放送台本に就て
これでラジオの放送台本を書くのは、三度目である。
第一回が「白波財布」―これは都合で中止になった。二度目は「濡れつばめ」―割にセリフで
持たす場面があったし、映画の方のシナリオも書いている都合上、書きやすかったが、今度の
「夜盗と青春」の放送台本では、兎に角困った。
作者の真ちゃんは東京へ行っていないし、服部さんには日をきられるし、取敢ず、一昼夜で、
エイッ、と形にした。
なにしろ、ラジオドラマはラジオドラマとして別個の存在なんであるから、映画をこの世界に
もって行く事は、大抵の場合無理が生じて、凡そ変則的なものである。
そのギヤップを知っているだけに、ラジオの場合は、映画よりも先づラジオドラマに近いものに
しようと誰しも苦労するであろう。
しかし、また宣伝ということを考慮せねばならない。
つまり、映画の封切と放送とのタイアップなのである。放送の次の日あたりには、常設館に
フィルムが公開される。
ラジオで聞いたものと、常設館で観たものとは、同じ物でなければならない。
だからドラマに改変することは大抵の場合出来ない事なのである。僕は所謂「活弁口調」という
ものが大嫌いなのだが、活弁氏が説明をつけてもらわないと、映画劇放送というものは、およそ
成立たない。侘しいようなものである。
稽古
さて、形にはなったが、手足らずなンで、服部さんや、折から帰洛した真ちゃんにご助力願って、
ここに台本が出来上る。さあ、稽古だが、俳優諸氏が他の撮影でなかゝあかない。
(中略)
でやっと勢揃いして、稽古にかゝったのが放送の当日なんだから、この大膽と言おうか、僕などは
もう苛立ったあまり、気がぬけてしまった程である。
JOOKにて
6月6日―午後八時五十分より九時三十分まて、約四十分間、千本丸太町にあるJOOKの
第一放送室に、僕たちは缶詰になっているのである。
伴奏は最初オ−ケストラでゆくつもりだったが、常設館と時間的に折合がつかないところから、
エイッとレコ−ドになった。
料亭の場面 ―「梅は咲いたが―」
大川端の場面―「泊り舟」
鎮守の 森― 「夢」
新 世 帯 ― 「鳥啼く夕」
乱闘の場面― 「ウイリアム・テル」
街道の場面 ― 「時雨ひとゝき」
これら伴奏楽は、家にあったものゝ中から最も普遍的なものを撰んでみた。
放送劇の始まりは、深夜の描写からなので真ちゃんの意見に依り、先づゴ−ンと刻を知らせる
鐘の音。それに続いて風。遠く拍子木接摩の笛―これらがかすかになって来た頃
「風が立って、春とは言え未だ肌寒い大江戸の夜更・・・」云々の解説になるという順序。
この最初の描写擬音は、たやすいようで実は中々骨が折れる。
この擬音係をつとめたのが、山口君、藤君、光谷のおやぢ、そして僕の四人である。
二川さんの合図で、先づ山口君が放送室の隅っこのピアノの後ろで、ドラを以てかの優しい
眸を輝かせてゴ−ンと打つ。それをきっかけに風係の僕が、ハンドルを廻し始める。
藤君が拍子木をカチゝ鳴らしながら、夜廻りよろしく歩き廻る。光谷のおやぢ
が按摩はだしの
笛を流す。しばらくして、東堂さんが例の調子で「風が立って・・・」と始めるといった調子。
八時五十分、きっかりに小澤アナ氏に依る紹介があって、前記擬音から放送が本式に始まって、
さて、十分間もたった頃、どうしたものか、台本の約半分が、はやすんでいるのである。
よく考えて見ると、みんなの調子が大体に於て、早いのである。練習の時にタイムを計ったのより、
未だ早いのであるから、最初はみ出しゃしないかな、と思った杞憂も何のその、今度は早く終わり
そうなんで気が気でない。で、お千代述懐の大川端で、しばらく音楽だけで間を持たす間に、
ボルドに「もっとゆっくり」と書いたやつを、ふれ廻す。
O・K !
で、千早さんの述懐のセリフをきっかけにスロオ・テンポになって、みんながその気持で悠々自適。
それでもラストのアナウンスが済んで、タイムまで未だ五分半有った。
それでも先づゝ大役の放送も済んだ。
★ 日夏英太郎 ★
(二川さん→ 二川文太郎映画監督)
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