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らんまる−中井 編 (3)

以下は、 らんまる−中井 編 (2)(第3便と第4便)から引き続く、らんまる−中井両氏の往復書簡です。「諸分野への精通」というテーマから、徐々に、「そもそも学際研究とは?」というテーマへと議論が旋回(ないし深化)していきます。

■ 第5便 2002/08/21 : らんまる → 中井

中井様

 お盆休みも終わり、何となく日常が戻ってきた感がありますが、いかがお過ごしでしょうか?

 さてさて、早速本題に入りましょう(^^)。
 どうも、「諸分野への精通」をキーワード(あるいはネック?)にして、議論が交錯しているような感じがするのですが如何なものでしょうか?ここで少しだけ単語を補って、「関連する諸分野への精通」としておきたいと思います。さて・・・

…考古学とは異なる分野の知識があって、それが整合的に頭のなかで体系化されてしまったときに、ややもすれば、「等価性」が見失われてしまうことがあるのではないかと思います。

 おっしゃる通りだと思います。「考古学」という「骨組み」に、「複数の考古学以外の分野」の知識が「肉や腱」のように絡みついて、「研究者」としての「個人格」を形成する場合は、そこに「等価性」はなく、「我田引水」的な「解釈」を生み出すことに、しばしばつながっていくでしょう。中井さんが言われる「歴史考古学」のみならず、「先史考古学」においても、先の書簡でも申しました通り、例えば「民族学」「民俗学」「文化人類学」といった分野の成果が、「肉や腱」あるいは「顔」として着けられることが、まま見受けられます。まるで、「顔」を変えれば「同じ事実」が、「異なる解釈」を生み出すことさえ、中井さんのご指摘の通り、しばしば見られます。あるいは「先史考古学」における「自然科学諸分野」の扱いにおいては、残念なことに、さらに輪をかけた「変身(=曲解)」があり得るのが現状です。
 そしてこのことは、さらに突き詰めて整理すると、例えば「中世の文献史学」が、「先史考古学」の「成果としての解釈」を用いて、立論していたりまたはその逆があったり、といった現象があることにも、目を向ける必要があることをも喚起しているように思えます。

…文献史学の成果の引用が、考古資料群を説明する準拠枠として機能してしまう

 おっしゃる通りですね。あるいは、前述の例も含めて、その逆もありえるのではないかと思いますが如何でしょう。例えば、これは友人からの受け売りですが、「瓦(や須恵器)を焼くための窯の、その営まれた年代観」において、文献と考古の両分野が「寄りかかって」だから「落ち着いている」場合がある、という問題点の指摘を聞いたことがあります。

 さてさて、では、どうすれば良いのでしょうか?中井さんが指摘されるような、「他分野の成果」が「準拠枠」として「機能」してしまうことなく、あくまで「等価」な「参照」「引用」に留めるにはどうすればいいのでしょうか?しかもこの問題は、どうやら「関連する諸分野」においても、同様に生じている課題のようにさえ思われます。
 僕自身が、この問いに対して、その解決への糸口として思い浮かぶのが、「関連する諸分野への精通」なのです。

…「諸分野への精通」は、必ずしも異分野との対話の必要条件ではないのではないかと考えます。

 そうかも知れません。しかし、もう一歩踏み込んで考えてみるとどうでしょう。「考古学者」が考古学者「だけ」のために「論文」を書くのだとしたら、確かにそうかも知れません。しかし先程も述べたように、中井さんが指摘する課題は決して「(歴史)考古学」のみにおける問題ではなく、「文献史学」分野(もちろんその他の関連分野も含めて、です)においても、同時に考えていかなければならない課題だと思います。だとすれば、自称「考古学者」が、「文献史学」の「言葉」を使って「表現」することも念頭に置く必要はないでしょうか?僕が言う「関連する諸分野への精通」は、厳密には、そこまでを考慮した「スタンス」を標榜するものと考えています。
 もう少し整理してみましょう。僕が言う「関連する諸分野への精通」は、つまり、「個人格」の中に、「考古学」の「骨組み」から成り立つ人格と、「○○分野」の「骨組み」から成り立つ人格が、「共存する」必要があること、これをすなわち「諸分野への精通」と表現したのです。つまり「2足(あるいはそれ以上)の草鞋」が履けるぐらいの、「知識」と「表現力」をつけなければ、どうしても「主たる骨組み」に引き寄せられてしまうのではないでしょうか。どちらの「草鞋」を履いても「しっくりと馴染む」ような、そんな「研究」が、今必要なのではないでしょうか。そしてその先に、真の学際研究があるような気がするのですが如何でしょうか。
 それが「できる・できない」ではなく、だからこそ、今後一層「学際的」に学問を進めなければならない、というスタンスに僕自身は立ちたいと思っています。いかなる分野(あるいは「方法・手段」)を用いていても、その「対象」さらに「目的」が同じであるのならば、考慮せざるを得ないように思うのですが、如何なものでしょうか。「考古資料」あるいは「文献資料」を用いて、「何を見ている・見ようとしているのか?」。同じ「時」の「歴史」「出来事」「人間」像を「見ようとする」のならば、当然、そのどちらか一方しか「主に」検討しないのは、「片手落ち」であり、だから「我田引水」になりかねないのではないでしょうか?

 余談になりますが、外国で「考古学」〜あるいは「人類学」という方が適切かも知れませんが〜に関わっておられる先生方の中には、やはりそういった視座に立っておられる方が大勢おられます。彼らは、人文科学分野のみならず、自然科学分野あるいは社会科学分野においてさえ、精通しておられます。一人で不可能なら「チーム」を組むことも必要なのでしょう。そういった先生方は、どなたも例外なく、「一人でも多くのスタッフ」で「今」に根付いた研究をしておられます。またその意見は、「考古学」「歴史学」としてのみならず、「学問」として、「今」に「何」を問うのかを、日々提示しようとしているように見受けられます。

 さて、だからこそ、今、日本の「考古学」は、「何をしなければならないのか」。「考古学(特に日本考古学)」は「今のところ」、あくまで「過去を考える」ための「一手段」にすぎないように思います。だとすれば、その「研究する目的」へ到達するためには、「どんな手段」を用いても良いし、またそうしなければならないのではないかと思います。それが、ある意味では、そして「今」求められている、「学際的研究」ではないかと思います。
 しかし一方、そのスタンスは、あるいは「自ら」を「考古学者ではない」と、言わせかねません。その意味では、「従前の枠組み」における「学問的主体性」は問われるかも知れません。だからこそ、「考古学者」を標榜するのであれば、「他分野への精通」はもちろんのこと、それだけではなく「考古学」そのものも、「外」からみても「分かる」ように、変えていく必要があるのではないでしょうか。それは、「日本考古学」における「前提条件」としての「方法論」を、平たく言えば「明文化」することだと思うのです。
 だからこそ、今、『「考古学者」として「考古学者」に「論文」を語る、と考えるのではなく、「僕」が「僕以外のヒト」に、「僕の考え」を語る』のだと、考える必要があるのではないかと、僕自身は思うのです。

 すいません。非常に長くなった上に、当初の論点はどこかに行ってしまったようにも思います。しかも走りすぎて言葉足らずになってしまっているかも知れません。ごめんなさい。やっぱり、文章で議論するのは、「その場でニュアンスの補足ができない」分、難しいですね。まあだからこそ自分の中で整理ができるのですが・・。

■ 第6便 2002/09/17 : 中井 → らんまる

らんまるさま

 すっかりご無沙汰してしまいました。遅い夏休みをとったあと、立て続けに資料調査に出かけていましたので。お返事が遅くなってしまいました。いつもすみません。

 「諸分野への精通」をめぐって、おっしゃる通り議論がこんがらがってきましたね。そろそろこの論点は打ち止めかなあ、と思うのですが、いかがでしょうか。
 らんまるさんのメールを拝見して、お互い表現する言葉はかなり異なってはいますが、立場としてはさほど離れてはいないのではないかという印象を持ちました。いくつかご指摘をいただきましたが、これらはもはや微細な相違であって、根本的な立場の相違にもとづくものではないように思います。

 前便で私は、学際的な場における、文献史学と考古学の「等価交換」という話をいたしました。それに対して、いくつかご指摘をいただきました。私が例に挙げた文献史学→考古学ではなく、逆のあり方にも目を向けるべきというご意見は、しごくもっともと考えます。もちろんあり得る話です。が、それにもまして興味深く思ったのは、「寄りかかる」ケースです。解釈の成否という点では、寄りかかっていて「落ち着いている」ことはそれなりの意義があるのかもしれませんが、前便でも申し上げた趣旨に照らしあわせるならば、それはあやうい均衡というべきかもしれません。

 さて、その「諸分野への精通」に関してです。

いかなる分野(あるいは「方法・手段」)を用いていても、その「対象」さらに「目的」が同じであるのならば、考慮せざるを得ない・・・同じ「時」の「歴史」「出来事」「人間」像を「見ようとする」のならば、当然そのどちらか一方しか「主に」検討しないのは、「片手落ち」であり、だから「我田引水」になりかねないのではないでしょうか?

 これまで申し上げてきたように、あるべき姿という意味で、らんまるさんのご意見にまったく異存はありません。「みたい」=明らかにしたいものがあって、それをみようとするときにある一つの視点(いいかえれば、ひとつのdiscipline)のみにたつこと、これこそがむしろ不自然であったといえるのかもしれません。
 この点に関して、らんまるさんと私に見解の相違はないと思いますが、私が研究者個人の内的問題に注意を払っているのに対し、らんまるさんは複数の研究者が交わる場、つまり外的問題を考えておいでなのではないかと推察します。おそらくこの視座のちがいが、議論が交錯してきた原因かもわかりません。

 まず内的問題についてみてゆきましょう。らんまるさんは、

「個人格」の中に、「考古学」の「骨組み」から成り立つ人格と、「○○分野」の「骨組み」から成り立つ人格が、「共存する」必要がある・・・「2足(あるいはそれ以上)の草鞋」が履けるぐらいの、「知識」と「表現力」をつけなければ、どうしても「主たる骨組み」に引き寄せられてしまうのではないでしょうか

と述べておられます。自明とされてきたことに疑問の目をむけることに関して(これは最初のメールで議論した話題ですが)、こうした態度がベストかどうか、私個人としてはなお自信がもてません。しかし、解釈をめぐる局面で、一方的な「不等価交換」を回避するためには、あるいは大事なのかもしれません。

 一方、らんまるさんが注目される外的問題に関しては、正直私はあまり深く考えていませんでした。

今、日本の「考古学」は、「何をしなければならないのか」。「考古学(特に日本考古学」は「今のところ」、あくまで「過去を考える」ための「一手段」にすぎない・・・「研究する目的」へ到達するためには、「どんな手段」を用いても良いし、またそうしなければならないのではないかと思います。それが、ある意味では、そして「今」求められている、「学際的研究」ではないか・・・

 留保の「 」(でしょうか)が多いのが気になるのですが、きわめて重要な問題提起をされているように思います。従来の考古学の枠組みを再考するという意味においてです。学際的であるために、考古学者以外の人間からもわかるような平易さが必要といった趣旨のことをこの直後で述べておられますが、その点については同感です。
 ここらへんが次の論点になりそうなのですが、いかがでしょうか。ただ、お書きになった範囲(だけ)では、らんまるさんのご真意がどこにあるか、ちょっとはかりかねる部分があります。疑問を列挙するようになってしまうのですが、1)「今」という言葉遣いに、どのような意味を込めておいでなのでしょうか、2)学問それ自体を「一手段」と位置づけるとすれば、有効なあらゆる「手段」を駆使した研究を、「学際的」と呼びなすことができるのでしょうか、3)2)のような考えにたった場合、ひとつの体系として調えられた「学問」と「方法論(手段としての」との関係をどのようにとらえておられるのでしょうか、という点について、もう少しご説明いただければと思います。
 ひとつのテーマを前に、あらゆる手段をとって解明しようとすること自体、何の問題もありません。この点を批判しているのではありませんが、一方で、「学際的」と呼びなす場合、それは個々の(体系化された)学問の存在を前提としたうえで、"inter"-disciplinary に考えてゆこうということになるのではないかと思います。手段としての方法論のみを切り取ってしまうだけならば、それは学際的とはいえないのではないかということです。なぜこのようなことを問題にするかというと、それぞれの学問世界のなかで築き上げられた枠組みを批判にさらしたり再考しようとする意図ないし営みが、手段のみを重視し、切り取ろうとする立場においては無効化されてしまうからです。調和ではなく、対立やちがいを顕在化させたいとする私のひそかな考えからすれば、これには少し違和感を感じます。
 なにか難癖みたいになってしまって恐縮ですが、ご意見おきかせくだされば幸いです。

 うーん、書いていてどうもしっくりきません。来週の準備(第2回もの研究会の報告)に気を取られて、どうも頭がうまく切り替えられていないようです。といって準備が順調にすすんでいるわけではないのですが(泣)。
 あまり放置しておくのも申しわけありませんので、不十分ではありますが、とりあえずこれでお送りいたします。議論以前に私が何をいいたいかご不審のところもおありかと思います。私も少し混乱気味ですので、話をそこからはじめてもいいように思います。

 いつも中途半端な議論で申しわけありません。 

2002.9.16.
中井

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