review

どこまでも繊細なデッサン
ロラン・バルトのデッサン展

紹介者: 佐藤啓介

ロラン・バルト(Roland Barthes:1915-1980)というフランスの思想家をご存知でしょうか。1950-80年代に世界を席巻した「現代フランス思想」の担い手の一人であり、かつては、文学批評の分野を中心として、構造主義や記号論の理論家として盛んに読まれていました。最近でも、フランスで廉価版の5巻本の全集(Seuil社)が刊行され、日本でも全集の刊行(みすず出版)が進んでいます。

かつて日本でポストモダンブームが起こったとき、バルトはそうした関心で盛んに翻訳されました。余談ですが、当時、まだ子供だった私は何も知らずに見ていた番組「クイズダービー」の篠沢秀夫教授が、実はバルトの翻訳者だという事実は、私にとっては衝撃でした。(確か、学部2回生頃に初めて知った)

話が逸れた。

さて、最近では、そうした「理論を教えてください、バルト先生」みたいな関心でバルトを読むことを、皆、パタリと止めました(そもそも、それならバルトでなくともよい)。むしろ、構造主義や記号論の「体系」にそぐわない、徹底して「反-体系」的な、逃れゆく思想家として――まさに、エッセイストとして――、バルトを読む風潮が芽生えてきました。小林康夫氏の言葉を借りれば「鋭利な意味の分析家」ではなく、「ディティ―ルを愛するバルト」「読む以上に、書く、あるいは書こうとするバルト」として。

こうした風潮の中で開催されているのが、「色の音楽・手の幸福―ロラン・バルトのデッサン」展です。これは、「書く人」バルトのもう一つの顔、「描く人」を浮かび上がらせようという面白い試みです。

この展覧会は、昨年、東京大学教養学部などが主催となって、東大文学部博物館で開催されたもので、現在、京都大学総合博物館に巡回している最中です(1月14日〜2月15日まで)

*この展覧会の詳細は『ユリイカ 総特集=ロラン・バルト』(青土社、2003.12 別冊)でも紹介されています。

私もこの展覧会に行ってきました。以下では、それを踏まえて、展覧会批評もどきを記させていただきます。

2004年1月16日(金)午前

私は、バルトが大好きだ。

彼の書いたもの、そして文体は、私の思考にとって「母」のようなものである(絶対、「父」ではない)。個人的には、『恋愛のディスクール・断章』がバルトの最高傑作だと思っている(邦訳はみすず書房より)。タイトルは『こいばな断章』程度に変えるべきだと思うが、本文の訳文は見事の一言に尽きる。まぁ、それはさておき、とにかくバルトが好きなのである。そうしたわけあって、バルト展が京都にも来たことは、幸いというほかない。

というわけで、小雪の舞う中、平日の午前、バルト展を見るため、京都大学総合博物館に行く。この博物館は、京都大学に関係する様々な自然史・文化史的所蔵品を展示している博物館。意気揚揚と2F特別展示室に向かう私。

さて、会場。2〜3の解説パネルは読み飛ばし、さっそく、バルトのデッサンを見る。すべて、A4くらいの大きさの紙に描かれたもので(中には便箋に描いたものもある)、作品の多くは、どこかJ.ポロックら抽象表現主義を彷彿とさせる、短いタッチの束や筆の点の集まりを呈する作品が多い。本格的な「画家の作品」というよりは、「思想家が、言葉から逃れるための一時の幸せに浸った結果の産物」というのが、作品を形容するのに正しいと思う(なので、バルト好きの人でないと、見るのはややキツイかもしれない)。

ともあれ、バルト好きの私としては、とても楽しかった。

まず何より、第一印象は「カラフル」というものだ。私は、バルトの文章を読んでかねがね「息苦しそうだなぁ」という印象を持っていた。なので、勝手に「モノトーンが似合う人、彩度の低い人」と思っていた。ところが、デッサンはどれも、白い紙の上で12色入りの色鉛筆すべてを満遍なく使ったような、カラフルな作品ばかりだった。

紙の前では、明るい色を使えるほどには幸せだったのかもしれない。いや、そういう色を使うことで、自分の息苦しさを少しでも風通しをよくしようとしていたのかもしれない。

現に、彼の作品をまじまじと見ると、奇妙なことに気がつく。先にどこか「ポロック的」と述べたが、バルトのデッサンは実は全然ポロックとは似ていない。何故なら、一つ一つの筆致に全く勢いも力もなく、そして何より、撚り糸のように捩れた線の一つ一つが「できるだけ重ならないよう」慎重に引かれているのである。

ポロックであれば、そんな計算はしない。むしろ、線同士の重なりを面白がるに違いない。バルトのデッサンは、その明るい彩りとは裏腹に、どこか「息苦しい」。よくよく見ると、線の方向はそれなりに決められており、「シマウマの縞縞を毛並みに沿って丁寧に模倣した」かのようである。そして、画面の全面をデッサンを覆うことなく、まるで自分で自分を内向的に限定するかのように、丁寧に白い余白を残す。

一言でいえば、どこまでも「繊細な手つき」なのである。紙を破ってしまえとばかりに力をこめた手ではなく、壊れやすいものをなでるように、そっと触る。そこにいたのは、やはり私の母・バルトであった。

ところで、屈指の「へんてこ日本論」である『表徴の帝国』という著書があるバルトだけに、展示されている作品には数点、水墨画や書を模したとおぼしき作品があった。バルトはその著書の中で、日本の筆の使い方を評して「筆は……まるで筆が指そのものであるかのように、筆独特のしぐさを持っている。……日本の筆は、滑り、身をよじり、上昇することができ、したがって筆跡はいわば大気の空間(ボリューム)の中に完成する」と記していたが、この水墨画を見ると、その筆捌きを体得するところまでは至らなかったのねと、ちょっと微笑ましい。(引用は『表徴の帝国』, ちくま学芸文庫, 1996, pp.138-140)

また、「便箋」という紙に書いた作品、これが妙にバルトのイメージに重なった。手紙という、書き手と受け手が「切れながらつながる」伝達法。友愛の幸福と一人の孤独とを同時に実現する、世界で一番幸せにして、一番寂しい伝達法。その象徴たる「便箋」。便箋に書くバルトは、切ないまでに優しい。そう思った。

ところで、平日の午前という時間だったせいか、会場にいた客は私一人で、待機している係員の数のほうが多かった。一人で店で外食ができないほどに小心者で自意識過剰な私には、その空気は辛かった。館内に流れるバルトのフランス語肉声が痛々しく響いたのが、いささか難であった。

以上が、バルト展を見た感想である。なお、館内にはバルト展以外にも、自然科学系・文化史系の展示もたくさんあるので、興味がある人は、いろいろ巡ってみることをお勧めしたい。

バルト展のカタログは900円(約70ページ、図版はオールカラー)で、京大総合博物館内のショップにて購入可能である。ちなみに、帰り際にカタログ購入のため立ち寄ったその店で、私の購買欲を激しく刺激したのが「鉱石結晶24種セット:16,000円」であったことは、言うまでもない。

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