日本キリスト教団 松阪教会

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教会の歴史


 私たちの日本キリスト教団 松阪教会は2008(平成20)年9月に創立80周年を祝いました。それは1928(昭和3)年4月23日 松阪日本基督伝道教会設立(200042日発行の松阪教会の歩み《新会堂献堂記念》より)によるからです。

 三重県にプロテスタント・キリスト教を伝道したのは、大阪を根拠地とした「アメリカンボード」の支援を受けた「日本基督組合教会」の「日本基督伝道会社」であり、1880(明治12)年日本人最初の牧師、沢山保羅(さわやま ぽうろ)をはじめ、大阪天満教会の教師、信徒が三重県に派遣され翌年に松阪の信徒宅と、芝居小屋との2ケ所に講義所が開設されたとされています。

130年前に伝道が開始されながら48年を経てようやく教会が設立されたことになります。設立後の松阪教会の歩みも平たんなものではありませんでした。

松阪教会の歴史は松阪の地域性とも深く関わっている事から松阪の起源から紹介します。

 

1.松阪とキリスト教

松阪(松坂)という地名は、キリシタン大名として知られる蒲生氏郷が豊臣秀吉に南伊勢12万石を与えられて1584年松ケ島城(現在の松阪市松ケ島町)に入った後、1586年に同城と城下町すべてを四五百(よいほ)の森を中心とした適地に強制移転させ松坂城を築城したことに起因しているとされています。(2009年11月3日松阪市産業振興センターでの氏郷の生涯展資料より)

 

生涯展資料では「氏郷は勇猛な武将であると同時に、キリシタン大名また千利休に師事した茶人でもあり利休七哲の筆頭格であった、氏郷のキリスト教入信は松ケ島在城の頃であり1585年30歳の時に大阪の聖堂で洗礼を受けた。蒲生一族や家臣の中には信仰者も多く、また秀吉のバテレン(宣教師)追放令発令後も信仰をすてず、会津地方ではキリスト教の布教に努めたという。」とあります。

 

松阪市史第10巻資料編民俗 第六章信仰と俗信 (291頁)のなかには、次のような記述があります。「切支丹というかたちでキリスト教がこの地方に根を下ろしたのは桃山時代の末頃からで、いわゆるキリシタン大名として名を連ねている蒲生氏郷をはじめ、その一統や領民たちの間で信奉されていたが、三井家の祖である三井高利もその一人であった。禁令下においてもかくれキリシタンとして相当の信者が潜伏していたことが推察されるが、信仰の証拠となるような文献や遺物などは極力湮滅を計ったことであろうから、有力な史料は皆無の状態である。」

 

それに続く292頁に1963年〜1983年の20年間当教会の主任担任教師であった杉山謙治牧師が、松阪におけるプロテスタント・キリスト教の歩みにつき寄稿(1979年11月2日記)している。

松阪におけるプロテスタント・キリスト教初期については、当教会が2000年4月2日に発行した「松阪教会の歩み《新会堂献堂記念》」全200頁に詳しく載っています。この「松阪教会の歩み」ご希望の方は、当教会にお問い合わせください。

 

2.松阪教会のあゆみ

 私たちの日本基督教団松阪教会の始まりは、松阪にプロテスタント・キリスト教の種が播かれたとされる1880年から26年後のことで、1906年に米国カンバーランド長老教会の伝道事業を引き継いだ日本基督教会(旧日基)浪速中会が協力ミッション未加入講義所として、津講義所の阪野嘉一牧師指導のもと伝道を開始した時とされています。

 前述の当教会発行の「松阪教会の歩み」に沿って教会の出来ごとで重要な事を年代順に下記に示しています。 歴代牧師など、より詳細なことをお知りになりたい方は、是非「松阪教会の歩み」をご覧ください。

 

1880(明治13)年

  三重県に最初キリスト教を伝道したのは、大阪を根拠地とした「アメリカンボード」と組合系の「日本基督伝道会社」であった。(「日本基督伝道会社」は「日本基督組合教会」がアメリカンボードの支援を受けて始めた伝道組織である。)

  日本人最初の牧師、沢山保羅をはじめ、天満教会の教職、信徒が三重県に派遣される。翌年6月松阪の信徒宅と、芝居小屋との2カ所に講義所が開設された。参加者50名

 

1890(明治23)年

  米国カンバーランド長老教会派遣のAD・へ—ル宣教師が1880年頃から活発に大阪を中心に伝道を行っていた。その後カンバーランド長老基督教会の伝道事業は日本基督教会(旧日基)に引き継がれる。三重県は浪速中会の伝道地と定められ、カンバーランド長老基督教会の宣教師が派遣されることとなる。

 

1896(明治29)年

  アメリカンボードの撤収とともに伝道会社の援助も打ち切られ、「日本基督伝道会社」による伊勢伝道が廃止されたため、組合教会の開拓伝道は日本基督教会に引き継がれた。

 

1906(明治39)年

  この年、松阪教会は協力ミッション未加入講義所として、津講義所の阪野嘉一牧師の指導のもと伝道を開始した。当時、洗礼式はJE・へ—ル宣教師により行われた。

 

1928(昭和3)年

協力ミッション伝道所が新座町に置かれ、松阪日本基督伝道教会を設立。(このときを当教会の創立年としています)

 

1932(昭和7)年

  協力ミッション伝道所(松阪日本基督伝道教会)が殿町に移転。

 

1933年(昭和8)年

  教会堂献堂

 

1934(昭和9)年

  「松阪日本基督伝道教会」が、三重県知事より設置許可がおりた。

 

1941(昭和16)年

  日本基督教団が設立され、日本基督教会も日本基督教団に加入する。 

当教会は日本基督教団松阪教会となる。

 

1949(昭和24)年

  第一種教会となる。

  

1987(昭和62)年

  三重連合長老会が発足し、当教会が加入。

 

1999(平成11)年

  新 教会堂建築起工

 

2000(平成12)年

  新 教会堂献堂