を注ぎ、お前たちの目である預言者の目を閉ざし、頭である先見者を覆われた。
それゆえすべての幻は、お前たちにとって封じられた書物の中の言葉のようだ。
字の読める人に渡して、『どうぞ、読んで下さい』と頼んでも、その人は『封じられているから読めない』と答える。
字の読めない人に渡して、『どうぞ、読んで下さい』と頼んでも、『私は字が読めない』と答える。」


主は言われました。
「この民は口で私に近づき、唇で私を敬うが、心は私から遠く離れている。
彼らがわたしを敬うとしても、それは人間の戒めを覚え込んだからだ。
そえゆえ、見よ、わたしは再び、驚くべき業を重ねて、この民を驚かす。賢者の知恵は滅び、聡明な者の分別は隠される。

災いだ、主を避けてその謀を深く隠す者は。彼らの業は闇の中にある。
彼らは言う。『誰が我らを見るものか、誰が我らに気づくものか』と。

なおしばらくの時がたてば、そこは再び園となり、園は森林としても数えられる。
その日には、耳の聞こえない者が、書物に書かれている言葉をすら聞き取り、盲人の目は暗黒と闇を解かれ、見えるようになる。
苦しんでいた人々は再び主にあって喜び祝い、貧しい人々は、主の民の聖なる方のゆえに喜び踊る。
暴虐な者はうせ、不遜な者は滅ぶ。」

 
平成12年(2000年)1月7日、主はハナンエルに言われました。
「主の聖所に、主を避けてその謀を隠す者らがいる。
彼らの業闇の中にある。
彼らは言う。

『我らの盾は次々と連なって、風の吹き込む透き間もない。』

しかし、あなたは喜びを得る。
あなたが主に信頼する者となるように、今日、あなたに教えを与えよう。

彼らは目に異様なものを見、心に暴言をはき始める。
海の真ん中に横たわっているかのように、綱の端にぶら下がっているかのようになる。
彼らは言う。『打たれたが痛くもない。たたかれたが感じもしない。』


わたしは彼らの領地を嗣業として、自分の民に与えた。
そのことは記念されて代々に伝えられる。
わたしは自分の民の裁きを行い、僕らを勇気づける。
国々の偶像は金や銀にすぎず、人間の手が造ったもの。
彼らはわたしが開かせた胎から生まれたのに、心には7つの忌むべきことを持っている。
憎しみはごまかし隠しても、その悪は会衆の中で露見する。
穴を掘る者は自分がそこに落ち、綱の端にぶら下がっているかのようになる。
『打たれたが痛くもない。たたかれたが感じもしない。酔いが醒めたらまたもっと酒を求めよう。』


悪者のことに心を燃やすな、彼らと共にいることを望むな。
悪者が心に思いめぐらすのは暴力。唇が語るのは労苦を引き起こすこと。家は知恵によって築かれ、英知によって固く立つ。
知識は部屋を満たし、貴く喜ばしい財産となる。
知恵ある男は勇敢にふるまい、知識ある男は力を発揮する。
悪との戦いには指揮する力が必要であり、勝利を得るためには作戦を練るべきだ。
無知な者に知恵は高尚すぎる。
城門で口を開くべきではない。
悪意ある考えを持つ者は陰謀家と呼ばれる。
無知の謀は過ちとされる。
不遜な態度は人に憎まれる。
苦難の襲うとき気力を失い、力を出し惜しみ、死に捕えられた人を救い出さず、殺されそうになっている人を助けず、『できなかったのだ』などと言っても、心を調べ見抜いている。
魂を見守るわたしは知っている。わたしは人の行いに応じて報いを返す。

園は森林としても数えられる、その日には。
わたしは立ち上がり、ギブオンの谷のときのように憤る。
それはわたしの業を果たすため。
しかし、その業は未知のもの。また、働きをするため。
しかし、その働きは敵意あるもの。


今、嘲ることをやめなければ、彼らの縄目は厳しくなる。
あなたは定められた滅びについて聞いた。
それは主なる神から出て国全体に及ぶ。


聞け、私の声に耳を向けよ。

聞け、わたしの言うことに耳を傾けよ。

あなたは書物に書かれている言葉を聞き取り、暗黒と闇を解かれた。
まことの言葉をあなたの使者に持ち帰らせよう。


あなたがたをすべての罪から清める日に、わたしは町々に人を住まわせ、廃墟を建て直す。荒れ果てた地、そこを。

わたしは門主に追随する者の子も撃ち、彼らに、しるしと奇跡を送った。門主とその追随者すべてに対して。

わたしは多くの者を撃ち、強大な支配者らをことごとく倒した。
そして彼らの領地を嗣業として与えた。」

                             
預言者は主なる神に命じられたとおりに「控訴趣意書」を作成し、それは主任弁護士S氏によって平成12年2月9日付で名古屋高等裁判所に提出されました。


同年8月初旬、預言者の保釈許可決定が出ました。

主の民は、預言者の保釈のために必要な保釈金を用意しようとしましたが、必要な額が集まる見込みがありませんでした。

また、預言者は「その集めたものを自分の保釈のためにではなく、主なる神のために、幕屋をより完全な形に整えるために使うように」と、大祭司に伝えていました。

保釈許可が出たとしても、釈金がなければ保釈はされません。
しかし、主の民が用意したものは、その通りに使われました。

預言者の帰還が現実になるような状況下ではありませんでしたが、主なる神は、彼の帰還をはっきり告げておられました。

同年8月11日、預言者は保釈されました。S弁護士が、保釈金を全額立て替えてくださったのです。

私たちは、「夢を見ている人のよう」になりました。

主なる神を最優先することこそ、最善のことでした。

一方のN門主は、自分のことを最優先していました。
N門主は、遂に保釈されないまま刑が確定し、刑務所に収監されました。

主なる神に従い、主なる神のことを最優先し、自分の保釈のことを省みなかった預言者とは正反対でした。

 

モーセの出エジプト以降そうであったように、主なる神の御言葉を預かる預言者と、「主の聖所」で仕える大祭司無くして、主なる神と民が通じることはできません。

「主の聖所」は、神と民とを繋ぐ場所です。主なる神は、私たちにその場所を与えられたのです。

主なる神は、主なる神が遣わされた預言者と大祭司を通して働かれ、主なる神が民を導かれていました。

事件は、まさに主なる神が民を呼び集めておられる御声でした。

 

預言者は主なる神に命じられて、保釈から3日の後に主の聖所があった場所に入りました。
後に分かったことですが、かつての教区長(後の教区長の兄)が預言者を待ち伏せしていたのです。
しかし彼は結局、預言者と会うことはできませんでした。

預言者が主の聖所があった場所に入るその日、教区長たちは歓迎会を催しましたが、その場で教区長はぶどうを口にしました。
教区長は妻が身ごもったときからナジル人の誓願を立て、ぶどうを口にしないはずでした。
教区長が誓願を守っていなかったことが発覚し、一同、その場が凍りつきました。しかし、それも氷山の一角でした。
教区長は主の戒めをほとんど守っていなかったばかりか、自ら偽キリストとなって関東の主の民たちに偽りを洗脳していたことが発覚していくのです。
この「ぶどう事件」は隠されていた事が明るみに出る、はじまりでした。

主なる神が預言者を保釈させた目的の一つは、教区長が隠していたことを明らかにして主の民がこれ以上に神から離反することを食い止めるためでもありました。
預言者は歓迎会に主席する前から、主なる神から知らされており、そのため預言者には歓迎会で笑顔はありませんでしたし、保釈を単純に喜んでもいませんでした。


教区長は、預言者によって主なる神から脳腫瘍を発見し治させて頂いたにもかかわらず、死の淵から復活した自分を復活のイエス様に見立てて関東の主の民たちを洗脳していたのです。
このことが、主の民が主なる神から離反していった大きな要因だったのです。
主なる神は預言者を通して彼がしている事を教えてくださっていましたが、大祭司が裁判や事務作業の為に留守がちだったことと預言者が拘留されていたことをいいことに、彼はそのつど、うまくごまかして自分がしていることを隠していたのです。
彼はコンピュータによって彼の兄とつながり、2人で協力して主の民を主なる神から離反させていたのです。

それでも主なる神は、彼が悔い改める機会を与えられました。

主の聖所に帰還した預言者は、主なる神の証しである「良い知らせ」を、その地の人々や教会やあらゆる宗教団体、識者たち、元僧侶・信徒に伝えましたが、人々は受け入れようとしませんでした。
それどころか預言者に争いを仕掛けてきた牧師もいました。
その牧師は預言者に暴言を浴びせた3日後に倒れました。
それはすなわち、主なる神に戦いを挑む、ということでした。
不信仰な人は不信仰のゆえに滅びます。

また、預言者は主なる神に教えられる通りに大祭司と共に裁判資料を整理し、S弁護士と打ち合わせを重ね、N氏と教団の「隠されていた事」が証拠書類として整理され、裁判所に提出されました。


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