2002/09/23 第2回 Res: もの研究会

「物語ることはものが語ることではない。」

発表者: 佐藤 啓介

以下は、「もの、解釈、歴史」をメインテーマに開催された第2回研究会において、挨拶として述べた小発表です。ただし、原稿なしで、その場で考えて述べられた発表だったため、「おそらくこんなことを述べたはずだ」という記憶と「こんなことを述べたかった」という意図を頼りに、後日、再構成したものです。この挨拶では、写真家の畠山直哉氏に触発され、氏の議論を手がかりとした内容が中心(ないし旋律核)になっています。

■ もの、解釈、歴史

第2回 Res: もの研究会は、「もの、解釈、歴史」をメインテーマ(というほど大仰のものでもないですが)として掲げています。正直に申し上げれば、メインテーマを決めた私自身は、あまり深く考えたテーマ設定ではなかったのですが、よくよく考えると、このテーマだけでも、随分多くのことが考えられるのだと、後日になって初めて気がつきました。

例えば、この「もの」「解釈」「歴史」という三つの主題の関係一つにしても、人によってそれらをはばらばらに受け取ったり、一まとめに受け取ったり、また、どれか一つ二つだけを受け取ったりと、様々な受け取り方があるのではないでしょうか。そこで、この挨拶では、その三つの主題の関係を、三位一体的関係としてではなく、あえて実験的に「2:1関係」にいろいろと組替えてみることで、そこからどのような思索が発展しうるのか、その可能性を考えてみることにしましょう。それをもって、挨拶と代えさせていただきます(なお、注の番号は章ごとに打ってあります)。

■ もの - 解釈 / 歴史

手始めに、「歴史」を一旦脇に置いて、「もの」と「解釈」の関係について。

ものの側から見たら、解釈との関係が結ばれるのは、ある意味で必然的だといえます。何故なら、すべからく、事物は、名指され、そこに意味を与えることで、「〜として」認識されるからです。例えば、そこら辺にあるかちこちしたものが「机として」認識され、その上にあるぺらぺらしたものが「紙として」認識される、といった具合に。その「〜としての名を与え、意味を与える行為」を解釈と呼ぶことが許されるならば、得体の知れないものから「個別の、具体的なもの」として存在することが可能となるのは、まさに解釈によってなのです。

もう少し厳密に言えば、「もの」の認識には、「これとあれは同じ/違う」というグループ化の(前意味論的)解釈と、「これとあれは紙である」という(意味論的)解釈が織り合わさっています。無論、それらは必ずしも時間的順序をなすというよりは、相補的に組み合わさって、「〜として」の認識構造全体を構成していると考えるのが、最も適切でしょう(注1)。

こうした「もの - 解釈」の必然的関係に比べれば、歴史という主題がそこに加わる必然性はないように思えます。

  1. ものの認識における「差異の観察」については、例えば、Archa氏のHP「直感の考古学」における以下の文章(現在進行形で話が継続される文章です)も参考になります。
    「モノについて。」 (since 2002/10/21)

■ もの - 歴史 / 解釈

しかし、そのように思えるのは、「もの」の側に特権的に目を向けたからでもあります。つまり、「もの」をまず最初に主題として定立したから、「解釈」はそこに必然的に伴い、「歴史」が伴う必然性はなくなった、というわけです。しかし、今度は逆に、先ほどは脇においていた「歴史」の側に、まず最初に目を向けることにしましょう。

さて、我々は「歴史」をどのように知るのでしょう。いや、正しくは、「時間が流れていること」をどのようにして知るのでしょう。それは、「事物の変化を見ること」によってではないでしょうか。例えば、冷蔵庫の外に置いておいたアイスが溶けていく姿に時間の流れを感じるといった短期的な変化から、遠くに見える山の木々の色の変化から季節の移ろいを感じたりといった長期的な時間の変化に至るまで。そのように考えると、「歴史」にとって、それがそれとして感じられるためには、変化する「もの」の存在が不可欠です。ものは、変化を知覚させてくれる、半ば特権的な地位にあります。その「変化」という意味で、ものと歴史との関係は不可分です。trace

しかし、「もの」と「歴史」(ないし「時間」)の関係は、変化の「進行形的」知覚に限定されません。「ものが今ここに存在する」ためには、必ずその背後に時間が流れていたに違いありません。ということは、ものの存在を今ここに認めるということは同時に、その背後に「あったであろう」時間の存在を認めることにもなります。こうした「歴史」の知覚の在り方を、先の「進行形的」知覚とは区別して、「完了形的」知覚と呼ぶこともできるかと思います。そこでの「歴史」の知覚とは、文字通りの意味での過去、すなわち、「過ぎ去った過去 past」についての知覚です。言いかえれば、進行形的知覚が「連続的」であるのに対し、完了形的知覚は「痕跡的」です。例えば、タイヤの跡という「もの」を見れば、そこを車が通ったという過去が推測されます。これが完了形的・痕跡的知覚の典型です。しばしば考古学が「人間活動の痕跡を対象とする学」として定義されることがありますが(注1)、考古学などは、この痕跡的知覚の最たるものでしょう。岩の末路岩の出所

しかし、痕跡として機能するのは、そうした「いわゆる痕跡的もの」に限りません。全てのものは、痕跡のはずです。今、ここにある紙とて、それが加工される以前の過去があるはずです。さらに、そうした人工物のみならず、今、そこに転がっている石ころとて、それは川の上流から流れてきた岩のなれの果てであり、かつ、その岩とて、もともとは山という塊から部分崩落した結果であるはずです。

このように、因果の連鎖を辿れば(痕跡的知覚の特徴付けるのは、この因果性です(注2))、全ての「もの」には過去があるのです。突き詰めれば、今私が住んでいる家のコンクリートさえ、どこか遠い場所で切り出された石灰石と因果的には一つなのです。従って、左右に並べた二つの図版は、「因果的には同質のもの」を撮影していることになります。こうした事情を、写真家の畠山直哉氏は見事に表現しています。

「遥か地平線まで続くコンクリートのビルや道路が、すべてあの山々から掘り出した石灰石を原料としているなら、このビルや道路をすべて擦りつぶし、その膨大な量の炭酸カルシウムを慎重に元の場所に返してやれば、最後のスプーン一杯で、以前の山の稜線は、ぴったりと復元されることになるだろう。鉱山と都市はまるで写真のネガとポジのようなものだ。」(注3)

繰り返します。「もの」は、「変化」をそれとして知覚させる要素としても、「痕跡」という因果的知覚を引き起こす要素としても、「歴史」と不即不離の関係にあります。

  1. 例えば、浜田耕作の定義を借りれば、考古学とは「過去人類の物質的遺物を研究する学 the science of the treatent of the material remains of the human past」である。浜田耕作, 『通論考古学(復刻版)』, 雄山閣出版, 1996, p. 11
  2. こうした考えの参考となったものとして、パースの「インデックス」概念がある。Charles Sanders Peirce, "The Icon, Index, and Symbol" Collected Papers of Charles Sanders Peirce vol. 2: Elements of Logic (ed. by Charles Hartshorne & Paul Weiss), Harvard U. P., 1932, p. 160ff.
  3. 『畠山直哉』(岩手県立美術館・国立美術館 監修), 淡交社, 2002, pp. 119-120

■ 解釈 - 歴史 / もの

ただし、先の畠山氏の引用文中の「写真のネガとポジのようなもの」という表現は、「痕跡的知覚」を考えるに際しては、若干の注意が必要です。何故なら、「痕跡」と「ネガとポジ」という二つの表現が合わさったとき、我々はつい、「痕跡には、痕跡を付けた行為の全体が残されている」と考えがちだからです。喩えれば、印鑑とその印影の関係の如く、印影という結果から印鑑という原因が見事に一義的に辿れるかの如く。

何故、そうした警告を発するのか。それは、その「結果から原因を辿る」行為の間に「解釈」が必要であることが忘れられかねないからです。言いかえれば、「もの」と「歴史」の関係が直接的であり、「もの」が直接、自らの過去を語っているかのように受け取られかねないからです(注1)。

ここで「2. もの - 解釈 / 歴史」で確認した、ものと解釈の緊密な関係を思い出す必要があります。ものは、それ自体としては自らの歴史を語りません。語るのは、ものを「〜として」見ている我々の側なのです。従って、「[歴史を]物語ることはものが語ることではない」のです。痕跡的知覚が我々に喚起してくれるのは、「過去があったに違いないこと」という、ただそれだけであり、「その過去の内容」ではないのです。その内容はものに内属しません。語るのは、解釈する我々なのです。

従って、「もの」と「歴史」の二つの概念を自らの思索に取り入れるためには、必然的に、第三項として「解釈」の概念もまた取り入れねばならないのです。ここにおいて、私なりの辿り方によって、「もの、解釈、歴史」という、第2回研究会のメインテーマ――その三一構造――が完成したことになります。

と同時に、「解釈 - 歴史」の関係性を強めれば強めるほど、「もの」はその二項の関係から「無関心」になっていくかのように感じられます。確かに、「もの」を何かとして見るためには、「解釈」が必要です。しかし、そもそも「もの」を何かとして見ること自体は、必然的に要請されることではありません。また、確かに、「もの」は「歴史」を変化と痕跡の形で認識させてくれます。しかし、そもそも「もの」から「歴史」を認識すること自体は、必然的に要請されることではありません。その二重の「必然性の不在」という意味で、「解釈 - 歴史 / もの」と概念群は分け隔てられるのです。

このように考えると、本来的には、「ものには何も内属していません」。この「ものの無関心さ」。それを取り戻したいというのが、私(=佐藤)の個人的な願いでもあります。「もの」は、どこまでも「もの」なのだから。終わりに、もう一つ畠山直哉氏の言葉を引用して、終わりとかえさせていただきます。

地下世界の事物は、地上の光や僕たちの視覚のことなどお構いなしに完璧な闇の中で存在し続ける。それは「見ること−見られること」に対して、徹底的に無関心だ。/ところで「自然」とは、「人間」に対して徹底的に無関心であるものの謂いではなかったか。だとするなら、暗黒の地下を流れる水やそこに住む小さな生物は、二重の意味合いで「人間」に対して無関心であり、二重の意味合いで「自然」だ。(注2)
  1. 「痕跡」概念の歴史認識に対する意義とその限界については、Paul Ricoeur, Mémoire, histoire, oubli, Seuil, 2000, esp. p. 15ff. また、以下のテクストも非常に示唆に富む。Carlo Ginzburg, "Spie: Radici di un paradigma indiziario" Miti, emblemi, spie: Morfologia e storia, Einaudi, 1986
  2. 『畠山直哉』(前掲), p. 60

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