ビィ・アーレイバーク。
 ○学生でありながら、規格外の戦闘能力、体力、そして魔力を備えた屈強な女達を束ねている。

 犯し、壊し、堕とし、そして……『モノ』にした女達。

 配下として、愛人として……時には肉奴隷として、女達はビィに仕える。

 それでも、ビィは決して女達を暴力で支配しない。
 束縛も、洗脳も、ましてや精神を崩壊させることもない。
 恐怖で塗り固めることすら、ない。

 あくまで対等に、女達を尊重し……時には呆れ、からかい、たしなめ……
 驚き、冗談をかわし、そして、笑いあう……

 帝王と呼ばれる少年。
 その単語の意味とはまるでかけ離れた支配者でもある少年。

 だからこそ、ビィは親しみを込めて、付き従う女達のことを、こう呼ぶ……


 『強いお姉さん達』と。


 自身を守ってくれる、とびきり強くて、かっこよくて、美人なお姉さん達。

 ビィは、お姉さん達のことが大好きだ。
 こう言えば彼は恥ずかしそうに、そっぽを向いてしまうだろうが……
 たまに制裁を加えても、意識が飛ぶまで犯し尽くしても、
そんな彼の心の片隅には、しっかりと愛が根付いている。
 鬼畜じみた行為の影には、優しさが顔を覗かせている。


 勿論、お姉さん達も、ビィを愛している。
 敗北と屈服……
 決して味わうことのなかった二つの言葉を、脳の奥底まで打ち込まれても……
 普段見せる、ビィの子供らしさ、そして優しさが愛おしいのだ。
 だからこそ、ビィに仕えることが出来る。
 反抗、暗殺、下克上……
 負を示す単語が彼女らの脳裏に浮かぶことなど、決してない。

 そして、お姉さん達を愛するビィであるからこそ、
彼女らも互いに仲良くやって欲しいと望んでいる。

 そんなビィの望みが叶ったのかどうか定かではないが……
 好戦的で武闘派な性格であるにも関わらず、彼女らは意外と仲が良い。
 ちょっとした諍いや言い合いこそすれ、互いに激しく嫌悪しあうことはない。

 神族と魔族……
 異なる種族……
 宗教と思想の違い……

 諍いの種は幾つも存在していながら、それでも、彼女らは笑い合える。


 共通の……愛すべき者が存在しているから。


 ビィ帝国……

 軍事大国や武装集団を超える戦闘能力を備えながら、何とも平和な国である。




1.


 「え〜〜〜!!??」
 唐突に、ビィの声が響き渡った。
 その表情は、『驚き』というより、『意外』であるということが色濃く現れている。

 「あの二人、そんなに仲が悪いの!?」

 平和の片隅に落とされた闇。
 相容れないペアがいるという、自身の希望を揺るがす現実。
 当然、ビィは黙っていられない。
 「アヌビスと、ヴリトラが!?」

 
そんな感じには見えなかったんだけど……

 そう前置きして、ビィは情報提供者であるフルーレティを見やった。
 「さっきだって、僕は『その二人』と話してたんだよ?」
 「それは……さすがに、四六時中敵対しあっているわけではないでしょうから」
 確かに、そこまでいがみ合っていたら、ビィも二人の関係に気付くはず。
 「まぁ……そうだね……でも、本当なんだ?」

 
パールバティ様は、そこまで問題視している様子ではないのですが……

 フルーレティとしても、自身の考えが『杞憂』であると信じたいようだ。
 「ですが……睨み合う二人を見ていると、それが『ただの小競り合い』ではないような気がして……」
 魔帝ルシフェルと引き分けるほどの戦闘能力を持つフルーレティ。
 単なる睨み合いにも、どれだけの殺意が付与されているのか、容易に読み取ることが可能である。
 ビィの『女』ではなく、あくまで『客人』としての立場ゆえに、
フルーレティはビィ帝国内における人間関係に敏感だ。
 「私も、アブディエルとの仲は良くありませんが……」
 そう、苦笑を交え、
 「彼女らの険悪な雰囲気は、早急に取り去るべきかと……」
 フルーレティは自身の考えを述べた。
 「そうだね……黙ってられない問題だ」
 「『客人』の身でありながら図々しく発言してしまい、申し訳ありません」
 頭を下げるフルーレティに、『その必要は無い』と、ビィは笑いかける。

 
『第三者』だからこそ、察知できる問題もあるんだ。

 「むしろ、感謝するのはこっちのほうだよ」
 「あ、ありがとうございます!」
 「ふふ……でも、分かる気がするな〜」
 「え?」
 単なる『問題』として済まさない。
 『問題』へと通じる『理由』を考察するのが、ビィの○学生らしからぬ一面。
 「アヌビスもヴリトラも、獣的な本能が強いから……」
 神獣と魔獣。
 セルケトに関しては、ヒトと変わらないのだが……
 日常生活において、アヌビスとヴリトラの動物的な行動は、ビィも頻繁に見ている。
 「獣同士の……縄張り意識みたいなものかな?」
 「お互いに、『仲間』として受け入れていないのかもしれませんね」
 「さ〜て……それじゃ、事情聴取でもしてみますか〜」



 「アヌビス〜?」
 ガチャリ、とリビングのドアを開けると、
 「ビィ♪♪♪」
 予想通り、嬉しげな声が返ってくる。

 ただ、そんなアヌビスの様子。
 知らぬ者が見れば、間違いなく『ふき出して』しまうことだろう。

 アヌビスは、まるで自ら進んで飼い犬にでも志願したかのように、牛の骨を咥えているのだ。
 しかも、大腿骨ゆえに三十センチ以上はある代物。
 その両端についた関節部分、いわゆるゲンコツとあいまって、かなり生々しい。

 あまりに犬らしい仕草を見せるアヌビスに、ビィが冗談半分に肉屋で入手して与えたのだが、
彼女は大方の予想を裏切ることなく、あっさりと『それ』を気に入ってしまったのである。
 アヌビスにしてみれば、ケーキや煎餅に勝る極上の『おやつ』なのであろう。

 そんな骨を嬉しそうに咥えたまま、アヌビスはうつ伏せ状態で尻尾を振りつつ、漫画本を開いている。
 ヒト科かイヌ科か……
 どうにも、判別が難しい女だ。

 「アヌビス〜……何、読んでるの?」
 「『銀牙』♪」
 「……そうきたか……じゃあ、どのキャラが好き?」
 「如月♪」
 「……わりと面食い?」
 「白狼もいいよな♪」
 「……ハスキー犬がタイプ?」

 
違う……こんな雑談してる場合じゃない……

 そうビィが本題に入ろうとしたところで、突然、アヌビスが低く唸って立ち上がった。
 完全な警戒と敵意。
 それは、ビィの背後に向けられている。

 リビングに入ってきた、ヴリトラに……

 「ん? あぁ、ヴリトラ……フルーレティの言ってたこと、本当だったんだ……」
 ここで初めて、ビィはアヌビスとヴリトラの関係を、なんとなく理解した。
 「ガルル……」
 ヴリトラも殺気をまとっているが、その目はアヌビスの咥える骨に向けられている。
 明らかに、『それ』を狙っているのだ。
 「お前だって、ビィから骨を貰ってただろ!?」
 鼻筋に『しわ』を浮かび上がらせ、アヌビスは身構える。
 確かに、ビィはアヌビスだけでなく、ヴリトラにも骨を与えたのだ。
 「ヴリトラ〜……さっきあげた骨は、どうしたんだよ?」

 「……食べた」

 ヴリトラらしい。
 彼女であれば、牛骨の硬度も意に介さず噛み砕くことが可能であろう。

 アヌビスが、『御主人様からの御褒美を、大切に保管する飼い犬』であるとすれば、
 ヴリトラは、『御主人様からの御褒美を、その場で食べる飼い犬』だ。

 「平等にあげたんだから、アヌビスの取っちゃダメだろ?」
 諭すように、ヴリトラを注意するビィだが、それでも彼女の視線はアヌビスの咥える骨を追っている。
 「それ、欲しい」
 そんなヴリトラに、
 「嫌だね。これは、オレのものだ」
 と、アヌビスは完全な拒絶を示す。
 「骨の一欠片だって、やるもんか」
 アヌビスにとって、愛する御主人様から貰った大切な骨。
 いくらお金を積まれようが、彼女は骨を手放さないだろう。
 「ケチっ!」
 「お前が卑しいだけだ!」

 
やれやれ……

 ほぼ予想通りの関係であったため、ビィは溜息をついた。
 あまりに獣的な敵対関係。

 
さて……どうやって、仲良くさせるべきか……

 ビィが思い悩む間にも、ヴリトラは身を屈めて牙を剥き、飛び掛る体勢を取っている。
 「ガルルル……お前、食うよ?」
 当然、アヌビスも負けていない。
 「やれるもんなら、やってみろ」
 と、体毛を逆立てて殺気立つ。

 争いの『ネタ』……それは、人間からしてみれば、あまりに滑稽。
 それでも、傍観していれば、数分後にはリビングの改装を検討する事態に陥るだろう。
 ビィは、その場を収めようと考えるも、

 
ん〜……分が悪いのは、ヴリトラのほうかな……

 何となく、勝負の行く末を悟って苦笑した。
 ヴリトラにとって、ドゥルガーと同等の力を持つアヌビスは強敵だ。
 ビィはヴリトラを押し倒すことが『でき』、アヌビスを押し倒すことが『できない』。
 この事実からも、力の優劣は決まっているようなものである。
 いくら超耐久力を誇るヴリトラとはいえ、攻撃を受ければ『痛い』のだ。

 その力の差をヴリトラも認識しているようで、
 「ガル……ル……る〜〜〜…………」
 次第に、表情から迫力が欠けてきた。
 こめかみからは冷や汗が流れ、明らかに責めあぐねている。
 そこへ突然、

 「ガウッッッ!!!!!」

 アヌビスが吠え掛かったのだ。
 「ギャン!!!」
 甲高い鳴き声を上げたヴリトラは弾かれたように飛び退き、目に涙を浮かべている。
 「バカっ、バカァ! アヌビス、悪い奴! ケチ女っ!」
 「オレの骨を取ろうとする奴が悪いんだ」
 「お前、大っ嫌い! 絶対、食ってやる!」
 ビシッ、とアヌビスを指差すが、
 「グルル……食われるのは、どっちだ?」
 アヌビスが再び戦闘体勢を取ったために、ビクリ、と身体を竦ませてしまった。
 「ひぅ……ぃ、今、違う! 今度〜〜〜!!!」
 やはり、力関係は、アヌビスのほうが上。
 「大体、オレの骨じゃなくても、他に食べ物あるだろ?」
 「『それ』じゃなきゃ、嫌っ!」

 
ふむふむ……

 ビィは納得した。
 ヴリトラは、アヌビスの骨を横取りすることで、アヌビスより『強い』ことを示したいのだ。
 よくよく考えてみれば、ビィ帝国への在籍期間はヴリトラのほうが上。
 野生の縄張り意識から、ヴリトラとしてはアヌビスより先輩でいたいのだろう。

 確かに、ヴリトラが昼寝に使ってたリビングのソファ……今じゃ、アヌビスが占拠してるね……

 「もう、仲良くしなきゃダメだろ?」
 そう言ってアヌビスの背筋を撫でると、途端に彼女の殺気が消えた。
 「んぁ……ひはぁぁ♪ ビィが言うなら、仲良くするけど……」
 膝を付いてビィの胸に頭を摺り寄せる様から、先程の迫力など微塵も感じられない。
 頭を撫でられて幸せそうな表情を浮かべているが、その光景が、ヴリトラは気に食わない。
 「う〜……ずるい」
 ヴリトラも、ビィのことが好きだ。

 アヌビスのように、ビィへ甘えたい。
 頭を撫でてもらいたい。

 ゆえに、目の前の光景に嫉妬してしまう。
 「ヴリトラもおいで。頭撫でてあげるよ?」
 手招きするビィに、ウズウズ、と身体を揺らすも、

 「い・や・だ・よ!」

 と、意地を張って拒絶を口にする。
 「やれやれ……」
 「町行くっ! 美味しい、いっぱい」
 人間の町へ行くことができないアヌビスへの、あてつけだろうか。
 だが、当のアヌビスは、たいして問題にもしていないようで、
 「勝手に行ってこいよ。オレは、ビィに撫でて貰えるだけで幸せだからな♪」
 そう言って、甘い声を上げている。
 「う、ぐぅ……町行く……行って……人間、食うよ!?」
 今度は、ビィにかまって欲しい様子だが、
 「あ〜……はいはい……食べ物欲しいなら、ニコ呼んで買って貰いな」
 全く、相手にされなかったようだ。

 「う……ぅ……バカァァァ!!!」

 部屋を飛び出していくヴリトラに、ビィは溜息をつく。
 どうしても、ヴリトラが自分より『年下』に見えてしまうのだ。
 「まったく……妙に、対抗心剥き出しにしてるんだよね〜……」
 「ヴリトラのやつ、何かにつけて、オレに突っ掛かってくるんだ」
 「まぁ……アヌビスも、あまりヴリトラを刺激しないでやってよ」
 アヌビスは、少なくとも、ヴリトラよりは頭の良い女だ。
 彼女が野生的な本能を制御するだけで、ヴリトラとの仲も改善するとビィは思っている。
 アヌビス自身も、
 「ビィが言うなら、そうする」
 と、ビィに従う意思を示したため、ようやく安堵の息を漏らすに至ったのである。


 「でもさぁ、その骨……美味しいの?」
 「この硬さが、癖になるんだ♪」