助産婦さんでの出産体験記


   アクティブバース( 妊婦の希望による、妊婦のための、妊婦のやりたい方法での出産 )


   私の二人の子供は、二人とも助産婦さんに取り出していただきました。この助産婦さんの方針で、出産には必ず父親が立ち会うことになっていました。そこで、皆さんに、出産に立ち会った夫の側からのお話をいたしましょう。もうだいぶ昔のことなので、思い出したことだけを、書いてみます。何らかの参考になればいいのですが。


    長男は6月に生まれました。予定は5月24日ころでしたが、初産ということで、遅くなったのでしょう。その前年の10月ころから、毎週末に、車で1時間ほどの、畑の真中に新築したばかりの助産婦さんの自宅に、通いました。結局、こんなに早くから助産婦さんのところに通う必要は全くなかったのですが、初めてということもあって、早くから通ったようです。なお、私は産婆さん、産婆さんといっていたのですが、助産婦が正しい言い方なようです。


    出産直前になると、胎児が男の子か女の子か、妊婦のおなかの出っ張り具合でわかるようです。全体に丸く、おなか全体がふくらんでいるときは女の子、妊婦の下腹部が突き出しているような具合のときは男の子だそうです。うちの長男、長女のときはその通りの、おなかの形になっていました。今では、出産直前の妊婦さんのおなかの形を見ると、男女の区別がわかるようになりました。


    妻が、病院ではなく、アクティブバースを選んだ理由を述べましょう。最初妻は、国立病院へ行ったそうです。すると診察を受ける妊婦さんが、芋の子を洗うように待っていて、その多さに驚いたそうです。ところで、子供の出産は自然に任せておけば、いつ出てくるかわかりません。深夜や早朝になることも多いでしょう。たくさんの妊婦を、自然のままに、子供が出てくるのを待っていれば、病院の出産部門は24時間営業でなければ対応できないはずです。これでは病院は、よほどたくさんの医者と助産婦を雇って、3交代制で対応しなければならなくなるでしょう。これは事実上不可能でしょう。
   この問題を解決するには、どうすればいいでしょうか。簡単です、妊婦さんがビジネスタイム(9時ー5時)に子供を生んでくれればいいんです。では、どうすればビジネスタイムに生んでくれるでしょうか。早く出産する薬を飲ませるとか帝王切開という方法があります。皆さんは、子供を産むときに、自然に出てくるのを待つのがいいと思いますか、病院や医者の都合を考えて、早く出てくる薬を飲んだり、切って取り出してしまうのがいいですか。
   何人かの母親は、病院側の都合で生まされた結果、2番目の子供を産むことをちゅうちょすることがあるんではないでしょうか。芋の子を洗うように扱われ、出産間際に体を切られたら、その後の妊娠を避けることはありえます。
   その上、日本では、選挙権のある高齢者にやさしい政策がとられていますが、選挙権のない幼い子を持つ人には、医療費、教育費がかなり高額です。幼児はしょっちゅう体調を崩しますから、医療費は大人より、かなりかかりますよ。周辺の子供が、そろばん塾、ヤマハ音楽教室、英会話幼児教室、学習塾、サッカークラブ、野球クラブ、柔道剣道に少林寺拳法などなど、に通っていれば、どこにも通わせないというわけにもいかなくなり、教育費がかかるんです。本来学校がきびしく指導してくれればいいものを、内容はよく知りませんが、ゆとり教育といって、結果的に学力低下教育をしているのも困ったものです。衣類も、幼い子の服のほうが割高ではないでしょうか。大人の服や靴は何年でも使えますが、子供はすぐにサイズが合わなくなり、出費がかさむんです。使い捨てのオムツも金がかかります。ベビーカーにベビーシート、チャイルドシートも必要です。子供自転車やラジコン、テレビゲームなどの遊び道具にも金がかかります。夏冬の休みに、旅行にも連れて行ってやらないとかわいそうでしょう。家族旅行は金がかかります。つまり、子供を持った後になって、世間並の子育てに莫大な金がかかることに気づくと、たくさん生む気持ちはなくなってしまいますよね。


    ちょっと話がそれますが、教育費の高さについて言わせていただきたい。私が、東京都立大学にいた時代は、授業料が年額1万5千円でした。国立大学は1万2千円でした。この金額は当時でも、ほとんどタダみたいな感覚でした。これが今では、はっきりとは知りませんが、50万円前後必要なんではないでしょうか。物価が40倍にも上がったのは、国公立大学の授業料だけではないでしょうか。これからは極端な、少子化の時代になるのですから、国公立大学に入れる子の、親の負担を昔のように軽減してあげるべきではないでしょうか。子供が3人も、私立の大学や専門学校に入ったら、親が破産してもおかしくない時代になってしまっているんです。


   話がそれてしまいましたが、この助産婦さんは、妊婦本人のやりたい方法で出産をさせてくれる人でした。自宅出産でも、水中出産でも、特殊な方法でもいいという事でした。そういうことから、われわれは助産婦さんの自宅で、出産するということになりました。最初の子は5月24日が予定日でしたが、何の兆候もないと言うことで、この日はただ過ぎてしまいました。その次の週末は、助産婦さんの自宅に夫婦で泊まりこんで、出産を待つという準備で、助産婦さんの家に行きましたが、助産婦さんの見るところ、まだ兆候がないということで、すごすごと戻ってまいりました。このように、自然のままに、子供が出てくるのを待っていると、2週間ぐらい遅くなる例はたくさんあるんです。病院では、こんなに待ってくれないでしょう。だから、薬や、帝王切開になるんです。病院が、子宮筋腫のあそれがあるといってきたら、切られると思ったほうがいいようですよ。
   次の金曜日に兆候が出てきたそうです。土曜日に助産婦さんに電話して、午後3時ころ、助産婦さん宅に入りました。ここは病院ではありませんので、病室はありません。ごく普通の自宅です。玄関の横の8畳くらいの洋室に机が一つと寝台が一つ置いてあるだけです。その部屋の板敷きの、今風にいうとフローリングの床に大きなビニールを広げ、そこに夫婦で寝転びながら出産を待つことになりました。妻は土曜日の午後から、かなり苦しみが始まっているようでした。助産婦さん出産とは、板敷きの上にビニールを広げ、自然に出てくるまで気長に夫婦で待つことだったんです。病院で、床に夫婦で寝転んで出産を待つなんて、考えられないことでしょう。
   板の上に、ビニールを敷いただけのところに横になるのですから、寝心地は最悪ですが、私は夜9時ころには寝込んでしまい、気がついたのは翌朝6時ころでした。妻の話では、自分は一晩中たいへんな苦しみを味わっているのに、すぐ横で大いびきをかいて熟睡するなんて、腹が立ってしょうがなかった、と言っていました。出産の苦しみを共有することだけは、男性には永遠にできないことなんです。ただし、一晩中起きている旦那さんもいるという話は、後で聞きました。見上げた人です。
   翌朝、7時ころになると助産婦さんが2階から下りてこられました。この家は、助産婦さん夫婦と娘さんが2階で暮らし、1階は私達が入った事務所と、出産後の数日を過ごす和室などからできていました。


   午前8時を過ぎたころから、助産婦さんが妊婦の正面に座りました。この方は大きな病院の産婦人科で、長く助産婦をしていた方だそうです。助産婦さんの指示で、私は妊婦の後ろに回り、早く出てくるようにと、背中をさすり始めました。産道が開かないと助産婦さんは、手を入れることができないようで、もっとよく背中をさすって、早く出てくるようにさせなさいと言われました。
   テレビでよく見る出産シーンとは、全く異なる光景です。真っ白いシーツでおおわれたベッドも、白衣を着た医者も看護師もいません。床に座っている妊婦の背中を亭主がさすり、それに促されて産道を下りてきた子供の頭が、産道を大きく広くのを、助産婦さんが待っているだけなのです。ほかに誰もいません。産道が開いてくると、「そろそろいいかな」、と言って助産婦さんが手を入れます。子供が自分で出てくるのを手助けするだけなのですが、これがなかなか出てきません。途中で、「頭が見えるから見てごらん。」と助産婦さんが言うので、前に回って見てみると、なるほど開きかかった産道から頭皮が見えます。頭が出てくるのはもうすぐであることがわかります。こうなると背中をさする手に、ますます力が入ってきます。
   頭を取り出すのがたいへんらしく、なかなか出てきません。頭が半分出たところくらいで、助産婦さんが休んでいるようにみえました。頭が出ると、体も出てきました。体全体が出たところで、赤ちゃんの最初の鳴き声がしました。この世に産まれて最初に出した声です。夫は目の前でその光景を見るのです。妊婦は、疲労困憊で何も覚えていないそうです。夫だけがこの全光景を目撃するのです。
   その後、助産婦さんが、新生児の体についた血を拭き、へその緒がついたまま、母親の腹の上に横たえました。新生児は大きな声で鳴いています。ここで記念撮影をしました。
   あとあと、妻からいかに苦しい思いをしたかということを、さんざん聞かされましたが、男性には全く理解できない世界です。しかし、女性は産みの苦しみに堪えられるように、感覚ができていることを悟りました。女が男より長生きすること、女の方がストレスに強いことを、出産は教えてくれます。


   めでたく出産となり、記念撮影も終わったので、あとはへその緒を切って終了すると思っているのが、普通の男性です。このあとの事を知らない人は衝撃を受けるでしょう。私もそうでした。もう一仕事と言って助産婦さんは、腕をまくり、産道の奥深くまで手を入れて何かごそごそやっていました。そして突然、赤黒い血のかたまりを取出すと、ビニールの上は血だらけのように見えました。正確なサイズはわかりませんが、直径15cm、厚さ3cmくらいに見えた丸い血の塊は胎盤でした。これを取出して、出産は終了するのです。誕生の時間は10時14分と記録されました。しかし、胎盤のことを含めると終わったのは、10時40分ころでしょうか。このあと、新生児と母親は、隣の和室で数日を過ごすことになります。


   これにて、助産婦さんによる出産の記録は終了です。この記録を読んで、あなたは病院で出産したいと思いますか、助産婦さんに頼んでみようと思いますか。それは、あなた方ご夫婦の自由な判断で、選んでください。ここは体験談を記録する場所に過ぎません。


   なお、最近では助産婦は、助産師という言い方に統一されているようです。

       
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