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越境の映画監督 日夏英太郎【許泳 ドクトル・フユン Dr.Huyung】 |
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日本映画論 ― 主として今日及び明日の問題 ― 日夏英太郎 (23歳) 1.
而も、此の二段階から更に、ト−キ−への出発が始まり、最近その成果としてはさゝやかな『マダムと女房』の如き、兎に角一つの完成されたタイプの形式的試作品を持つにまで到った。 2. だが明日、ト−キ−以後我々が目ざすべきは邦画の海外進出である。勿論、在来の輸出映画と銘打って舶外した在留邦人の為の慰安物だったり、物珍しき珍品的待遇でなしに、堂々と日本映画として諸外国の作品と共に併映されなければならない。 芸術に― ト−キ−に国境はないのだ。 我々はその為めに、その為の作品を目ざして努力すべきであって、徒らに現在の狭隘なる範囲の圏内での手淫的中間物で満足してはならない。そして、現在の撮影所制度(嬰児的小規模生産)を、海外輸出方針に依って打破せざる限り、今後共永く小規模で満足していなければならなくなる。 優秀なる作品でさえあれば、その製作国なんかは別に問題ではない。ト−ビスが『巴里の屋根の下』を引ッさげて一躍棋界へデビュ−した如く、我々も日本語をして世界語たらしめ、日本映画をして世界市場に君臨させねばならない。 3. 4. 時代劇―は、現在最も平凡なる没落の道程に踏み入っている。それは千遍一律な停徊趣味に堕落したかの感さえある。そして時代劇の魅力は最早我々の「過去的習慣」以外の何ものでもない。その「過去的習慣」は稍もすると映画的法則性の可能性充分なる現代劇の技術的成熟に押され勝ちである。然も、ト−キ−素材として此の両者を比較する時、新興するものと没落するものとの相克に付随する有らゆる現象を我々は自分の周囲に見る事が出来る。 だが、没落するものをして没落せしめよ―ではいけない。 然し、現代劇でも、それが日本独特のもの、例えば芸妓もの、田園もの― といった様な純粋美横溢せる生活を描いた場合、外国物とそのすべてに於て構成の異なる相違性は、何處か彼等の風変りな好奇心を唆る事が出来る。だが、日本映画を観ると言う先入観念をもつであろう一般大衆には、オサムイ現代劇よりもやはり、フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリの日本を見せてやると共に、その中に日本の芸術力学の薬味を利かせなくてはならない。 先天的に裏付けられたる「日本の印象」から割り出された要求を充たす為には、我々は過去にさかのぼって、歴史的風俗の中に人生の障碍と闘った我々の祖先並びに先駆者達を創造して、それにそれぞれ日本人的特質をもたせ、廣汎な歴史的背景の中に浮気な文明と認識の機能との暗中交錯と、然もそれは世界の心臓を流れる時流的風潮を絶えず俊敏に洞察して、かつてフェノロサその他の欧米の美術研究者に依って「驚くべき線と色彩」で「芸術上の世界的掘出し物」と賞揚された浮世絵と別な意味での「驚くべき映画・芸術上の世界的掘出し物」として世界市場に君臨する明日の日本映画を発見したいものである。
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1931年10月号 |
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| 千惠蔵映画のある見方 | |