わが人生でゴルフをやっていたのは、わずかに6年ほどです。もう十年近くクラブを握っていません。
今でもそうだと思いますが、荒川の河川敷のコースへ行くと、朝早くから順番待ちでゴルフをやる人がたくさんいます。並んだ順番で4人づつコースへ出て行くのです。私もかってはよく行きました。
私がゴルフを始めたきっかけは、ある会社にいるときに、その会社で初めて社内ゴルフ大会をやることになったときなのです。社員が少ないので、私にも出場してくれと言われたのです。やむなく、2ヶ月後の大会に出るため、3万円ほどのクラブセットを購入し、打ちっぱなしに行くことになりました。私は、学生時代は腹筋を300回くらいやったほど上体の力が強いので、ドライバーがまともに飛ぶと、びっくりするほど飛びます。しかし、まともに飛ぶのは1割もありません。たいていは、大きく右へ回って、どこに行ったかわからなくなります。そこで、ドライバーを使うのはやめ、ウッドは5番だけにしました。5番ですと、たかーくあがって、結構まともな位置に落ちてきます。力を加減すれば、150ヤードくらいから250ヤードくらいにも使えます。5番なら、距離を稼ぐことも、方向を正しくできることも、わかったことが、そこそこやれるという気持ちにさせたようです。
2ヶ月後の大会は、紫カントリーでした。なにしろ、コースへでるのは初めてです。パターは使えるのかとお思いになるでしょう。しかし、子供の頃に、ビー玉の穴入れ遊びをさんざんやってきたので、穴入れは得意なんです。初めてのコース体験でしたが、5番ウッドのおかげで、あまりOBもなく、惨めな結果だけは避けることができました。それより、ニアピン賞が懸かった170ヤードで、5番ウッドを少し手加減して打つと、高く上がって見事ワンオンしました。霧がかかり、旗の方向も、打った球の行方もよく見えない中、諸先輩方を差し置いて、2ヶ月の私がニアピン賞をいただいたのは、その後のホールインワンを暗示しているようでした。人生には予感があるんです。
それから後は、荒川の河川敷にある3つのコースの順番待ちを、行ったり来たりして、やっていました。河川敷をばかにしてはいけません。青木功さんは、荒川の河川敷で鍛えて大選手になったんですから。中島常幸さんも来ていたと聞いています。
ときどきは、会社の方が会員になっている富士山のふもとのコースへ行きました。山岳コースなので、アップダウンの激しいところでしたが、景色が美しく、ゴルフの楽しさを堪能させてくれました。ただし、一回行くと、高速代、ガソリン代、プレー代、食費などで4万円近くかかりましたので、これにはまいりました。
快晴のその日も順番待ちの見知らぬ人たちと、4人でコースへでました。2年も経つとそこそこできるようになっています。15番あたりだったでしょうか。140ヤードという短いところでした。8番アイアンくらいで打った私のタマは、高く上がり、ピンの手前でワンバウンドしました。そしてすっと消えました。あれっ。おかしいな。どっちへ転がったんだろう。見えなかった。おかしいな。見間違いかな。向こうへ行けばわかるだろう。という気持ちでピンに近づくと、なんと入っていたんです。ホールインワンでした。
あまりゴルフに詳しくない私は、入ったことだけを話題に他の3人としゃべっていたんですが、ある方が、事務所に言えば何かあるかもしれませんよと言ってくれました。事務所に戻って、ホールインワンをやりましたと言うと、ボールはどこのメーカーですかと言います。ブリジストンですというと、何か用紙を持ってきて、記入してくれと言います。住所や名前やコース名などをいろいろ書いた後、いっしょに回った方が、証人としてサインしてくれました。
2ヶ月後くらいでしょうか。ブリジストンから記念の盾が届きました。日付、コース名、距離、名前、などが刻まれ、記念のボールを置く場所もあけられていました。こんなものが届くと、なにかすごいことをやったような気になってしまいます。その後も、いろいろなところで、順番待ちの見知らぬ人たちとプレーしましたが、ホールインワンの盾をボールメーカーからもらっている人はいませんでした。何十年とゴルフをやっている人たちが、わたしよりずっと実力のある人たちが、いつかホールインワンを夢見ているのに、たった2年で盾までもらうと、何か申し訳ないような気がします。
何十年とゴルフをやっている人は、ホールインワンを夢見ると同時に、テレビに出てくるような日本の一流プロと一緒にプレーすることを夢見ています。プロと同じ組でまわり、目の前で豪快なショットを見るのは迫力満点でしょう。ギャラリーとして見るのとは、違うのです。ゴルフ歴4年目くらいで、私はこれも実現してしまったのです。湯原信光プロと同じ組で回ったのです。
アサヒビールが、プロと一緒にゴルフをしようという企画をしたのは、かなり前のことです。1回限りで終わってしまったように記憶しています。とにかく、当時新聞に大々的に広告が出ていましたので、ほかの懸賞に応募するついでに1枚はがきを出したようです。出したことすら覚えていない程度でした。他の当選者の中には、40枚くらい出したと言う人もいました。みなさんたくさん出したようです。
五月の休日の日にアサヒビールから電話がきました。この企画に私が当選したと言うのです。参加するかどうかの確認の電話だったのです。私は、参加すると答えました。プレーの日は月曜でした。たしか、7月はじめ頃に開催されたので、月曜しかプロは出られないでしょう。ハンデはいくつですかと聞かれましたので、適当に20と答えておきました。とにかく、ついでに応募した程度の私が当選したんだから、よほど応募者が少なかったんだろうと思っていました。
伊豆半島のゴルフ場だったように記憶していますが、よく覚えていません。参加したプロは、湯原プロ、大町プロ、女性の松沢プロでした。この3人のプロに、各3人の応募者がつくのですから、当選者は9人ということになります。開会のあいさつの中で、応募総数23万通と聞いたときは、みんなあ然としていました。23万通の中から、当選した9人なのです。確率2万5千分の1程度です。
どのプロの組に入るかはクジ引きで決めました。前日のプロのツアーで5位に入賞した、当時人気の湯原プロと誰もが回りたいと思ったことでしょう。その通り、私はくじ引きで湯原プロの組に入りました。またまたついていました。確率3分の1ですから、これで7万5千分の1になります。
つきはその後もありました。点数の数え方は、3人の素人のうち一番いいスコアが、我々のチームのスコアになります。我々の組には、一人たいへん上手な人がいて、とうとう、湯原プロと同じスコアで回ってしまったんです。最後の方は湯原プロもあせっていました。当然、我々の組がベストのスコアを出したため、アサヒビール1年分をいただけることになりました。ビール1年分は何本でしょうか。一日1本で計算し、365本なんです。これを、3人で分けて、一人が122本くらいもらえることになりました。シャツの後ろに、湯原プロの特大のサインもいただきました。7万5千分の1の確率で、人気の湯原プロと同組でプレーをするという、ゴルフファン垂涎の経験をさせていただきました。お土産もたくさんいただきました。
私のスコアはどうだったかって?。たぶん、万歩計があれば、湯原プロの10倍くらいの数字を示していたんではないでしょうか。あとで、当日のビデオを送ってきましたが、とても見られたプレーではありませんでした。それはともかく、10万分の1といわれるホールインワンに続いて、7万5千分の1の楽しい経験をできたんだから、スコアは気にしないでください。
確率という点では、次の話も確率が低いんではないのでしょうか。よくわかりませんが。
ゴルフ歴五年目頃のことです。当時テレビ東京の日曜昼のゴルフの生番組で、クラブとバッグのフルセットが当たるコーナーがありました。私に内緒で妻がはがきを1枚出しておいたそうです。生放送で、司会がはがきを1枚選び、その人の家に電話をかけ、本人が出れば、クイズを出し、正解すれば、フルセットが送られてくるという番組でした。毎週1名にだけ、問題が出されるのです。
その日は妻が、朝から、私に出かけるなというんです。予感があったのかもしれません。お昼に、番組が始まりました。私は、庭で植物の手入れをしていました。妻はこの番組を見ていたようです。すると妻が、私にこっちへ来るようにと言いました。どうやら、選ばれたはがきで、私の名前が読まれたようです。しばらくすると、テレビ東京から電話がかかってきました。本人であることを確認すると、「今日のゲストの女性は誰でしょう。」という問題が出ました。耳元で、妻がささやきました。生放送ですから、問題は、テレビを見ている妻にも聞こえているんです。わたしは、「○○さんです。」と答えると、大当たりー、ということになり、めでたく、フルセットをゲット致しました。この番組は半年で終了してしまいました。
わずか6年くらいしかゴルフをやっていないのに、こんなにいろいろ経験させていただいて、誠にありがたいことです。これらは、自慢話として話しているのではありません。人生は、偶然に満ちている。どんなことが起こっても、常に受け止められるように準備しておけば、結構楽しい思い出ができるという具体例として話しているんです。常にあらゆることに、種をまいておくことが重要です。備えがない人には、偶然はやってこないんです。このことを知っていただきたいがために話しているんです。私の知人で、海外旅行に5回当選した人がいます。人生は、まさに偶然なのです。
ホールインワンの盾を会社にもって行ったのは失敗でした。さっそく専務が、紫カントリーのゴルフ大会に出たようなメンバーを集め、居酒屋へ繰り出し、散財させられてしまいました。記念のテレホンカードまで作ってしまいました。これにてゴルフのお話は終了です。