越境の映画監督

日夏英太郎【許泳 ドクトル・フユン Dr.Huyung】

 

           豪州への呼び声

                          1943年 日本第16軍特別諜報部別班製作 
                           
 


     【解説】 

  映画『豪州への呼び声』は、第16軍特別諜報部別班が製作したものです。

 日本軍が俘虜虐待をしているとの連合国の非難に答えるために作った、どんなに日本軍は俘虜を厚遇しているかという宣伝映画でした。

 現実には各地の日本軍の俘虜収容所での虐待は、ひどいものだったことが歴史的に判明されていますので、謀略映画であったといえるでしょう。

 軍から別班に“対豪州宣伝映画を作製せよ”との命令が下り、さらに別班から任命されて、監督日夏英太郎・カメラ森尾鉄郎・美術河野鷹思・音楽を飯田信夫が担当したことが、別班の会誌「プランパタン・ガンビル」第1号に載っています。
 
 日本軍のジャワ進攻により、蘭印軍が降伏したときには、8万人ほどの連合軍将兵が俘虜になりましたが、内訳は、蘭印軍6万6000人、豪州軍4千人、英国軍1万人米国軍8百名程であったと伝えられています。
 
 日本軍は「俘虜の待遇に関する条約」(ジュネーブ条約)を守らず、ジャワで俘虜になった多くの兵士は、遠くタイ・ビルマ間の素緬鉄道工事や東部インドネシア諸島の飛行場建設に酷使され、飢えと病気と過酷な労働で、多くの方が亡くなっています。
 
 日本の敗戦後、1946年12月の極東国際軍事裁判(東京裁判)で、オーストラリア側が、『豪州への呼び声』の虚偽を暴く映画“Nippon Presents”を証拠として提出しました。

 ここで、ジャワ第16軍宣伝班のことを少し触れたいと思います。

 日夏英太郎は1942年11月に陸軍報道班員(軍宣伝班員)としてジャワにやってきましたが、宣伝班には大宅壮一(評論家)・横山隆一(漫画家)・飯田信夫(作曲家)・安部知二(作家)などの文化人や報道関係者150人程がいました。

 宣伝班の目的は放送、映画、音楽などを通じて民心を把握することにありました。

 映画は初め宣伝班が映画公社を設け、製作から配給まで受け持っていましたが、 宣伝班は42年12月に改組により宣伝部となり、庶務・宣伝・映画・新聞・放送の5課がもうけられ、映画は43年には民間に移管され、日本映画社が製作、映画配給社が配給を担当しました。

 日映はサイゴン、バンコク、ラングーン、マニラ、ジャカルタなどに支局や支社をおき、映配もジャワ、ビルマ、タイ、フィリピンなどに支社を設け、映画により南方諸地域の人心の把握・統制を目標としていました。

 日映ジャカルタ製作所は、「おしゃべりパクロモ君」「勤労の歌」、義勇兵を描いた「村にて」などの映画を作っています。

 話は前後いたしますが、宣伝班の下部組織として啓民文化指導所があり、「大東亜共栄圏」建設を目指し、インドネシアで著名な文化人も動員されていました。

 啓民文化指導所は本部・事業部・文学部・音楽部・美術部・演劇部で組織され、日夏英太郎は演劇部に所属していました。
 
 日夏英太郎は、原作を受持ち、森尾鉄郎(監督)・小野佐世男(装置)とともに、興亜祭記念行事・戦死兵補遺家援護特別公演としてジャカルタ劇場で『アジアの花の季節』を上演しています。(「ジャワ新聞」1944年12月9日号)

 ジャワでは日本兵の補助としてインドネシア人が戦場に送りだされていました。
 『アジアの花の季節』は兵補犠牲者追悼と開戦(興亜)記念を兼ねての公演でした。

 戦況は圧倒的に連合国軍が優勢で、東部インドネシアのニューギニアでは、連合軍との激しい戦いがあり、多数の日本兵がジャングルに後退し、飢えとマラリアで命を落としていきました。

 ジャワ島は、連合国軍の攻撃を受けず、日本軍には比較的余裕があったといえます。

 私は、明治時代初期からの日本の政治を振り返ると、富国強兵を目指し徴兵制度も敷かれ、昭和時代の太平洋戦争に行き着くべくして行き着いたような気がしてなりません。

 太平洋戦争を引き起した責任は日本軍部だけにあるのではなく、日本国民の責任でもあったと思われます。



                                参照  尾川正二著
                                極限のなかの人間「死の島」ニューギニア
                                       (光人社)

                                引用  内海愛子・村井吉敬共著
                                    シネアスト許泳の「昭和」(凱風社)






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