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らんまる−中井 編 (4)

以下は、らんまる−中井 編(3)に続く書簡です。ちょうど、第7便の直前(2002/09/23)に、中井氏が第2回研究会で、この書簡で話題になっていたテーマを発表したため、第7便は、その発表についての言及から始まっています(その発表での論旨を読むと、「等価交換」など、これまでの書簡内で用いられてきた語の意味も、より一層明確になります)。論点は、「学際研究」というテーマから、「学外と研究」というテーマへと移りつつあります。

なお、第8便以降、一旦、往復書簡を休止し、2003年1月に再開しました

■ 第7便 2002/10/01 : らんまる → 中井

中井様

 先日の研究会での発表、大変お疲れさま&ご苦労様でした(^^)。僕自身、基本的に賛成だったにもかかわらず、力不足から「援護射撃」することは残念ながら叶いませんでしたが、非常に勉強になりました。これからもいろいろとご教示下さいませ(^^)。

 さてさて、返事が遅くなりましたが、本題に入りましょうか。
 「関連する諸分野への精通」について、中井さんが整理して下さったおかげで、次の論点が見えてきましたね。それは、端的に言えば

  • 「学際的研究」とは?
  • 「考古学」における「既存の枠組み」の是否
  • 「学際的研究」の中での「考古学」の位置付けとそのあり方

 この3点に絞れるのでしょうか?この点を念頭に置きながら、前回の僕が記した以下の行、すなわち

今、日本の「考古学」は、「何をしなければならないのか」。「考古学(特に日本考古学」は「今のところ」、あくまで「過去を考える」ための「一手段」にすぎない・・・「研究する目的」へ到達するためには、「どんな手段」を用いても良いし、またそうしなければならないのではないかと思います。それが、ある意味では、そして「今」求められている、「学際的研究」ではないか・・・

 についての、中井さんが提示して下さった以下の質問にお答えしたいと思います。(基本的には、僕の「言葉足らず」に原因がありそうで申し訳ないとは思いつつ・・。^^;)
 まず、

1)「今」という言葉遣いに、どのような意味を込めておいでなのでしょうか。

 さて、この「今」については、僕自身2つの意味を込めました。ひとつは、「現実としての今日の諸事情(社会的・日常的・個人的・・等)を‘今’として直視し、問題点を問題点として認識しつつ、さらにその問題点を‘明文化すること’」としての「今」です。
 そしてふたつめは、「これから先の‘あるべき姿’を展望した時に、そこに向かうために‘今’何をすべきか、どうあるべきか」という、考え得る理想としての「未来像」に対峙しての「今」です。端的に言えば、こんなところでしょうか。
 次に、

2)学問それ自体を「一手段」と位置づけるとすれば、有効なあらゆる「手段」を駆使した研究を、「学際的」と呼びなすことができるのでしょうか。

 この問いには、前提として、「‘学問’とは何か?」あるいは「何が‘学問’か?」についての答えが必要とされるかも知れませんが、その点については、話が混乱するので、棚上げにして話を進めたいと思います。ご了承下さい(^^)。
 さて、確かに、「学問それ自体=一手段」とするのは、少し極論過ぎたかも知れませんね。ただ、他の諸学については不問にして、現在の「考古学」特に「日本考古学」をみた時、そこには「分類」と「解釈」が連関した「言説に耐えうる論理」あるいは、中井さんの言う「解釈のための準拠枠」が、必ずしも確立しているとは言えないように思います。(なお、この辺りの話は、先日の中井さんの発表の『「マスターコード」とその有無・要不要』論にも相通じるところもあるかも知れませんね。)
 そしてそのことは、僕自身はっきりとした答えが見えている訳ではありませんが、少なくとも「日本考古学」は、ひとつの「体系化された学問」としては成立していない、と捉えておく方が現状では健全であるような気がしてなりません。それはつまり、現状では「分類」としての方法論のみ〜正直に言えば僕はそれ自体も?ですが〜が成立している、つまりそれは「一学問」ならぬ「言説を持たない一手段」でしかないと思うのです。
 ただその一方で、「ミドルレンジセオリー」なる、いわゆる「中位理論」が、問題とされつつある昨今、その展開次第では、「解釈のための準拠枠」あるいは「その準拠枠を構築するための方法」が確立される可能性もあります。だから、あくまで「今のところ」なのですけどね。
 期せずして、3)の答えも、併せて表現し得たようにも思うのですが、如何でしょうか?言葉足らずであれば、またご指摘下さい(^^)。

 さて、やや発展させて「学際的」とは?、という問いに、論点を移したいと思いますが、そもそも「学際的研究」とは何でしょう?どのような研究を指すのでしょうか?これもまた難しい問いかも知れません。中井さんの述べられた

一方で、「学際的」と呼びなす場合、それは個々の(体系化された)学問の存在を前提としたうえで、"inter"-disciplinaryに考えてゆこうということになるのではないかと思います。手段としての方法論を切り取ってしまうだけならば、それは学際的とはいえないのではないかということです。

 この意見については、僕自身も全くその通りだと思います。現状で一般的に認識される「学際的」とは、そうだと、あるいはそうあるべきだと、思います。しかし、先程も述べてきたように、「(体系化された)学問」として成立しているかどうか?という点について考えると、現状では個人的には特に日本考古学においては、「否」と言う答えを持つ以上、それを踏まえた上で「方法論の援用」のみにおいても、「学際的」と考えざるを得ない状況があるように思うのです。
 あるいは、「枠組み」が整備されるまで、「学際的」を標榜しないで研究を続けても良いかも知れません。しかしだからこそ、「学際的」な視点を持ち続けたいし、「標榜」することで「問題提示」としていきたいと思うのです。

 だからです。前回も問い、冒頭でも引用しましたが、『今、日本の「考古学」は、「何をしなければならないのか」。』について、考えなければならないのではないかと思うのです。

 非常に粗っぽい話になってしまった感がありますね。しかも少しくどい(^^;)。中井さんの質問に、自分なりの考え方を整理しつつ記したつもりです。如何でしょうか?率直な中井さんのご意見をお聞かせ下さいませ(^^)。

  鈴木2002.10.1

■ 第8便 2002/10/30 : 中井 → らんまる

 らんまる様

 もの研究会の報告後、少し脱力感にとらわれてしまっているうちに、資料調査に出かけたり風邪で寝込んだりして、またもやお返事遅くなってしまいました。毎度毎度申し訳ありません。

 さて、苦しまぎれの質問だったのですが、お答えいただいてありがとうございました。鈴木さんの日本考古学に対する問題意識が奈辺にあるか、ようやくわかってまいりました。端的にまとめるならば、体系化された学問として日本考古学が成立していない(といわないまでも、未成熟だということ)がゆえに、方法論やあるいは資料の解釈という場において、「学際的」であることが必要ではないかということになるかと思います。つまり、論点として3点ご提示していただいたうちの3番目、「「学際的研究」の中での「考古学」の位置付けとそのあり方」に注目されることになるかと思います。
 ではありますが、ここで「学際性」について議論をすることはもう十分ではないかと思います。むしろ、相違は日本考古学への見方にあるように思われます。鈴木さんが、学問として成熟していないがゆえに学際的であるべきととらえるのに対し、私は、考古学という基盤に立脚したうえで異分野との「対峙」として学際性をとらえています。
 そこで、鈴木さんがたびたび言及されている『今、日本の「考古学」は、「何をしなければならないのか」。』という問いに即するかたちで、考古学のあり方を考えてみるのはいかがでしょうか。とっかかりとして、前便でも質問しました「今」の問題に注目してみようと思います(私自身あいまいなイメージしかなくて、うまく議論として成立するか心許ないのですが・・・)。
 この点について、鈴木さんは以下のようにご回答くださいました。

ひとつは、「現実としての今日の諸事情(社会的・日常的・個人的・・等)を‘今’として直視し、問題点を問題点として認識しつつ、さらにその問題点を‘明文化すること’」としての「今」です。
 そしてふたつめは、「これから先の‘あるべき姿’を展望した時に、そこに向かうために‘今’何をすべきか、どうあるべきか」という、考え得る理想としての「未来像」に対峙しての「今」です。端的に言えば、こんなところでしょうか。

後者はもちろんのこととして、私が気になったのは前者です。「現実としての今日の諸事情・・・」のくだりは、残念ながら少し抽象的で、じゅうぶん意をくみがたいところがあるのですが(もう少しご説明いただけるとありがたいです)、その例として社会・日常・個人をあげられたことは興味深く思われます。
 私がここで思い起こしたのは、第1回の研究会でなされた、いわゆる「出前授業」での経験に関する鈴木さんのご発言です。あのときのご発言のような、考古学を研究するコミュニティとは無縁の(つまり一般の)方々を前に、いかに対していくかという現代的な(とはいえ、考古学の成果をいかに社会へ「還元」するかという問題は昔からのテーマではありますが)課題を、「社会的」とおっしゃっている、と判断してよろしいでしょうか?(以下、これを前提として話をすすめます)
 そして一方で、日本考古学の学問としての未熟さを述べておられますが、こうした学問としての問題と、「社会的」諸事情とは、どのようにリンクしてくるとお考えでしょうか?

 数年前まで、とある自治体でお手伝いをさせていただいていて、こうした問題についてあれこれ考えてみる機会がありました。昨今流行の「説明責任」という観点から、いかに文化財保護の必要性をアピールすべきかという問題です(もっとも、現在は境遇が変わってしまったために、文化財保護そのものについて考えることは少なくなってしまいましたが)。
 自治体の発掘調査の多くが公金でまかなわれている以上、税金として拠出する市民への還元は必要だという説明責任論に、まったく異存はありません。成果をわかりやすいかたちで伝えていく努力は、もちろん必要です。同時に、大学という(ややもすれば閉鎖的といわれる)場にあっても、学問が特権化しないために社会との接点を模索することは重要です(これはもちろん、考古学だけにかぎりませんが)。
 「わかりやすく」発信することの必要性はむろん否定しませんが、それが説明責任論だけに帰結してしまうとすれば違和感を覚えます。説明責任論は、考古学独自のあり方とは無関係に成立するものであるからです。自治体の発掘調査にはあてはまるものではありますが(大学という場も国公立・私立をとわず公金が入っている以上、同じ問題を抱えているはずですが)、それは考古学というより自治体という組織の性格に起因するものです。要するに、説明責任論を前提として「今」というだけでは、考古学のあり方を再考する有効な視点にはならないのでは(全否定といわないまでも、不十分では)ないかという気がするのです。

 では、といわれると正直思考はここで止まってしまっているのですが、わかりやすさやインパクトのある成果(「最古」「初の」とか)をむやみに追究することは大事なようであって、落とし穴があるように思えます。これは、「最古」を追究しすぎた例の事件を指摘すれば十分でしょう。説明責任論とは、究極的に費用対効果を求める以上、どうしてもプラスの成果へと目をむけることとなります。ここに「落とし穴」があるように思えるのです。費用対効果と学問的成果を天秤にかけざるを得ない状況があるということです。
 したがって、ひとまず説明責任論を脇においたうえで、学問としての考古学(本来は考古学にかぎらないと思いますが)と、社会的諸事情とのかかわりを考えてみることが必要になってくるのではないかと思われます。あえて「わからない」ことを率直に語ることが、ひとつの突破口となりそうな気もするのですが。。。(このことは佐藤君と議論したことがありますが)

 ちょっとこれが限界かもしれません。。。鈴木さんのお立場をふまえ、何かご意見を頂戴できればと思います。難しいようでしたら、別のテーマにいたしましょう。
 すっかり寒くなってまいりました。ご自愛ください。 

2002.10.30. 中井

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