2008年度ジャパンオープン日記 フォ〜
3月1日(土)
いつものように、八王子駅発大阪行きの夜行バスに乗って大阪入りしました。今回のバスはなんと2階建。しかし、いつもより狭く、腰痛が再発しました。
午前7時、なんばOCATに到着。腰痛を気にしながらも、近くのマック(マクド)で朝食を摂りました。朝食を摂りながら、今日の予定を検討。本当は京都に行きたかったのですが、天気予報で雪の予想だったので断念。代わりに、南方の和歌山市に行く事にしました。
和歌山市に行くのは、大学の授業の一環である和歌山巡検(現地調査)以来、16年振りの事です。

和歌山のシンボル和歌山城。徳川御三家の居城であり、暴れん坊将軍こと徳川吉宗の出身地でもあります。ここに訪れるのも16年振りです。

天守閣最上階から眺めた景色。紀ノ川河口や大工場(花王?)が見られます。

こちらは、和歌山市中心部の景色。

城下にある紅葉渓庭園。名の通り、紅葉の時期が見頃です。

和歌山に訪れたなら、一度は寄って見たかった「井出商店」。ご当地ラーメンブームの火付け役となった和歌山ラーメンの代表的な店です。新横浜ラーメン博物館にも出店、圧倒的な人気を誇っています。御覧の通り、長者の列が出来ています。

僕が食べたのは、特製中華そば(チャーシュー増量)600円、ゆで卵2個50円x2、早すし(鯖の押し寿司)150円で合計850円也。評判通り、とても美味しいラーメンでした^^。


デイリースポーツ(HGの愛読紙)を読んでいたら、本日京セラドーム(大阪ドーム)で阪神VSオリックスのオープン戦が開催されることを知り、急遽京セラドームへ。
京セラドームへは初めて行きましたが、東京ドームと同じく「狭いなあ〜」と感じました。
試合は4対4の引き分けに終わりましたが、今岡、桜井選手のホームラン、オリックスに移籍した浜ちゃんこと濱中選手の元気な姿を見ることが出来て、十分堪能しました。

大阪に来たなら、やはりここを訪れなければ大阪に来た気がしない「新世界」へ。最近は、串カツブームに便乗して、若い女性もたくさん見かけるようになりました。

新世界では、絶滅危惧種?思いっきりアナログゲーム(笑)のスマートボールも堪能しました^^。


前回「大阪シンポジウム」で初めて訪れて以来、あまりのディープさにすっかり虜になってしまった「動物園第一番街」。予想通り?若い女性を一人も見かけませんでした(笑)。
「オールウェイズ3丁目の夕日」も真っ青の?昭和の雰囲気を味わいたい人には是非ともオススメ致します。但し、所々に地雷がありますので(笑)通行される際は、十分お気を付けてお通り下さいませ^^。

JR大阪環状線玉造駅から徒歩5分の場所にある真田幸村の銅像。大阪遠征の際、どうしても訪れたかった場所とはここの事です。
真田幸村とは、大阪夏の陣で大阪(豊臣)方の武将として参戦し、圧倒的に不利な状況の中、徳川家康をあと一歩のところまで追い詰めた、戦国時代最後の名将です。最後は多勢に無勢で、討ち取られてしまうのですが、その鬼神的な強さに、猿飛佐助らが活躍する「真田十勇士」なる物語が出来るまで、現在までヒーローとして語り継がれています。
毎週欠かさず読んでいる、小学館ウイークリーブック発刊の「戦乱の日本史」第4巻で真田幸村特集を読んでこの場所を知りました。

銅像の隣にある「真田の抜け穴」。この場所は、真田幸村が陣を構えた場所です。大阪城から秘密の地下通路で、ここに出られると言われています。

真田幸村公之像と一緒に記念撮影。幸村の生き様に共鳴した僕は、ここで「僕も、たとえどんなに苦境に追い込まれた戦いとなっても、決して最後まで諦めません。絶対優勝してきます。」と誓ってきました。

大阪遠征の際は必ず寄る、大阪梅田にある「阪神百貨店」8Fの阪神タイガースグッズコーナー。生活用品全てをタイガース一色に出来るくらい、豊富な品揃えです。毎回何らか購入していますので、僕の部屋も半分くらいはタイガースグッズです(笑)。

これも大阪遠征の際、必ず食べる、阪神百貨店B1Fのフードパークで売られている「ちょぼ焼き」です。何度も書いているので、説明省きますが、東京で食べられないのが残念です。
大会前なので、このちょぼ焼き3枚と、玉造駅前の商店街で買ったお好み焼き(豚玉)1枚で今日の夕食は終了です。
今回は、無駄なエネルギーをフォ〜電しない為にも、高級マッサージは自粛して(笑)、常宿であるカプセルホテルアムザ1000に直行。風呂に入って、体重を量ると、何と90.95kg。もう飲み食い出来ません^^;
カプセル内で、「エンタの神様」を見終わった後、昨日良く眠れなかった事もあり、そのまま就寝しました。
3月2日(日)
午前6時起床。いよいよ今日は決戦日です。一風呂入った後、午前7時にホテルを出発。JR難波駅から電車に乗り、新今宮駅で下車しました。あれ?近鉄藤井寺線乗り換えは天王寺駅のはずだけど?今回、ちょっと寄り道したい場所がありました。

真田幸村討ち死にの地。天王寺公園の北側に位置する安居神社内に石碑が建っています。家康相手に善戦した幸村でしたが、最後はこの場所で越前松平軍の侍によって首を取られたそうです。真田幸村のように強くありたい。ここに訪れて僕の士気が高まりました。

ついでに寄った四天王寺。時間がなかったので、園内を散策する余裕はありませんでした。
その後、徒歩で近鉄阿部野橋駅へ。近鉄藤井寺線に乗り、いざ決戦地の阪南大学へ。
午後1時45分。史上稀に見る大激戦のゴングが鳴りました。
結果
優勝 川口マンさん 記録182.5kg
2位 天野章一郎さん 記録182.5kg(体重差)
3位 南條雅紀さん 記録180kg
御覧のように、戦前の予想通り、史上稀に見る大激戦となりました。参加されていた選手の方々は勿論の事、周りで見ていた方にとっては、十分楽しまれたのではないでしょうか?それでは、レポートをここで終わりにさせて頂きます。サイナラ〜!サイナラ〜!
(完)
「って、もう終わりかよ〜〜〜!随分投げやりじゃねえかよ〜〜〜!」
と、たくさんの苦情が殺到しそうなので(苦笑)、泣く泣くレポートを続ける事にしました。
「敗軍の将、多くを語らず」のことわざ通り、本当は何も書きたくはないのですが^^;。
第一試技 180kg 赤3つ 失敗(ツブレ)

先ほどから何度か書いてありますので、もうお分かりになると思いますが、ズバリ!今回は優勝しか狙っていませんでした。ノーギア最高峰の戦いであるジャパンオープン大会。一度は獲っておきたいタイトルであります。優勝を狙う上で強敵は、やはり南條さん、川口マンさん、天野さんと決めていました。戦前の予想では、南條さん、川口マンさんが190kg狙い、天野さんが公言通り185kg狙い(流れによっては190kgも)と読んでいました。ですから、優勝ラインは190〜192.5kgと読んでいました。
一応、公式大会ルールで臨んで190kgが軽かった(体重1.5kgオーバーしていますが)昨年12月の江戸川大会のコンディションに持っていければ、優勝ラインに届く自信はあったのですが、今回はそこまでの状態に持って行けませんでした。しかしそれに近い状態までには仕上がっていると思っていましたので、190近くは行けると思っていました。後は気力でどこまで持っていけるかに賭けていました。
この実力が均衡した中では体重差も大きいので(2.5kgのアドバンテージは大きい)、上記3人は89kg台で出てくると読んでいましたので、88kg台にする必要がありました。
と、ここまでは予定通りだったのですが・・・・・・・。
第一試技は当初の予定通り、180kgを申請。今回の審判は厳しいので、重量を下げようか一瞬悩みましたが、これを挙げられなければ優勝はおぼつかないと思っていましたので、そのままの重量で行く事に決めました。
油断大敵なので、当然第一試技から全力投球です。
が、しかし・・・・決して重くはなかったのですが、バーベルはピタッと途中で止まってしまいました。まさかまさかの第一試技ツブレです。
第二試技 180kg 赤3つ 失敗(ツブレ)

考えてみましたら、第一試技でツブれたの、フルギアの2回(2001年東京都大会、同年全日本選手権)のみでした。ノーギアでは初めての事です。まさかツブれるとは思っていませんでしたので、流石に動揺しました。
天野さんからは、肩甲骨が寄っていないと指摘を受け(確かに寄っていませんでした)、北川さんからは、胸の下ろす位置が手前すぎると指摘を受けました。でも、この重量は、フォームが崩れていても挙げていなければならない重量。再度北川さんのアドバイスを受け(北川さん、有難うございました。大変感謝しております)、どうにか気を取り直して第二試技に挑む事に。もう失敗は許されません。
それにしても、この写真から他の選手の緊張感が伝わってきます。撮影して下さった深川さんに感謝です。
しかし、無常にも、またもや途中で失速。魔物が住んでいるのか?今日はありえないくらいの絶不調です。
天野さんが第二試技で180kgに成功しましたので、これによってHGの自力優勝は消滅しました。
第三試技 180kg 赤3つ 失敗(ツブレ)

その前に、これまでの90kg級の戦いをおさらいしたいと思います。
パワエリさんは、HGと同じく、第一、第二試技の165kgを失敗して窮地に立たされていたのですが、第三試技で何とか成功!神奈川県勢2人失格という不名誉な記録を阻止しました。
竹内さんは第一試技160kg、第二試技167.5kgを難なくクリアー。第三試技172.5kgは挙がりませんでしたが、入賞を確定させました。
石我さんは、第一試技160kg、第二試技170kgを軽くクリアー。第三試技はメダル争いの為180kgに挑戦です。
南條さんは、第一試技は170kgと無難なスタート。第二試技180kgは傾きをとられ失敗。再度180kgにチャレンジです。
川口マンさんは、第一試技175kgを軽くクリアーした後、182.5kgに挑戦も、傾きを取られて失敗。再度182.5kgにチャレンジです。
天野さんは、第一試技175kg、第二試技180kgをクリアー。現時点でトップに躍り出ました。第三試技は優勝狙って182.5kgに挑戦です。
これによって、自力優勝がなくなったHGですが、HG成功、他の4人が全員失敗するという、極めて低い確率ですが、逆転優勝の可能性はまだ残っていました。
僅かでも優勝の可能性がある限り、絶対に優勝を諦めない。そう、400年前の真田幸村のように・・・・・。
第二試技の失敗で、不調を感じ、これまでのやり方では通用しない事を悟りましたので、ある秘策に打ってでました。
それは、ナローグリップ作戦です。
実は、以前から、第二試技ツブれた時は、この作戦を実行する予定でした。ナローグリップは確かに不利ですが、最近はナローの方が調子が良かったので。まさか一本目からツブれたのは想定外でしたが(笑)。
僅かな優勝の望みを賭けて全身全霊で挑んだ第三試技。結果は3本の中では一番良かったと思いますが、惜しくも後一歩の所で、無常にもバーベルは止まりました。
これによって、MASAO.HG2008年の戦いは無残な結果で終戦を迎えました。
石我さんは、180kgを挙げる事が出来ず、メダルを逃しましたが、初出場でこの記録は立派。改めてK’SGYMの選手層の厚さに感服しました。
南條さんは、180kgを意地の成功!優勝への望みを繋げました。今回は、決して調子は良くなかったと思いますが、やはり全日本2位の実力は本物でした。
そしてクライマックスは・・・・・・・・。
天野章一郎さんと川口マンさんの182.5kg決戦となりました。
もう一度おさらいしますと。
両者成功の場合、体重差(しかも僅か180g)で、川口マンさんの優勝!
一人成功、一人失敗の場合、当然、成功した人が優勝!
両者失敗の場合、体重差で南條さんの逆転優勝!
と、何とまあ〜、ハラハラドキドキの展開となりました。戦前の予想通り、最高に面白い展開となりました。
先ずは天野さん。いつも以上の渾身の気合(いつも凄いですが)で臨んだ最終試技。バーベルは2秒の速さで(本人談)きれいに挙がりました。勿論、白3つで成功!会場が大いに沸きました。天野さんはここで暫定トップに立ちました。
そしてオーラスは川口マンさん。悲願の初優勝に向けて、ここは絶対に落とせません。天野さんに負けず劣らずの渾身の気合で臨んだ最終試技。バーベルは力強く挙がって行きました。勿論、成功!
「オッシャア〜〜〜〜〜」溢れんばかりの雄叫びで優勝の喜びを表す川口マンさん。
周りの人々から盛大なる拍手喝采を浴びました。
史上最高の大激戦と予想されたジャパンオープン90kg級の熱き戦いも、川口マンさんの悲願の初優勝で幕を閉じました。
天野さんと川口マンさんの決戦を書いていたら、ふと、行徳大会の天野さんとの一騎打ちを思い出しました。
あの時は、天野さんと勝負する気は全然無く、対決を避けていたのですが、最終試技で天野さんから「182.5kg対決しましょう」と勝負を依頼され、散々悩んだ揚句、真剣勝負禁止というMASAO.HGの厳しい掟を破った、唯一の大会(コスプレ時)でした。
結果は両者182.5kg挙げ、引き分け(記録上は体重差でHGの1位)でしたが、司会者のトレローさんが「今まで観てきた試合の中で最高に感動した試合」と言っていたのが、決してお世辞ではなかった事が、今回のジャパンオープンの決勝戦を見て分かりました。
両者の気迫溢れる決勝戦。ベンチプレス競技者は勿論の事、ベンチプレスをやるのは好きだけど、大会にでるのはちょっと・・・・と思っている人に、是非とも見てもらいたかった戦いでした。
淡々と試技をこなすのもいいですが、やはり、何だか緊張感が伝わってこない。天野さんや川口マンさんのように闘志を前面に押し出すタイプは、見ていて気持ちがいいし、引き付けられます。
「見ていて面白くなければ、競技人口は伸びない」は僕の自論ですが、今回のような戦いが増えれば、もっと競技人口は増えると思います。
本当は、僕も優勝争いに加われば、もっと盛り上がったのですが・・・・・僕がコケたことによって、逆に、皆の記録まで下げてしまいました^^;。
僕が、もし185kgに成功していれば、
川口マンさんも天野さんも南條さんも185kg以上に挑戦していたと思います。
その件に関しましては、僕は物凄く責任を感じております。申し訳ございません。
90kg級の試技も終わり、一人我に帰った時、自分自身のあまりの不甲斐なさに、人目も憚らずに号泣してしまいました。
その後も、各階級で熱き戦いが繰り広げられましたが、失格のショックで、正直良く覚えていません。
天野さんのジャパンオープン日記
で詳しく書かれていますので、そちらを御覧下さい^^。
因みに、僕の戦前に立てた予想は以下の通りです。
MASAO.HGのジャパンオープン90kg級大予想

これが噂のバックスクリーントリオ(左から天野さん、川口マンさん、HG)今回は僕が三振しましたが、二人の場外ホームランで試合は大勝!これで良しとしましょう^^。
因みに、中央下は川口マンJr。空手の達人でデットリフトはすでに60kg。将来が楽しみです。

中央にトレローさん(今大会MVP)、パワエリさん(後列右)を交えて。それにしても、皆デカイ!

愛知の強豪三人衆。左よりhideさん、strongyasさん、天野さん。全員記録が180kgオーバーの実力者です。勿論、HGのライバルです。

大会コスチューム等の販売で来場されていた、御存知世界の伊差川さん(中央)と記念撮影。一番右が高知のやっさんで、次が仲さんです。

「鉄人58号」ことこうさん(右)と。前回のジャパンオープン90kg級覇者です。相変わらず若々しい肉体は健在でした。今回は175kgと、本人にとっては納得出来ない結果だったと思いますが、兵庫ベンチではきっと巻き返してくれるでしょう^^。

天野さんのアップ。足上げベンチです。

90kg級のアップ風景。どの選手を見ても、物凄い体です。

90kg級で参戦するかと思われていたstrongyasさん。今回は82.5kg級で出場。記録は何と脅威の190kg。ぶっちぎりの優勝です。それにしても強かった〜。
愛知県勢、恐るべしです。

今回優勝した川口マンさんに敬意を表して、一緒に記念撮影。川口マンさんとは、これでHGの2連敗です^^;。

90kg級表彰選手。左より、竹内さん、南條さん、川口マンさん、天野さん、後ろ向きですが(笑)パワエリさん。何で僕がいないんだろう?(笑)
。

75kg級で出場し、一般の部5位、マスターズT2位の仲さん。3月23日の神奈川県チームベンチでは、HG、パワエリさんとドリームチーム(あげ あげ ブラザース)結成です。

パワエリさんの職場の先輩で、一士二官82.5kg級5位入賞の橋本さん。その他、神奈川県から多くの選手が出場しましたが、僕以外^^;全ての選手が入賞しました。

大会終了後は、難波の居酒屋で打ち上げ。神奈川勢にバリバリくん、高知のやっさん等を交えて、大いに盛り上がりました。僕は終始暗かったですが(笑)。
あとがき
「全てが終わった。もう駄目だ。」180kgを3本とも失敗し、失格となった瞬間、率直にそう思いました。
年間を通して、最も目標にしている大会がジャパンオープンです。ですから、調整には最大限の努力を払い、モチベーションも最高に高い状態で出場しています。ここで出した結果が、僕の真の実力であると思っています。
僕の不完全燃焼に見えたと思いますが、戦前から激戦が予想された大会、ちょっとの気の緩みが命取りになることは十分分かっていますので、最初から全力を出しました。「とにかく絶対に悔いだけは残したくは無い」と心に誓っていましたので、全力を出し切った事に関しましては悔いはないです。ですから、これが僕の真の実力と言われても、何も反論する事が出来ません。
決して、無謀な申請重量ではなかったのですが、3本とも全力で行って、3本ともツブれました。
3本ともツブれたのは、大会に出場して初めての屈辱です。
例え不調でも、今まではそれを気力でカバーしてきた自負がありましたので、それが通用しなかった事も大変ショックでした。今まで不本意な結果はたくさんありましたが、その度に「次回は絶対に見返す」と思っていました。しかし、今回は「もう潮時かな。ベンチプレス競技辞めよう」と思いました。
恥ずかしい試技はしないと言っておきながら、優勝争い所か、3本とも持ち上げられず失格という、この上なく恥ずかしい試技をしてしまいました。
僕は今回、どうしても優勝に拘った理由を書きます。
それは、今尚、ネフローゼという病気で、悩み、苦しんでいる方々の存在でした。今の僕は、一目で見てお分かりになりますように、健康そのもので、何にでもチャレンジ出来ます。でも、もしかしたら、未だに入退院の繰り返して、ベンチプレスはおろか、満足に職に就けなかったかもしれません。そう考えると、僕は本当に運が良かったと思っています。
病気関係の掲示板では、「またスポーツが出来るのでしょうか?」といった悩みの書込みもたくさんあります。それを見る度、僕が何とかしなければと思っています。
その為には、日本ではノーギア最高峰の大会である、ジャパンオープン優勝というタイトルがどうしても欲しかったのです。僕が優勝することによって、病気で悩んでいる人が、勇気や希望を持ってくれればと思っていました。
そこの掲示板に「優勝してきます」と書き込んだ時点で、自らの退路を断っていました。
「もう絶対に恥ずかしい戦いは出来ない」と、決死の覚悟で挑んだ大会でありましたが・・・・・。
あまりにも情けない結果に、「もうこれ以上、僕には競技を続ける資格はない。」と思うと、無性に涙が溢れてきました。それまでライバルと思っていた、川口マンさんや、天野さんとの実力差も痛感しました。「もう駄目だ」自分の限界を感じていました。
口では、「実業団大会に出ます」とか、「来年は頑張ります。」何て言っておきながら、ベンチプレス界から身を引くことしか考えていませんでした。
でも、よくよく考えて見ると「自分の力の限界を感じました。もう引退します。」この行為こそが、病気で悩んでいる方々にとっての裏切り行為だと感じました。
結果は出せなかったけれど、こういう時こそ立ち直って、次回は結果を出す事が、今の僕の使命であると決心しました。
今から20年前、相次ぐ病気の再発で流石に心が折れ「もうこのまま一生病弱で暮らすのかな?」と思った、あの時の絶望感に比べれば、今回の失格は屁みたいなものです。
でも今は、曲がりなりにも神奈川県記録保持者です。もう一度自分を信じてやり直そう。来年のジャパンオープンこそ、自分の真価を問われる戦いになりそうですが、もう前だけ向いてやっています。でも、この屈辱は絶対に忘れてはならないと思っています。
敗者であるこんな僕にも関わらず、全国の方からたくさんの激励を頂きました。大変感謝しております。そして、今回も遠く宮崎から大会に初参加された方から「HP見てますよ」と声を掛けて下さいました。これもベンチプレスをやっていたお陰ですよね。
ですから、これからもベンチプレス界に僅かながらでも貢献して行きたいと思います。
真田幸村のように強くはなれなかったけれど、来年のジャパンオープンでは、嬉し涙を流したいと思っています。
最後に、一つ触れておきたい事があります。それは、僕と同階級(マスターズT)で出場された坂元さんの事です。ノーギア最高183kgの実力者ですが、今回スタート重量の低さが気になっていましたので、訊いてみましたところ、喉元に出来た腫瘍によって満足なトレーニングが出来ないそうです。大会終了後、本格的に治療されるそうです。一年間はトレーニング出来ないそうですが、再来年の復帰を目指しておられるそうです。
僕も坂元さんの決意には勇気付けられました。再来年は元気な姿でお会いできる事を切に願っております。
それでは、長々と書いてしまいましたが、ここで終わりにさせて頂きます。
応援して下さった皆様、本当に有難うございました。
(完)
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