おそらく1970年ごろのことだったろう。清岡卓行は、詩人であり詩学社の編集者でもあった嵯峨信之から、現代詩人の肉筆によるアンソロジーの企画をもちかけられる。1971年、『イブへの頌』というタイトルのもとに実を結ぶことになったこのアンソロジーの冒頭を飾ったのは、編者である清岡の「まえがき」であった。その「まえがき」は、昂揚した甘美さを響かせながらも同時に、「詩人の筆蹟の美」についての硬質な洞察を示している。
「詩人たちが自らその詩作品を書きしるす筆蹟には、特異な運命の矛盾にあやつられている、個性的で無垢な美しさの芽生えがあると言えないだろうか。
詩人たちがそれぞれの好みで、本能的に形や勢いを整えようとしたそれらの文字は、一方において、無意識的な文字自体の美しさの芽生えの状態のまま氷りつこうとし、もう一方において、自らを手段として抹殺することにより、言語そのものの美しさの証明にほかならぬ詩作品を、この世の中に残そうと試みているのである。
詩人たちが自分の詩作品を書きしるす筆蹟は、こうした密かな矛盾を、不断に激しく生きている。そして、そのことを、ほとんど誰にも知られずに、そのまま消えて死んでいく。
それは、譬えて言うなら、地球の上に舞い落ちる、人間の言語活動の、最も儚く美しい枯葉ではないだろうか。」