MASAO.HGのつれづれフォト日記

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8月14日(木)

今日は避暑の為、長野県へ行ってきました。写真は海野宿です。

海野(うんの)宿。江戸時代に北国街道の宿場町として栄え、現在も古い街並みが約650mの長さに渡って続いています。

海野宿の街並み。こういう古い街並みをゆっくり時間を掛けて歩くのが僕の趣味です。こうしていると、本当に心が安らぎます。

こういった街並みは、いつまでも残して欲しいものです。

街中を流れる用水路もいい味出しています。

軒先にあったツバメの巣。赤ちゃんが餌を待っています。

海野宿から車で20分位の所にある、真田氏歴史館へ。館内には、武田信玄に仕え領土拡大に大きく貢献した祖父幸綱(幸隆)、弱小勢力ながら、当時最強の徳川の大軍を二度に渡って撃退した、戦国時代屈指の智将、父昌幸、大阪夏の陣で家康をあと一歩の所まで追い詰めた信繁(幸村)、家名存続の為徳川方に付き、真田家を幕末まで大名として永続させた兄信之の事が展示されています。

真田昌幸の居城であった上田城。ここで徳川の大軍を二度に渡って撃退しました。特に二度目の合戦では、3万8千もの徳川別働隊を釘付けにし、関ヶ原の合戦に参戦させないという大手柄を立てました。しかし頼みの西軍が負けてしまった為、昌幸・幸村親子は高野山に流罪となりました。
天守閣は無いですが、好きな城アンケートで、見事全国1位になったそうです。

JR上田駅前に悠然と聳え立つ真田幸村像。大阪夏の陣では圧倒的不利な状況の中、家康をあと一歩の所まで追い詰めた名将です。
徳川方へ寝返り工作もあったそうですが、それを断った為、結果としては命を縮める事になりましたが、もし寝返っていたら、現在のような知名度は得られず、歴史の中に埋もれていた人物でしょう。

僕の憧れの人物、真田幸村と一緒に記念撮影。

上田駅周辺は、大型デパートが立ち並んでいて、かなり開けていますが、こうした古い街並みも残っています。写真は柳町通りです。
上田から車で約50分走って、宿泊地である霊泉寺温泉へ行きました。
草津や伊香保といった、メジャーな温泉街のイメージとは程遠く、地味でひっそりとした温泉地でした。
宿舎にはエアコンはおろか、扇風機も無く、正直寝られるかな?と思っていたのですが、夜になると嘘のように涼しくなりました。流石は長野の山奥です。
8月15日(金)

今日は涼を求めて、霧が峰(車山)に行きました。車山の中腹から撮った写真です。

リフトに乗って車山山頂へ。

山には、様々な高山植物の花が咲いていました。特に、7月に咲く、ニッコウキスゲの頃は絶景です。

車山(霧が峰)山頂にて。この日、東京では36℃の猛暑日だったそうですが、ここでは嘘のように涼しかったです。汗っかきの僕が、汗をかかなかった位ですから(笑)。
東京で言えば10月中旬位の陽気でしょうか。某メーカーのエアコン名に使われているのも納得です。

山頂から見た景色。青い部分が白樺湖です。

信州のリゾート地、白樺湖畔にて。



7月6日(日)

日本一のストレートを投げる藤川球児投手。小さ過ぎてよく分かりませんが^^;

今年初めての横浜スタジアムでのタイガース戦観戦です。金、土とワンサイドゲームでタイガースが圧勝し、今日も序盤からタイガースの一方的なペースで、何だか物足りなかったので、
「もうちょっとベイスターズも頑張ってくれよ〜」何て余裕こいて観戦していました。
それがいけなかったのか、その後タイガーズ自慢のリリーフ陣が崩れ、8回終了時点で4対7と大逆転されてしまいました。
9回からは、ベイスターズは満を持して守護神寺原投手投入、2アウト1塁になった時点で、負けを確信しました。
すでにこのカード2勝していたこともあり、負けた悔しさはなく「まあ、こんな時もあるさ。でも、面白い試合だった。タイガース、有難う!」と思って球場を後にしようとしたその時、関本選手が追い込まれながらもタイムリー二塁打を打って、1点を返しました。
「もしかしたら、もしかするんじゃないの?」慌てて球場に引き返し、タイガースを応援しました。
そして、タイガースには欠かせない存在となった新井選手(かっちさんスミマセン)がタイムリー二塁打で繋いで一点差とし、迎えるバッターは、僕が天野章一郎様と同じ位に尊敬している(笑)金本選手。「ここでホームランが出ればかっこいいなあ〜」と思って応援していましたら、本当にホームラン打って逆転してしまいました。
アニキ、格好良過ぎです。思わず涙が出てきました。
ここまで来たら、後はもう、球児投手の独壇場。年に1回あるかないかの劇的な勝利でした。
僕は今回、一塁側の内野スタンド(三塁側は売り切れの為)で観戦していまして、ベイスターズファンが8割位の所でしたが、勝ったと思った試合が土壇場で大逆転されて、球児投手投入、この時点でベイスターズファンなら頭に来て、帰りたくなる心境だと思いますが、殆どの人が最後まで諦めないで応援していました。
この光景を見て、思わず弱かった頃のタイガースファンを思い出してしまいました。
「あの頃は、どんなにボコボコにされても、最後まで応援していたなあ〜」
贅沢すると、忘れていってしまう事も多くあります。今回のベイスターズファンを見て、僕は、最後まで試合を観ないで途中で帰ろうとした事を猛烈に反省しました。
生粋のタイガースファンですが、横浜出身なので、ベイスターズの大不振は僕としても心苦しい限りですが、こんな時でも球場に足を運んで最後まで応援するファンこそが、真のベイスターズファンであると思いました。

ヒーローインタビューは勿論、金本選手。今回は「新井君!」と呼んでいました。
普通、ビジター選手のヒーローインタビューは球場に流されないのですが、タイガースファンの方が多いこともあり、最近は流されるようになりました。
球場関係者の気配りに感謝です。

MASAO.HG生誕の地

横浜スタジアムから徒歩10分位の所にあります。3歳の時まで、このビルの203号室に住んでいました。当時でも古いビルだと思っていましたので、それはもうクラシック級です(笑)

一番手前のシャッターが閉まっている場所で、当時、両親は洋食屋を経営していました。つまり、2階のアパートに住んでいたということです。

思わず、ハマショーの「路地裏の少年」を歌いたくなるようなビルの路地裏。僕の記憶が正しければ、探偵濱マイク(永瀬正敏)の映画「我が人生最悪の時」のロケ地で使用されていたような感じが?
当時、僕はここで猫とよく遊んでいました。
何だか歴史の匂いがプンプンする場所ですが、残念ながら現在はあまりの古さに?取り壊されてしまいました。写真は多分去年撮ったものだと思います。
写真撮っておいて、本当に良かった〜。

今年になってから、11階建てのマンションに生まれ変わりました。でも、生まれ故郷がなくなるのも、何だか寂しいもんです。

因みに、生まれた場所は戸○崎産婦人科。横浜スタジアムから徒歩5分位の所にあります。
1969年4月29日午後3時35分。天皇賞発走時刻?に誕生しました。
因みに、正雄という名前は、その時の天皇賞馬(優勝)の馬主or調教師の名前から付けられました。この時から既に競馬の申し子ですね(笑)。


6月21日(土)

4月7日に膵臓の病気で亡くなった高校の同級生、「三浦大輔君を偲ぶ会」に出席しました。三浦君とは、中学、高校と一緒でしたが、今回は高校時代の同級生の集まりです。中学の同級生と違って、卒業後数回会っていますので、それ程違和感はありませんでしたが、子供の話とかになると、やはり時代を感じます。
僕も来年はいよいよ40歳。人生の折り返し地点に到着します。数年後も、ここに来た皆様が元気な姿で、また集まれたらいいなあ〜と思いました。
因みに、この店は高校の同級生が経営している店です。料理はとても美味しかったです^^。


2月17日(日)

今日は、大谷軍団恒例の新年会です。いつものように南青山にある「モンスーン・カフェ」に集まりました。今回の参加メンバーは、左より、斉藤雅士さん、MASAO.HG、片瀬勝一さん、大谷進さんです。

斉藤雅士さん。110kg級の日本記録保持者(280kg)です。三土手さんに次ぐベンチプレス300kg達成も間近(実際に練習で300kg挙げていたそうです)だったのですが、肩の怪我などによりここ数年はベンチプレスから遠ざかっていました。
最近トレーニングを再回されたそうですが、何と、最初は100kg挙げるのも精一杯だったそうです。この日の時点ではノーギアMAX190kgまで回復。今では、もうきっと200kg以上は挙げておられることでしょう。
今年の全日本選手権には久々に参戦されるそうです。
女子スピードスケートオリンピック出場選手である、大菅小百合選手のトレーニングコーチでもありました。現在は、栃木県矢板市にあるスポーツクラブのオーナーをしています。

僕の師匠である片瀬勝一さん。元52kg級世界チャンピオンであります。以外にも当HP初公開です^^。
世界選手権での話ですが、アップ中にベンチシャツが破れた為、やむを得ずノーギアで出場。何と銀メダルを獲得するという逸話の持ち主です。
相変わらずの毒舌は健在!散々HGをいじっていましたが(笑)、片瀬さんからは、試合の取り組み方など、たくさんの事を教わりました。片瀬さんに出会わなくして、現在の僕はないです。片瀬さんと一緒にトレーニングした5年間は、僕にとって大きな財産です。
現在は仕事の都合により、全然トレーニング出来ない状態ですが、何れかは復帰してもらいたい選手です。


御存知、ベンチプレス界の帝王大谷進さん。月刊ボディビル4月号における、こうさんとの衝撃の2ショット写真は記憶に新しい限りです。
そうそう、そこで大谷さんの事を「ちょいワルおやじ」と紹介されていました。
もしかして、吉田さん、「MASAO.HGとバルククラブ」見て下さっていらっしゃるのかな?(笑)
「俺の事HPに載せるのはいいけどさあ〜。格好よく撮ってくれよな。」と大谷さんに言われていますので、プレッシャーかかっていますが(笑)、十分格好よく撮影出来ました^^。
「ベンチプレッサーは外見も中身も格好良くなければ」が大谷さんのモットーですが、本当にいつ見ても格好いい大谷さんです。
4月の世界マスターズベンチプレス選手権には、82.5kg級で出場されます。

おまけ。残飯処理中のHG。


2月2日(土)



今日は、HGの出身校である西東京市立ひばりが丘中学校の同窓会に参加しました。高校時代の同級生とは、今でも数名とコンタクトとっているのですが、中学校時代の同級生とのコンタクトは皆無の状況でした。理由は、今まで10年以上定住した地域がなく、ボヘミアンのようなHGにとって、ここひばりが丘は、約20年振りに訪れた場所だからです。当然、地元の人に逢う事も無く、ただいたずらに時が過ぎていました。ですから、中学校の同窓会に参加する事自体、僕にとっては奇跡的な出来事なのです。
しかし、今でもコンタクトを取っている高校時代の同級生を通して、今回幹事の三浦君から連絡が入り(彼とは中学、高校の同級生。もし違う高校だったら、完全に脈は絶たれていたでしょう)、今回参加する事が出来ました。実は、去年の10月にも同窓会があったのですが、あのパワエリさんとの龍虎決戦(神奈川県ノーギアベンチプレス大会)の前日で、最もストイックな状況でしたので、泣く泣く参加辞退しました。
殆どの人と23年振りの再会となりましたが、大幅にイメージが変わっていたり、殆ど変わっていなかったり、それはそれでとても楽しかったです^^。
僕の印象は?というと、
「昔と全然変わっていないなあ〜(笑)」
でした。まあ、確かに、あの時と精神年齢は変わっていないと思いますが・・・・未だにバカな事やっているし(笑)。
現在の状況や、昔の想い出話、そしてお約束の?当時の流行歌でとても有意義な一日を過ごせました。皆様、本当に有難うございました。そして、行方不明同然の僕の消息を、骨を折って探して下さった三浦君には大変感謝しております。
しかし、20年振りに訪れたひばりが丘駅周辺も、だいぶ変わっていたなあ〜。駅前の西友を始め、記憶にある店がわずか数店舗位でした^^;。

変わって行ったり〜 変わらなかったり〜
それでも時代は〜 過ぎ〜て行く〜
あああ〜僕も〜 もうすぐ40才
気付けば〜僕も〜 もうすぐ40才

ゆずの「もうすぐ30才」の替え歌。現在の僕の心境です。


1月3日(木)

今日から2008年度の初トレーニング。いつものジムで17時半頃からトレする予定だったのですが、ジムは閉館。今日は17時半終了という事を忘れていました^^;。
新年早々、大失態をやらかしたHG。この先が心配です^^;。という訳で、急遽、Vシネマ俳優の竹内力さん、じゃなかった(笑)、プロレスラーの三宅綾さんのお宅でトレすることにしました。トレ内容は掲示板に書き込んでいますので、そちらをご参照下さい。

トレ終了後は、三宅さん特製のチゲ鍋を戴きました。とても美味しかったです。でも何だか、プロレス道場に入門した気分でした。
ナニワトモアレ、MASAO.HGの2008年がここで始まりました。三宅さんも、ここでのMAX重量を更新されて幸先良いスタートを切りました。僕も、今日のご恩に報いる為にも、3月のジャパンオープンでは良い結果を出せるように精進して行きたいと思います。

12月16日(日)
今日は、takeさんのご紹介により、ゴールドジム北千住のクリスマスパーティーに参加しました。

パーティー会場では、ボディービルのエキシビジョンも行われました。

今回特別に招待された女子ボディービル選手。キレは勿論、想像以上に筋量があるのにはビックリしました。

千葉県ベンチプレス大会から駆けつけたノリベンさん。勿論、言うまでもなく優勝です^^。

謎の?美女との2ショット。妙にニヤけるHG(笑)。

腕相撲マスターズチャンピオンの方と。対戦?腕折られちゃいますよ^^;。

この後、takeさんとかと二次会に参加。田舎物なので10時で帰る予定だったのですが、つい勢いで2次会、3次会に参加。ネットカフェ難民になったのは言うまでもありません(笑)。

10月28日(日)


今日は、帝王「大谷進」(左)さんの号令により、東京南青山の「モンスーン・カフェ」というエスニック料理店でお大谷さん、高橋恵介さん(右)、と食事会です。
2週間ほど前、大谷さんから電話があり、「俺の事ブログに載せているらしいなあ〜」と言われました。「ヤッ、ヤバイ!怒られる!」そう直感しました。何せ「チョイ悪オヤジ」と書いてしまいましたので(笑)。
そしたら「もっと俺の記事載せてくれよ。」と言われて、ホッとしました^^;。
でも、本当にビビッていました。それ程、大谷さんはオーラのある方です。

大谷進さん。前回「大谷軍団フォ〜」でも紹介しましたが、ベンチプレス世界チャンピオンに3度(75kg級2回、82.5kg級1回)輝くといったベンチプレス界の第一人者です。御年56歳になりますが、お世辞抜きに「格好いいお兄さん」と感じさせる方です。
それもそのはず、南青山の高級ブティック「Badou-R」の店長でもあるからです。
売り上げでも全店1の実績を誇り、仕事とスポーツの両立をされている方です。
今年の全日本マスターズ選手権では、あのこうさんと対決!注目しています。

ビバ!パワーリフティングで紹介された大谷進さんの記事。月刊ボディビルディング2004年7月号より。

高橋恵介さん。今年の世界ベンチプレス大会で大会2連覇達成(67.5kg級)^0^。ここを制すれば世界チャンピオンに最も近い存在となる、逸材の揃った「全日本選手権大会67.5kg」をどう戦うか注目です。

大谷さん、恵介さんと一緒に写真撮ると僕が一番小さく見えます。体重は僕が一番重いのですが^^;。
今回も、トレーニングに付いて、色々アドバイスをお伺いしました。
僕がまだ、ノーギア140kg台でくすぶっていた時代から交流のある大谷さん、恵介さん。パワー専門ジムで殆ど練習したことがない僕にとって、こうした方々とお知り合いになれたのは大きな財産です。
前回の特集は下記から入れます。
大谷軍団新年会

10月6日(土)

(左)武田晴信こと武田信玄像。JR甲府駅前。(右)長尾景虎こと上杉謙信像。新潟県上越市春日山城跡地(謙信像は2006年8月に撮影)。共に戦国時代最強の武将と言われた両雄です。
現在、某国営放送局の大河ドラマでは、「風林火山」が放映中です。信玄に仕えた軍師、山本勘助が主人公なのですが、勘助の最期を遂げたのが、第四次川中島の合戦。歴史に残る壮絶な戦いでした。両雄の実力は、あの戦国覇王の織田信長さえも、信玄、謙信を恐れ、高級品を贈呈するなどをして、攻撃の対象とならないように努めていた程でした。
両者の意地とプライドがぶつかり合い、お互い一歩も引かぬ死闘を演じた第四次川中島の合戦。ライバルの方々との対決を最も楽しみにしている僕にとって、興味を抱かずにはいられませんでした。
川中島の合戦に関する本等は結構読みましたが、そうしているうちに現地を訪れたくなってきました。そして本日、長野県の川中島に行く事に決めました。

初公開!HGの愛車HONDA FIT(1300cc)。左側に阪神タイガースのシール。右側にバルククラブのシールが目印です^^。燃費が良いのが何よりです。

姨捨山SAから見た長野市内の風景。

川中島古戦場。現在は八幡原史跡公園となっています。整備の行届いた公園で、ここで壮絶な戦いが行われたとは想像出来ません。

公園内にある、信玄・謙信一騎打ちの像。謙信が単騎で武田軍の本陣に突っ込み、信玄目掛けて馬上から太刀を振るい、それを信玄が軍配でかわすという有名なシーンですが、流石にこれは作り話でしょう。しかし、この激戦を象徴しているシーンかな?と思っています。「きつつき戦法」を見破られ、序盤劣勢の武田軍でしたが、何とかこれを凌ぎ、引き分けに持ち込んだ戦いがこのシーンから読み取れます。義を重んじる謙信であれば、一騎打が行われえた事も有り得ない話ではないですが。

一騎打ちの像の西方に位置する「首塚」。第四次川中島の合戦では、両軍合わせて7〜8千人の死者が出たと言われていますが、戦後、この領地を治めた武田四天王の一人、高坂昌信が敵味方の兵士区別無く、ここで一斉に葬り、供養したそうです。それを聞いた謙信は感激し、後に今川との戦いで塩の供給がストップし、塩不足で困窮していた武田軍に塩を送ったとされています。これが「敵に塩を送る」のことわざの由来となっています。
僕も常にこういう精神でありたいものです。

公園内にある長野県立博物館では、特別企画展か開催されていました。川中島の戦いの内容も詳しく展示されていて、中々の内容でした。

公園の周り一帯はは桃畑です。

「胴合橋」。討ち取られた山本勘助の胴体と首を家来が持ち帰って、ここで照合したと言われています。

「山本勘助の墓」。千曲川の畔にひっそりと建っています。実在、架空の論争がされているほど謎多き人物ですが、お線香(100円で売っていた)を上げて供養してきました。

海津城(松代城)跡。高坂昌信が治めていて、川中島の合戦では武田軍の拠点になっていました。江戸時代は松代城と名を替え、真田信之が初代藩主となり、以後真田氏が治めていました。信之の祖父は、武田軍に仕えて川中島の合戦にも参戦した智将「真田幸隆」。何かの因縁を感じます。
そうそう、高坂昌信は信玄の愛人でもあったんですよね〜(笑)。戦場に女子供を連れて行けなかった時代、両刀使いの武将も決して珍しくなかったそうです。

一方、上杉(長尾)軍が拠点としていたのは「妻女山」。現在は神社が建立されています。

妻女山展望台から海津城を眺めた写真。謙信は、海津城から立ち上る煙の量がいつもより多いのに気付いて、夜襲(きつつき戦法)を察したそうです。

妻女山から八幡原古戦場を眺めた写真。きつつき戦法とは、山本勘助が考案し、武田軍別働隊が妻女山に陣取る上杉軍に夜襲を掛け、慌てて下山する上杉軍を本隊が挟み撃ちにする戦法です。しかし、謙信に見破られ、武田軍別働隊が来る前に全員夜中に下山させ、手薄となった武田軍本隊に、夜明けと共に一斉に襲い掛かりました。武田軍が裏をかいたつもりでしたが、逆に完全に裏をかかれた結果となりました。
きつつき戦法失敗に責任を感じ、勘助は敵陣に突っ込み、奮闘も空しく討ち死にしたと言われています。

展望台には、両軍の動きを表した図か描かれています。
結果は引き分けに終わった戦いでしたが、両雄の名を全国に響かせる事になりました。

長野市の名所と言えば「善光寺」。到着した時は18時を過ぎていましたので、辺りは真っ暗ですが、結構多くの参拝客が訪れていました。参道の御土産屋さんが営業を終了していましたので、少し残念でしたが。

長野市から国道19号線を一走り。松本を経て塩尻へ。塩尻北I.Cのすぐ側にある信州健康ランドで宿泊しました。ザコ寝ですが、一泊3,045円と格安で泊まれます。

10月7日(日)

今日は国道19号、20号と、ひたすら一般道を利用して、甲府方面へ向かいました。


信州最大の湖「諏訪湖」。湖沼の水質ワースト5の常連ですが、以前よりも少しは水質が良くなっている感じがしました。

諏訪湖の畔にある「高島城」。信玄の信濃侵攻の際、ここが最初に標的とされました。当時の城主「諏訪頼重」の娘「由布姫」が、信玄から家督を継いだ「武田勝頼」の母親です。

周りにはりんご畑がありました。あまりにも綺麗だったので、思わず写真を撮ってしまいました。

大河ドラマ「風林火山」撮影の為、復元された信玄の居城「躑躅が崎館」(山梨県北杜市)。ロケの無い日は一般見学出来ます。信玄は生涯、城に住む事はありませんでした。

武田信玄と一緒に記念撮影するHG。

甲府へ向かう途中、コスモスが綺麗でしたので、思わず寄り道(山梨県北杜市)。

ここが、かつては躑躅が崎館があった場所。現在は武田神社(甲府市)となっています。中には宝物展があり、貴重な展示品が見られました。
川中島を訪れた事によって、来る神奈川県ノーギア大会に向けてグッと気合が入りました。パワエリさんとの対決は、きっと川中島の合戦のように激戦になると思います。間違っても、この前のボクシング世界戦のように、反則攻撃はないと思いますので(笑)、正々堂々と戦う事をここに誓います。


9月1日(土)

この日は、神奈川県愛川町のどきわくランドで開催された沼津プロレスを観戦しました。前日の夜、永悟さんからメールがあり、「明日愛川町で沼津プロレスやるよ」と連絡を頂きました。ここなら家から車で30分位の場所ですし、入場無料という事でしたので、急遽試合を観に行く事に決めました。

試合数は通常の半分位ですが、入場無料ということもあり、辺鄙な場所(笑)にも関わらず、約100人位の人が観戦していました。勿論、駿河永悟さんもタッグマッチで出場。必殺のジャーマンスープレックスホールドで見事勝利を治めました。

沼津プロレスの最強タッグ、駿河永悟&沼津燦太郎選手。今回はタッグマッチで敵味方に別れて対戦しました。

聞く所によると、沼津プロレスは今回が初めての沼津市以外の興業だそうです。沼津プロレスの益々の御発展、僕も願っております。

午後からは、「そういえば三宅さんどうしているかなあ〜。最近トレーニングを再開したみたいだし。」と気になっていたので、急遽三宅さんの家へアポなし訪問(笑)しました。
三宅綾さん(右)。FMW、WING、IWAジャパン等で活躍されたプロレスラー。タイガー・ジェット・シン、アブドーラ・ザ・ブッチャー、天龍源一郎選手等と対戦実績あり、あの殺人医師スティーブ・ウイリアムスとタッグを組んで、IWA世界タッグチャンピオンでもありました。
現在はドッグブリーダーの仕事が忙しいので、約2年間試合から遠ざかっていますが、復帰に向けてトレーニング中です。

犬の世話をする三宅さん。自宅には繁殖、販売用の犬がたくさんいます。僕が訪問すると物過ごい勢いで犬に吠えられます(笑)。

庭で日光浴をするワンちゃん達。

子犬を手にするHG。似合はねえ〜^^;。

現在は犬の世話の間を見ては、自宅でトレーニングされています。プレートは135kgあり、シャフト12.5kgを含めてMAX147.5kgまでトレ出来ます。今回、急遽三宅さんのトレにお付き合いする事になりました。僕は昨日の夜かなり追い込みましたので、遊び程度でシャフトを握りました。但し、ベンチ台の幅はかなり狭い(昭和、昭島以上)ので、最初はぐらつきました^^;。

今から3年前、僕は仕事の関係でユアースポーツ船堀から現在のジムに移って来たとき、パワーやビルダー系のジムではないので、最初はヘビーウエイトを取り扱える人はいないと思っていました。「ここにも凄い人がいるなあ〜」と最初に感じた人が三宅さんでした。その風貌から、最初は話し掛けるが怖かったのですが(笑)、ヤ○ザ?のヒロユキさんが、「あの人三宅さんといってプロレスラーだよ」と言ってくれたのでホッとしました^^;。
それ以後、三宅さんがジムにいらっしゃる時は、お互いモチベーションを上げてトレすることが出来ました。
三宅さんからすれば、「僕を追い越したい」と思ってトレされていらっしゃいましたし、僕も、「プロレスラーといえども、専門分野で負ける訳にはあいかない」と思ってトレしていました。
僕もここに来た時、如何にしてモチベーションを高めて行くかが課題でしたので、三宅さんには本当にお世話になりました^^。
今日は久し振りに三宅さんと一緒にトレ出来てとても楽しかったです。有難うございました^^。次に訪問する際は、必ずアポとりますので(笑)今後も宜しくお願い致します。
三宅さんの公式HPへは、下記から入れます。

Ryo Miyake〜The future of Rose color〜