井野正三ホームページ、井野正三の研究成果、表面物理学、薄膜物理学、微粒子物理学、エピタクシー、多重双晶粒子、電子回折、RHEED、LEED、
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ナノミセル、ナノテクノロジーの源流

4章 UHV-RHEED(反 射高速電子回折)の開発(1977)
     表 面、薄膜、微粒子、非晶質、等の動的現象の観察、

     表面現象のその場観察(in situ observation)法の発展     トップ・目次へ

§ 4.1 研究の目的と経過
 4.1(a)
 LEEDによる表面研究の必要性
  超高真空中で真空劈開した下地結晶を用いて、完全に清浄表面における本質的なエピタク
シー現象の研究の突破口が開かれた。
し かしながら、真空劈開の技術を適用出来る下地結晶
は限られている。劈開することの出来ない一般的な結晶の場合には、結晶を切断、研磨した後
に何らかの清浄 化の手続きが必要であり、その場合には下地結晶の表面が清浄であるかどう
か、どんな表面構造が形成されているか等の表面状態を調べる必要がある。
その目的には
電子回折(Low Energy Electron Diffraction:LEED)が最適であることが良く知られていた。


 4.1(b)
  日本に於けるLEED研究
の 小史
 LEEDは Davisson-Germer(1927)によって始められ、その後 Farnsworth (1959)、Lander-
Morrison(1962)らにより結晶表面構造の研究に極めて有力であることが実証された。
著 者らも
前記エピタクシーの研究と併せてLEED装置の試作を行っていた。しかしながら、日本に於け
LEED研究は非常に遅れており、米国で学んだ武石喜幸博士(東芝、超LSI研所長)、物
性研の三宅研究室の藤原邦夫博士(後に東大 教授)が始めたばかりであった。
 小川研でも研究を始めたが、日本では市販の装置は無いので、我々が設計をして日本電気
に作製を依頼 した。1年後に超高真空槽が完成した
後 藤芳彦氏が作製)が、LEED電子銃、
球面状グリッド、試料ホルダー、試料表面の清浄化などの周辺 技術の遅れから多くの困難に遭
遇した。球面状の蛍光板やグリッドに有効性を感じたので、
東北大科学計測研究所と 共同で作
製を試みたがあまり良い結果が得られなかった。
小川教授はLEEDの必 要性を強調し、米国製
4枚組球面状グリッドの 購入に予算を捻出して下さった。その結果ようやくにしてLEEDパタ
ーンを観察 することが出来る所まで漕ぎ着けた
(小川研に於け るLEED研究)
 著者らは Lander-Morrison の撮ったきれいなLEEDパターンに魅せられれて、Si(111)表面の
7×7構造の観察することに全力を注いだ。数々の試行錯誤の末に7×7構造のLEEDパターン
がようやく見えるようになってきた。この実 験の成り行きや実際の7×7構造のLEEDパターン等を
見た小川教授が「うーん!、LEEDは困難が多い割にはパターンは[いまい ち]だな!」 と嘆か
れた(小 川教授の嘆き)。小川先生は序章のAu3Mn規則格子合金のような目の覚める様な
パターンを見慣れていたのでこの様な呟きになったのである。小川研でのLEED開発について
は解説4.13の10章と原著論文4.1〜4.3に説明されている。

 4.1(c) LEEDと高速電子回折を組み合わせた装置の作製
 1〜3章のエピタク シー現象の新しい結果を見ると、次には薄膜・微粒子の成長過程をより詳
しく、しかも連続的に調べる必要が有ることが容易に認識された。
LEEDは 表面構造の研究には
有力であるが、
電子線の加速エネルギー が小さいので、電子線は微粒子の中を通 過すること
が出来ないので表面上に成長した微粒子の研究には不適である。そこで小川先生と相談した
結果、反射型高速電子回折(Reflection High Energy Electron Diffraction:RHEED)法を取り入れ
ることにした。この場合には、電子線の加速エネルギーが高く透過能が大きいので表面上の
微粒子の研究に有効
で有 ることが知られていたからである。そこで表面構造はLEEDで、微粒
子構造はRHEEDで研究するという目的で、LEEDとRHEEDを組み合わせた装置の作製
 開始した。

 4.1(d) 超高真空で使用可能な高速電子銃の作製
  反射高速電子回折は日本の Kikuch(1928)によって始められ、1章で述べたMiyake(1940)、
Uyeda(1942)の優れた研究がある。しかし、当時の真空が不 十分であったため、2次元的な表
面構造の研究が出来るとは認識されていなかった。
一方、LEEDが表面研 究に有効であること
は直ちに認識されたので表面研究に最も有力な方法として大きな発展をした。
反射高速電子
回折は
LEEDの影になってし まい、その後あまり普及しなかった。
  それ故、超高真空(UHV)中で使えるような高速電子銃は存在しておらず、著者らはUHV電
子銃の作製から始めなければならなかった。詳しいことは §4.2で説明するが、この電子銃が
完成間近になったときに、西ドイツの Bauer 教授の所に行く話が持ち上がって、UHV-RHEED
装置の作製は一時中断することになった。

 4.1(d) Bauer教授研究室での高真空RHEED装置の作製
 UHV 電子銃が完成間近な頃に、小川教授がロ−マで開かれた国際学会に出席し、3章で
述べた多重双晶粒子に関する発表をすることになった。この学会に Bauer 教授も出席すること
になっていた ので、「私が Bauer 教授の下で研究をしたいという意志」を小川教授に伝えてもら
ったところ、Bauer 教授は二つ返事で「MTPを発見した Ino は良く知っている、なるべく早く渡独
せよ」とのことで あった。私はこれに答えて1964年11月に西ドツイのクラウスタール工業大
学(Technishe Universitat Clausthal)のE. Bauer 教授(Physikalishes Institute)の研究室に入った。
Bauer 教授は「UHV-RHEED装置」の作製を著者に依頼した。奇し くも我々の研究目的は同じで
あったのである。
 Bauer 教授は米国で入手したガラス製の電子銃を提示して、これを用いてRHEED装置を作製
するよう指示された。著者は超高真空装置、UHV電子銃、多数の試料を真空劈開する装置、
U-Y化合物の蒸発源で ある熱 壁蒸発源(Hot Wall Evaporator、HW蒸発源)などの設計、
製作を行った。しかし、ドイツに於ける大学の工場や会社の作製の速度は日本ほど速く はなく、
かなり手間 取った。2年間の滞在時間の最後の段階で目的とした装置が完成した。
 この装置により NaCl や KCl を真空中で劈開しこれらの表面をRHEED観察したり、これらの
劈開表面に ZnTe などの
U-Y化合物を蒸着しそ れらの成長過程の観察を行った。その結果、
(1)電子線のスポット径が1mm φ 程度で不充分であった。種々の改良を試みたが、
電子銃は
測定機(オシロ スコープなどの)のものを用いていたので、電子放射部に問題が有り
これ以上
の向上は困難で あることが判明した。(2)大気中で劈開した NaCl や KCl の表面のRHEEDパ
ターンは不明瞭であったが、真空劈開した表面はバックグラウンドが少なく明瞭なパターンが
現れた。
(3) U-Y化合物の成長過程の観察では種々の複雑なRHEEDパターンが得られた
が、組成が様々な条件に応じて変化するので、その解析はあまり簡単ではなかっ た。そこで
同 大学の金属工学科のWassermann 教授の好意により超高圧電子顕微鏡を使用して詳しい観
察も行った。(Clausthal 大におけるその後のRHEED研究

§ 4.2 UHV-RHEEDによる表面研究の開始(1976)
  −金研に於けるUHV-RHEEDの作製
 1976 年11月に西ドイツから帰国後、直ちにUHV-RHEED装置の作製を再開した。先ず渡独前
に作り初めて完成が間近であった超高真空用電子銃(図4.1)を作製し完成させた。電子 線の
放射部であるフィラメント、ウエーネルト等は、従来の電子顕微鏡の電子銃の技術をそのまま適
用し、日立製作所那珂工場の赤堀宏博士に作製して頂いた。金属・ガラスア ダプターの取り付
け加工やW線の封入などは金研のガラス 工場が作製した。
このようにして超高真空 中で使用
できるUHV用高速電子銃が完成した。

4_RHEEDgun

     図4.1 超高真空中で使用できるRHEED 電子銃、Ino(1977)

 4_RHEED装置写真
     図4.2 超高真空(UHV) RHEED装置の写真、Ino(1977)

 この電子銃を図4.2に示すような超高真空装置に取り付け た。この真空槽の本体の上部の
半分は円筒形(直径40cm、高さ50cm)である。電子銃や蛍光板を含む断面図が
図4.3に示
されている。

4_RHEED装置断面図

図4.3 UHV-RHEED装置の概念図   G:電子銃、F:フィラメント、A:陽極、S:光のスリット、
      S2:電子線のスリット、L:収束レンズ、
D、D2: 偏向コイル、B:真空槽、S:試料、
     SS:蛍光板、M:平面鏡、E:E型電子銃、IG:イオン銃。Ino(1977,A4.4)

 電子線の加速電圧は 7〜20kVの範囲で可変である。Sはフィラメントからの光を遮るための
絞り、Sは電子線用の絞りで穴径は0.1mm φである。Lは収束用のコイル、D、D は互いに
直角な2つの方向に偏向させるためのコイルである。蛍光板上における電子線の大きさは約
 0.1mm φ で、十分に小さいビーム径が得られた。電子線は直径0.1mm φ の絞り S を通り、蛍
光板上で 0.1mm φ であるから0.1mm φ の細い管の中を走るので、電子線の平行度は10− 4
ジアン程度となり、RHEEDパターンの観察に適する電子ビームが得られた。これは Bauer 教授
の下で作製した電子銃より遙かに平行度が高いことが判明した。
 試料Sは上下左右に動 き、電子線に対して、傾斜させたり方位角を変えられるように工夫した。
試料表面で回折した電子線は球 面状蛍光板(5章)に到達し、通常の電子回折パターンは N
 方向から観察し撮影する。平面鏡 M を通して I 方向から見ると歪みのない逆格子の観察(5
 章)をすることができる。金属試料の蒸発源 E や試料表面を清浄化させるためのイオン銃 IG
(自作) も設置した(A4.4)。

§ 4.3  Si(111)表面の清浄化過程、SiCの観察
 このUHV- RHEED装置を用いて、LEEDで研究した時の経験を生かし、Si(111)表面の観察を
始めた。市販の鏡面研磨されたSi(111)表面を、通常の 方法である CP4 液で洗浄を行った。
その試料をUHVの中に入れて観察すると、図4.4(a)に示すように、バルクの構造で あるダイヤ
モンド型構造に対応するRHEEDパター ンが得られた(A4.4)。しかし、バックグラウンドの高いパ
ターンであり、Si表面は汚染されていることが予想された。

4_Si(111)bulkpatt 4_Si(111)SiCpatt                (a)                              (b)

図4.4 (a):加熱前のSi(111)表 面のRHEEDパターン、バルクの反射点やKikuch線が見える、
    
[112]入射(b):Si(111)表面をUHV中で1,000℃に加熱し た場合のRHEEDパターンで
    β-SiC微粒子が現れた
[110]入射(Ino etal,1977、A4.4)

  そこで、Si試料に電流を流して加熱を行って観察した。 試温度を徐々に上げと、 約500℃ ま
では変化が少なかったがこれを越えると急激にバックグラウンドの強度が減少し明瞭なダイヤモ
ンド型構造のパターンが観察された。さ らに温度を上げると約1,000℃ では、図4.4(b)に示し た
ように、ダイヤモンド構造のスポットに加えてその外側にダイヤモンド型構造と同様な逆格子点が
現れ た。図4.4(b)ではバルクのSiの逆格子点は非常に弱いが、電子線の視射角を大きくす
ると下地結晶のダイヤモンド構造の反射点が明瞭に見えるようになる。 RHEEDでは電子線の
視射角を変えて観察領域の深さを変えることがで きる。このようなパターンの解析から、Si
表面に吸着していた炭素(C)及び炭素化 合物が Si と結合してβ-SiCの 微結晶粒子が形成さ
れたものであることが解明された(A4.4)。
 このように、 RHEEDでは高温の試料表面であっても綺麗なパターンが現れ、高 温状態の表
面研究に極めて有力
であることが実証された。またSi表面が清浄化される過程で
β-SiCの
微結晶粒子
が形成されることを発見した。この様な過程はLEEDでは捉えることが出来なかっ
た現象である。

§ 4.4   Si(111)-7×7構造の観察
  試料温度を1200℃ 程度に上げると SiC の反射点は徐々に鋭くなり(粒子が大きくなったこと
を意味する)、その後強度が徐々に減少し、最後は完全に消滅し、ダイヤモン ド構造の反射点
のみとなった。この試料の温度を 830℃ 以下に下げると、突如7×7構造の多数の超格子
反射点が一斉に現れ
、さらに温度が下がるに従っ て明瞭になり、室温になると図4.5に 示すよ
うなパターンとなった
(A4.4)多くの明暗の直線が見ら れるがこれは結晶の内部から現れる
Kikuch線で あり、幅広いバンド状のものは Kikuch バンドと呼ばれている(その他の7×7構造
のパターン)。

4_77patt[112]

4_77patt[110]line

図4.6 清浄なSi(111)表 面のRHEEDパターン。(a): [112]入射、(b):[110]入射。O、B・・・
     等の強い反射点はダイヤモンド型構造による Bragg 反射点。多数の小さな反射点は、
     Si(111)表面に形成された7×7構造から現れた超格子反射点。
多数の Kikuch 線や
     Kikuchバンドも見える
(Ino,1977、A4.4)

§ 4.5   表面構造のRHEEDパターンと逆格子
 図4.5のRHEED パターンを解析すると、逆格子図4.6(a)のようになっていることが解 る。
6角形状に書かれた白丸はバルクのダイヤモンド構造の逆格子点で、多数の小さな黒丸は表
面にのみ形成される表面超構造の逆格子点である。
バルクのダイヤモンド構 造から予想される
表面構造の単位メッシュ(表 面の単位胞)の基本ベクトルa、b の 長さに対して、(a/7)、(b/7)
の 長さの辺を持つ超格子反射点が 現れたことが解る。従って、実格子は7a、7b の 長さの辺
を持つ表面超格子が 形成されたことが解る。それ故、この表面超構造は7×7構造と呼ばれる。
LEEDの場合にはこ の図4.6(a)に近いパターンを実際に観察することができる。多数の黒丸の
点は、紙面に直角な方向に長く伸びた構造になっていてこれを
逆 格子ロッドと呼ぶ。
 RHEED の場合には電子線は表面にすれすれに、小さな視射角(入 射角の余角:glancing
angle)で
入射させる。電子線が結 晶の[112]方向から入射すると、エワルド(Ewald)球は ほぼ
OAの線上で交わることになる。この関係を電子線に平行な方向から見ると、図 4.6(b)のように
なる。(a) において、OAを含み紙面に垂直な面とエワルド球との交線はP点を中心とした OAO’
を通る円 になり、7×7構造の逆格子のロッドと AO’上で交わってブラッグ(Bragg)反射点として
現れる。同様にして OA に平行な逆格子ロッドと エワルド球との交点が、Pを中心とした同心円
上に次々に現れる。同心円上の点は同じラウエ帯(Laue zone)と呼ばれる。 従って、(a)にお
ける平行四辺形 OACB はRHEEDでは(b)に描いた O’ACBのように引き延ばされた形に現れ
る。RHEEDでは、O’ACB の枠内に現れる反射点の様子を調べれば逆格子が解り、これから
実格子も解るのである(A4.4)

   4_77LEEDreci_lattce  4_77RHEEDreci_lattce

図4.6 逆格子による図4.5の説明図。  (a)は逆格子ロッドに垂直な断面で、LEEDでは
     これに近いパターンが観察される。(b)はRHEEDの説明図で、P点を中心とした
     多数の 同心円の上に超格子反射点が現れる
(Ino etal,1977)

§ 4.6  Si(111)清浄表面の相転移(7×7←→1×1)
  図4.5に示すような7×7構造の形成されている表面の温度を上げると、7×7超格子反射点は
図4.7(b)のように、鋭さは変 わらないが強度が徐々に減少し、830℃ を 越えると(c)のように一
瞬の内に消失し1×1構造に相転移する。この状態のバックグラウンドは強 く、Kikuch線やKikuc
hバンドが目立つようになる。この試料の方位を少し変えると(d)のようにボケた逆格子ロッドが
見える。このロッドは √3×√3構造の周期性を持っている。温度を下げると(c)→(b)→(a)と
可逆
的な変化をする(相転移における逆格子の変化)。
4_77_11phasetransfo
 図4.7 Si(111)表面における相転移。温度の上昇のとともに7×7構造の反射点の強度が
      (c)のように減少し、830℃を越えると(c)のように突然消失する。(d)は(c)から少 し
       方位角を変えた場合で√3×√3の周期構造が見える
(Ino etal,1977)

 このように、 RHEEDは高温の表面構造の研究に極めて有力で あることが実証された。試料
表面の温度は光高温計により測定した。また、試料に流す電流 I と試料温度 T の間には次の
関係式があることを実験的に発見した
(A4.17)
                                          log T = A log I + B

但し、A、Bは試料の形及び半導体的な性質に依存す る定数である。

§ 4.7  Si(111)表面における金属吸着超構造とその相転移の研究
  図4.5に示すような7×7構造の形成されているSi(111)表面に種々の金属(Au、Ag、Ni、In、
Sn・・・)を吸着させ ると、その吸着 量と表面温度の変化に応じて様々な表面吸着超構造が形成
されるのでこの現象を詳しく研究した。 以下に典型的な場合としてSi(111)表面上に AuやAg
を吸着させた場合 について説明する。

§ 4.7 (a) Au/Si(111)
 7× 7構造の現れている表面に室温で Au を吸着させると、7×7超格子反射点は徐々に弱くな
り、Au の吸着膜厚が約2Åを越えると全 て消失する。この表面の温度を徐々に上げると、吸着
量と表面温度に依存して図 4.8に示したように、様々な表面超構造が形成される。
この図を見る
と、Si (111)上の Au では、7×7、5×22、α-√3×√3、β-√3×√3、6×6などの表面超構造が形
成されることが判明し た。また、Auの吸着量と表面温度の変化に応じて様々な構造変化や
相転移やそれらの動的変化を詳しく捉えることにRHEEDが極めて有力であることを実証した。
Ino(1977)。

§ 4.7 (b) Ag/Si(111)
 図4.9はSi(111)上にAgを吸着させ た場合(A4.10)で、√3×√3、3×1、6×1等の表面超構造
が形成される。
3×1構造は低温では6×1構造に相転移する。図4.10はAg の吸着量が1.0Åの
場合のRHEEDパターンで、
√3× √3と6×1の表面超構造が同時に現れている。
 室温のSi(111)表 面に Ag を3原子層(ML)蒸着すると図4.11のようなRHEEDパターンが現
れる(図4.9の右下の状態に対応)(A4.17)。ここに見える縦の線は上下に伸びた楕円の一 部
である(楕円状パターン)。即 ち、この逆格子は円筒形になっている。この事実から、2〜3原
子層の極めて薄い(111)方位の Ag の結晶が成長し、その方位角は乱雑に成長した場合で、1
章でも現れた「(111)繊維構造の逆格子」 である。このようにRHEEDでは、微粒子や超薄板
結晶 など明瞭に解析
することができる。
 
図4.8に示したAu/Si(111)の場合には、種々の表面超構造の境界線は温度変化に対応す
「横の線」と吸着量の変化に対応する「縦の線」になっている
。これに対して、図 4.9に示
Ag/Si(111)の場合には、境界は主に「横の線」に なっている。即ち、Au の表面超構造は
吸着量の変化に応じて変わるが、Ag の場合には、吸着量が変わっても表面構造は変化しない
が、温度の変化に応じて構造が変化するという興味深い現象が発見された。Au とAg はバルク
の構造はどちらもfcc構造で格子定数も殆ど同じで、多くの性質が似ている。しかしながら、表面
現象は全く異なる。何故このような違いになるかは まだ解明されていない。

   4_Au_Si_phasediagram  4_Ag_Si_phasediagram
  図4.8  Si(111)上
にAuの吸着によって形成    図4.9  Si(111)上にAgの吸着によって形成 
    
される様々な表面超構造(井野,1982)    される様々な 表面超構造(Gotoh-Ino,1978) 

4_Ag_Si_61RHEEDpatt 4_Ag_SiRT薄晶patt
図4.10 
Si(111)上に Ag 吸着によって形成   図4.11 室温のSi(111)上に成長したAg
   された√3×√3、6×1表面超構造              の超薄膜結晶の楕円形パターン
   (Gotoh-Ino,1978、A4.10)                 (Gotoh-Ino,1983、A4.17)
 

§ 4.7 (c) Si、Ge表面上の様々な吸着超構造
 
同様にSiの(111)、(001)、 (110)表面及びGe(111)表
々な金属(Au、Ag、Ni、In、
Sn、Ge
)を 吸着させた場合に観察された様々な表面超構造を、表4.1の 一覧表に載せた。

     表4.1 SiGe表面上に発見された種々の 表面超4_SiGe表面構造一覧表

図4.12及び図4.13に典型的な二つのRHEEDパター ンを示した。その他にも多数のきれいな
RHEEDパターンが観察されそれらの解析を行った。それらの内幾つかを「RHEEDパターン
」に載せた。

4_Sir19RHEEDpatt 4_Sir31RHEEDpatt

図4.12 Si(111)表面に形成された       図4.13 Si(111)表面に形成された
 √19×√19-Ni 表面超構造の RHEED          √31×√31-In 表面超構造のRHEED
  パターン(Ino,1977)。拡大 写真           ターン(Aiyama-Ino,1979)。拡大 写真

§ 4.8  Ge表面における清浄表面の超構造と金属吸着超構造
 図4.14はGe(111)清浄表面に形成さ れた2×8超構造のRHEED パターンである(A4.7,4.8,
4.9)。バルクの Si と Geは同じダイヤモンド型構造であるが、表面超構造は全く異なり、それ
ぞれ7×7構造と2×8構造が形成され る。Ge の表面にも金属が吸着すると様々な表面超構造
が形成され、表面4.1に載せたような様々な表面超構造を詳しく研究した。
   
   
4_Ge28RHEEDpatt[112]
 
  図 4.14 Ge(111)清浄表面に形成された2×8構造のRHEEDパターン[112]入射
           (Ichikawa-Ino,1980)[110] 入射

§ 4.5 RHEEDによる新しい表面物理学の展開RHEED パターン集
  以上に述べた如く、RHEEDの有効性が実証されたので、この特徴を生かした多くの研究を展
開させた。特に後 藤芳彦博士、市川禎宏博士がこの研究に参加して急速に発展した。以下
にそれらの概要のみを説明し、詳しい ことは原著論文を参照されたい。
(a) RHEEDの原理・解析法(Ino) 
 RHEEDに於ける逆 格子と実格子の関係や表面構造の解析法などを詳しく研究した。特に球
面状の蛍光板を用いて、歪みの無い
逆格子の観察法の発見(5章)やその適用など の研究を
行った。更に広い観点からRHEEDに関連した詳しい解説も発表した。

(b)RHEEDの回折現象(Ino、Ichikawa)
 RHEEDに特有な円 形のパターンやKikuch線に似た直線などを発見し解析を行った(A4.
6)。電子線が表面にすれすれの角度で入射するので、その場合に 於ける二重回折の効果や、
Si(111)-6×1-Ag 構造に於ける欠損回折反射の研究も行った(A4.14)。
(c)非晶質から結晶化の過程(Ichikawa、 Ino)

 Si は1,250C程度で加熱すると清浄な表面が得られるが、Geは加熱だけでは容易には清浄
な表面が得られない。そこでGe表面をArイオン衝撃してその後 加熱すると清浄なGe表面が得
られることを実証した。その際に、Arイオン衝撃を行った直後は非晶質層によるハロー状のパ
ターン
が現れるが、この表面を加 熱すると、3章で述べたようなMTPの回折反射点が 最初に
現れ、更に加熱を続けると通常のダイヤモンド構造の反射点に変わり、冷却すると図4.8で見た
よ うな見事な2×8構造のパターンが現れた(Ichikawa etal、A4.8)。このように、従来のLEEDでは
全く捉えることのできなかった
清浄 化の過程が初めて詳細に捉えるこ とができたのである。Ge と
同様にSiの表面をArイオン衝撃後の清浄化の過程も詳しく研究した(A4.7、A4.8)。
(d)Si、Geの清浄表面構造と相転移(Ino、Ichikawa)
  Si(111)表面の7×7の回折強度分布の測定をしてその構造模型を検討した。7×7構造の
反射点の強度分布 を測定し、これよ りパターソン(Patterson)解析を行い新しい構造模型を提
唱した(5章)。Si(111)-7×7やGe(111)- 2×8構造が高温になると1×1構造に相転移をする
が、高温の1×1構造にはぼけたロッド (diffuse scattering)が付随するがそれらの性質 を詳し
く研究した(A413.)。

(e)吸着構造と相転移(Ino、 Ichikawa、Gotoh)
  SiやGeの(111)や(001)表面に種々の金属を吸着させ加熱すると、表 4.1に載せたように、
多種多様な表面が形成され、それらの相転移も起こるので、これらの詳しい研究を行った。

(f)吸着・成長過程(Ino、Ichikawa、Gotoh)
 RHEED は2次元的な表面構造ばかりでなく、層状物質、微粒子、非晶質などの研究も可能
であるので表面上に於ける薄膜状の結晶成長の研究に最 も威力を発揮する。それ故、Si、Ge
上の金属の薄膜の成長過程の詳しい研究を行った。それらの内Si(111)上のAg の表面構造
と成長過程の研究(図49, 410, 411:Gotoh-Ino)は第一回目の応用物理学会の論文賞にな
った。
(g)RHEED 強度の振動現象を用いた成長過程の観察と成長の制御(Ino、Fukutani、
  Zhang)

 GaAs が成長する過程においてはHEED反射点の強度が振動する現象が発見された(Neaves
etal)。この現象を応用して、SiやGeの(111)や(001)表面にSi、Ge、Ag、Sn などの吸着、成長
過程の詳しい研究を行った。特に、RHEEDのロッキング曲線(電子線の視射角を変えたときの
強度変化の曲線)を正確に測定し、振動現象 の機構の解明を行った。この原理を適用して、成
長過程における蒸着原子の動的振る舞いの詳しい解析を行った(A4.21、A4.22 etc)。

4章のまとめ

[1]  UHV-RHEED法について
1. RHEED法によ り、LEEDと同様に2次元的な表面構造の研究が可能で あることを実証した。
2. RHEEDパターンは非常に鋭い反射点を生じ、測定精度 が非常に高いことを実証した。
3. パターンが明るいので変化の早い表面現象の動的研究が 容易で豊富な情報を提供するこ
とを実証した。
4. 1,000℃以上の高温の試料表面でも明瞭なパターンが観察されるので、高 温状態や相転移
の研究に有力
であることを実証した。
5. RHEEDが表面上の微粒子の研究に有力であることはUyedaの実験(1942)などにより既に示
されていた。超高真空中のRHEEDでは、表面超構造やその相転移と関連した微粒子の動
的過程
の 研 究 に極めて有力であることを実証した。それ故、RHEEDは、2次元的な表面超構
造、3次元的な微粒子構造、層状構非晶質構造などの研究が可能であり、「表面現象の総合
的な研究方法としてに極めて有力」
で あることを実証した。
6. 高速電子線は磁場の影響が少なく、LEED に比べると実験装置の作製や操作が容易である
ことが示された。
7. 高エネルギーの電子線を表面に照射すると、X線、2次電 子、オージェ電子等様々なもの
が放出されるので、これらのものを測定すれば表面構造に加えて多元的な情報が同時に得ら
、表面・薄膜の研 究に極めて有力な方法となる。RHEED観察中における同時測定として、放
射X線の検出(6章)や表面の電気伝導の測定(9章)などの新しい物性測定法が開発された。
8. RHEEDでは、電子線が通過する細い円筒状の空間があれば観察が可能である。それ故、
試料付近には広い自由空間が生まれるので、他の装置との組み合わせが容易である。今後
の RHEEDと組み合わせた様々な新しい研究方法が考えられ大きな発展を期待されるに到った。

[2] 表面現象について

9.  Si(111)表面を加熱して清浄化する場合に、一旦β- SiC 微粒子が形成されそれが徐々に
消失する清 浄化過程の観察を初めて明瞭に捉えることができた。このような過程は従来の
LEEDによる研究では全く捉えることの出来なかっ た新しい現象である。
10.  Si(111)表面の7×7構造は830℃以 上で1×1構造相転移を起こし、この変化は可逆的で
あることが見出された。1×1構造には√3×√3構造 の周期でぼけた太い逆格子ロッドが付随
する事が発見された。
11.  Si、Geの(111)、(001)、(110)表面上に種々の金属(Au、Ag、Ni、In、Sn、Ge)を吸着
させ、多数の表面超構造を発見(表4.1)し、それらの解析を 行った。またそれらの構造の
相転移の動的過程
を 詳しく研究した。
12. 非晶質から結晶化の過程:
 清浄な結晶表面を作製する方法としては「Arイオン衝撃と 加熱」その詳しい過程は不明であっ
た。これをRHEEDで観察すると、
Arイオン衝撃を行った直後は非晶質層によるハロー状のパ
ターン
が現れるが、この表面を加 熱すると、3章で述べたようなMTPの回折反射点が 最初に現
れた。即ちダイヤモンド型構造のSiでもMTPが形成されることが発見されたのである。更に加熱
を続けると通常のダイヤモンド構造の反射点に変わ り、冷却すると図4.8で見たよ うな見事な2×8
構造のパターンが現れた(Ichikawa-Ino,A4.7,A4.8)。このように、従来のLEEDでは全く捉えるこ
とのできなかった
清浄 化の過程が初めて詳細に捉えるこ とができたのである。Siの表面もArイ
オン衝撃後の清浄化の過程は同様であることが明瞭に解明された。

  以上のような様々な新しい結果から、極めて広大な表面・薄膜物理学の一端が現れて、今後
この分野が大きく展開されることが予想されるに到った。またRHEED法はナノテクノロジー
研究には最 も重要な研究手段となり、世界的に普及するに到った。

   上田良二先生の関心    茅 コンファレンスでの発表  本庄五郎先生の見解  

 4章の原著論文A、解説B、参考文献C

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