越境の映画監督

日夏英太郎【許泳 ドクトル・フユン Dr.Huyung】

                                                     2009年4月19日


Madrigal 
まどりがる・なんばあ・わん 

叙情短詩



「下加茂」 
1932年(昭和7)2月号より引用  

松竹下加茂映画雑誌

下加茂撮影所

      1.
  人間の生活。
 いろんな側面が、いろんな意味に於て入り交り混淆して、われ々の生活を構成している。だからその力点の置き方はそれぞれの「動き」の方向で定まるのであるが、しかし、各側面の根を掘って行けば、そこにいろんな側面を総合し、結びつけた全面的な「人間生活」に突き当たらなければならないだろう。
   2.
 芸術だけが、独り人間生活から遊離し得られるものゝごとく思考することは、芸術に対する認識の深さが足りないからだ。
 「人間生活」は、あらゆるものを含有している。「美」も「醜」も「功利」的なものも、また「非功利」的なものも、それから「思想」も「感覚」も―。
 そして芸術は「人間生活」の上に基礎を置かなくては成り立たない。
 こんな事を痛切に考えている僕である。
 そして、大久保忠素氏、久保田たつを氏、石川一雄氏らに、庇護してもらった愛情を感謝すると共に、最も硬い道学者風な先輩を嗤ってやってもいゝと思惟されたりする。
 あまりにも「形而上現実」なるが故に。
   
3.
 一般芸術家が、無反省な個人的小感情の故をもってその社交性を制限し、猜疑嫉妬反感のうちに彼の生活を陰鬱ならしめて居るくらいおよそ非近代性なものはない。
 狭量な利己排他的個人感情を排撃せよ!
  少くとも、芸術は社会現象である。
 然り!  而して芸術家もまた社会人だ!
  明朗な社会生活をなせ!
    4.
 わたしの耳は貝の殻
 海のひゞきをなつかしむ

          ―ジャンコクトオ―
    7.
 
巷に粉雪の降る日。
 あの子は水色のシオオルに、白蠟のような首を埋めて。
 灰色の映画工場の中へ消えて行く。
 及川道子。
 千早晶子。
 山田あけみ。
 みんな、みんな寂しそうだ。
 後れ毛の額に垂れて見ゆも、悲し。

    
10.
 鈴木影一郎よ!
  中川信夫よ!
  人丸京平よ!
  原耽吉よ!
  長和彦よ!
  みんな、みんな離れてしまったねえ!
  まだ、マキノにいた時分、高?の裏のアパ−トで毎日寄り集って勉強した僕達が―。
 僅か半歳かそこゝで東西に四散しようとは―。

    
12.
 改造。
 中央公論。
 そして、撮影台本。
 時間。
 フイルム。
 ― いゝ詩を貪読したい、所持者にして心あらば、貸して欲と思う ―。


    ★ 日夏英太郎 ★
 


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Madrigal..No2(春のらぶ・そでい)