PONPOCO
ESSAY of MICHI INABA .part4
MICHI INABA ART STUDIO
ESSAY
ポン歩子
どぶ板の音のする,細く、くねった小道を、毎日、同じ時間に、ちいさな足で、よく歩いたものである。二つに分かれた道の,細い道へと,なぜか吸い込まれるように進んで行った。
長く遠いトンネルの扉を、開いて、ちょっと旅へ出てみようね。
どぶ板小道の,真中に、大好きなお好み焼き屋があった。とても小さいけど,夢のある駄菓子とお好み焼きの鉄板のテーブルが,一台あった。ピンクのでんぶのお好み焼きが、大好きで、コーヒーカップに、小麦粉を水でこねて,ピンクのきれいなでんぶがのっている。鉄板の上に、ちょうどよい大きさに,広がる。ちょっと大人気分は、きりいかと紅しょうがのお好み焼き。隣には,七色に光るざらめのついたいちごあめが,束の糸の先にきらきら光っている。そこのおばあさんの怖いこと、それでも胸をどきどきさせて,毎日通った,毎日その前の小道を歩いたものだ。近所中の子供たちが、いる、魔法使いの住む店が、あった。その先を進むと、おいしい中華食堂が、あった。威勢のいい人たちで、餃子をよく買いに行かされた物である。出前の食堂は、本当に、おいしくて,中でもえびフライは、巨大だった。あんなにおいしい店達も、消えた。人も消えた。もちろん香りも声も,すべて消えた。ポンと消えた。みんなの遊び場の寺,神社は、まったく変わらず待っていてくれている。旅のために。
コロッケ屋,魚屋、パン屋,八百屋、洗濯や、てんぷら屋,自転車屋,めがね屋,ケーキ屋,佃煮屋、花屋、かばん屋、せともの屋、あと、あと、建具屋、大工。まだまだ数え切れないほどに町は、店で、人で溢れていた。みんな消えた。魔物に,飲み込まれたかのように、消えた。
電車を乗って、海苔の香りに包まれた町があった。暑い日差しの中で、ワラで小屋を作り,田んぼ一面に海苔を,乾かしている。ワラの色、と海苔の黒が、目に焼き付いている。そこで働くにぎやかな声が、あったのに、海苔の取れた浜が,消えた。そこにいるはずの人々も、消えた。
せめて、今だけ元にあれ。と叫ぶ。産業革命の津波は、あらゆる光,心、を飲み込んでしまった。立ち直る事が出来ないほどに。残るは、死臭の出たビルばかり。
潮風の町も,巨大な死臭の放つコンクリートの固まりで、閉ざされている。生き返れ、と叫んでも、大きすぎる死骸で,跳ね返されてしまう。 さてさて、お父さんの匂いを求めて,歩いてみる。黒のセンチュリーの車を見ると、お父さんを、思い出す。本当に車が好きだったことを。とてもこわいが、いつでも、なんでもやってくれた。助けてくれた。大きな,大きな存在、鏡をのぞくと、そこには、お父さんの顔がある。しっかりと受け継いだ顔がある。
大好きな 大好きな 絵の教室へ行こうか。ぺんてる教室と名前がついている。日曜日は、たのしみだった。画家の世界を知ったのは、ここからだといえる。油絵の具の匂いにあふれている。小さい私は,ギター絵の具と言う名前の,大きいサイズの水彩絵の具からはじめた。油絵っぽくカッコつけて描いた。初めてのモチーフは池の淵に咲いたアマリリスだった。大きな真っ赤なアマリリス、決して忘れられない。やさしい先生は、本当にすばらしい画家だったとはっきりいう。道でばったり会うと、感激してくれて楽しい会話を口にする。もう一度会いたいな。もう会えない悲しさに,震える。
母がにぎやかに 通りを買い物袋をさげて、歩いている。強く、優しい そしてかわいい母は、もう居ない。どんなに呼んでも、探しても居ない時が、訪れてしまった。振り返れない時がここに有る。
写真の中で二人幸せそうにいる。永遠に幸せそうである。父も母も、ときおり話し掛ける。時の無常は、これからも襲い掛かるであろうと、体震える。
淡々と時は心臓の鼓動とともに、流れ、脳裏に何かを確実に残して、静かに去って行く。何も無かったかのように消えて行く。人生劇場の幕は、半ばを過ぎてきているのか、それとも 突然幕はおりてしまうのかは、シナリオがないから面白いノであろう。我がドラマは、ジェットコースター並の刺激的に遊ばれているようだ。