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STAFF
Director/Producer: Dr.Huyung 監督・製作: ドクトル・フュン
Writer of the Original Story :Utuy T.Sontany 原作: ウトゥイ・ソンタニ
screen Playwright: Utuy T Sontany 脚本: ウトゥイ・ソンタニ
Photographer: Lie Gie San dan Pelakuznja 撮影:リージィ・サン
Art Director: H.B. Angin 美術: H・Bアンギン
* CAST
Iskandar: R.Soekarno イスカンダル: R・スカルノ
Ani: R.Umami アニ: R・ウマミ
Dullah:Awalludin ドゥラー: アワルディン
Produced by Kino drama Atelier 製作会社: キノ・ドラマ・アトリエ
『レストランの花』は、フユン(日夏英太郎)が1951年に独立インドネシアで撮った2本目の映画です。
フユンはインドネシア共和国がオランダと独立戦争をしている1947年、暫定首都のジョクジャカルタで「キノ・ドラマ・アトリエ」という映画、演劇学校を作り教師陣を揃え、自らも学生に映画論などを教えていましたが、この学校から次代インドネシア映画界を担う人材が輩出しました。
フユンはまた、対オランダ独立戦争が終わりに近ずく1949年にはキノ・ドラマ・アトリエの学生を率いて、『ジョクジャカルタ住民ルポ劇』や中国革命を題材にした『聖夜』など6本のドラマを、演出・上映して
、戦争で退廃しがちな人々の心を支えました。
1949年12月27日はオランダからインドネシア共和国に主権が移譲され、首都がそれまでの暫定首都ジョクジャカルタからジャカルタに復帰した日ですが、それから間もなく1950年初頭には彼はジャカルタに戻り、1952年9月9日に43才で他界するまで続けて3本の映画を作りましたが、『レストランの花』はそのうちの2作目でした。
フユン自身の性格は、穏やかでナイーブな人ですが、彼自身の性格ともまるで違う、そして今までの彼の作品の登場人物とも違う、荒けずりな風来坊“イスカンダル”を主人公に据えたこの物語に、私はいささか戸惑っています。
しかし、フユンはオランダから独立した新生インドネシアにふさわしい解放された自由な人物としてイスカンダル青年を描いたのかもしれませんし、あるいは、製作会社も彼のキノ・ドラマ・アトリエでしたから、商業ベースに載る作品をと考えたのかもしれません。
【物語】
港の近くにある“サンバラ”という喫茶レストランのレジ係として、アニは働いている。
サンバラは、貿易商会も兼ねている。
20才の若く美しいアニはレストランの花と呼ばれ、経営者のドゥラーや副社長のスダルマ、風来坊の27才のイスカンダル青年、アニと故郷が同じのスへルマン青年などに思いを寄せられている。
ドゥラー商会は、実は密輸を扱っている。
あごひげの濃い、みすぼらしい服を身に着けたイスカンダル青年は、ドゥラー商会が密輸に手を染めていることを知り、正義感から密輸と脱税を摘発するため、アニのいるサンバラにお茶を飲みに通ってきている。
今宵はドゥラー商会がゴムを密輸出することになっている証拠を掴んだイスカンダルは、わざとアニを怒らせ、ドゥラーらに、警察官を呼ばせ、警察官に逮捕されかかる時に、ドゥラー商会が今宵、船に密輸の荷を積み込み、船を出港させることや、
自分がその証拠を握っていること、さらにドゥラー商会が脱税をしていることを警察官にぶちまけた。
ドゥラーは、ゴムを密輸出するさいに税関をごまかす必要から、砂糖とコーヒーの偽の文書を作り、アニに署名させようとしたが、アニに文書の署名を拒まれていた。
イスカンダルは、“当局が今宵の密輸入のことを知って、アニ嬢がもし、この文書に署名していたら、アニ嬢が密輸の嫌疑で処罰されることになったんだぞ!
俺はあんたのそんなずるいやり方に腹が立つのさ”というセリフを吐く。
急速にイスカンダルの優しさに心が傾くアニ・・・。
ドゥラー社長、スダルマ副社長が警察官に連行された。
アニに、おやすみの言葉をかけて立ち去るイスカンダルの後を追い、「一緒に行ってもいい?」と訊ねるアニ。
「俺は風来坊、それでもいいのかい」と言うイスカンダル。
やがて、仲むつまじく肩を寄せ合い波止場を後にする2人の姿があった。
⇒ 孤独で正義感の強い青年イスカンダルが悪をあばき、ついには美人で勝気なアニの心までを捉える、港を背景にした痛快な作品です。
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