private study

物質文化は何処?
鈴木透「アメリカン・スタディーズと歴史考古学」における方法論的二分法

佐藤啓介

書誌情報

初出は表象研究会メールマガジンvol. 9(2001. 1)

この小論は、鈴木透氏の論文「アメリカン・スタディーズと歴史考古学−ポスト多文化主義の足音−」(『メタ・アーケオロジー』第2号、メタ・アーケオロジー研究会、2000、pp.90-97)におけるある「方法論的問題」を指摘するものである。あくまで方法論的(ないし理論的)考察である点を留意いただきたい。

さて、まず鈴木氏の論点のうち、本論が直接の対象とする部分について、その概要を紹介しておくに越したことはあるまい。鈴木氏の論文は「[昨今の]アメリカン・スタディーズにおいてなぜ歴史考古学や物質文化研究への接近がはかられてきたのかを改めて検証する」(p. 90)ことを目的としており、また、そのアプローチに期待される効果を測深することを目指したものである。その際、鈴木氏は従来のアメリカン・スタディーズが主として Intellectual History を中心として展開されてきた点を指摘し、 Intellectual History が「書かれたもの」を専ら研究対象と据えてきたが故、事実上、アメリカンスタディーズ=インテリ層(識字層)の文化の研究とならざるをえなかったと主張する。また、仮に大衆文化を研究対象とするにしても、その場合、プレスリーのような「大衆文化の代表としてのイコン」の研究に過ぎなかった。こうした状況を鑑みて、鈴木氏は何故物質文化研究に注目が集まったのか、その経緯を以下のように集約している。

アメリカン・スタディーズが射程から外しがちだったもの、それは、インテリや大衆文化のイコンの対極としての無名の人々であり、文字や何らかの媒体によって積極的に自己表現する機会に乏しかった人々に他ならない。自ら文献記録を残す可能性の低い、そうした周縁的存在の人々の営みを手繰り寄せるためには、もはや「書かれたもの」を中心に据えたかつての研究方法では限界がある。「書かれたもの」から人々が残した「モノ」そのものへという発想の転換−ここにアメリカン・スタディーズと歴史考古学や物質文化研究との接点が生まれることになったのである。(p. 93)

ここで鈴木氏は繰り返し、文字に現れざる周縁の人々の再発見の意義を強調している。「・・・・・・歴史考古学的アメリカ文化研究が、今後どれほど新たな成果を上げることができるかは、周縁の人々の再発見からいかなる情報を引き出せるのかにかかっている」(p. 94)。無論、鈴木氏はこの中心/周縁というスタティックな二分法が孕む問題性を意識し、発掘された「周縁と思われていたもの」が実は周縁というカテゴリーに限定されない可能性、つまり、中心/周縁図式自体が中心なる側によって事後的に構築されたものである可能性を主張する。逆に言えば、周縁と目されていたものを明るみに出すことによって、その二項図式自体を解体できる可能性を秘めている点に期待を寄せる。従って、周縁と目されていた人々の残した文化を考古学的に研究することが、その人々−具体的にはネイティヴ・アメリカンなど−の「純粋なる固有性・民族性」の顕彰へと陥ってしまうことに警鐘を鳴らすことにもなるわけである。

つまり、重要なことは、新たに発掘された歴史を個々の民族や立場の人々の固有で純粋な文化の表れとして解釈することではなく、むしろ、陰に隠れてきたような歴史や文化が実は社会の他のセクターと意外な関わりを持ち、中心/周縁という二項対立すらを機能停止に追い込んでしまうような要素を持ち合わせている点を明らかにすることなのである。(p. 96)

鈴木氏がここに見出すのは、偏狭なエスノセントリズム(自民族中心主義)の乱立という現在のアメリカ多文化主義を超える地平であり、個々の乱立する民族・文化が実は相互に影響し合っていた(そして、今もし合っている)事実を明るみに出すことに他ならない。

もっとも、既にお分かりの通り、こういった発想自体は80年代後半より繰り返され、昨今のカルチュラル・スタディーズにおいて全盛を極めているポスト構造主義的文化理解の焼き直しであり、そこに何か画期的な文化理解が存在している訳ではない(別に、だから悪いというわけではないのだが)。確かに、多文化主義の問題に直面することの少ない日本においては新鮮に聞こえる点もあるにせよ、諸文化(なるもの)の相互横断性・侵犯性に関する主張は、現在のカルチュラル・スタディーズの中では既に定説化している観がある。

むしろここで私が指摘したいのは、鈴木氏が見落としている方法論的問題点である。私の主張は至って簡潔な指摘である。「歴史考古学的アプローチは、文字無き文化にのみ用いられるわけではない」。この一点である。逆に言えば、「従来 Intellectual History が対象としてきたインテリ層とて、物質としての痕跡を残す」ということである。

鈴木氏が考古学的手法が周縁を掘り起こせる可能性を声高に主張すればするほど、考古学的手法の応用可能性は周縁的存在へと限定されていく。その結果、鈴木氏がどれほど「中心/周縁」図式の解体可能性を主張しようとも、その主張の大前提として「中心= Intellectual History の研究対象/周縁=歴史考古学の研究対象」という二分法が強化されてしまうのである。従って、中心の領域を文献史料研究が担い、周縁領域を考古学が担う、という忌避すべき補完的棲み分け関係に陥ってしまう。そして、識字層の文化の研究は、文献史学に任せれば十分ということになり、識字層の文化内に存在するはずの物質文化的様相が捉えられなくなってしまう。結局、 鈴木氏の方法論的難点は、このように研究対象とそこへのアプローチの仕方を、それこそ最初に二項図式的に前提としてしまっている点である。結果、そういったアプローチを採用することで、たとえ後に解体可能性を主張するとしても、まず最初に中心/周縁図式をスタティックに措定してしまっているのである。

この難点を如何に解消するか?答えは比較的明瞭に示されよう。歴史考古学的研究が対象を選ばなければよいのである。残された痕跡を(誰が残したものであれ)等価に扱うことによって、鈴木氏が図らずもまず最初に前提として措定してしまった「中心/周縁」という二項図式とは違った諸相が浮かび上がるのではなかろうか?事実、鈴木氏がアメリカの歴史考古学の歩みを回顧する際、識字層の文化にも考古学的手法が応用されている事例をいくつか挙げているにもかかわらず(p. 94)、鈴木氏がその意義を十分に斟酌することができなかった点、残念である。

結局のところ、鈴木氏の方法論的問題点の核心は、「物質文化」というマジカル・タームをどう理解するかという点に行きつくだろう。鈴木氏の前提には、「文化」なるものに対する実体的理解、つまり、民族と全く同様、個々の文化自体は影響しあうにしても異種別個のものであるという理解が潜んでいる。この文脈に即せば−あえて私も氏の論述を辿るためにその実体的理解を採用したのだが−、「インテリ文化(=中心と目されてきたもの)/非インテリ文化(=周縁と目されてきたもの)」という文化理解であり、鈴木氏の中では見事に後者が物質文化と対応してしまうのである。だが、既に指摘したように、インテリ層とて当然物質を用いていた以上(中には非インテリ層と共通して用いていた物質も多々あるだろう)、物質のみに着目すれば、インテリ/非インテリという図式自体が成立せず、全く別の境目がいくつも発生するであろうことは、想像に難くない。

従って、中心/周縁という二項図式の解体可能性を議論する以前に、鈴木氏の前提に蠢く「文字文化/物質文化」という二項図式自体が所与ではない点を明らかにし、そもそも物質文化とは何なのか、そこから議論を始めない限り歴史考古学が有する潜在的可能性を解明することには繋がらないのではないか、、、以上が私が鈴木氏の論文に対して抱いた感想である。

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