2003/10/12 第5回 Res: もの研究会

みえるモノ、みえないモノ
−ダニエル・アラス『なにも見ていない』を読む−

発表者: 中井 淳史

■ はじめに

ここに報告するのは、第5回研究会で報告した書評の要旨である。当日の報告の概要は以下のとおり。

はじめに (ダニエル・アラスの経歴・著作紹介)
1. ダニエル・アラス著『なにも見ていない』を読む (章ごとの要約)
2. みえるモノ、みえないモノ (要旨をふまえたうえで、いくつかの論点を提示)
おわりに

本Webサイトに採録するにあたっては、スペースの都合から上記「はじめに」と第1章を省いた。書評の体裁としては不十分かもしれないが、研究会のコンセプトに対してアラスの主張を照らしあわせてみることが本来の意図でもあるので、諒とされたい。ここでは、基本的な書誌情報と目次だけ掲載しておく。

ダニエル・アラス著(宮下志朗訳) 『なにも見ていない 名画をめぐる六つの冒険』
白水社、2002.10. ISBN4-560-03887-2、2600円
原題 Daniel Arasse, On n'y voit rien: Descriptions, Denoël, 2000.

  1. 親愛なるジュリア ― ティントレット《ウルカヌスに見つかったマルスとウェヌス》
  2. カタツムリのまなざし ― フランチェスコ・デル・コッサ《受胎告知》
  3. 黒い目 ― ブリューゲル《東方三賢王の礼拝》
  4. マグダラのマリアのヘアー
  5. カッソーネのなかの女 ― ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》
  6. 巨匠の目 ― ベラスケス《ラス・メニーナス》

■ 1. 「墓場の番人」 : 図像学への批判

本書で展開されているアラスの議論は多岐にわたっているが、その根幹のひとつをなすのが、従来的な美術史学、とりわけ図像学 iconography への批判である。アラスは冒頭から以下のように述べて挑発する。

ぼくが気にしているのは、きみが往々にして、きみ自身と作品とのあいだに、文献や、引用や、作品外部への参照事項など、スクリーンを強引に置きたがることなんだ。作品の燦然たる輝きからきみを守り、ぼくたちが属している美術史学という共同体の存在理由や認識票になっている、獲得済みの習慣を守り通すための、いってみればサングラスみたいなフィルターをね。(p. 9)

美術史学の制度的な源泉ともいえる、文献や引用、作品外部へのコンテクストの参照といった要素こそが、絵と我々とのあいだを遮蔽してしまっているというのが、アラスの主張だ。美術史家は「画家とそのタブローが表現していることを、わざと見ないように」(p. 9)しているのだというのである。

ここでいう図像学とは、パノフスキーの言葉を借りれば、図像の「伝習的意味」の認識をおこなう学問を意味する。剣をもつ男は何を意味するのか、十数人の男たちが厳かに食卓を囲む姿は何をあらわしているのか、造形芸術のイメージやストーリー、アレゴリーを明らかにする作業だ。そのためには、当然のことながら絵画から一端はなれ、別の知識体系への参照が不可欠となる。裸の男女がもつ赤いリンゴや、自らの長髪でもって男の足をぬぐう女の姿の意味を、聖書を参照して解明するように。このような外的なテクストなりを参照し、意味づけてゆくのが図像学の基本なのだ。

しかしアラスは、これではモノ(本書の場合、絵画であるが)をみるという経験がおろそかになってしまうと批判するのである。アラスは「図像学なるものは、美術史学における消防隊」(p. 30)というように、皮肉のきいた挑発を随所でおこなう。

きみは、どうやらテクストから出発しているみたいなんだ。タブローを解釈するにはテクストが必要なようだね。あたかも、タブローを見る自分のまなざしになど信頼を寄せていないし、画家が表現したいと思ったことを、おのずから見せてくれるタブローだって信用できないとでもいうみたいにね。(p. 21)

図像学的研究が、描かれているモノの意味解読という側面に集中し、自己目的化してしまっていること、そしてとりわけ寓意レヴェルの解釈に固執するという批判は、1980年代以降に勃興してきたニュー・アート・ヒストリーの重要な論点でもある。その点でアラスの見解もこうした流れのなかに位置づけられるのであるが、ではなぜ図像学がこれほどまでにやり玉に挙げられなければならないのだろうか。イヴのもつ赤いリンゴが知恵の象徴であるとわかれば、その絵画をより深く理解できるのではないか。

描かれているモノの寓意的意味を了解することは、たしかに絵画をより深く理解することにつながる。アラスもまた、図像学そのものを完全に斥ける意図までは持っていないようだ。ただ、より深く理解するための図像学的解釈に満足してしまうこと、いいかえればこうしたやり方に過度に依存してしまうことで、絵画の諸々の要素がみのがされてしまうことを懸念しているのだ。知りすぎたために、図像学的にみすぎたために、みえなくなってしまう危険性をである。

図像学的解釈に収斂させず、直視するようアラスが喚起する要素とは、具体的には絵画の細部や逸脱といった問題だ。

たとえば第1章では、老人と若い男女の群像をギリシア神話に参照づけ、その神話的場面を理解し、そして婚姻の教訓という道徳的な理解へと結びつけてしまうために、この絵画がもつ群像のこっけいさ、構図の特異性や鏡の位置の不自然さといった要素がみのがされてしまったと主張する。さらに人物の認定→典拠の確定という図像学的検討を優先することで、画家が込めた意図は後景においやられ、典拠=テクストが示しうる「教訓」のみが重視されてしまうと批判するのである。第2章では、カタツムリを聖母マリアの象徴とみなして「一件落着」させてしまったために、なぜカタツムリをそこに配したかといった、なぜ受胎告知のあまたの絵画のなかで、これだけが特異なのかといった問題への詮索が断ち切られてしまう。

画家の意図や表象、構図といったさまざまな要素が複雑に練り上げられた絵画に対し、その図像の意味という1点でのみとらえて単純化してしまう姿勢を「なにも見ていない」として批判しているわけだ。細部にこめられた画家の創意工夫が、この図像学的な方法ではすくいあげることができないのだ。アラスの言葉を借りるならば、

でも時と場合によっては、つまり、この《ウルビーノのヴィーナス》がいい例なのだけど、形態的な要素を、あらゆる分析に先立って、ただちに特定の物体と同定し、すぐさま命名してしまうことで、画家の仕事が了解不可能なものとなり、タブローの脇をかすめて通ることになってしまうのです。(p. 139)

ということである。

アラスの主張が、美術史学でどのように受け止められているか、門外漢の私にそれを論ずる力量も資格もない。ただ、アラスの批判は、決して美術史学だけにとどまる論点ではないように思われる。美術史料、考古資料、民俗史料にせよ、およそモノに対峙しようとする場合、じゅうぶん起こりうる問題であるように思われるのだ(こうした印象が、今回本書をとりあげた理由のひとつでもある)。

私たちはモノをどう認識するのか。先述のように、多くのモノは一種の概念化を通じて理解される。目の前にある赤くて小さくて、丸くて甘いものをリンゴと了解するように、資格や触覚、味覚などさまざまな知覚によって認識されるモノを私たちは、概念化して理解する。これは同時にモノの外部にある知識体系への参照をともなうものだ。

図像学的解釈はまさにそれで、槍をもって龍と戦う男=聖ゲオルギウスとか、香油の瓶を持つ長髪の女=マグダラのマリアというように、しばしばアトリビュートなどをもとに類型化をはかっている。この手の作業はなにも学問だけにとどまらず、日常のあらゆる場面で発生する営為なのであるが、これには必然的にある種の単純化、通約化がともなうことは意識の枠内にとどめておいていいだろう。よくみれば決して一様ではなく、さまざまな相違点を持っている土器を、いくつかの特徴から○○式土器とくくって理解する。この過程においては、モノが本来もっているさまざまな多様性がどうしても欠落してしまうのだ。

もっと卑近な事例をあげるならば、美術館などで、絵画に添えられた説明板(たいがい小さくてみにくい)を読んで、その絵を理解した気分になることは誰しも経験したことがあるのではないだろうか。しかし、それではアラスにいわせれば、絵のなにものをもみていないことになる。絵を半可通に理解してしまうことで、逆に対象そのものを「なにも見ていな」くなってしまうからだ。描かれているモノに意味を与えてしまえば、解釈はそれで終了するわけではない。むしろ大事なのは、そういった(図像学的)解釈行為を脇において、絵そのものをみること、すなわちモノをモノとしてみつめ、モノのもつ複雑さ、多様性に目を開くことなのだ。

このような姿勢は、モノに意味を付与させたがるという、我々→モノという一方向的な(かつごく一般的な)認識論的関係すらも疑問に付すことにつながる。こうした営為を通じて、美術解釈、ひいてはモノ研究のあらたな地平が開けるのである。

■ 2. God's in detail. (神は細部に宿れり)

モノをモノとしてみること、そしてそこから図像学的な理解に収斂され得ない(別のいいかたをすれば、図像学的な視点からこぼれおちてしまう)モノに対し目を向けよ、というアラスの主張は、細部や逸脱へのまなざしへとたどりつく。これこそが彼の方法論の真骨頂といえるだろう。

1997年に刊行されたアラスの著書『タブローの中の主体/主題』(原題 Le sujet dans le tableau. Essais d'iconographie analytique)には、以下のような主張が披瀝されている(原書にあたれなかったので、引用は本書の訳者あとがきに準拠した)。

逸脱を凡庸なものとし、矮小化し、平板にしてはいけない。そうではなくて、逸脱を、個別の有意な価値とすることが重要なのだ。美術史の方法を、特殊性においてもテストしてみることで、そうした逸脱や異常さを、<言表行為の主体>が、<言表された主題>のなかで有するマークだとみなすことが重要なのだ。(p. 10)

絵画における逸脱や異常さ、図像学的な理解にはまりこまない部分こそ、<言表行為の主体>すなわち画家のマークがあるのだという考え方は、本書の通奏低音ともなっている。絵画の情景と鏡像の微細なズレに注目した第1章や、人物の描写と視線に目を向ける第3章の議論などは、その好例であろう。

こうした細部や逸脱、異常性に目を向けるスタイルは、かのカルロ・ギンズブルク Carlo Ginzburg を容易に連想させる。実際、翻訳者もあとがきのなかでギンズブルクとの類似性を示唆している。ギンズブルク自身も、『チーズとうじ虫』などで試みた方法論のマニフェストともいえる「徴候」(竹山博英訳『神話・寓意・徴候』せりか書房、1988)において、アビ・ヴァールブルク Aby Warburg の言葉を借りながら、細部のズレや逸脱に目を向ける必要性を論じている。

彼によれば、事象の全体を把握する鍵はそこにこそ隠されているという。16世紀イタリアの粉ひきメノッキオの思想や、フリウーリ地方のベナンダンティといった民衆文化に、エリート層に主導されたキリスト教文化に吸収され得ない異教的・ユーラシア的要素を読みとっていった彼の試みは、文字通り「神は細部に宿れり」という思想を体現したものといえるだろう。そして、この点のみとれば、アラスとギンズブルクはかなり似通っているといえるのだ。

しかし、子細に吟味してみると、アラスの方法論はギンズブルクのそれとはいささか異なっていることに気づく。

本書でしめされ、また徹底的に重視されるのは、細部が徴候的に全体を決定づけるというよりも、細部そのものがもつ多義性だ。絵画の細部やそこにひそむ逸脱、異常性といったものが、かくも多様な意味をもっていることを明らかにする点にこそ、むしろ主眼がおかれているのである。そのためにアラスの議論の展開は、飛躍が多くいささか晦渋なものになっているが、ともあれ本書でしめされるのはこうした多義性であり、それは本来、意味をひとつに決定しがたいものであること、図像学のように意味をひとつに決定してしまうやいなや、その「生気」は失われ、多義性は色あせてしまうものである。ギンズブルクとアラスとを比較したときに、このような点でちがいがみとめられることは注意しておいてよいだろう。

多義性ないし多様性は、モノを意味づけるという点、すなわち観者→モノというベクトルにおいてのみみられるものではない。第2章や第5章で展開されるアラスの議論が明らかにすることは、モノが観者に働きかける可能性だってあるということだ。そしてさらに、観者−絵画、画家−絵画といったみる−みられるの関係性のなかにすらあらわれるとアラスは主張する。

― もちろん、そんなことはない。ぼくは、そのタブローを『眺めて』みたいだけです。図像学は忘れていい。タブローがいかに機能しているのかを確かめたいのです。
― それは美術史ではない。
― そうですね、美術史の習慣にはないことですね。でもそろそろ、それも変わるべき時かもしれない。美術に歴史があって、ひとつの美術史を持ち続けていられるのは、芸術家たちの仕事のおかげなのだし、とりわけ彼ら芸術家が過去の作品に注いだまなざしや、それを領有した方法のおかげなのだから。こうしたまなざしを理解しようと務めず、いにしえのタブローのうちに、後世の芸術家のまなざしをひきつけたところのものを発見しようと努めないというのなら、きみは、美術史の大きな部分を、もっとも芸術的な部分を放棄することになりますよ。(p. 134)

アラスが注目するのは、絵画の「機能」、すなわち観者がいかに絵画をみるのか、そして絵画がどのように観者に働きかけるのかといった問題だ。これは画家と絵画、注文主の関係にとどまるものではない。時空を超えて、美術館の展示品として我々が相対したときに生起する機能をも射程におさめているのである。

第4章や第6章の議論は、まさにこうした観点にたったものだ。注文主のプライベートなものとして制作された(したがって、本来注文主しかみることのないはずの)絵画が、後世の人々にどのような影響をおよぼしたのか。第4章のティツィアーノの絵画の場合、マネがそれをどのように領有していったかに焦点をあてながら、二人の画家がとった戦略が議論されるし、第6章ではフーコーの解釈をひきあいにだしながら、そのダイナミズムが分析されてゆくのである。

■ 3. 美術解釈における「アナクロニズム」

細部や逸脱への注視、そして画家と絵画、注文主という自明にみえるベクトルすらゆるがせようとするアラスの試みはきわめて刺激的ではあるが、重厚な実証主義の伝統からみれば、きわめてアクロバティックな試みに映る。「従来の」美術史学の側からの異論もあるはずだ。アラスは、こうした立場からの批判を本書の登場人物のひとりに語らせている。

きみにいわせてもらいたい。この手の、当節流行のこねくりまわした珍説に、ぼくは虫酸が走るんだとね。タブローから、是が非でも仲立ちを見つけなくてはいけないご時世なんだから。まるでタブローがわれわれを必要としているかのようにね。きみや、そのお仲間ときたら、思い上がりもはなはだしいし、アナクロニズムはたえがたい。ぼくは美術史家なのですよ。おもしろみに欠けるかもしれないけれど、ぼくには、あれやこれやと『現代思想』を使って、過去を私物化するなんてがまんしがたい。(p. 148-149)

第6章の議論に収斂してゆくように、「従来の」美術史学からの反論とは、「過去の私物化」への危惧という1点につきるといってよい(もっとも、これが実際にアラスへの批判の唯一の論点かどうかは私にはわからない)。対象の絵画に対し、後世のまなざしでもって作品を読み解くことは時代錯誤にすぎないのだという主張だ。

なるほど、アナクロニズムを警戒せよという警告は理解できなくもない。歴史学(考古学も含めて)に携わる私たちは、もっとも注意しなければならないのがこのアナクロニズムであるとしばしば教えられてきた。この手の解釈は、ともすれば安易な結果論やないものねだり、床屋政談におちいりかねないからだ。

考えてみれば、図像学とはその点で、「歴史的なまなざし」(つくられた時代の人々の観点に近づこうとする意味で)にたとうとしたものといえるかもしれない。もちろん完璧な再現は無理であるにしても、同時代のテクストを参照しつつ、一般的なみかたや寓意を探り出し、それを絵画に描かれているモノにあてはめてゆくことを必死に試みているのにはまちがいないわけだから。

しかし、美術史料の場合、大きな特徴となるのは、そのモノがたえず観者の目にさらされ得るということだ。注文主の個人的な依頼によって絵画が制作されたとしても、絵画へまなざしを注ぐのは注文主に限定されてしまうとはかぎらない。美術館におさめられた絵画を想起すれば明らかであるが、注文主=観者−画家というプライベートな関係を越えてしまうことはあるわけだ。図像学的な解釈をつきつめてゆくかぎりでは、こうした絵画の受容史的観点がすっぽり抜け落ちてしまうことになってしまう。アラスは図像学的解釈の、この硬直性をこそ批判する。

自分のこと、美術史家だなんて思ってもだめだよ。だって、きみは理論や理論家が好きなんだからね。彼らはしっかりものを考えているし、ぼくたちの思考の助けとなってくれる。理論化連中が惜しみなく開陳してくれる、貴重な論証法や厳密な理論に対して、なぜ専門の美術史家たちはだんまりを決め込んでいるのだろうと、きみも不思議に感じているんだ。彼ら美術史家の答えは、きみも知ってのとおり、時間的な錯誤(アナクロニズム)を警戒するということに尽きている。いや、彼らにだって、それなりの言い分はある。一般的にいって、タブローを理論的に分析する際に、それが歴史的にいって適切かどうかなんて、あまり気にしないからね。ところが、きみの場合は、どちらかといえば、そういうアナクロニズムに迷惑しているわけだ。アナクロニズムが有無をいわさずに実行されると、解釈の対象よりも、解釈する当人の正体が割れるという感じになるからね。それでも、きみも結局、こうしたアナクロニズムは、美術史家にとって避けがたいものだと理解するようになったんだ。だって『十五世紀のまなざし』 l'oeil du Quattrocento なんて、二度と見いだせるものじゃないんだからね。(pp. 179-180)

美術史学の泰斗・ゴンブリッチ卿 E. H. Gombrich は、絵画にはひとつの「正しい」意味、つまり作者の主たる意図があり、それを正しく読むことが解釈なのであって、そこから逸脱した解釈はすべて過剰なものであると述べている。彼の議論自体は古典的な人文主義の伝統をみすえながら、その「正しい」意味の探求に関して、批判に対し開かれたものとする重要性を指摘しており、決して閉鎖的で偏狭な議論ではない。しかし、現代の知的状況にあって「正しい」意味や解釈などといわれると、なんとなく違和感を感じてしまうのはいたしかたないだろう。

いくら画家の意図によって巧妙に描きあげられた絵画であったとしても、観者がそれとはまったく異なる感想や効果、意味をみつけることはは現実的にみてもありそうなことだ。ゴンブリッチ卿の考え方は、画家→絵画→観者というベクトルしかみとめないという硬直性に陥りかねない危険性を内包していることは否めない。これに対し、アラスのつぎの言葉はきわめて説得力に富む。

ここでは、画家と注文主が思い描いたこととは無関係に、そんなものを超越して、このタブローが、画家や注文主の死後ずっとあとも、視覚的な意味を生成していくかのように、すべてが運ばれていく。それこそが、おそらくは傑作というものなんだ。(p.211)

アナクロニズムを警戒するあまりおよび腰になっている美術史学の現状に対して、アラスはひとつの解決として、絵画の機能といった問題に目を向ける。画家−注文主−絵画という同時代的関係性からあえてとびだす試みだ。

これは同時に、美術史学における「歴史叙述」のあり方の再考をうながす試みにつながる。美術史とはいうまでもなく、現代にのこされたさまざまな絵画に、時間軸上の正しい位置を与え、その流れを記述してゆく学問である。そのためのひとつの手段として生み出されたのが、時代の特徴を示す「様式」にほかならない。ここでは、絵画はあくまでも過去のものとして、そしてその時代の特徴をあらわすものとして読みとられる。美術史において絵画は、絵画がつくられた時間軸へと戻され、位置を与えられることによってはじめて、そしてそれによってのみ、価値が生ずるものなのだ。

しかし、アラスの展望はこういった美術史の本義からは「逸脱」してゆく。先に引用した言葉のように、画家−注文主という、いわば同時代的関係を超越したところに意味を求め、読み解こうとするのだから。観者の解釈行為のなかから絵画の意味を読み解く試みは受容美学の一般的な方法であるが、アラスはこの方法(絵画=モノ→ヒトへ)を歴史的な枠組みからも解放しようとするのである。その成否はともかくとして、きわめて刺激的な試みであることはたしかである。また同時に、きわめて危うさを内包した試みであるということも。

とはいえ、「正しい」解釈があったとして、それを鵜呑みにするだけではおもしろくはない。絵画が制作され、現代へと生きのこるなかで、いかに観者との関係を切り結んできたのか。観者−絵画との関係はけっして一様ではなかったはずだし、その時々にさまざまな啓発も起こったはずだ。

アラスの試みが、アナクロニズムの罠をかすめてゆくようなアクロバティックなものであったとしても、それが美術史学という学問の反省につながることはおそらくまちがいない。アナクロニズムな解釈を生起せしめる力が絵画にはあったということなのだし、そうした事実すらまた、美術の「歴史」であるにちがいないのだから。

■ おわりに

以上、アラスの戦略について、図像学的解釈への批判、細部や逸脱への注視、アナクロニズムへの対応という観点から整理してきた。

本書評ではじゅうぶんに指摘できなかったが、本書の最大の特徴はその叙述形式にあるといってもよいかもしれない。美術史家の友人へあてた手紙形式の第1章や、演説風の第2章、会話形式の第5章など、その語り口もまた、おどろくほど多様である。アカデミック・ライティングの形式をとびこえる試みがなされているのだ。これは近代以降の百年間、学術論文の「お作法」に慣れきってしまった私たちに、モノを、そして歴史を叙述するとはどういうことかをあらためてかんがえさせられる。

どの章でも共通するのは、絵画に対する従来の(図像学的な)みかたを提示してみせたうえで、それをひっくり返してみせるスタイル、いわゆる「どんでん返し」の手法だ。軽やかにもみえるそのスタイルは、学問的にみれば危うさすらあるのかもしれないが、読む者に軽快さやリズムを与えてくれることはたしかである。このあたりの感覚はなかなか書評では紹介しきれなかった。実際に本書を手にとられることをおすすめしたい。

その叙述形式の魅力もさることながら、本書を通じて提起されるアラスの主張は、単に美術史学にとどまらず、ひろくモノを「読む」作業にたずさわる人間にとっても重要な意味をもっている。

本書で開示されたのは、絵画という媒体のなかにおける、モノとモノ、モノと人とのさまざまな関係性のあり方だ。図像学に代表される美術史学でいえば、絵画とは観者によって意味が規定されてゆくものであった。しかし、ここでアラスが明らかにしてみせたのは、モノが観者に方向づけを与えるという逆のベクトルであったり、モノとモノとの共鳴によって、あらたな意味作用が創出されるしくみであったり、時空をこえて変化する意味作用のダイナミズムだ。かくもあざやかなる多様性のまえに、我々は「モノを認識する」という(しばしば支配的ですらある)ことばの意味をあらためてかんがえてみてもいいのかもしれない。

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