重度の自律神経失調症・不定愁訴克服までの道のり

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精神科通院のはじまり

そんなこんなで、私は頭痛を抱えたまま、高校へ入学しました。 学校生活は新学校なので、それなりに勉強も忙しく大変でしたが、良い仲間や先生に囲まれ、学校生活の環境としては、それまで私が見てきたいじめやどろどろした人間関係、理不尽な教師や同級生というものでは全くなく、人生の仲でもっとも平穏な学校環境だったんですが、 やっぱり体調はよくならなかったんです。

頭痛のひどさは今までに輪をかけてひどくなり、もう精神科に行きたくないっなんて言ってる場合じゃなくなり、なんとかしてこの頭痛がとれれば、どんな手段を使ってでも元気になりたい。そしてどんな治療法でも試したいという追い詰められた状況になり、 高校一年の秋、精神科の門をくぐりました。

精神科は、私が想像してた精神的におかしい人が来ているわけではなく、ごく普通の方が悩みをもってるって感じの普通の人たちばかりだったので、今まで偏見の目でみていた自分に反省をしました。

精神科に初めて行って、これまでの状況を先生にお話し、頭痛のことを話すと、 自律神経失調症と思春期。 そして心身症でしょう。と言われ、その時から安定剤など、精神科のお薬を飲むようになりました。 でも何日、何ヶ月経ってもお薬で痛みが軽減される事はありませんでした。 むしろ薬の副作用が現れ、さらに苦しくなっちゃいました。

私が味わった副作用は、物事が考えれなくなってボーっとしたり、今まであった辛かったこと、悲しかったことを親に泣きながらしゃべったり、夜に薬を飲んで、次の日には前夜の記憶がなくなっていたり、 家の周りを徘徊したり、 二回の窓から飛び降りたりっとそれはそれはひどいものでした。

そして頭痛がひどくてあまり眠れない日は母が眠れるまで、夜中2時間も3時間も足の裏や掌をマッサージしてくれ、 ひどいときには毎日のようにしてもらっていました。

どうしてもこの頭痛はただ事じゃないはずだっと精神科の先生にCTを撮って検査していただけるようにお願いし、 検査をしましたが、検査は何処も異常なし。 正直私はがっかりしました。 検査で異常が見つかったら、手術して痛みが取れるかもっと期待していたからです。 その結果を精神科の先生に報告すると 「良かったじゃない! どこも悪くなくて。 ひどい人は腫瘍で手遅れって人もいるんだから」とおっしゃいましたが、私はとてもじゃないけれど良かったなんて思えなかったです。 だって頭痛が治る訳じゃないんですから。

そんなこんなで私は頭痛を抱えながら高校生をしていた訳ですが、 私の通っていた高校は公立だったので出席日数は絶対なので休みが多いと 自動的に留年でした。 一年生から二年生にはなんとかぎりぎりあがれたものの、二年生のときはその頭痛や薬の副作用のひどさなどから、本当に精神的にきつくなり、とても続けていける状態ではなかったので、留年を覚悟して半年間休学をし、ゆっくり心と体をやすめ、万全の状態でまた学生生活を送ろう!! っと決意しました。

 そしてその半年間は病院に通いながら家ではゆっくりして、頭痛の少ない日にはストレス発散でショッピングに出かけたりしていましたが、頭痛が治る兆候は見えず、 あれよあれよという間に休学期間の半年がすぎ、 また新たにもう一度二年生として通い始めました。が、、、、、、 やっぱり頭痛は治らなかったんです。

なので出席日数も多いままの学校生活が続き、新しいクラスで3ヶ月過ぎた頃に、 私このままでは卒業できないって思い、大好きな高校を泣く泣く辞めることを決意し、大検取得への変更をしました。 そうして大検を取得し、大学に入るために一年間予備校に通い、 運良く第一志望の大学に合格し(19歳の時)て、実家から出て、下宿する事になりました。

その頃には頭痛で予備校も休みがちでしたが、以前よりは少しましになってきていた気はしました。 そうして、体調が万全ではなく、体が弱い状態のまま大学入学をする事になりました。

 

 

 

 

 

 

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