review

ものといきもの
進化学会シンポジウム「非生命体の進化理論2」参加記

紹介者: 佐藤啓介

■ はじめに

2004年8月4〜7日、東京大学駒場キャンパスにて、第6回日本進化学会が開催されました(>日本進化学会HP, >第6回大会webサイト)。その中で、8/6(金)8:50〜10:50、佐倉統氏(東大・情報学環)と三中信宏氏(農環研)がオーガナイザーとなって、シンポジウム「非生命体の進化理論2」が開催されました。で、私ももの研究会の代表ということで、(何故か)パネラーの一人として、参加してまいりました。ちなみに、それぞれの演者と演題は、以下の通りです(発表順)。

  1. 徳永 幸彦 氏 (筑波大・生命共存科学)
    「人工生命の系譜学と進化学」
  2. 佐藤 啓介 氏 (=このレビューの筆者)
    「考古学における型式学」
  3. 矢野 環 氏 (埼玉大・数学)
    「茶道古文書の定量的文献系図」
  4. 屋名池 誠 氏 (東京女子大・現代文化)
    「書字方向と書式の系統進化」

また、そのシンポジウムの趣旨を、大会要旨から全文転載させていただきます。

情報が自己複製し、系統を形成するならば、生命体でなくとも進化と呼びうる現象が生じる。そのような非生命体の進化について考察することは、進化の現象やメカニズムについて、より普遍的な理解をもたらしてくれるはずだ。このような理解にもとづき、昨年度の進化学会でシンポジウム「非生命体の進化理論」をおこない、幸い好評をもって迎えられた。今年度はその続きとして、さらに具体的な事象を増やすとともに、理論的な進化をめざす。(日本進化学会第6回大会プログラム・講演要旨集, p. 61)

このように、非生命体(要するに、もの)を進化という観点で考察することによって、進化理論の普遍的妥当性を確認していこうという趣旨のもと、開催されたシンポジウムだったと言えます。日本進化学会のプログラムを見てみますと、やはりほとんどが生物系なのですが、一部、「言語進化」や「進化教育」といった隣接領域のシンポジウムもあります。が、やはりぱらぱらと見る限り、「非生命体の進化理論」は、非常に独特な位置を占めているように思えました(ましてや、茶道古文書や考古学、書式など、意外な分野の取り合わせですし)。以下、参加した私自身の観点から、その参加記を記させていただきます。

■ 参加の経緯

そもそも、何故私がそんな場にて話すことになっのか。そのきっかけは、このもの研でした。昨年秋、第5回もの研「もの認識」(2003. 10. 12)にて、大賀克彦氏に「「起源」の a priori」と題して、考古学における分類論についてお話をいただいたことがあります。で、その文章をネット上で見つけて、コメントを送ってくださったのが、今回のシンポのオーガナイザーの三中氏でした。で、それが縁となり、私も2〜3度ほど、三中氏と連絡を取り、考古学における分類について、簡単なお話をしたことがありました。が、基本的にはそれっきりだったのですが、何故か2004年5月頃、三中氏から「こんなシンポをやるから、考古学の型式学ネタで、何か喋ってください」という依頼が来て、このような事態になったという次第(「何故私に」というのが、未だに大いなる謎)。

考古学を専門としない私が、しかも考古学ではなく生物学の場で語る(もはや、騙るというほうが相応しい)という倒錯的な営み。私自身、かなり困ったのですが、三中氏から「型式学について、それを分類と系統という二つの観点から、主にその『考え方』、『ロジック』を取り出して(=あまり具体例を乱舞させずに)話してください」ということを言われましたので、そのような方向で準備してみました。

■ 当日の模様

で、シンポ当日。会場は朝一番にもかかわらず、そこそこの人が集まってくれました。聴衆は40人くらいだったでしょうか。

まず、徳永さんによる人工生命のお話 ...... だったはずなんですが、さっぱり分からない。何が話題とされているのかさえ、恥ずかしいくらいに分からない。ダメだ、お手上げ。分野が違うとこうも分からないものなのね。というわけで、「分からなかった」ということしか皆様には申し上げられません。あぁ、ごめんなさい。

続いて、私の番。私の専門は宗教哲学。そちらの学会では、PCを使う発表など、これまで見たことがありません。が、自然科学系の学会ですし、そちらに合わせて初めてプレゼンにPCを使ってみることにしました。内容は、三中氏の依頼に沿って、考古学の「型式学的思考」の基本的な枠組みを概観した、非常にオーソドックスな型式学入門といった感じ。また、実例を出すと聴衆がついて来れなくなってしまうと思い、人名や固有名詞は極力省略。とにかく、型式学の「理路」を内的に取りだし、説明したような感じ。で、持ち時間の25分ほぼぴったり(内容の詳細は、ページ後半の佐藤発表の要旨を参照。「型式学」を存じ上げない方は、先にそちらを一読してから以下を読まれるとよいかと思います)。

それに引き続き、質疑応答。思ったよりも質問が途絶えない。型式学の基礎をかなり丁寧に説明した分、結構内容は伝わったらしい。この点では、そこそこ成功か。ただ、あまりにその理路だけをしゃべり、具体的な分類作業の例を出さなかったため、実例をもっと見てみたかったという雰囲気が感じ取れました。うーむ、一つ二つ、実例を詳しく出せばよかったかなぁ(でも、出したら出したで、今度は型式学の理路が分からんっていう不満が出たと思う)。

問題は、さる人の質問。「生物学では…フィットネス…DNA…」、何か、生物学の用語を出して質問されているのはわかる、が、それしか分からん。ダメだ、何を聞きたいの!?私に生物学用語で聞くなっ!!どう答えていいのか分からず、まぁ適当に型式学特有の事情を説明しておけばいいや、と思ってあれこれ言い訳してみると、「いや、それはいいんですが…」「そうしたことを聞きたいのではなく…」、じゃぁ、何を聞きたいの!? と混乱してたら三中さんがフォローしてくれて、質疑は終了。あぁ、恥ずかしかった。

私に続き、矢野さんによる茶道古文書の写本系譜の、数学的分析のお話。これは、結構分かりやすかったです。元となる底本を、写本として書き写す。しかし、その際に写し間違いや故意の書き換えがおこる。それを丹念に分析していくことで、原本−写本群の系譜が辿れます。それのみならず、写本だけから「こんな原本があるのではないか」という推測を立てられることもあり、さらに、実際にそうした予想通りに原本が見つかったことさえあるそうです。また、写本同士が混在した「キメラ」的な写本もあり、そうした存在の分類を誤ると、系統が乱れてしまうということでした。

で、最後が屋内池さんによる日本語の縦書き-横書きの誕生とその系譜のお話。屋内池さんは、『横書き登場――日本語表記の近代――』(岩波新書)の著者で、今回のお話もそこでの内容を題材としたものでした。如何に、また何故、縦書きの日本語から横書きの日本語が発生したのか、ふんだんな実例で説明しておられ、面白かったです。

そうこうしているうちに、11時頃、少々時間をオーバーしてのシンポジウム終了。時間の都合上、全体討議の時間は取れませんでした。

■ 全体的な感想

さて、全体的な感想を少々。私としては、ある意味で、このシンポジウムの運営に共感できました。それは、もの研と全く同じで、オチを付けることなど端から意図しておらず、個々の発表を全部聞いたときに何となく感じられる「類似性と差異」を自由に味わってね、という趣旨でシンポジウムを開催している点です。まぁ、発表する側にしてみればそれはたまったものではありませんが、この「解釈の自由度の高さ」が魅力の一つではないかと思います。特に、上で引用した開催趣旨からも伺えるとおり、オーガナイザーの意図としては、「統一理論としての進化理論」という立場をとっていたらしく、「差異」以上に「類似性」に力点をおいていたようです。

他方で、私には最後までよく分からなかったのが、やっぱり、生物系の中で、非生命体の進化理論というのがどれほど関心を持たれているのかいないのか、また、今回のシンポの個々の発表がどれほど関心を持たれたのかどうか、そして、どれほど内容が伝わったのか、という点でした。後日、佐倉さんにうかがったところ、昨年度の大会で最初に非生命体の進化理論シンポを開催する際は、なかなか苦労されたそうです。ただ、昨年度も今年度も、かなり好評をもって迎えられているそうです。今後求められているのは、生物進化の理解にこれらの研究例がどのように貢献するのか、その「つなぎ」ではないか、ともおっしゃっていました。同感です。

他方、生物系ではなく、非生物系の分野から見た場合でも、全く同じようなことが言えるかもしれません。恐らく非生物系の分野では(も?)、「非生命体の進化理論」という語には、かなりの違和感があるのではないかと感じます(事実、私は考古系の数人が、その表現そのものに対する強い反発を覚える姿を目にしました)。この辺りに関して、「非生命体の進化理論」に関する総論的な話を、今後展開させていくことが課題なのだろうと思います。

とりわけ、果たして人工物において、どこまで情報の自己複製という概念が(アナロジー的にであっても)適用できるのか。人工物の場合、その語が文字とおり示していますが、人が作るものです。つまり、厳密な意味での情報の自己複製とは呼べない。そう呼びうるとすれば、それは複製された結果を事後的に観察した場合にのみ、です。その意味で、この「自己」という語に含まれる含意を、丹念に考察する必要があるのではないでしょうか。単に、自己と同じモノが作られたという意味での自己複製なのか(=目的語としての自己)、それとも、複製するという行為そのものを自己が行なうという意味での自己複製なのか(=副詞句としての自己)。

ただ、他方において、事実、美術史家のH. フォションやG. キューブラーのような「事物の形の有機体的連鎖」といった発想ももの論の中にあるわけですから、今後はそうした研究との関係を考えていくと、非生命体を扱う側にも、より有益な展望が開けるのかもしれません。

■ 個人的な感想

最後に、個人的反省をいくつか。私は、どうせ読んでも分からないからいいやと思って勉強しなかったのですが、もっと生物学の分類について勉強してから行けばよかったと思いました(事実、非常に初歩的なレベルでの事実誤認を指摘されました)。現在の生物学の分類は、DNA解析が主流だと知り合いのバイオ屋から聞いていたので、「もの」を対象とする型式学との差異を強調する方向で話を進めたのですが、どうも必ずしもそうでもないらしく、昔ながらの形態分類も根強いらしい。で、そっちの立場から見ると、型式学とはかなり共通する部分が多く、差異を強調する私の身振りにかえって違和感を覚えたそうです(これは、三中さんや佐倉さんからのご感想)。ものも生き物も、分類に関していえば、そんなに変わらないとのこと。反省です。

あと、最大の反省、というか失敗。それは、私の自己紹介で「Res: もの研究会の世話人」という紹介をすっかり出し忘れたということ。うわぁ〜、何のために私は東京まで出張したのだ。せっかくの宣伝の機会だったのに。役に立たない世話人の私。


■ (参考) 佐藤発表の要旨

以下、私が当日発表した内容の要旨です。当日は、プレゼン資料として、ここに引用した以外に多数の図版を用いましたが、ここでは省略いたします。また、図版の引用はかなり恣意的ですので、あまり本文と密接に関係付けて読まないほうが無難です(図版というより挿絵か)。

□ 考古学と進化理論

考古学とは、過去の人類が残した物質的痕跡から、過去の人類の行動・文化・社会などを解明する学問である。そこでいう物質的痕跡とは、いわゆる「遺物」と「遺構」と呼ばれるものである。

さて、そうした考古学において、進化論がどう関わってくるのか。その舞台は「考古資料を扱う方法」である。大量に出土する考古資料に相対年代を与える方法として用いられているのが、型式学(typology)である。(図1) 方格規矩四神鏡系倭鏡における獣像文様の変遷

□ 型式と型式学の定義

型式学のプロセスは、資料を「型式(type)」に分類し、層位学の観点から、それらを組列(series)と呼ばれる系統に並べていく。そして、一括で出土した遺物の同時期性を手がかりに、様々な種類のモノの系統を組み合わせていく。このようにして、様々な型式に相対年代を与える方法である。型式とは、「いくつかの個体間に共通する属性によって分類された一群の資料」とされる。従って、型式学とは、資料をそうした型式に分類し、そこに様々なモノの系統からなる年代の体系を作り出す方法だとまとめられる。

(図1) 方格規矩四神鏡系倭鏡における獣像文様の変遷

□ 相対年代とは

型式学の基本的性格として、それが何よりも相対年代を与える方法、「編年の方法」である点が強調されねばならない。相対年代とは、B.C.1000年といった「絶対年代」とは異なり、型式Aは型式Bより古い、という「年代順の関係」のことを言う。逆にいえば、型式とは考古資料の相対年代を語る上での「年代学上の単位」となるのである。型式学は、そのように「年代を語るためのモノサシ」を準備し、一つ一つの型式はそのモノサシの「目盛」として機能するのである。

□ 型式学の歴史

型式学は19世紀末、スウェーデンの考古学者O. モンテリウスによってその基礎が形成された。その当時から、彼はこの方法が「分類論」と「系統論」からなるものだと明確に意識しており、かつ、それが当時の生物学の進化論とアナロジー関係にあると断言している。モンテリウスが、「進化論とのアナロジーにおいて、型式学を人間が残した全物質に当てはめられる方法へと仕立て上げようとした」ことは間違いない。現在でもこのような立場に立つ論者は多く、型式学の教科書的記述では、ミッキーマウスの型式学など、様々な「型式学」が例として引き合いに出されている。とまれ、人間が製作するものは、徐々にその形を変える。そして、一つの系統をなす。その根本的な事実が、型式学を支えていると同時に、型式学と進化論との間のアナロジーを成立させている。

□ 系統なき分類

さて、型式学の独自性は、この組列という系統に因果関係があろうとなかろうと、相対年代は判明するという点にある。A-B-Cという組列を例にとれば、AよりB、BよりCが相対的に新しいからといって、必ずしもAからB、BからCへと型式が変化したとは限らない。つまり、A-B-Cのつながりは、単に年代上の差であって、因果的関係である必然性はないのである。その型式間の変化に因果関係があったのかなかったのか、またあったとすればそれはどのような関係なのか、それを解釈するのも考古学的研究の一つの課題となる。だが、いずれにせよ、型式学とは資料の年代を測る「ものさし」を作ることが第一の目標である。

□ 考古資料の特質

このように、系統論よりモノサシ分類論が優先される理由は、考古資料の特徴に求められる。考古資料は、誰が作ったかも、いつ作られたかも刻まれることなく、土の中にうずもれ、発掘の結果、陽の目を見るものがほとんどである。こう言ってよければ、考古資料は、その「現在の結果」しか分からないのであって、それが誰によってどのように製作されたのか、その現場には決して立ちあえない。その結果、型式間の因果関係の有無は、決して資料の観察からは分からないのである。こうした理由で、極端な場合、因果関係など分からずとも、型式学の第一目標「年代のモノサシとしての編年」は作れるのである。

□ 分類の実態

先に、型式の定義として、「共通する属性を持つもの」と述べたが、現実は、もっと話が複雑である。その理由はいくつかある。まず、単一の属性によって分類した場合、大抵、その分類は役に立たない。たとえば、云々の文様体を持つ土器、という分類をおこなった場合、大抵、多くの年代にまたがってしまい、年代のモノサシ作りの役には立たない。その結果、複数の属性を組み合わせた分類が行なわれる。しかし、そうした複数の属性を「全て」併せ持つ土器、という分類をおこなった場合、それはそれで、大抵、その分類は役に立たない。というのも、そうした分類を行なった場合、ごく一部の土器以外は、分類できなくなってしまうからである。そもそも、厳密にいえばどんな土器も全く同一であることなどありえない以上、細密に属性を設定して細分をしていったら、「一個体一型式」という結果に至ってしまう。(図2) 単一配列分類と多配列分類の差異

こうした理由から、実際の型式学の分類は、ある特定の属性を必要十分条件とするような単一配列(monothetic)分類ではない。その現実は、多くの属性を共有しつつも、そのいずれもが必要条件にも十分条件にもならず、「何となく似ている」「何となく属性を共有している傾向がある」ことを基準とする、多配列(polythetic)分類である。そもそも、大抵の土器は破片で出土するため、基準となる属性の全てが確認できるとも限らない。

(図2) 単一配列分類と多配列分類の差異

□ 型式学の危うい前提

このように型式学は、ある意味で、危うい綱渡りの上に成立している。その理由は、ある意味で当然である。型式学が成立する大前提には、「同じ時代・同じ文化・同じ製作集団においては、同じ規範の元、同じモノが作られる」という前提がある。そして、その前提をさらに支えているのは、「そうした条件下においては、同じようなモノを作ることができる」という人間の能力に関する前提、そして「同じようなモノを作ろうとする」という人間の性癖に関する前提である(そして、逆にそれらの同一性の逆としての、規範の差異に基づくモノの離散性である)。しかし、こうした前提は、検証もできないし、また、必ずしも常に真であるとは限らない(例えば、昔の型式を模倣した「オールドスタイル」なるものを、型式学は認識しうるだろうか)。こうした「危うい前提」を自覚しながらも、それでも大部分の土器に何とか年代を与えてやろうという営み、それが型式学の本分である。

□ 型式と層位の循環

また、考古学的認識の危うさは、層位の認識にも存在している。考古学には、「層位学は型式学に優先する」という格言がある。それは、型式学によって分類された型式は、層位によってはじめて年代の順序が与えられる、という意味である。さて、ある層位を土の種類に拠らずに細分する際、考古学では「文化層」という概念を用いる。それは、同時期の人間活動のスパンによって区切られた層のことである。ところが、「その文化層が、同時期の人間活動のものだと思われる」という判断の根拠になっているのは、「同じ型式の資料が出土した」という事実なのである。こうして、循環が生じる。型式間の順番を決定するのは、層位である。しかし、それらの土器が同一の層位に属するかどうかを決定するのは、型式であるという、型式学と層位学の循環。こうした事態については、「存在論的には、層位学が型式学に優先し、認識論的には型式学が層位学に優先する」とさえ述べられている。このように、絶対と思われがちな層位とて、認識論的には危うい綱渡りを経ている。そのため、一括資料という言葉でさえ、何をもって「一括」と呼ばれているのかが問われることになる。ただし、そうした危うさを経つつも、そこそこ年代が与えられる、その実践上の効果が重要なのである。

□ 年代差と時期差

といいつつも、型式学の難しさは、必ずしも型式の差が「年代差」を示すとは限らないという点にある。何故なら、型式の差が、資料の製作年代の差のみならず、製作された地域や集団の差を意味することもあるからである。つまり、ある型式と別の型式が異なる場合、その差が時期差を意味するのか、地域差を意味するのか、それ自体が、解釈上の大問題となるのである。

□ 遺物の情報

また、出土した資料は、様々な情報を背負っている。その資料が製作された時点での情報、使用された時点での情報、転用されたり再加工された時点での情報、廃棄された時点での情報、土の中で自然作用を被った情報など。そのため、そもそもその土器がその地域で出土したからといって、その地域で製作されたことを意味するとは限らない。他地域からの搬入品である可能性もある。そのため、型式の差が時期差なのか、地域差なのかという判断は、より一層難しくなっていく。ましてや、出土した状態が、必ずしも製作された時点での形をとどめているという保証さえない。

□ 方法としての型式学

このように型式学においては、型式の連続体が、たとえば同一集団が製作しつづけたといった具合に、因果的系統を意味するとは限らない。それどころか、そもそもある一つの型式が即、ある集団が製作したことを意味するとも限らない。このように、型式学はその誕生においてこそ、進化論とアナロジーの関係にあったが、それが年代決定の方法として洗練されていくにつれて、そのアナロジーが薄れていったといえる。ある意味で、それは考古学という学問が、「過去の人間が作ったモノ」、しかも「土の中から出てきた、その姿しか観察できないモノ」を対象とするが故の、必然の運命だったといえよう。

□ 文化論としての型式学

(図3) 14〜15世紀の京都産土師器の消長ただし、以上の様々な困難がありつつ、それでもなお型式を「同一の規範に則って製作された資料群」と見なし、かつ、型式間の変化を「その規範の連続的発展」と捉えようとする立場も、結構多く見られる。こうした立場は、型式学を単なる年代のモノサシから社会論や文化論へと昇華させようとする立場であると言える。そして、ここにおいては、ある程度進化論とのアナロジーが見うけられる。例えば、ある集団・ある規範の元で製作されていた土器が、製作集団の変化・廃絶・移動などにより、時代を経るにつれ、二つの系統に分岐したり、また、ある系統が途中で途絶えてしまったり、といった具合にである。

(図3) 14〜15世紀の京都産土師器の消長

□ 別系統への属性の伝播と、キメラの発生

ところが、このような立場においても、資料がモノであることに由来する独特な現象に遭遇することになる。それは、系統を超えて属性が伝播してしまうことである。考古資料の場合、ある系統において受け継がれていたある属性が、それまでは全く無関係だった系統に、伝播してしまうことがある。その原因として考えられるのは、一つは、製作者自身の移動、もう一つは、技術や情報の移動、つまり「模倣」である。ある系統の資料がもつ属性の見た目や技術を、別の系統が模倣して採り入れるのである。そして、こうした属性伝播の極端な事例が、キメラの発生である。それは、属性の模倣の結果、それまでは無縁だった二つの系統が折衷した新たな型式が発生してしまう現象である。

このように事物においては、種の分岐のみならず、生物学ではありえない種の折衷という現象も起こりうるのである。現代の考古学においては、こうしたキメラが発生する背後に、製作集団同士の婚姻関係の成立など、社会的要因が読み取られたりしている。だが、そうした解釈の妥当性はともかくとして、生命体ではなくモノだからこそ起こる、こうした「系統を超えた属性の伝播」や「キメラの発生」という現象に、「非生命体の進化論」が持つ多様性の一端を垣間見ることは、あながち間違いではあるまい。

□ 結論

考古学における型式学は、それを「年代決定の方法」という観点で捉えるならば、型式学が「分類論と系統論の間にある編年論」であることが理解されよう。次に、それを単なる年代のモノサシとしてではなく、何らかの因果的系統の表現だと見なすならば、系統を超えた属性の伝播やキメラの発生という現象に、進化論という点での独自性があることが理解されよう。型式学といういささか危ういツールは、非生命体の進化論の中でこのような位置を占めている。

図版引用
  1. 横山浩一, 「型式論」『岩波講座日本考古学1 研究の方法』(岩波書店, 1985), p. 51.
  2. David L. Clarke, Analytical Archaeology (Columbia U. P., 1978/2ed.), p. 36.
  3. 中井淳史, 「〈京都らしさ〉のある風景――「京都系土師器皿」概念の再検討――」『中近世土器の基礎研究』XIII (日本中世土器研究会, 1998), p. 126. 図版は部分。

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