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いば−さとう 編 (7)

以下は、もの研往復書簡: いば−さとう編 (6)(第8便)の続きです。今回は、2便あわせての公開です。今回の2便で、4ヶ月以上にわたって続いたいば−さとう編は、一応の完結をみます。さて、第1便において「モノ解釈のゼロ度」という概念から出発した二人の議論は、どのようにして終わりをみるのでしょうか。

■ 第9便 2002/11/26 : いば → さとう

さとうけいすけ さま

 夏に始まった往復書簡ですが、早いもので雪が降り始めてもおかしくない季節となりました。相変わらずお忙しい様子ですが、いかがお過ごしですか?
 私の方はというと、例年このくらいから生理的に冬眠の季節に入ってしまい、身体ばかりでなく頭の活動までも不活発になって、考えることがつい内省的になりがちです。
 息長く続いた議論といえば聞こえがいいですが、果してそれに見合う内容であるかどうか・・・。

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 さて、さとうさんは前便において、解釈に際しての形式論を提起されました。考えを巡らせて抱いた疑問は、すべてこの文章の中で回答されているので、私には言うべきことがほとんどありません。
 ある研究会で形式論に徹した内容の発表をされたとのこと。そこでは聴衆の皆さんの期待とすれ違ってしまったようですね。おそらく私がそこにいたとしても、何か発言できたかどうか疑わしいです。研究会でのすれ違いは、考古学に携わるものにとってあまりなじみのない議論が展開されているので、とっつきにくかったのかもしれません(いや、密かに重く受け止めた方がおられるかもしれませんよ)。
 前便をじっくり読めば、ご自身がおっしゃっているように、それほど特殊なことをおっしゃっているわけではない。私たちが普通に無意識に実践していることを改めて問題として浮き上がらせ、解釈につきまとう恣意や習慣の呪縛のありようを対象化する手だてを提案なさっているように思います。自らの思考を自己否定するのではなく、不毛な相対化によって対象化するのでもなく、一見不可能に思われる自己対象化という作業に対して冷静に取り組んでおられる姿勢は、さとうさんらしいなあと思いました。

 身近にいる人たちと議論していて、現在の日本考古学には乗り越えなければならない壁が存在するのではないか、と感じることがあります(いや、考古学に限らないかもしれません)。さとうさんがおっしゃったことを考古学の課題に即して説明し直してみたいと考えていろいろ書き始めたのですが、いやはや・・・。考古学の研究現場における目的(そしてゴール)という話題になるはずでしたが、学史の正確な知識が圧倒的に不足しているのと、あまりにも多岐にわたるのとで、収拾がつかなくなりました・・・。

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 ところで、実は私、市川浩さんの『身の構造』を読んでいます(いまごろなにやってんの?と言われそうですが・・・)。十分咀嚼できたかどうかは疑わしいですが、私が往復書簡で提起したかった論点がほとんど尽くされていました(いや、はずかし・・・)。個別にはともかくとして、市川さんの議論には次のようなスタンスが貫かれています。つまり、デカルトに始まる「考える」ことの原点としての心身二元論は、論理的には疑い得ない。けれども、我々が生き、活動している現実に即せば、心と身は不可分一体である。市川さんはそのありようを、それ自体を観察することによって記述されています(さらに、心身不可分の視点はデカルト晩年の書簡において触れられている、とも書かれています!)。
 この往復書簡では、”コギト”を起点に論理的一貫性を貫くことによって「事実(あるいはモノ)」の確からしさを固めてゆこうとされてきたさとうさんと、実際に私たちが「事実(あるいはモノ)」をキャッチしているさまをそのまま起点としようとしてきた私とのスタンスの違いが、底流としてずっと流れていたように思われます。少々強引なまとめですが、強引ついでに付け加えると、ここではデカルトの心身二元論にさとうさんのスタンスを、市川さんの身体論に私のスタンスを対比しているのです(ずいぶん僭越ですが、こうしておくと議論がわかりやすくなる)。

 身体論は実感に即して理解でき、ある程度自己肯定もしてくれるし、口当たりがよいです。私などはすぐになびいてしまいます。実際、身体論は非常に俗なやり方で参照されがちのようです。

実際には、このような身体論を組み立てるためには、相当な自己対象化が必要なはずだし、徹底した論理性が不可欠に違いありません。俗な参照とはいつでもそうですが、結果だけを参照して、その過程を咀嚼しない態度から生まれるものなのでしょう。反省を込めつつ・・・。

 おそらくさとうさんは、往復書簡での議論を待つまでもなく、このような身体論をすでにふまえておられるに違いありません(おそらく)。たぶんそうでありながら、それでもなお論理形式にこだわっておられるのはなぜか?なぜ、「モノ」との出会いという現実を説明不可能な謎としてまでも、議論の論理的な首尾一貫性にこだわっておられるのか?なぜ、非常に具体的な「モノ」を扱っている現場としての考古学のさる研究会でなじみが薄いと思われる(論理学としての)形式論を提起されたのか?
 さとうさん自身が抱いておられる動機はともかくとして、私は考古学徒として私なりにこの理由を汲み取らなければなりません。さとうさんのご発表に対する私のコメントから始まったこの往復書簡になんらかの意義があるとすれば、きっとそこにあるに違いない・・・。

 陳腐に堕ちるのを恐れず簡略に言うと、自己を確信する(モノの存在をとりあえず前提とする、私のようなスタンスのこと)と同時に、自明と思われる確信に保留を付け深く疑ってみる、というスタンスの提案だったように思われます。自己を確信することはいけないわけではない。が、それだけでは無分別な底無しの自己肯定へ堕ちてゆく危険があります(実際に考古学をやっている現場で、私はその危険を常に感じます)。私のようなスタンスでは、その場その場で察知してこの危険を回避するしかありません。しかし、これによってトータルとして危険を回避しおおせるかどうか、これはまったく定かではありません。
 私をはじめ多くの人々にとって自明とせざるをえない「モノ」の存在を、あえて問い直そうというさとうさんの発表における企て。そして、前便での形式論の提案。これらはこのような危険を回避する方法の模索であったのかもしれない、と私なりに理解しました(繰り返しますが、とりあえずさとうさんの動機はともかくとして、ですが)。

 さとうさんのご発表は「いかによりよくモノを読み取るか」ではなく「いかにモノを読み取らないか」という主旨でした。これは「読み取り」行為の恣意性を逆に浮かび上がらせ対象化する試みあったと解読した次第です。
 前便で展開された「形式論」では分類を例に出されたので、私たちによりなじみやすい内容になってます(なってるはずですよねェ?)。これに即して言うと、私たちが行った分類が、結局のところ何を見て、何を言ったことになるのか。これを自己完結的に終わらせるのではなく、自己においても将来においても対象化するために、論理的に可能な分類案を対置しておく。そうすることによって、対置された他の圧倒的多数の分類案の中から「その」分類案を選んだ「私」の考え方が、容赦なく暴き出されることになる、というしくみ。こうやって、分類とは決して無目的には行いえないものであるということが自覚されます(もちろん、分類の中には「自然分類」という考え方はあるのですが、その場合でもどのような部分に注目した場合の「自然」なのか、とおのずと限定されるはずです)。私たちに必要なのは、「目的」という恣意性を排除することではなく、それが恣意であることを十分に自覚したうえでより適切な目的を適切に選び取ること、この選択を行ったことの責任(?)を自らに課すことなのだ、というのがさしあたっての結論です(陳腐なまとめ!)。

 自己確信と自己猜疑とを同時に行うことは、論理的には並置することが可能かもしれませんが、実感を伴う実際の作業(私のスタンスでは、実感と実際を抜かしてモノ研究を行うことは、わずかなりともできません)としてはとても困難なことだ、ということを私は再認識しないわけにはいかないです(だから「事後的」という意味で、さとうさんの考古学論には「反省的」と付けられているんですね)。

 このようにまとめると、さとうさんの提案は非常に内省的な営為であるように感じられますが(実際にそうなのですが)、考古学における実践としては学史の批判的検討として行われることになるでしょう(きっとそうなるはずです)。

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 やれやれ、やらなきゃならない宿題の大きさに圧倒され、逃げの一手に終始しました。はたして論点を的確に捉え得たでしょうか。今回は簡潔・明瞭にと目論んでいましたが、やはり長くなってしまいました。相変わらず舌足らずな議論で申しわけなく思います。なにごともできるだけ実践的に解決したい私としては、さとうさんからいただいた示唆をこのようなかたちでまとめてしまうことは、実は納得がいかない感じを拭い去れません。いつか、考古学の実践的な場所で何らかの回答を出せればなあと思っています。いつになったらできることやらさっぱりわかりませんが。
 そんなわけで、私にはいまできる議論が尽きてしまいました。このへんで往復書簡にひとまず区切りをつけたいと思うのですが、いかがでしょう?さとうさんには、私の拙い議論に付き合ってくださったこと、それからこの往復書簡をとおして私の考え方自体をクリーニングすることができたこと、そしてこうした機会を作ってくださったことに、心からお礼を申し上げたい気持ちです。
 もしよろしかったら、感想などお聞かせくださればさいわいです。

 いよいよ本格的な冬が到来します。風邪など召されませんよう。

いばいさお

■ 最終便 2002/12/02 : さとう → いば

いばいさお さま

ついに、第〜便と書く欄に「最終便」と書くときがやってきてしまいました。

いばさんと長く続けてきたこの往復書簡という営為も、ついにこの便で終わるかと思うと、一抹の寂しさを感じずにはいられません。手紙とは不思議なもので、今まで往復した書簡群を読むと、今この手紙がここという地点に至るまでの流れが、ようやくここに来て一つの筋のように見えてくる感じがあります。と同時に、いくつかの別の筋の流し方もあり得たと、様々な感慨に耽ってしまいます。

さて、この「耽る」という語。これが私たちがおこなってきた議論の、一つの焦点でした。即ち、「ものフェチ」論のキーワードです。そして、いばさんが前便において、私の心身二元論的立場――こうした形容は、私も認めるところです。私の基本的スタンスはスピリチュアリスム(あえて訳せば唯物論の対極としての唯心論)ですから――といばさんの身体論的立場との二分法を提起された際、その二つの根源的な違いを生んでいるのも、まさにこの「ものに耽る」という出来事を「自らの思考の中で、どのような点として位置付けるか」という違いに由来するといえるでしょう。

スピリチュアリスムとは、増永洋三氏という研究者の言葉を借りれば、次のように要約できます。「「スピリチュアリスム」とは、人間的経験を、その根本において精神的なる経験として捉え、「精神性」の最も純粋なる本質を解明することを目指す哲学的立場である」(増永洋三, 『フランス・スピリチュアリズムの哲学』, 創文社, 1984, p. i)。そういえば、二人の書簡の中には、ほとんど他人の説や固有名詞への言及がありませんでしたね。それこそが、ある意味でスピリチュアリスム的営為なのかもしれません。

いばさんのご指摘の通り、私は「コギト」(=思惟)を思考の出発点とし、いばさんは「事実」を思考の出発点としながら、論を展開させてきました。それを言いかえるならば、私の場合、「ものに耽る」という出来事の存在は認めつつ、それを「捉え直す」(いばさんもご指摘の通り「直す」という事後性こそが核心です)ことを「目標」とします。他方、いばさんの場合、「ものに耽る」という「身体的経験」を思考の出発点ないし基点としようとされている、と言えるのでしょう。いばさんの最初の書簡(第1便)において、既にそのことが見て取れます。引用してみます(……は、私による中略箇所)。

> つまり、個々具体的なモノではなくそのどれでもであるところの抽象的な「モノ」について考えるのではなく、実際に存在している具体的なモノのそれぞれ……と、私自身とが関わりあっているその場面における私という主体は、認識という精神的活動を行っているヒトである以前に、身体というモノである、ということです。
> モノに対する認識とは、精神的な活動をはじめる前に、まずはそのモノと私の身体というモノとの接触……において始まるのではないか。

今私たちが立っている最終便という地点から、このいばさんの第1便での言葉を読むと、私たちの議論のその後の方向性が、全てここに集約されているかの如くです。その後、第2便にて私が認識の事後性(完了形でしか語れないという性質)を提起し、第3便・第4便にて「ものフェチ論」の口火が切られ、第5便以降、「もの解釈」の詳しい整理が始まったわけですが、常に二人の間の論点の差異(もちろん、差異があるから議論は面白いのです)は、こうした二つのスタンスの違いに由来すると見てよいかと思います。

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そして、いばさんが「それでもなお私が第8便にて、形式論へと舵を切ったのは何故か」とお考えになり、前便にある通り、

> 私たちが行った分類が、結局のところ何を見て、何を言ったことになるのか。これを自己完結的に終わらせるのではなく、自己においても将来においても対象化するために、論理的に可能な分類案を対置しておく。そうすることによって、対置された他の圧倒的多数の分類案の中から「その」分類案を選んだ「私」の考え方が、容赦なく暴き出されることになる、というしくみ。……私たちに必要なのは、「目的」という恣意性を排除することではなく、それが恣意であることを十分に自覚したうえでより適切な目的を適切に選び取ること、この選択を行ったことの責任(?)を自らに課すことなのだ

という的確にまとめていただき、私としては、そこに何ら付け加える言葉さえ見つかりません。

かつていばさんは、第5便において、「言語化以前の感覚的な情報は、われわれにとって発見の宝庫」だとおっしゃっていました。私の考える形式論とは、その情報の宝庫を、その「豊かさ」を損なうことなく(或いは、「豊かさ」を直ちに解釈の中で意味へと結び付けてしまうことなく)、自らの中で操作的に整理するための「自分にとってのツール」であり、かつ、自分がおこなった手続きを反復可能な形で他者に提示することを可能にさせる「他人にとってのツール」だと位置付けています。その意味で、いばさんが第5便の中で、「発見の宝庫だ」と述べた直後に、

> 要は、急いで2つ目のレベルの解釈を下してしまわずに、しかし一人だけで抱え持たないでいつでも引っぱり出して言語化を試みられるようにしておくことだと思います(難しいですが)。

と付け加えておられますが、まさにその「言語化」に相当する一つの次元が、「自分にとってのツール」でありかつ「他人にとってのツール」である「形式論」だと言い換えてもよいのではないかと思います。

振りかえって思うに、こうした形式論の展開に際し、「身体というモノ」を嚆矢としていばさんが提起された身体論をもっと取りこむことはできないだろうか(ないし、できなかっただろうか)、という感想が私には強く残っています。といいますのも、やはり「視覚の優位」――西洋哲学の伝統ですが――のもとで、私の議論の根幹は形成されてきました。他方、いばさんのように「身体的経験」全体を基礎に据えることによって、「ものを見る」という経験のみならず、「ものを使う」といった日常的経験もまた、「もの」を巡る思考の領域に含みこみ易くなるからです。この辺り、自らの「安楽椅子」的 or 「書生」的性格を何とかしなければいけないと痛感します。

いばさんとの対話の中で、個人的に最も面白く、かつ、謎めいた箇所は、まさにそうした「ものフェチ的身体経験の深み」であったと思います。汲めど尽くせぬ泉のような、しかも、それが「何の泉」なのかさえ不安定なままにとどまっている、深淵を覗き込むことのできないその泉。それを変に神秘化・神格化するは避けねばならないとはいえ、ここにこそ、考古学という「ものを扱う学」の「はじまり / 起源」を垣間見た気がします。記号や言語 logos には還元できない、考古学 archaeology という学の起源 arche を。

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「考古学 archaeology」という学問―― logos に関わる領域――の名を出しましたので、最後に、私の考える「もの」論と「学問」の関係について触れておきたいと思います。

考古学をはじめ、「もの」を扱う既存の学問が、「いかにモノを読み取らないか」を視野に入れる理由については、いばさんがまとめてくださったとおり、「自己反省・自己批判を促すきっかけを内在させること」だと言えると思います。もちろん、それだけでも十分、意義があることだと思います。

しかし、それと同時に、そうした「ものを対象とする諸学問」への意義のみならず、「ものとともに考える」哲学というか、「ものによって考えを始めさせられる」哲学というべき、新しい哲学的思考をおこなってみたいというのが、私の基本的モチーフでした。或いは、「ものについての異なる考え方 a different way of thinking」というよりは、「ものについての考えるのとは違った仕方 a way different from thinking」を垣間見たいという、ある意味で不遜な欲望がモチーフだったといってもいいかもしれません。

いばさんとの対話の中で、(少なくともいばさんの実践されている限りでは)考古学が自覚的ではないにせよ、「ものとともに考える」ことを最深奥に抱えながら形成されていることを教えていただきました(もちろん、それを抱えることによる、安易なものフェチへの危険性や、ものについての身体的経験が扱いかねるという矛盾も含めて)。

そうした「ものとともに考える」ことがかすかなりとも働いた産物としての、考古学的実践。私は、そうした視点を教えていただいたことにより、考古学(をはじめとする、ものを扱う諸学問)の議論を読むにあたっても、以前とは少し違った視点で読む可能性を拓かせていただいたような気がします。私は、専門研究の分野では「解釈学」というジャンルを研究している(ことになっている)のですが、考古学などの分野で記された議論(論文や著作など)から「著者の根源的なもの経験」を私なりに解釈し、再構成することによって、その経験の諸相を掬い上げることもまた、一つの解釈学的哲学の課題となりうるのではないか、と思えるようになりました。

というよりは、私の意識の中では、その「『著者の根源的なもの経験』を私なりに解釈し、再構成することによって、それを掬い上げる」解釈学的哲学の実践こそが、まさにこの「往復書簡: いば−さとう編」での、私自身の一つの目標であったように思えます。

どれほどいばさんの言葉の中から「もの経験とそれにまつわる諸問題」を掬い上げられたかは、すこぶる不安ではありますが、自分としては大変有意義な往復書簡となりました。お互いの「もの経験」を踏まえた実践――いばさんであれば、考古学的実践、私であれば哲学的実践――が蓄積したとき、また、こうしてゆっくりと時間をかけた対話ができればうれしいものですね(いや、そのためには、なまけずに実践せねばという最重要難題が残りますが ...)。

4ヶ月近くにわたり、お忙しい中、私の愚論にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。年末でお忙しいかと思います。くれぐれもご自愛のほどを。

  さとうけいすけ 

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