2004/02/01 第6回 Res: もの研究会

古代異端的キリスト教思想家における質料と悪
ストア主義と中期プラトン主義の質料観を手掛かりに

発表者: 津田 謙治

■ 概観

穢れ無き魂が肉体に宿る瞬間・・・仮にこれを「人間」の誕生とすることも可能であるが、別の視点ではこの「誕生」こそが、「人間」の堕落と解釈することも可能であろう。例えば魂を穢れ無き最上の存在とするならば、肉体という牢獄に捉えられた魂は「劣化」したと捉えることも出来る。この理解は、西洋古代的視点からは、病気や欲望など人間の否定的側面を、常に肉体の限界性と結びつけた点に由来すると言えよう。

このような肉体の物質的(もの的)な性質を否定的に価値判断する思想は、何に起因すると考えられるであろうか。この「もの」が否定的に語られる理由の一つとして、「もの」が世界における悪の問題を論ずる際に、重要な役割を果たしていたことが挙げられるであろう。中期プラトン主義の思想を取り上げるならば、万物の始めにあるもの(アルケー)として、「神」と「イデア」と「質料」(ここでは「もの」と同一視することにする)とがあり、世界の造り手である「神」と世界の見取り図である「イデア」を悪の原因と出来ない以上、世界に存在する悪は世界の材料となる「質料」の不完全性に起因することになっている。勿論、キリスト教的世界観においても、創造者である「神」を悪の原因としない為に、「存在の欠如としての悪」や、「人間の自由意志」として悪の問題を解決しようと試みられてきた。しかし、キリスト教の枠組みにおいて(仮に異端的思想をもそこに含めるならば)も、この「質料」という概念から「神」の善性を(部分的であれ)保持しようと試みられた例が存在する。つまり、「質料」が悪であるおかげで、創造神は悪の主役にならなくて済む、とうことである。

このような創造神と世界の悪とを切り離す試み(神義論)において積極的な役割を果たす「質料(もの)」概念は、古代のローマ世界においてはどのように理解されていたのであろうか。本発表では、否定的な側面と結びつきやすい「質料(もの)」概念を、異端的キリスト教思想家であるマルキオンの思想から考察し、同時代的なストア主義や中期プラトン主義における「質料(もの)」概念との比較によって、この概念を明確にすることを試みたい。

引用文献

  • Alcinoos, Enseignement des doctrines de Platon, John Whittaker(edd.), Paris 1990.
  • Apuleius, De Platone et eius dogmate, in: Apuleius und seine Lehre, Paolo Siniscalco(edd,), Sankt Augustin 1981.
  • Clemens Alexandrinus, Stromata Buch I-IV, Otto Stahlin(ed.), 4te. Auflage, Berlin 1985.
  • Irenaus von Lyon, Adversus Haereses I, hg.v. Norbert Brox, Freiburg 1993.
  • Numenius. Fragments, Edouard des Places(ed.),Les Belles Lettres, 95, Paris 1973.
  • Stoicorum Veterum Fragmenta. vol. 1-3, Joannes ab Arnim(ed.), Leipzig 1903-1905.
  • Tertullien, Contre Marcion 1-4, SC., 365, 368, 399, 456, R. Braun(ed.), Paris 1990, 1991, 1994, 2001.
  • Tertullian, Adversus Marcionem 1-3, 4/5, E.Evans(ed.), Oxford 1972.

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