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 初夏の陽射しが降りそそぐ、アキツ首都トウケイ郊外――タマタウン。
 その中央を縦に貫く大通りを、黒髪をふたつに結った少女がひとり歩いていた。
「……んー、ちょっと早かったかも」
 歩みをとめることなく振り返った視線の先には、駅のシンボルでもある赤い時計台がある。太陽電池で動いている茶色の針が、ちょうど8時15分を示していた。
「今日は先にバートンおじいちゃんのところに寄ってみようかな」
 小さく呟き、遠くを見ていた目線を僅かに下げる。
 瞬間。
 視界の右端を銀色の光が鋭く横切った。
「ん?」
 光合成を行う植物性アスファルトの上でストラップシューズの足をとめ、太陽の光を遮るように手を翳す。すると、反対側から銀色の小箱が五個、列をなしてこちらに向かってくるのが辛うじて確認できた。
「クリーナーズ? でも……」
 訝しげに首をかしげる少女。
 年齢よりもやや幼く結い上げた漆黒の髪が、細い肩を撫でるように滑り落ちた。
 クリーナーズとは、タマタウンの街並みを清掃するために量産された箱型ロボットである。彼らは不錆性の金属で造られており、組み込まれたプログラムどおりに100年近くも街の中を巡回し続けている。
 よって、クリーナーズ自体は別に珍しくない。
 だが少女は、彼らのボディに付いているラインの色に疑問を覚えた。次第に近づいてくる銀色の小箱には、みな一様に青いラインが付いていたのである。
「あれって……生ゴミ用だよね」
 少女は考え込むように、細い指先を口許にあてた。
 クリーナーズは通常単独で活動し、一体で処理しきれない分量のゴミを探知した場合にのみ、内蔵された発信装置を使って同色のラインを付けた『仲間』を集める。単なる装飾のように見えるクリーナーズのラインだが、実はその色で各自が担当するゴミの種類を表示しているのだ。
 赤いラインを持つクリーナーズなら、ナイロン・ビニル系のゴミ。
 黄色のラインを持つクリーナーズなら、紙を含む木製のゴミ。
 そして、青いラインを持つクリーナーズなら、水分を多く含むゴミ……いわゆる生ゴミの類というように。
「何であんなにいるんだろう……?」
 近づいてくるクリーナーズの個体数は五。
 彼らが街を常に巡回していることを考えれば、この数の多さは不自然である。
 それでなくてもタマタウンの現人口はかなり少なく、クリーナーズ一体ですら、一度のゴミ処理でメーターを一杯にすることはほとんど出来ないのだから。
「……どうしよう、何か変な感じ」
 胸中にもやもやとわきおこる、重苦しい予感に少女はそっと唇を噛んだ。
 たった今、会いたいと思った老人の笑顔が脳裏を掠める。
 もしも、この予感がここからはじまっていたとしたら……?
 そんな気持ちが少女の歩みを迷わせる。
 だがその逡巡は時間にしておよそ数秒。
 結局少女は道路を渡り、バートン老人の家を訪ねることにした。
 自分の予感がただの思い過ごしであることを願いながら。



  

 目指す家の手前で、少女は歩みをとめた。
 丸太造りに見せかけた鉄筋製のその家には、大きな煙突が赤い屋根に備え付けられている。これはサンタクロース専用の入り口なのだと、少女は家の主であるバートン老人から聞いたことがある。
 タウンの景観を損なわないよう建築されているため、大通り付近の家々は可愛らしいデザインのものが多い。もともとタマタウンの中心には機械動物園があり、往時には日々たくさんの子どもたちが訪れていた。それで街自体が、子どもの好むおとぎ話の世界のように整えられているのである。
 もっとも、今となっては来訪者どころか住民自体が減少し、まるで定休日のテーマパークのような有様となっているのだが。
「何でここにいるの……」
 バートン老人宅の玄関先を見つめ、少女がぽつりと呟く。
 そこには、青いラインをつけたクリーナーズがいた。同類を呼んでいるらしく、普段は小さくたたまれている備え付けのアンテナを伸ばしている。おそらく、ここに来る道すがら、少女が引き離してきた五体のクリーナーズを呼んでいるのだろう。
「……」
 先刻覚えた予感は確信に変わりつつあった。そしてそれに呼応するかのように、恐怖に似た感情がじわりと押し寄せてくる。
 だが少女は意を決し、クリーナーズの横をすり抜けると玄関のドアノブに手を掛けた。すると、一瞬の指紋照合ののちにドアがかちゃりと静かに開く。彼女の指紋はつい最近この家に登録されたばかりだった。
「バートンおじいちゃん?」
 しわがれた声が返ってくることを期待して老人の名を口にする。
 しかし、返ってきたのは冷たい沈黙だけだった。
 仕方無く少女はドアを開け、外観同様ログハウス調の造りとなった家へ足を踏み入れる。
「おじいちゃん……いないの?」
 しん、とした雰囲気は他の家と同じ。
 既に住人を失ってしまった、他の家々と。
 それでも少女は迷うことなく木目模様の廊下をまっすぐに進み、奥の寝室を覗き込んだ。
 と。
「……っ」
 視界に飛び込んできた光景に、思わず息を呑む。
 それからほんの一瞬だけ足を竦ませ、すぐに寝室のベッドへ駆け寄った。
「おじい……ちゃん……?」
 ベッドの中で俯せとなり、顔だけを横に向けていたのは紛れもなくこの家の主。
 ただ眠っているだけではないということは、その表情から一目瞭然で。
 それこそサンタクロースのように柔和だった顔には非対称な皺が深く刻み込まれ、老人特有の奥にへこんだ瞳は限界にまで開かれていた。
 彼が苦痛の果てに息絶えたことを物語るものはその苦悶の表情と、枯れ枝のような指できつく握り締めたシーツ。
 そして不自然に毛布を盛り上げる背中の瘤だけ。
 けれど、それだけで少女には十分に通じる。
「生ゴミは……やっぱりおじいちゃんだったのね」
 老人の目を閉じてやろうと、少女が細い指で冷えた瞼に触れた。だが、死後の硬直がそれを拒む。
 見ひらかれたまま白く濁ってしまった瞳。
 少女はそれを閉ざしてやることさえできなかった。
「ごめんね……」
 老人の背の辺りに小さな掌を当て、掠れる声で小さく囁く。視界を覆いはじめる淡い靄に、少女は青紫色の瞳をきつく閉じた。
 老人の死因は、五十年ほど前まで地球上に存在しなかった病気。
 約半世紀前、地球に舞い降りた『六人の天使』がもたらした奇病――異星人が持ち込んだ風土病である。
 『背瘤病(はいりゅうびょう)』と名付けられたこの病気は、読んで字のごとく背中に瘤ができる病気だった。
 瘤が大きくなるにつれ、病気に罹った人間は体力を損なっていく。そしてその衰弱した躰を激痛の発作が襲うのだ。
 患者は衰弱死か、突然の痛みによる衝撃でショック死するしかないのである。
 劇的な早さで世界中に広まったこの病気のために、人類の約十五分の一が死滅してしまった。
 勿論多くの医者や科学者達がこの病のために力を注いでいるが、いまだ有効な治療法は発見されていない。現段階では、奇跡としか呼びようの無い自然治癒による完治例しか見つかっていないのだ。
 ただ、十代前半までの発病率が異様に低いということと。
 『背瘤病』を一度患った者は二度と発病しない、ということ。
 そしてもうひとつ。
 完治者の背中には白い翼が生えるということ。
 これらのことが、ここ数十年間のデータによって明らかになっていた。
 つまり、瘤の中には純白の翼が折りたたまれているのである。かつて『天使』と謳われた異星人たちの翼も、現在では『背瘤病』の果てに生えたものだと考察されていた。
 何が翼を開かせるのか。
 それだけでも分かれば、『背瘤病』に対する研究は大きく進歩するだろう。
 しかしそれが解明される見込みも、今の段階では全くと言っていいほど無い。
 天使に生まれ変われない人類は、確実に滅びつつあった。
「……おじいちゃんを呼ぶ声は、もう亡いものね。それじゃ天使にはなれないよね」
 手の甲で目許を拭いながら、枕元へと視線を移す。そこにはアルミ製の小さな写真立てが置いてあり、穏やかに笑う老女の写真が納められていた。
「だけど……おばあちゃんのところにはきっと逝けたよね」
 老女の笑顔に応えるように、淡く微笑む少女。
 その瑠璃の瞳から、拭いきれなかった涙が堰を切ったようにこぼれ落ちた。