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「あ」
 機械動物園から滞在中のホテルへと帰る途中、不意にカナイが大きな声を上げた。そんなことにはとうの昔に慣れているグスクは、その先を促すようにゆっくりと息子を見下ろす。
 自分と同じ色をした幼い双眸を穏やかに見つめた瞬間、彼はにっこりと無邪気な微笑みを浮かべた。
「お父さん、コンビニに寄ってもいい?」
「え?」
「キャラメル、無くなっちゃったんだ」
「……ああ」
 息子の言葉に、グスクは得心の声を洩らす。
 彼はシャルロット・エンゼル社のキャラメルをとても気に入っており、いつもカーゴパンツのポケットに忍ばせているのだ。そういえば機械動物園の出口まで見送りにきた白い翼の少女が、『キャラメルごちそうさま』とやわらかく微笑んでいたから、きっと息子は彼女と残りふたつだったキャラメルを仲良く分け合ったのだろう。それは息子にとって最高級の友情の証だ。
「ここの近くに、エルヴィラってコンビニがあるんだ。前も言ったと思うけど、そこのお姉さん、何かすごく格好いいんだよ」
 既に歩みはいつものルートを外れ、表通りの方へ。
 可愛らしい造りの公共施設や、人間用のホテルが立ち並ぶその通りの一角に、息子の言うコンビニエンスストアがあった。
 他の建造物に比べると幾分すっきりとした造りのそれは、店主の趣味か。
 『エルヴィラ』と綴られた看板の下に立つと、自動ドアが優雅な早さで開いた。
「いらっしゃいませ……って、あら、カナイくん」
 出迎えたのは、絶世の美女。
 豪奢な栗色の髪を背に波うたせ、同じ色の瞳はややきつめの印象を与えるけれど、それはやわらかく細められている。同様に、美しくつくられた唇には艶やかな笑みが刻まれていた。
 そしてその完璧な肢体に纏うは、胸許の大きくくれたスカーレットローズのタンクドレス。
 コンビニエンスストアの店主らしからぬ雰囲気だが、それを格好いいと評した息子の審美眼をグスクは正しいと思った。
「お姉さん、シャルロット・エンゼルのキャラメルちょうだい」
 無邪気に息子が掌を差し出す。
 それに美女……おそらくアンドロイドは、いいわよと嫣然とした微笑みを浮かべた。
「今日はお父さんと一緒なのね」
 優美な所作で在庫管理のためだけのレジを打ち、息子の掌にキャラメルの小箱を載せる。
 それから彼女は、まっすぐな視線をこちらへと向けてきた。
「初めまして、グスク・ウルカン様」
 機械とはいえ、栗色の瞳に宿る輝きの強さは彼女の気性を現すもの。
 たかがコンビニエンスストアの店主に、グスクはなぜか燃え立つ紅蓮の炎を感じた。
「……どこかで遭ったかな?」
 瞳を伏せるような軽い礼の後にそう問うと、彼女は栗色の髪を緩やかにうねらせてかぶりを振る。
「いいえ、ご挨拶通り初めてお会い致しますわ。ですがわたくし、ブーティアの死の商人には、浅からず縁がありますの。ですからもし機会があれば、貴方には一度お礼を申し上げたかったのです」
 不思議そうな息子の表情が視界の端に映る。
 『ブーティアの死の商人』。
 それは自分の祖父の代までのウルカン家の渾名。
 エイジア西部のブーティアからアキツ南端のリーキィに居を移した父の代でそれは途絶え、自分も再びその渾名を名乗ろうとは決して思わなかった。
 息子――カナイに至っては、その存在すら知らないだろう。
「久しぶりにその呼び名を聞いたな」
 思わず苦笑を浮かべ、グスクは自分の傍らに来た息子のすすき色の髪を撫でる。
 今や絶滅の危機に瀕している人類だが、それでも国際紛争が途絶えることは無い。
 ただ、科学技術の進歩は国際間の争いに新しい解決法を提供した。
 それがアンドロイドによる代理戦争である。
 ウルカン家は、主たる人間のために同類と戦う武器をアンドロイド達に提供していた、いわばアンドロイド達にとっての死の商人だったのだ。
「君も兵士だったのかい?」
 問いながら、それは違うだろうとグスクは思う。
 彼女には、無駄なものが多すぎる。
 予想通り、コンビニエンスの店主はいいえと首を横に振った。
「私は常にここ『エルヴィラ』の店主として働いてまいりましたわ。――この店が何処に在る時も」
 それでも、毅然としたその表情から窺えるのは、ただ人間と接するだけのアンドロイドには不要な筈の断罪の厳しさ。
 グスクはそこに、父の話からしか聞いたことのない、あるひとつの職種の存在を思い浮かべた。
 噂とも伝説ともつかない、百のアンドロイド兵士すらも破壊し尽くす処刑者の存在を。
「もしかして君は……」
 戦場にこそコンビニエンスストアが在る。
 その真実を知る者は少ないけれど。
「もう昔のことですわ」
 美女が静かに微笑む。
 微かな、けれど明らかな哀しみを纏って。
「……そうだね。僕にとっても、それはもうどうでもいいことだ」
 自分は戦争には関わらない。
 父がその道を選んだように。
「ええ。どうかその決断を誇りになさって下さいませ」
 笑みを絶やさぬままそう告げると、彼女はふわりと雰囲気を変えた。
「そういえば、国民宿舎に泊まっていらっしゃるんですってね。カナイ君に聞きましたわ。あそこは隣が隣だから、私達みたいなアンドロイドも滅多に泊まらないところですのよ」
 グスクとカナイが宿泊している国営の安旅館……国民宿舎は鶏の屠殺場のすぐ隣にある。人間ならばどんな旅館もホテルも無料なのだが、グスクはあえて簡素すぎる設えの宿舎を好む傾向があった。
「どのみち、今はもう鶏もいないと思ってね」
 需要の低下のせいで、隣の屠殺場はおそらく開店休業状態であろう。
「お父さん、でもあそこにはまだコリーがいるよ」
 カナイの明るい声音が割って入る。
 それはグスクにとって初耳のことだった。
 見れば、コンビニエンスの店主も同様のようで、驚いたような表情を浮かべている。
「あら大変。それじゃエシナに気をつけるように言っておかなくちゃ」
 思わず洩れたらしい呟きに、カナイが首を傾げた。
「どうしてお姉ちゃんに?」
 エシナという名前の少女を、カナイはお姉ちゃんと言って慕っている。
 自分達ほどではないけれど、やはり人目を惹く珍しい瑠璃色の瞳をした可憐な少女だ。
 そしてその華奢な背には、艶やかな黒髪に映える純白の翼が生えている。
 まるで、生まれながらその翼を持っていたかのように。
「コリーがね、『完治者』を鶏と勘違いしちゃうからよ」
 くすりと微笑む店主。
 そのやわらかな笑みを浮かべたまま、彼女の瞳がこちらを向いた。
「貴方はもうこの街の天使には会いまして?」
 グスクはつと目を細めた。
「勿論。いつも息子の遊び相手になってくれているよ」
 グスクの返事に美しい店主が頷く。
「そうですの。それならきっと素晴らしい絵が描けますわ」