2004/10/17 第8回 Res: もの研究会

幽霊の哲学

関 浩成

■ はじめに

いきなり余談ですが、私は本来、社会科学(特に、法律学)を主とした土俵としており、哲学の素養は皆目ないのですが、哲学に深く興味を抱く者ではあります。私にとって哲学とは、方法論であり、思考のための道具を複数提供してくれるものです。人文系と分類されている学界では、まだ理論と人名の分断がなされておらず、その論文が理論的説得ではなく、権威的説得に頼ろうとしている風潮が高いように感じられます。しかしながら、背後にある伝統的システムを健全なものとみなし、そこから生産された権威の提示を強調することは、理論的貧困性を招来するのではないかと危惧します。

さて、唐突ではありますが、今回の発表に関連する範囲で哲学的立場を鮮明にします。

まず、真理の正当性を以下の三つにまとめたとすると、私は第三の立場を重視します。

  1. 整合説−ある理論体系が無矛盾であることが真理を確保する
  2. 対応説−ある理論が現実と対応していることをもって真理を定義する
  3. 実用説−複数の理論のうち、最も役に立つものを真理と規定する

次に、科学の正当性を以下の三つにまとめたとすると、私は第一の立場を重視します。

  1. 帰納説−伝統的科学論
  2. 反証説−ポパー説
  3. 断続説−クーン説

■ 1. 幽霊とは何か

1. 1 霊魂説の検討

<霊魂観と幽霊との間には連続性があるが、区別をする>

現代、霊魂によって現象が語られる状況はほぼ皆無であり、人の死にまつわる場面を除けば、霊魂自体が語られることも少ない。したがって、霊魂と聞くと、それだけで学問的真剣さを減退させてしまう人もいる。しかし、この世界自体や様々な現象の一部を、霊魂によって説明しようとする文化圏はまだまだ多く存在するし、十分に近代化された成熟社会においても霊魂観に従う部分社会は存在している。

ところで「人格的、個別的であり、人間全体を統一し、死後も存続する」という典型的な霊魂観は、主として西欧キリスト教圏特有のものであり、普遍的なものではない。

E. タイラーは、未開社会のアニミズムを前提とした上で「未開人の霊魂観は二元論的である。それは肉体=霊魂の二元論ではなく、身体と密接に結ばれている身体霊と、身体に束縛されていない自由霊という二元論である」という理説にも現れている。E. アルプマンは、古代インド資料を基に、自由霊と身体霊の二種類の霊魂を抽出したが、その後、この二元論的な観念は北アメリカやアジア大陸、アフリカなどに分布していることが確認されている。しかし、これも普遍的なものではなく、オセアニアは事情が異なっているようである。さらに、アジア仏教圏においては、霊肉二元観も霊魂不滅説も採らず、霊魂不説が基本である。このように世界や現象を説明する原理としての霊魂的発想、すなわち擬人化は、世界中にあったものの、各地にバリエーションが存在する。

幽霊を、この未開社会的霊魂観の残滓だと憶測するのはたやすいことであるが、確実に異なる点が複数存在する。まず、幽霊は神的な存在ではなく宗教的な心性とは分離されていること、次に、幽霊が知覚的に捉えられ、どちらかといえば恐怖の対象となっていること、そして、幽霊が資本主義市場で商品的価値を持って流通していること、などである。

ここでは霊魂には地域的差異があり、幽霊とは異なる側面があることを確認したということにし、次節では、いわゆる幽霊なるものがいつ生まれたかを確認したい。

1. 2 幽霊の誕生はいつか

<仮説:幽霊の概念はその時代のメディアと技術に依存しており、時代ごとに様々な形態で再生しつづけてきた>

幽霊が存在しているかどうかは別として、幽霊という言葉は、太古から存在していたわけではない。この幽霊という概念は、いつ頃から使用され始めたのだろうか。

まずは、場所を日本に限定したうえ、幽霊のみでなく、幽霊的なものまで視野に入れると、<妖怪>の存在が目を引く。古事記においては既に、「八俣大蛇」「土蜘蛛」「鬼」が語られる。日本霊異記における一連の「雷神」の話、「来つ寝(キツネ)」の話もそれに該当するだろう。しかし、これらが<妖怪>という概念でくくられていたわけではない。

江戸時代以前の妖怪達は、武将の武勇を際立たさせるために、あるいは、仏法を説く中で、役割的に登場したのである。そして、一説によると、発想的に<妖怪>そのものだけに焦点を当てて描かれるようになったのは、江戸に入ってからであるとされる。

この妖怪は明治期以降になると、子供の遊びにも登場するほど日常的になるが、妖怪は我々がいう幽霊とは異なる別の存在である。というのも、妖怪は動物やモノが変化したものというイメージがつきまとうが、幽霊は人が変化したもの、というイメージがあるのではないだろうか。したがって、この妖怪とは別の系譜が重要になる。

妖怪とは別に<怨霊>の存在がある。この<怨霊>が最初に登場するのは、聖武朝天平時代であるとする説がある。田中聡は、霊異記における長屋王の怨霊の話に触れながら、怨霊は、「単なる不遇な死者ではなく、自らの悪ゆえに理不尽とも見える死を招いてしまった」場合であり、「この世の不条理な現実と、目には見えない条理との間との痛々しい距離を埋めようとする論理から発生」するという。

先の妖怪と、この怨霊の決定的な違いがある。それは、前者が人以外の存在が人的なモノへ擬人化されているが、後者は、人が人的なモノへ変質されていることである。しかしながら、この怨霊も我々が現代思い描く幽霊とはかなり異なるイメージである。というのも怨霊は、個人に対して怨みをはらすのではなく、天変地異や政変といった形で怨みをはらす場合が多い。これは、天変地異や不幸な出来事に対する説明原理として機能する側面をもっているのではだろうか。現行の幽霊が、ある現象の後付説明として語られるのではなく、体験として直接感覚されるように思われているのとすれば、この怨霊も現在にいう幽霊とはかなり異なる。

さて、それでは幽霊という言葉が登場するのはいつのことだろうか。

先の田中聡は、怨霊が抱く怨念の対象を社会にではなく個人に向けた、紺青鬼の話(宇治拾遺物語 鎌倉初期)をもって幽霊の先駆けと見る。しかし、それでも現代の幽霊のイメージとは大きくかけ離れている。

結局、妖怪の歴史とも重なってくるが、幽霊画や怪異小説が流行った江戸期の霊は、現代の幽霊のイメージと近いのではないだろうか。

もっとも、『剪燈新話』の「牡丹燈記」や『雨月物語』でもっとも恐いとされている「吉備津の釜」でさえ、恐くも何ともないというのが現代人の感想となるだろう。それではこの差は何に基づくのであろうか。

ここで視点を変えて、なぜ「幽霊」を我々は共有しているのかを考えてみよう。

まずそれは、直接体験に基づくものではない。我々は、そのそれぞれが固有に心霊現象を体験しているわけではない。直接に体験したのは我々のうちの少数であり、その他大勢は、それを誰からか、どこからか、聞き知らされてたというのがより正しい見方である。さらに推測すると、核家族化が進行した現在において、多数派が情報を共有するに至った手段は、伝統的な意味での口承、つまり、自分の祖父や祖母、両親から聞いて共有しているわけではない。幽霊の共有は、世代間ではなく、世代内の伝播によってなされている。つまり、幽霊を媒介しているのは、新聞や本、映像その他、マスメディアである。

これは文盲率が著しく低下し、出版文化が栄えた江戸期においても変わらない。ただ、江戸期においてはその未発達性ゆえの、口承伝承がまだ存在していただろう。したがって、江戸期においては幽霊の恐さは、さきの怪異小説の題材の恐さというよりは、祖父母や親が子供へと語る際の、その身振りも交えた臨場感の方が恐さを増長させていたかもしれない。

さて、幽霊のイメージを我々が共有しているのは、マスメディアによってである、というのは、逆にマスメディアの発達によって、幽霊のイメージが大きく影響されるということになるかもしれない。それは幽霊が、マスメディアの進展とともにどんどん変化するということである。

幽霊のイメージを形作ってきたものはそれだけではない。ここで心霊写真の歴史について振り返ってみる。

心霊写真(初期は幽霊写真)は、写真術の普及とともに登場し、流行した。幽霊写真は1860年頃、アメリカで始まり、19世紀末にイギリスやフランスで流行し、明治維新以降、写真術の実用化とともに日本でも幽霊写真は流行した。江戸末期に登場した写真術は「魂を吸い取られる」という迷信のため流行しなかったが、特に大正期から昭和初期の流行、そして戦後の1970〜90年の大流行は、社会現象ともいえるものである。

しかしこの社会現象は、幽霊の存在証明や綿密な考察とは、ほぼ無縁である。写真術の発展を併せてみてみると、まず、幽霊写真の登場と、湿版写真の登場が重なってくる。1839年、フランスのダゲールが銀板写真(ダゲレオタイプ)を公表したのにつづいて、イギリスで発明されたのが、原板から何枚でも焼き増しができるようになった湿版写真(1851年)である。一方、幽霊写真の始まりは、アメリカの写真家ウィリアム・H・マムラーの1861で、日本初の幽霊写真は1878年であるが、これらは失敗が多発しやすい湿板写真である。

湿板写真では、湿板をよく拭かないで次の写真を撮ってしまうと、以前に撮った像がおぼろげに残ってしまうため、「失敗写真」がよくできた。ところが、この失敗写真を「幽霊写真」として公表し、商売にした者もいる。1879年の新聞記事でもこの幽霊写真についての解説が載せられており、三田弥一という人物は、一目見ようと行列をなす客にこの写真を高値で販売したが、十日で三百枚も売れたそうである。

失敗画像の商品化、これが幽霊写真の登場と普及に大きくかかわっている。

戦時中は、軍部から怪しい写真として禁止されたが、戦後、幽霊写真(心霊写真)ブームが復活する。しかし今度は湿板ではなく、乾板写真である。二重写しになる可能性は、はるかに軽減されているはずである。それなのに、幽霊写真が流行したのは何故か。

これも答えを推測できる。1860〜70年代は、写真機普及の時代である。専門職人が有する高級な品物であったカメラの価格は大衆の手に届くまでに下がった。さらに70年代は、カメラの軽量化、小型化が進み、技術的にもストロボ内蔵カメラ(1974)、AF機能の登場(1977)、フィルム自動巻上げ機能の登場(1978)など、カメラの技術革新もめまぐるしい。これによって、多くの人が、安価に質のよい写真を撮ることができるようになった。撮影される写真の量は莫大に増加し、現像と焼き増しの流通システムも確立され、撮影コストはさらに安価になっていく。

二重写しの確率がかなり軽減されたとしても、撮影量がその確率を凌ぐほどに膨大に増えれば、心霊写真の量は増加する。たとえば、二重写し確率が0.01%程度の、ほとんどあり得ないと思われる数字になったとしても、撮影される写真の量が10万倍になれば、失敗写真(=心霊写真候補)の数は10倍に増加する。加えてこの時期、マスコミの便乗商売もめまぐるしい。新聞報道や雑誌の心霊特集、心霊ものの出版は、売れまくるのを幸いにしてこの70年代前後にピークを迎える。こういう渦中においては、失敗よりはお手軽な「捏造」もなされたであろう。

このようにみてみると幽霊写真の存在は、写真術とその普及手段という、技術的=制度的要因が大きくからんでいると思われる。この流行が90年代にはいると下火になったのも、デジタルカメラの席巻(主原因であった二重写しの確率はゼロである)と、動画の登場(家庭用ビデオの普及)によるところが大きいと考えられる。「静止画は古い!動画の時代である」という標語は、幽霊の存在が存在するかとは関係がなく、ただ、販売市場が動画の方に移行したというだけである。

ここから幽霊写真という社会現象は、「幽霊が存在する」という信念を創りだした要因の一つであるが、この信念は技術の推移に大きく依存している、という仮説が成立する。

以上から、幽霊のイメージは時代ごとに異なるものであったし、その変化の要因としては、メディアや技術の発展があったという推測を立てることはできるだろう。

1. 3 幽霊の定義

<幽霊の定義は、複数共生可能である。何をもって幽霊とするかは、その主体がどれを選ぶかのみにかかっている。「幽霊とは何か」ではなく「幽霊とはどれか」である>

前節では、幽霊が技術依存性を持っている可能性を示した。幽霊は、おかしなことに時代とともにどうやら変わっている(進化している?)ようである。

幽霊のイメージが変わっているという事実は身近な体験からも確認することができる。たとえば60歳代の方と30歳代の方、そして10歳代の方に幽霊のイメージを語っていただくと、それらは異なることが多い。たとえば、「足がなく、ふわふわと漂いながら、白い三角の布を頭に巻き、手を前に垂らし、うらめしや〜などという」という60歳代のイメージは、30歳代からすればレトロなタイプに感じるし、10歳代の方々においては、イメージを共有できない人も少なくない。このように、我々は幽霊のイメージの世代間格差を容易に体感できるだろう。

この差を生み出したのも、口頭伝承(1対1伝承)か、テレビ(1対多伝播)か、現代ホラー映画ブーム(選択的伝播)か、というような社会的背景、技術に関係しているのかもしれない。

また、<ゴースト−モンスター>の違いが<幽霊−妖怪>の違いとは重なりにくいことを考えると、社会によって幽霊の定義は異なるであろう。日本的な意味での幽霊は海外には存在せず、それは日本固有のものかもしれない。したがって、幽霊の定義とは、時代と社会によって、複数存在しうる。ただ、共通する特徴としては以下のような点を上げることができるだろう。

  1. 神や人間以外のモノ(動物や物質)ではなく、人間が変質したものが主流。
  2. 不可視の精神や物理学的な物体ではなく、それらとは別の存在形態だとするのが主流。
  3. 畏敬や有り難さなどの肯定的感情ではなく、何らかの恐怖感を伴わせるのが主流。
  4. 誰にでもいつでも見えるわけではなく、霊感がある人に時折見えるというのが主流。
  5. どこにでも見えるというわけではなく、ある事件があった場所に、というのが主流。

本章において、私はすでに自然科学的実体としての(=モノとしての)幽霊は存在しないかのように扱ってきた。しかし、「幽霊がいないことは、幽霊という言葉は突如として登場したということ、幽霊のイメージが技術に依存して変わっていること、によっても明らかなり!」と主張するのは、まだ強弁の段階である。というのもこれらの理由は、単なる史実と仮説に過ぎず、幽霊の存在との間には、相関関係さえないかもしれない。

さて、幽霊が存在すると主張する人が、その根拠とするもののうち、最も有力なのは、「あなたは実際に見ていないから、幽霊は存在しないなどというのです」という主張ではないだろうか。

次章では、「幽霊は存在しない」という主張を整理して検討を加えた後、逆に「幽霊は存在する」派の有力説である体験が、果たして根拠となるかのついても検討する。そしてしかるのちに、暫定の解答を提案したい。

■ 2. 「幽霊が存在しない」とはどういうことか

2. 1. <思考の怠惰説>

<幽霊とは、「思考の怠惰」の賜である。わからないものに関しては一切の感情とは無縁に、知的謙虚さをもって「私には、まだわからない」と解答せよ。それが幽霊を駆除する方法となる>

我々は極端な場合には常識的思いこみから、あるいは、もう少し気の利いた場合には、ツゥベルスキーとカーネマンの一連の実験や学習効果におけるオペラント条件付けの実験など、心理学の知見を得て「幽霊とは、人間が一般に犯しがちな認知の錯誤に過ぎない」などと考える。

ここでは、もう一歩踏み込み、上記ような<認知錯誤とその矯正>図式を、以下のような<思考の怠惰説>として一括し検討する。思考の怠惰説とは、目の前で起こったよく分からない現象を、全ての人々がよくよく考えて検討するようになると、幽霊というのは最終的にいなくなる、という仮説である。たとえば以下のような主張になるだろう。

まず、幽霊といわれる中には、イギリスにおける初期の心霊写真や心霊ショーのようにのようにでっち上げられた幽霊が存在しうる。これは特定の人が、他人を怖がらせるために実体験を創作したり作り話を捏造してでっちあげられた幽霊である。本来的にこの幽霊は、幽霊とはいわないはずであるが、デマや噂のように、この話を伝聞した複数名が、その存在を信じてしまった時点から幽霊が存在することになる。これを<故意による幽霊現象>とする。

次に思考の怠惰、あるいは知性の傲慢に基づく幽霊が存在しうる。これは、わけのわからないものに対して思考を停止して、幽霊だの妖怪だのといった名称を当てはめて終わらせようという態度、あるいは、自分の判断力や知識量の不十分さを忘れて、私には分からないものがあるという知的謙虚さを発揮せず、容易に幽霊という言葉を当てはめてしまう態度から生じる。これも先ほどと同じく、伝聞した者が幽霊の存在に拍車をかける場合も珍しくはない。これらを<過失による幽霊現象>と一括する。なお特に、錯誤に陥りがちな人に関しては、精神疾患という観点から別に考察する必要がある。

さらに<疑似心霊現象>として心霊現象からは区別すべきものがある。たとえば特定個人にだけしか体験できない純粋主観現象は、これを心霊現象とはいわず、精神疾患と呼ぶのが正しい。また、特定個人が創り上げた純粋人為現象(映画や小説など)は、これを心霊現象とはいわず、心霊作品と呼ぶのが正しい。さらに、以前凄惨な事件があった場所があるということ、あるいは、むごたらしい事件、事実があったということから生じる恐怖感自体は、心霊現象とは無縁であり、事実と呼ぶのが正しい。にもかかわらず、少なからずの人々が、これらと幽霊の存在を感情的に結びつけてしまう傾向がある。

以上をまとめると、心霊現象とは、故意による心霊現象と過失による心霊現象、そして疑似心霊現象から成り立っている。すなわち、幽霊とは、人間の合理的な思考の怠惰の産物であり、社会に存在する非合理な思考が、でっち上げや認知エラー、カテゴリーエラーを許容しているため、その隙間をぬって存在しうるのである…云々。

幽霊は存在しない、と考える立場の者は、この思考の怠惰説に対して何らかの共感を覚えるかもしれない。しかし、この思考の怠惰説には決定的な欠陥が存在する。それは、自己言及性、つまり、思考の怠惰説もまた、思考の怠惰の賜ではないのだろうか、という問題である。次節では、この立場がよって立つ科学的解明の道具のうち、認知心理学を検討してみる。

2. 2 古典的認知心理学の変貌

2. 2. 1 古典的認知心理学の理説

<一切の人間は、認知錯誤から免れることはできない。幽霊はその是正すべき認知エラーから発生している。必要なことは合理的な思索、すなわち、錯誤の修正作業である>

自然科学において、幽霊の実在を否定するような実験は困難であったが、唯一、認知心理学は幽霊を見てしまう仕組みを説明することに成功したというのは言い過ぎだろうか。そして人間の認知の錯誤を否定的に捉える傾向は、認知心理学において顕著であった。

故意に作った心霊現象でもって幽霊の実在を確信する者は、ほぼ皆無であろうが、これが錯誤の場合には少し事情が異なってくる。錯誤とは、本人は真と思っているが、実は偽である場合や本人は間違いないと思っているが第三者的には異なった認識をしている場合など、本人には落ち度がない。そしてやっかいなことは、多くの人が認識とは、この錯誤を前提として成り立っていることを知らない点である。

認知心理学の立場からすれば、心霊現象の大部分は認知過程の錯誤で片づけられてしまう。まずは、認知心理学から見た心霊現象を整理する。

認知心理学の理説では心霊現象は認知バイアスが主原因として容易に生じうることになる。菊池の明快な整理によると認知バイアスは「知覚」「記憶」「思考」のそれぞれの過程において容易に生じる。この容易に生じるというのは、人間は状況によっては認知の過程において、錯誤を起こす場合が多いという弱い意味ではなく、そもそも人間というものは認知の錯誤を起こす、という強い意味においてだと考えられる。すなわち、我々は外界の認知を行う際に、それを正確に認知しているわけではなく、ある程度の錯誤を不可避に混入させながら認知するのである。

ここから、以下のような理説が主張される。

心霊現象にも当然にこうした認知バイアスが発生している。この認知バイアスによって作られた虚構は、人間の集団を前提とすれば、命名作業と概念形成によって、さらに認知バイアスを促進するであろう。しかし、それらは、社会的には言葉の上でのみ存在しうるものであり、事実としては存在しない。これはいわば誤った認識を共有した集団的錯誤であり、これをいかにして是正してゆくかが今後の継続的な課題となる…云々。

さて、この集団的錯誤を是正対象とすると、先の思考怠惰説と重なってくる。我々は、確かに錯誤を犯す存在であり、それに合理的な思考によって修正を加えることは可能であろう。しかし、これを是正すべきかに関しては、まだ態度を決する場面ではない。というのも、認知心理学自体がまだまだ完成しておらず、新しい流れがあるからである。

2. 2. 2 古典的認知心理学の死

<認知心理学のモデルには、修正すべき点がある>

自然科学の理論は、技術(観測器具や計測技術など)の発達に依存し、自然科学以外の科学は、自然科学の発達に依存している。心理学の発達もその例に漏れない。たとえばヴントの実験心理学はヘルムホルツの生理学を、ワトソンの行動心理学はパブロフの生理学を基盤としている。そして認知心理学は、戦後の情報化社会を背景に、情報工学を基盤としていた。

道又によれば認知心理学は1956年9月11日のシンポジウムで、ミラー、ニューウェル&サイモン、チョムスキーの三つの報告によって誕生したとされている。情報工学を基盤とし、実験心理学の手法とコンピュータシミュレーションを多用したこの学問は、しかし、1986年のPDP(parallel distributed processing)モデルの登場により変貌したとされる。その特徴を一言でいえば、情報工学から脳科学へと基盤を移し替え、

  1. マクロな神経系の構造と行動レベルでの機能の対応の解明(神経心理学)
  2. 神経系のミクロな構造と基本的機能の対応の解明(感覚心理学)
  3. 画像技術によるリアルタイムでの構造と機能のダイナミクスの解明

に研究領域が移行しつつある、とされる。 そしてこの1986年のPDPモデルの登場をもって、道又は「古典的な認知心理学の死亡宣告」と評価している。ここまで極論せずとも、認知心理学のモデル設定において、1980年代に新しい見方が付け加わったのは事実である。

さらに文化心理学の台頭も古典的認知心理学の理説を不利にしている。文化心理学とは

  • 心のプロセスは民族や文化によって異なる可能性がある
  • これまでの心理学の理論は、現代欧米文化の<実験的民俗誌>にすぎない
  • 一旦創り出された心の傾向が、文化的慣習を再生産する

という主張を掲げた一連の心理学のことをいう。

この成果に対しては疑問や批判もあるが、心理的現象において世界中の人間が再一的なわけではない、という点においては、異論がないところであろう。

以上から、先の認知心理学の理説には以下のような修正すべき点があることになる。

  1. 現時点で、心理現象を、現行の人工知能と同様な記号処理モデル(プロダクションシステムやエキスパートシステム、プログラミング言語などのシミュレーション研究)で説明しきろうとすることは正しくはない。
  2. 人間の心理構造は一つに集約されると断定するのは正しくはない。錯誤のありようは文化圏によって異なる可能性が高いゆえに、矯正の方向性もそれぞれ異なってくる。これはマクロな意味での<錯誤−矯正>モデルが困難であるということである。

2. 2. 3 暫定解(1)

<社会的思考習慣に基づく幽霊と命名する。>

ここで幽霊問題に暫定的な解を与えるとすれば、以下のような理説になる。

一般に民族や文化によって外界認知の仕方には少なからずの違いが存在するようである。したがって、「わけのわからないもの」を見やすい集団や、「わけのわからないもの」をいちいち分析せず、そのまま妖怪だの幽霊だのと名前を付けて、取り扱おうとする文化が存在するのは決して珍しくはない。

そして認知心理学者が主張するように、人間のヒューリスティックな論理・推論が、アルゴリズム的な論理、確率、推論と異なっているとしても、一方的に前者の方が誤りだとはいえない。この両者に違いがあることは、数々の実験を通じて実証されているが、それは、違いを示したに過ぎず、アルゴリズム的推論の絶対的優位性までをも実証できたわけではない。逆に、心霊現象を人類の認識における怠惰や錯誤として捉えるのではなく、人類文化がもたらした集団的思考習慣の一つであり、その集団においては文化として存続している以上、肯定的に評価されるべきだという見方もできるだろう。

したがって、仮に機械論的な事実把握から離れた認識の枠組みが、ある社会に定着していたとしても、それをもって、他の社会を、遅れた思考習慣とか誤った思考習慣と評価することはできない。思考習慣とは、その集団や社会において最適化されているかどうかが問題となるからである。この場合、ある問題に対する思索の結果は集約せず、社会ごとに複数共存することを認めることになる。幽霊の存在に関しても、社会によってその成否は決定するし、そのいずれかが正しいという客観的(=第三者的)な立脚点に立つことは、困難である。なぜならば、いかなるものも生来的に社会の思考習慣を背負ってしまっているため、存在する/しないの解答は、個別的に、そして相対的にしか解答できないからである。

すなわち幽霊的な存在は少なからずの社会において語られている。そして、この幽霊は仮に錯誤であろうとも、あるいは捏造であろうとも、否定的に評価される理由はない。ここの意味で思考の怠惰説は誤りを含んでいる。

先に「幽霊は存在するか」という問題に普遍的な解答が存在せず、これがそもそも解答なき問題設定ともなりうることも確認した。しかし、問題はまだ片づいてはいない。それでは具体的に、ある者が「私の死んだ娘の霊を見た」という主張をなし、ある者は「そのようなものは存在しない」と主張する場合、どう対処すればよいのであろうか。幽霊が存在するという主張にたいして我々は白黒をつけなばならない場面があるのではないだろうか。結局妖怪や幽霊と称される一群のモノの取り扱いを、我々はどうすべきであろうか。

2. 3 まとめ

「幽霊は存在しない」という判断は、「幽霊は存在する」と違って、場所や時間を限定しない限りは、普遍命題となってしまうことを指摘しておきたい。つまり、「幽霊は(どこかに)存在する」はいえるが、「幽霊は(どこかに)存在しない」は不自然であり、「存在しない」という命題は、「幽霊は(どこにも)存在しない」を暗に意味することになってしまうのである。したがって、この場合、フロギストン説やエーテル説への反論とは大きく異なって「存在する」と「存在しない」、両者は立証において、非対称的であり、同格に並び立っている命題ではなく、「一般に存在するのか、しないのか」という設問は、その立て方自体が不自然である。それゆえに、このような「あるのかないのか」や「いるのかいないのか」論は、いくらでも出てくる「ある」「いる」派を、もぐらたたき的に反論してゆくという図式になる。これではおそらく論理的な解決は不可能である。

幽霊一般がいるのかいないのかという幽霊の哲学は、逆に混沌としてきた。結局、幽霊はいるのかといわれたら、どう答えることになるのだろうか。私は前章と本章の考察を踏まえ、以下のように答えたい。

まず、「どの幽霊のことか」と聞き返す。そして

  1. 相手が、個別の体験である場合
    1. 幽霊がいて欲しいと思っている。
      1. 経済的損失が絡む→法律的に対処する。
      2. 経済的損失が絡まない→そういう幽霊はいるかも、と答える。
    2. 幽霊を怖がっている→思考の怠惰説を説明する。
    3. 何度も体験している→精神医学的知識で対処する。
  2. 相手が、個別の体験ではない場合
    1. 肯定派の場合→1と同じ
    2. 否定派の場合→原則として社会的思考習慣と解答のメニュー化を説明する
      1. 「どの」自体が存在を肯定しているのではと答えた場合→暫定解1の説明を試み、議論を深めあう。
      2. 自然科学的に、聞いてくる場合→科学論へ議論は移行
    3. その他→原則として社会的思考習慣と解答のメニュー化を説明する
      1. このような場合分けの解答を認めない場合→思考の怠惰説を説明する
      2. なんだかはぐらかされていると感じている場合→幽霊の定義の話をしてみる
      3. 感情的に拒否された場合→こんな解答しかできないことを謝罪し、ケーキをおごる

このマニュアルはまだまだ未完成であるが、このような解答メニューのできるだけ汎用性が高いものを作ること、これが私の最終解答である。これは、一見幽霊がいるのかいないのかに対して誠実に解答をしておらず、逃避的に処理をしようとしている、と思われるかもしれない。しかし、そうではない。私は、その質問者に対して、最も有用な解答を用意することが正しいと考える者である。

あらゆる問題には「解答が決まる」場合と「解答を決める」場合が存在する。前者でない場合、解答は、どう決定するかという意思の問題に還元される。そして、統一的な解答が必要ない場合(必要ある場合とは、たとえば選挙やコンテストである)、個別に対処してもいっこうに構わないのである。さらに、いわゆる真理や正しさというのは、有用性で判断されるべきことだという私の立場もこれを後押しすることになるだろう。

いずれにせよ、この暫定解1を補強するために、もう一章を設ける必要がある。

参考文献

  • 『霊はあるか』, 安斎育郎, 講談社ブルーバックス, 2002
  • 『心霊写真』, 小池壮彦, 宝島新書, 2000
  • 『超能力の世界』, 宮城音弥, 岩波新書, 1985
  • 『妖怪と楽しく遊ぶ本』, 湯本豪一, KAWADE夢新書, 2002
  • 『妖怪と怨霊の日本史』, 田中聡, 集英社新書, 2002
  • 『科学技術の仕組みと歴史』, かんき出版, 1995
  • 『文化人類学入門(増補版)』, 祖父江孝夫, 中公新書, 1990
  • 『超常現象を何故信じるのか』, 菊池聡, 講談社ブルーバックス, 1998
  • 『認知心理学』, 道又爾ほか共著, 有斐閣アルマ, 2003
  • 『考えることの科学』, 市川伸一, 中公新書, 1997
  • 『自己と感情(認知心理学モノグラフ9)』, 北山忍, 共立出版, 1998
  • 『心身問題』, 廣松渉, 青土社, 1989
  • 『科学の危機と認識論』, 廣松渉, 紀伊國屋書店, 1977
  • 『廣松渉コレクション』第六巻, 情況出版, 1995
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  • 『教養としての言語学』, 鈴木孝夫, 岩波新書, 1995
  • 『文化=記号のブラックホール』, 丸山圭三郎, 大修館書店, 1987
  • 『メタファー思考』, 瀬戸賢一, 講談社現代新書, 1995
  • 『言語からみた脳科学』
  • 『ホラー映画の魅力』, 小中千昭, 岩波アクティブ新書, 2003
  • 『現代怪奇解体新書』, 共著, 宝島社, 1998

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