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大きな鳥籠の中で静止したままの小鳥たち。その脇の檻では精悍なヒョウが、小鳥たち同様に立ったままの姿勢で動きを止めていた。
この現象は彼らだけに限ったことではない。
ゾウやシマウマやキリン、それにライオン……この場に在る動物たちすべてが身じろぎもせず、その身を静かに凍り付かせている。
そんな中、金属製のベンチに腰掛けた若い男だけが、唯一の動く物体だった。
彼はここ、機械動物園の管理人である。
ただ、管理人といっても人間ではない。
彼もまた人間に造られた機械だった。
より人間らしく。
そういう名目のもとに感情を持つアンドロイドが造られ出したのは、今から約八十年前のこと。
それから約三十年後には『背瘤病』の流行が起こり、進行中だったアンドロイドの開発は立ち消えになってしまったのだが、かなりの古参であるここの管理人でさえ人間と殆ど変わらない感情を持っているのだから、開発は成功していたと言えよう。
……とはいえ、人間並みの感情を持つ彼自身は、己の中に感情があることを快く思っていないのだけれども。
「おはよ、キミオミ」
やけにはしゃいだ、明るい声がして彼は緩慢に目を上げた。
人間と大体同じ角度で開いた視界に、青いワンピースを着た少女の姿が飛び込んでくる。その年の頃は十代のなかば……十四、五歳あたり。外見の年齢だけで考えるなら、彼よりも五歳ほど若いくらいだ。
「また君か……」
不揃いにカットされたブルーブラックの髪をかきやり、彼は意識せずに不機嫌な顔を作りあげる。
「そうよ。だって毎日来るって言ったじゃない。そうじゃないとキミオミ、仕事がなくて暇でしょ?」
珍しい瑠璃色の瞳をしたその少女は、彼の顔を覗き込むように膝を折った。すると、ウサギの耳のようにふたつに結った黒髪がぴょこんと揺れる。
「キミオミ、ちゃんと聞いてる?」
キミオミ。
それが今は亡き最初のマスターより与えられた彼の名前。
かつては多くの人間が口にしてくれた名前。
だが今となっては、たかがひとりに呼ばれることすら煩わしい。
「……暇の方がまだましだよ」
君に会うよりは、と抑揚の無い声で冷ややかに続ける。
「そっか」
しかし少女はそれを怒るでもなく、真っ直ぐな視線をキミオミへ向けた。
そしてあどけなくにっこりと微笑む。
「でもね、いいの。わたしはあなたのことが大好きだから」
脈絡のない言葉とともに。
「俺は嫌い」
その言葉を理解しようともせず、間髪入れずにキミオミが返す。
「大丈夫、それくらいちゃんと知っているわ。それからね、わたしの名前はエシナ。エシナ・ミーティスっていうの。わたしがこっちに来てからもう一か月くらいになるんだから、いい加減に覚えてよ」
電脳に負担を掛けてまで酷い言葉を吐いたというのに、少女にこたえた様子は全然無い。もはや相手にする気にもなれず、キミオミはベンチから重い腰をあげた。そのままブラックジーンズの後ろを払う。
「どこに行くの?」
少女……エシナが首をかしげた。
「事務所。電源を入れてくるよ」
動物園のコントロールルームは、管理人の住居でもある事務所の中にある。そしてそれはここから少し離れたウサギ小屋の近くにあった。
「あ……うん、分かった。いつもどうもありがとう」
もう一度、透きとおるような笑みを浮かべるエシナ。
それを無視して、キミオミは事務所の方へと足を向けた。
不本意ではあるが、客が来たからには機械の動物たちを動かさなくてはならない。
なぜなら、それこそが半世紀以上の昔から彼に課されている任務なのだから。

エシナはワンピースの裾に気をつけて、今までキミオミが座っていたベンチに腰をおろした。
ここから真正面に見えるのは、自分の背よりも遥かに大きい銀色の鳥籠。その中でずっと静止していた小鳥たちが、急に囀りをはじめた。
どうやら電源がONになったらしい。
鳥籠の隣で固まっていたヒョウも大きな欠伸をし、背を伸ばしていた。しなやかなその体に纏う艶やかな毛皮は、巧みに織られた金属布である。そして小鳥たちの囀りも、機械の体の中に組み込まれたマイクロチップの仕業。
だが見た目だけならば、本物と何ら変わるところがない。
『背瘤病』が流行する前は、きっと子供連れの家族たちで賑わっていたことだろう。タマタウンのような郊外の住宅街でさえ、生身の動物の姿はまったく見られないのだから。
トウケイに現存する動物たちは、種の保存のために大学や研究所などの特別施設の中で保護されている。飼育係も餌も何も必要としない、培養されるのをひたすら待つだけのちっぽけな細胞の姿で。
「やっぱりちょっと……きついな」
ついさっき直面したばかりのバートン老人の死を思い、エシナはそっと瞳を伏せた。
脳裏に重なるのは、最後の身内だった自分の祖父。
彼もまた三か月前に他界したばかりだが、その死因はかの病気ではない。『背瘤病』が現れるまで、もっとも自然な死因だった老衰で彼ははかなくなったのである。
「天国……か」
ベンチの背もたれに寄り掛かり、エシナは初夏の空を仰いだ。
むらのない青空の遥か彼方を、白い雲が流れていく。
バートン老人は、その向こうに死者のつどう天国があると信じて疑わなかった。
少なくともバートン老人にとってはそれが真実で……唯一の救いだったから。
「……今ごろ奥さんに会っているんだよね」
感染を恐れた家族に捨てられ、たったひとりであの可愛らしい家に取り残されたバートン老人。同じ病で逝った妻の最期を看取れなかったことを、彼はずっと悔やんでいた。それさえも、他の家族が彼女を強制収容所に入れてしまったためだというのに。
他人を気遣う余裕のない人々が多い中で、そんな彼はタマタウンにやってきたばかりのエシナを何かと気に掛けてくれた。
たとえるなら、まるで孫を可愛がる祖父のごとく。
同じようにエシナの方も、祖父の面影をバートン老人に重ねていた。
自分を育ててくれた、優しい祖父の面影を。
「ああもう、何かまた暗くなっちゃった。こんなんじゃ駄目だわ」
哀しみを振り切るように小さくかぶりを振って、勢いよく身を起こす。そして大きくぶれる青空の下、瑠璃の瞳の照準を銀の鳥籠へと戻した。
そこには、事務所から戻ってきたらしいキミオミがいる。
相変わらず不機嫌そうな顔で鳥籠のバッテリーを確かめている彼のために、エシナはいつもと同じとびきりの笑顔を用意して立ち上がった。





