越境の映画監督

日夏英太郎【許泳 ドクトル・フユン Dr.Huyung】

                                                     2009年5月1日


  関西映画界の萎靡      英太郎 22歳 

                   ― 既成映画陣より見離されている新人群を擁護せよ―
                                          
「映画評論」 1930年11月号より(1.3.)抜粋  

  
                                              


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 「評論」誌が今度、萎靡沈滞せる関西映画界の為めに、その頁を割愛すると云うので、幸い発表機関をもたない僕等は、関西斯界の萎靡と、その蔭に蠢く既成映画人の芸術的破産、スタ ジオの根本的システムの 誤謬、並びに既成映画人群と新人群の相容れ難き映画論の本質的相違既製映画陣より完全に見離されている新人群の擁護、―etcの緊急問題に触れて見たいと思う。

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 スタジオでは―映画― 或は芸術の― 社会に対する役割を知らない重役と、スタ−がより多く顔を並べなければ観客層を多数吸収出来ないものと信じている所長と、人件費、ロケエション費節約を主旨眼目として研究している総務と、毎週新番組編成の為、乱作でいゝ、間に合えば結構― 説を遵奉する営業係と、同一セットに多少手を入れ 飾りを変えては次の劇に切り廻わす事、配役に出っぱりを生じた場合等、シナリオを作り変え、或はオミットする事を希う進行係と― etcの汚濫である。

 現在のスタジオにおける既成陣は、またそうした制約の下に、彼等の傀儡の如く興えられたるシナリオを忠実に一本のフイルムにこさえ上げる役割を果している。たゞそれだけである。

 そうした群像の下にあって、現在研究道程にある新人群は、アウト・オヴ・デエトな現段階に当って、従属を嗟嘆すると同時に、見解を異にする處の既成陣と相反発する。

 スタジオ当事者にあっては、新人群の反発は、能率増進に影響すること厖大となって絶対従属を厳命する。

 而も、彼等には、有為な新人を養成して明日の映画人に出発させたい意志をとる暇もなく、只来週のプログラムを編成すべき一本のフイルムの為に営々としている。

 斯くして最も不遇な位置に置かれているのが既成陣に従属してゐる新人群で、すべてに見離され、物質と余裕をも興えられてはいないのである。

 僕等は、関西の映画界で同じ不遇な位置にある新人群だけの、これを契機とした一つの研究団体を持つ必要があるだろう。

 これが、唯一の既製映画陣より見離されている新人群の擁護策でもあるだろうと思う。

 これに就て、本誌同人の清水氏とも面談の上、更に具体案に就いて発表する機会をもちたいと思うから、同志はその日まで待っていたゞきたい。


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