流れ
「 自らを知る 」
カリール・ジブラン
そこでひとりの男が言った。お話ください。「自らを知る」ことについて
アルムスタフアは答えて言った。
あなたの心はひそかに知っているのです。日々夜々の秘密を。
しかしあなたの耳は聞きたがっています。あなたの
心の「知」の声を。
自分の魂がすでに知っているものを、あなたは言葉で知りたいと思う。
それで
よいのです。
魂の隠れた泉は溢れ出るもの。そしてささやきながら海に流れ入るもの。
あなたの無限の深みにある宝は
あなたの眼に触れたがっているのです。
しかし、その知られざる宝を、秤で量ってはなりません。
そして
あなたの知」の深みを、測り竿や測り綱で探ってはなりません。
なぜなら、「自ら」は極みなく果てしない「海」だからです。
言ってはなりません。「私は真理を見つけた」と。言うならば、「私は真理のひとつを見つけた」と。
言ってはなりません。「私は魂の道を見つけた」と。言うならば、「私の道を歩む魂に出遭った」と。
なぜなら魂は、およそ道という道を歩む。
魂は一本の線の上は歩まず、葦のように育つものでもない。
魂は拡がって行くのです。無数の花弁を持つ蓮の花のように。
「 竹 」
萩原朔太郎
光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。
時の祈り ジングルベル
重田佳明
あの時、聞いたいたジングルベルは今もきこえるかな
あの時、純粋に、まっすぐ歌ったジングルベルはうたえるかな
主よ
私が、どんなに成長しても、どんなに流されて生きようとも
あの時の、純粋で、まっすぐな心であり続けることができますように
マザーテレサの瞳
マザー・テレサの瞳は
時に
猛禽類のように鋭くこわいようだった
マザー・テレサの瞳は
時に
やさしさの極北をしめしてもいた
二つの異なるものが融けあって
妖しい光を湛えていた
静かなる狂とでも呼びたいもの
静かなる狂なくして
インドでの徒労に近い献身が果たせただろうか
マザー・テレサの瞳は
クリスチャンでもない私のどこかに棲みついて
じっと凝視したり
またたいたりして
中途半端なやさしさを撃ってくる!
鷹の眼は見抜いた
日本は貧しい国であると
慈愛の眼は救いあげた
垢だらけの病人を
なぜこんなことをしてくれるのですか
あなたを愛しているからですよ
愛しているという一語の錨のような重たさ
自分を無にすることができれば
かくも豊穣なものがなだれこむのか
さらに無限に豊穣なものを溢れさせることが出来るのか…
ー 茨木のり子 ー
