マインドコントロールを巡って その2

 

1 反サヨクへのきっかけ

(ネットから)

[教育課程の戦争反対教育]

 私は、教育課程で受けていた戦争反対教育に、「嘘」があったことが疑問をもつ切っ掛けになりましたね。例えは、「銃剣で子供を投げて刺した」ってのは典型だったですね。これって、小学生と中学生の平和教育の時、聞かされて日本軍ってのは酷い事するものだと衝撃を受けたものです。当然、それは真っ赤なウソだったのだけど、時代背景など何の説明もなくいきなりそんな嘘っぱちの授業する教師ってなんだ?と思ったわけです。(なんも知らない子供に衝撃的表現で日本軍=戦争=悪=自虐といきなり刷り込んでいく手法に嫌悪を感じましたね。)

 で、近代史を自分なりに紐解いていくと、マスコミが垂れ流している日本軍が行った戦争観が実は「?」が付くものではと本気で考えるようになってきたわけです。そんな頃に小林よしのり氏やら井沢元彦氏の著作も出てきた訳で、別段、影響を受けたって考えはないですね。

[オウム事件の時]

 そもそも僕がサヨの洗脳から解かれたのがオウム事件の時で、このとき丁度よしりんの「ゴー宣」に深く関わるようになったんですね。その理由がよしりんがこの時に暗殺計画があったことが持ち上がり、「そういえば、小林よしのりは坂本一家拉致疑惑事件でオウムの犯罪と断言してたな」ということで、ゴー宣でどのような勝ち誇った顔をしているか見てやろうと覗いてみたら…。「なんだこのオウム擁護の言論状況は!」と逆にきれている。え?言論界は世間と違う反応しているのか?と驚きましたね。これが左翼の洗脳から解かれるきっかけとなりました。

 歴史認識問題に関してはどうしてもゴー宣の影響と言わざるを得ませんね。直接的には例の「従軍慰安婦カマトトマスコミを撃つ!」で紹介された産経の社説「当時は貧困な家庭が多かったので娘の身売りも多く、わざわざ強制的に慰安婦にする必要など無かったのである。」というくだりですね。「言われてみればそうだ!何で強制連行などする必要などあったんだ?!」と言うことに気づき、それから様々な著作を読むようになり、左翼界の異常ぶりを知るようになりました。また共産主義の異常性と犯罪性のすさまじさもこの時初めて知りました。

 朝日の猟奇性について確信に変わったのはSAPIOの例の朝日・産経に対する従軍慰安婦アンケートですね。朝日の「当紙の記事を読めばわかります」のオンパレード!それを書けっちゅうねん!というのに恥かしげもなく…。これでこの新聞どこかおかしいと思うようになりました。

 

2     左翼勢が「日本国憲法反対」の大合唱

(ネットから)

朝日も当然関係していたであろう、「日本国憲法発布時の左翼秘話」でございます。

「時事放言」という著者プロフィール不明のサイトで、こんなおもしろいくだりを発見。

>私は敗戦後、戦争の反動で学生運動・共産党活動に没頭し農村工作隊として栃木県の山奥で活躍したこともあります。

>ずっとモヤモヤして不可解で納得できないことは、新憲法発布に際し社会党と共産党は「軍隊なき国家は国家ではない」「憲法は国民がつくるものであって、アメリカの押しつけ憲法反対」と必死で猛反対しました。私はこの目で見、この耳で聞き、党の資料を下にこの口で街頭演説しました。

>ところが戦後の混乱から世の中が落ち着いてくるや、突然、変節・豹変し「平和憲法守れ」と叫びだしました。その経緯が知りたくて約20年前に何度か両党に質問状を出しましたが、ナシのツブテ全く回答がありません。

>私が左翼陣営に愛想を尽かし転向した大きな原因の一つです。

>バカの一つ覚えのよに{平和憲法を守れ}だけを叫び続ける政党に空しさを感じます。 

>皆さん、ご存知ですか。第一、第二次世界大戦で亡くなった人より、旧ソ連、中国など共産圏で粛清で死んだ人が遙かに多いことを。

 私のお手伝いしている老右翼に、このコンテンツを見せたら、「その通りだよ。○○くん、知らなかったのか。ここにある通りに、共産党も社会党も、発布された時に、こぞって大反対したんだよ。そりゃあ、ものすごい反対をしたもんで、新聞にも載った。だから、右翼が左翼を糾弾するとき、お前らは前には憲法に反対してたじゃないかと、いうこともあるが、実はそういう事実があったことを含んだいいかたなんだ」と証言してくれました。なんちゅーことでありましょうか。日本国憲法が発布されたとき、左翼政党がこぞって猛反対で後に手のひら返して「平和憲法」といいだしたとは。まったく、「反対のための反対」しかできない連中の体質は、もとからそうなのですな。つまり、左翼勢が「日本国憲法反対」の大合唱をしたとき、朝日新聞もそのスローガンをトップに上げていたということですな。笑えるというか、呆れかえるほかない過去の事実です。

3 「東京裁判史観」こそ戦後日本を捻じ曲げた元凶

(ネットから)

 今日、ディベート大学を見学に行きました。場所は霞ヶ関のイイノホールです。今回の題は「東京裁判」です。何をやるかと言うと東京裁判の「再審」をやろうという訳です。ディベートですから、検事側と弁護側に分かれます。それぞれが資料を当たり、相手に質問出来るようまた反駁出来る様準備をして来ているようです。さて最初に検事側より冒頭陳述が有り、東條元首相他の人たちがどういう罪を犯したか発言します。その後弁護側の陳述に移る訳です。

 この裁判そのものについては長くなりますから書きませんが、こういう事が午前2時間、午後3時間行われるのです。聞いているうちにこれはとても裁判と言う名に値しないと思うようになりました。まさに裁判史上に残る暗黒裁判です。ただのリンチ報復裁判です。その一方で日本人弁護士と共にアメリカ人の弁護士も付く訳ですが、この人たちは自国に縛られる事無く実際一生懸命に被告を弁護していたと言う事も知りました。日本に戦争犯罪が有るならば、アメリカにも無差別に民間人を殺傷した原子爆弾投下をいう重大な戦争犯罪が有るではないかと言ったのはアメリカ人弁護士です。これは事実です。その他満州事変、支那事変、南京事件、開戦責任、バターン死の行進など盛りだくさんのディベートが行われました。とても為になりました。と同時に自分の中に「東京裁判史観」の欠けらが有ると言う事にも気づきました。

 それからこのディベート大学の面白い所は、途中で検事、弁護士が入れ替わると言う事です。ほんの少し前「東條は有罪だ!」と声を張り上げていた検事側の人が次の南京事件で「それは全くの捏造であります。いかにして20万人の人口で30万人の人間を虐殺できるでしょうか。根拠を示してもらいたい!」と弁護する訳です。これは大変難しい。頭の中を完全に入れ替えないと出来ませんね。北岡先生は「検事も弁護士も両方出来て真のディべーターです。物事は常に両面あるという事、色々な見方が出来るという事です」と言っておられましたがまさしくそのとうりです。

 私の父は終戦時中学生ですから戦後教育を受けています。軍国小学生の上に戦後中学生が乗っているという「ねじれ世代」です。東條首相を批判していたのを聞いた事が有ります。確かに戦争指導には失敗も有ったと思います。ですが今回のディベートで新たな認識を持ちました。何としても天皇陛下に類が及ばぬよう努力したようです。

 私の住居から近い所にサンシャインシティー60階建--今は商店娯楽施設などが有る複合ビルです(昔の巣鴨プリズン)が有ります。「戦犯」はここに収容されていたのです。処刑後連合軍が遺骨を持ち去りその行き先は分からないそうです。これはちょっとひどい話です。ですが焼き場にいた勇気有る日本人がアメリカ人の一瞬の隙を見て、灰のようになった骨を少しかき集めて慰霊塔を建てたそうです。今度巣鴨プリズン跡(今は公園になっています)にお参りに行ってみようと思っています。地図で見ましたらサンシャインの横にプリンスホテルが有ります。最近老眼が入ってきまして「プリズンホテル」と見えたのには驚きました。

 いわゆる「戦犯」については皆さんも色々意見は分かれるかと思います。ですが渡部昇一先生も事有るごとに発言されていますが、この「東京裁判史観」こそ戦後日本を捻じ曲げた元凶であり、その克服こそ日本の再生の為にしなければならない事だと改めて思いました。

4 GHQ作成の情報操作書「真相箱」の呪縛を解く

(ネットから)

[悪しき国日本の、悪しき戦争]

 興味深い文庫本が出た。桜井よしこ、書き下ろし「GHQ作成の情報操作書「真相箱」の呪縛を解く」(小学館文庫、平成十四年八月一日刊)である。この本が扱っているのは昭和二十一年八月二十五日発行の「真相箱 太平洋戦争の政治、外交、陸海空戦の真相」(連合国最高司令官民間情報局編、コズモ出版社、定価十五円)で、戦後直後から占領軍が開始した日本語ラジオ番組「真相箱」台本をまとめたもので、現在古書店でも見つけるのは難しい。その内容は「ズバリ、悪しき国日本の、悪しき戦争である。アメリカから見た太平洋戦争(大東亜戦争)観を日本人が書いたかのような体裁を整へて、日本人に教へ浸透させやうとしたもの」で「戦後の日本人は時代が下るにつれ、このラジオ番組や本のことはさっぱりと忘れてしまったが、「真相箱」を構成するものの見方は、いまや見事に日本人の中に定着した観がある」 (櫻井よしこ)

[占領軍が行った徹底的な洗脳教育]

 東京裁判史観、戦後史観などと呼ばれる考へ方は、まだ東京裁判が開始される以前に、占領軍が行った徹底的な洗脳教育によってすでに日本人に注入されていたことが、櫻井氏の著書によってよくわかる。そもそも「真相箱」とはどんな番組だったのか。昭和二十年十二月九日、日本が戦争に敗れてから四ヶ月とたたない時期の、戦時中の大詔奉戴日の翌日にはじまったのが「真相はこうだ」といふ、GHQ自らが企画し、台本を書き演出した十回シリーズのラジオ番組であった。放送時間帯は日曜日午後八時半から三十分といふゴールデンタイム、放送局はNHKラジオ第一と第二で同時に、さらに翌月曜日の午後十二時三十分、木曜日の午前十一時、その上、夕方五時からは児童向け放送や再放送があり、結局、放送されなかったのは週に二日だけであった。

[唯一の放送電波を握り、やりたい放題]

 これがいかにすさまじいことかと言いますと、当時の日本は国民がまともな食事をとることもできない飢餓線上の極貧国であり、娯楽は映画とラジオだけと言っても過言ではありませんでした。勿論TVはなく、ラジオも民放はなく、NHKだけ、しかも第二放送はFENの電波が強烈で、私の家のラジオではロクに聞き取れませんでした。そのためNHK第二で放送していた野球放送を楽しむことが出来ず、悔しい 思いをしたのを今でも覚えています。そのような時代でしたのでNHKが放送する娯楽番組「話の泉」、「二十の扉」、「頓智教室」、「日曜娯楽版」、「希望音楽会」、等は大変な人気でした。この時代背景の中、GHQは唯一の放送電波を握り、やりたい放題のことをやったわけです。しかも、徹底した「検閲」により、それに対する批判がましい意見は一切許されませんでした。少しでもGHQに睨まれたら、公職追放や、ひどい報復により生活が出来なくなる恐れが十分にありましたので、国民は「触らぬ髪に祟りなし」の姿勢をとるしかありませんでした。

 翌年二月まで続けられた全十回のこの番組は、その後「真相はかうだ・質問箱」、「真相箱」、「質問箱」と、名前・内容を少しづつ変えながら、昭和二十三年八月まで三年間続けられた。

[占領軍と左翼の蜜月時代]

 この占領前記と言える時代は、赤色ニューディーラーが猛威を振るい、日本の過去に対する悪意、敵意の下に、日本の過去を徹底的に否定し、それがコミンテルンの指令に基ずく、左翼陣営の、戦前の社会の全否定による、革命の行動方針と一致したため、まさに占領軍と左翼の蜜月時代と言える時代でした。以下、片岡鉄哉著 「日本永久占領」(講談社+α文庫)より引用させていただきます。 「ソ連専門の外交官であった、ジョージ・ケナンは、国務省政策企画部の初代部長に任命され、1948年来日し、報告書と回顧録を書いた。 ケナンが見聞した占領三年目の日本はひどい状態であった。彼は実見した占領政策の過激さとナイーブさに驚嘆している。ルーズベルトとニューディーラーの、正反対の考えの持ち主であり、批判者であったケナンはこう書いている。 「マツカーサー将軍の本部によって、その時点までに実施された占領政策の性質は、一見して、共産主義の乗っ取りのために、日本社会を弱体化するという、特別の目的で準備されたとしか思えないものだった」 日本には軍隊も、沿岸警備隊も、内務省も、スパイ防止法も、治安機能もなく、「日本の中央警察組織は破壊されている」 「パージプログラムは、裁判も、控訴も、正統な法手続き(due process)もなく経済界に拡大しつつあった。」 ケナンはパージを「全体主義的」だと決め付けいてる。 彼はこの他にも、日本語と家族制度の無意味ないじりまわしを非難している。 マッカーサーのやったことで、ケナンの目にかなうものは一つもないのが事実であった。これらの番組は、取り上げるテーマだけでなく、内容の細部に至るまでCIE(GHQ民間情報局)ラジオ課の指導・監督を受けた。

[GHQの統制下で思想を形成]

 「まるで社会主義国の番組の風情だが、考えてみればまさに日本はGHQの統制下で思想を形成させられていったのであるから、思想の自由のない社会主義のやうなものだったのだろう」(櫻井)ーーー太平洋戦争の最終局面と日本降伏までを取り上げている最終回のテープは、「聞いてみるとホトホト嫌になる。時には笑ってしまふ。あまりに見え透いているからだ。全編を通していかに日本軍国主義が悪くて間違っており、いかにアメリカが戦争を終わらせるために平和への尽力をしたか教へやうとしているのが明らかである。」(櫻井)----

 櫻井氏はこの著書で「真相箱」が作られるまでの経緯を振り返り、真相箱の質問と回答について、分析を行ひ、この番組の巧妙さは真実と虚偽とを織り交ぜることだと指摘する、「虚偽の情報が積み重なっていけば、長い時間の中でそれらは「真実」に変身していく、しかも、GHQの手法は「真相はこうだ」から「真相箱」にいたる過程で、より洗練され、やわらかいタッチになっていった。日本人の強い拒絶反応から、彼等は学習したのだ。」 自分自身を見つめる目が、日本人の視点からアメリカ人の視点に少しづつ移されていった。 民族を抹殺するのは武器ではない。それは情報であり、教育なのだと痛感する、GHQの戦後政策の検証とそこからの脱却が必要なゆえんだ。従軍慰安婦強制連行問題で、勇気を持って粘り強く真実を追究し、決定的重要な役割を果たした、櫻井よしこさんが、同じく真実追求の、この書を出す意義は非常に大きいと思います。 「GHQの戦後政策」の実態、その目的としたもの、それによって、失われたもの、不当な犠牲になった者、利を得たもの、並びに、政策の法的、道徳的正当性につき、検証され、語られるべき時がきたと考えます。 一方「築地」は、このような事実を多くの国民が知ることにより、自分達の戦後の言動の「正当性」が崩されかねないため、このような動きを「逆コース」として、不愉快に思うのは確かです。占領軍、ニューディーラーの政策に、非常な親近感と好意を持つ「築地」は、ある意味で、戦後五十年以上にわたり、築地版「真相はこうだ」を書き続け、日教組と左翼が宣伝してきたと言えます。 平成十年七月に出版され、大ベストセラーとなり、七十万を越して現在まだ売れ続けている、小林よしのり氏の「戦争論」は、築地版「真相はこうだ」に対する、強烈な意義申し立てといえます。 しかし、「築地」はこの著書に対して、正面から批判を加えたり、反論、否定したりはせず、無視、黙殺するでしょうその代わり、何かにつけ、桜井さんを貶め、マイナスイメージをうえつけ、イメージダウンを図るような、操作、手口を使うことと思います。

[GHQによる心理操作と情報統制]

 GHQ(連合国軍総司令部)によるラジオの情報操作番組「真相箱」を書いたところ、評論家の芳賀綏氏(本紙「正論」のメンバー)からはがきをいただいた。芳賀さんは「真相箱」の第一回から聴きつづけたという。

産経抄

 「鬼畜米英」から「あこがれのハワイ航路」へ。五十七年前の敗戦直後、アメリカに対する日本人の空気がコロッと変わった現象の奇妙さは、社会心理学の対象でもあるらしい。日本人の精神構造そのものを問題にする人もいる。

 だがその陰に、GHQ(連合国軍総司令部)による心理操作と情報統制があったことをあげなければならない。かれらは日本占領政策の一環として「太平洋戦争の真相を国民に知らせる」としてラジオ番組を作った。「真相はかうだ」(のちに「真相箱」)である。

 敗戦から四カ月、昭和二十年十二月九日、GHQは日曜よるのゴールデンタイムのラジオで、十回連続で茶の間の日本人に“日本の戦争犯罪”を告発した。つづいて三年にわたって“正義の米英民主主義が軍国日本の悪を屈服させた”ことを印象づけた。徹底した思想統制と洗脳教育だった。

 最近、桜井よしこさんの『「真相箱」の呪縛(じゅばく)を解く』(小学館文庫)という本がでたが、桜井さんは「戦後日本人の歴史観はそのためにゆがめられた」と解析している。ここには当時のラジオ番組台本も収載されている。

 ナレーター「我々日本国民を裏切った人々は、今や白日のもとにさらされております。戦争犯罪容疑者たる軍閥の顔ぶれはもうわかっています」。声「それはだれですか」。もう一つの声「だれです?」。ナレーター「まあまあ、待ってください」。番組は毎回そんなふうに始まっていた。

 「真相箱」がめざしていたのは、戦前の日本のすべてを否定し、その歴史を黒く塗りつぶすことだった。平成の日本人はこのラジオのことをどうやら忘れてしまったが、じつはその呪縛はなお生きている自虐的歴史教科書や靖国代替施設問題として。

[自虐的歴史教科書の意図も同種の日本人再教育]

 番組は昭和二十(一九四五)年十二月九日から「真相はかうだ」というタイトルで日曜よるのゴールデンタイムに始まり、「真相はかうだ 質問箱」に変わり「真相箱」になった。芳賀さんの実感によると「戦後のラジオであれほど日本人に嫌われた番組はありません」という。

 「『放送』という月刊誌には“人心、真相箱を離る”という放送評が載り、同誌掲載のラジオ番組人気番付では同番組は最下段、つまり不人気で最悪の代表でした。真相箱は“偽相箱”だという怒りの投書を載せたメディアもありました」。

 占領政策にもCIE(民間情報教育局)指導のラジオにも概して従順だった日本人が、この番組ばかりは相手にしなかった。洗脳教育はむしろ逆効果で、日本の歴史観はこれとは別の手段(コミンテルン史観の本や講義や左翼宣伝)でゆがめられたのではないか。芳賀さんはそう指摘されていた。

 日本人はそれほど愚かではなかった、心ある人びとは一方的な悪宣伝に反発していたということだろう。ただし小欄などは当時中学一年生だったが、ソウダッタノカ、ソンナニ日本ハ悪イコトヲシテイタノカと強烈な衝撃を受けた。あの放送はいまも耳底に響いている。

 GHQのねらいは、戦前の日本のすべてを否定し、過去を黒く塗りつぶすことだった。この「真相箱」ほどではないが、自虐的歴史教科書の意図も同種の日本人再教育にある。中学生たちがどんな影響を受けてしまうか、わかるのである。

5 この国のなかの目に見えないマインドコントロール

日本を捨てて日本を知った 林秀彦 草思社1999.6

はじめに

 ・われわれは自分たちが日本国籍を有するという天恵に深く思いをいたすことがあまりない。当然のことと受け取っている。それが多くの他の地球人にとって垂涎の的であることに気がつかない。(中略) 市民権を獲得したり、民族としての独立をかちとるために、長い世代にわたる血の代償を支払った経験が皆無だからである。p.11

 ・「義務教育」は子供が教育を受けることが義務で、与えるほうの教育者の義務感覚は希薄だった。つまり、受ける側は義務であり、与える側は職業になった。p.13

 ・ほとんどの日本人は、この国のなかで目に見えない内乱が起きているとは思っていないようだ。たとえば人心の腐敗などはもっとも始末に悪い内乱である。p.16

 ・老人に権利だけあって義務がなにもない日本は、それだけでも路頭に迷っている。人は権利を剥奪されると目くじらを立てるが、義務には剥奪されるという受け取り方がない。義務感の喪失が権利の消滅と同じほど不幸であることに気がつかない。時には、義務の剥奪は権利の剥奪以上に人をむしばむのである。「粗大ゴミ」人間とは、あらゆる義務から見放された寄辺のない人間たちのことである。寄辺というものは権利に支えられたものではない。自分で自分が頼るに足りると自覚するのは、権利によってではなく、与えられている義務感によるのだ。p.17

[日本人はアングロ・サクソンの正体を知らない]

 ・日本人は世界とその民族について、ほとんど、いまだに無知蒙昧の域から一歩も出ていない。(中略) われわれは世界の「箱入り娘」、ウブでノーテンキな「世界の孤児」なのである。だからこそ「世界人類、みな兄弟」などと、とんでもないタワゴトを言ったり、憲法で軍隊を禁止したりしている。p.25

 ・人種差、民族差、国家差の根本が、露骨な敵対によって浮き彫りにされていくのは、人類永遠の普遍定理であり、今後決して変わりえないし、たぶんますます増幅されていくだろう。p.26

 ・憎しみはビジネスであることを、日本人はまったく知らない。p.44

 ・アングロ・サクソンの象徴イギリスの王たちは泥棒を家業とする強盗集団であり、彼らの物質文明の根底を支え続けたキリスト教の元をたどれば、征服と略奪と復讐のビジネス化なのである。p.45

 ・日本人の共通点は、世界の人々のなんたるかを、まったく認識していないという点である。同じ東洋人との共通点や相違点にも無関心だし、ましてや白人の実体、アングロ・サクソンの正体についても、なに一つ知っていない。ということは、自分が日本人であるということに関しても、まったく、わかっていないし、知ってもいない。日本人としての自覚がほとんどないか、上面だけのものである。そういう人に限って、「私は日本人である前に国際人である」などと、薄っぺらなことを言う。愛国心とは、自己愛の変形である。自己愛は他者との比較において生まれる。他者を知らなければ、自己を知ることもできない。自己を愛せない人間の行き着く先は、自虐と自滅なのである。p.53

おわりに

 ・1999年元旦の「読売新聞」の社説は、戦後民主主義の不健全性の「基」を、次の三点に絞っている。1 敗戦を国家の責任とした国家敵視観 2 誤った平等至上主義 3 一国平和主義の浸透。この三つの要素が合体し、日本の活力を失わしめ、国難の渦中に放置させ、迷走を余儀なくさせている。そのいずれの要素も偏向したマインドコントロールによってもたらされたものである。いまだにこの弊害を当たりまえと思う人が多い。しかしこのマインドコントロールを克服する以外に日本の再活性化はない。p.264

6 立命館大は左翼勢力の牙城

(ネットから)

 京都の大学が話題になっているようなのでちょっと情報を。えー、我が立命館大はウワサで「東の早稲田(だったかな?)、西の立命」と呼ばれている程の左翼勢力の牙城です。特に教授陣の左翼・サヨクっぷりは圧巻で、質量ともに私学屈指。ジェンダー論やら平和学やらといった講義が(一般教養の名のもとに)大教室で毎日行われております。デムパウォッチャーとしては突っ込みの練習相手に事欠きませんが、平和学ではレジュメに戦争論を大量にコピーしたうえひたすら90分罵り続けていたのには、さすがに辟易しました。先週も「比較文学概論」に出たら文学作品そっちのけで旧日本軍批判をし出し、終いには「あれは 15年どころじゃない、18年戦争だ」と新説を発表され、吐き気がしました。油断大敵です。

 学生では民青もいますが、何年か前に革マル派がサークルの一つを乗っ取り大学側とモメまくった末に裁判沙汰にまでなりました。真昼のキャンパスでヘンな学生グループと大学職員が凄い勢いで口論し、押し合いへし合いをしていたのを見たこともあります。ファンタスティックでした。あと、立命館国際平和ミュージアムなる(いかにもって感じの)施設まであります。内容もいかにもって感じです。新入生は漏れなく連れて行ってもらえます。朝日によく催し物情報載ってます。他にも国民の休日(特に天皇誕生日)は休みにならなかったり、上杉聡やカンサンジュンや共産党OBが頻繁に講演に来たりとネタ山盛りなんですが、この辺にしときます。まぁ一般の学生は普通だと思うんですが。立命ってそんなとこです。

7 日本人は洗脳に弱い

(ネットから)

[危機には一体となる可能性]

 「反体制がファション」は青年期に特有な現象ですが、青年期を過ぎてもそれが抜け切れない人が日本人に少なくありません。何故でしょうか。色々な理由が考えられますが、最大の理由は「日本人は洗脳に弱い」からだと思います。何故洗脳に弱いのか、それは論理的思考より、感性を重視する国民性があるからだと思います。(どなたかが「日本人は神を信じるのではなく、感じる」と言っておられましたね)ですから、昔から朝日新聞を読み続ける人も少なくないし、歴史教科書(の偏向)は中学生がターゲットにされています。真紀子の嘘が見抜けないのも、真紀子が拍手喝采されるのも、日本人が洗脳に弱い証拠だと思います。しかし、洗脳に弱いということは、「反体制がファション」の根は物凄く浅い、ということを示唆しています。「感性を重視する国民性」は危機には一体となる可能性があることを示唆しています。北朝鮮に拉致された被害者の惨状が明らかになったり、北朝鮮の工作船により日本側に人命被害が出たりすれば、「反体制がファション」は一夜にして覆る可能性があります。

8 主婦や子供をターゲットにして

(ネットから)

 教員組合という,いわば「教育のプロの組織」が,自分達が公然と掲げている教育理念・方針等について質問されて,まともに答えることができず,しまいには掲示板そのものを閉鎖してしまう,というパターンがほとんどでした。たとえて言えば,将棋のプロ集団が片っ端から素人にいいようにやられて序盤で投了するところを立て続けに見せつけられたようなものです。あれを見て教組先生の正体見たりと感じた教員は私一人ではないでしょう。「荒らしてやろう」「潰してやろう」というような意図を感じたことはありませんでした。

 うちには一歳半の娘がいまして,体を動かしてエネルギーを発散させてやることに妻が毎日苦労しています。そんなときに見つけてきたのが,近所の公民館の一室を借りて行われるリトミック体操教室。子供は外出して運動もできて,親は小さい子供をもつ親同士知り合いになれて,とても助かると言っていました。ある日,その体操教室で妻が署名用紙をもらってきていました。

「有事法制に反対する請願書」

「有事法制は,アメリカの戦争に,日本が参加し,国民を総動員するためのものです。自衛隊や米軍の軍事行動を何よりも優先し,国民の土地や財産を取り上げ,戦争への協力を強制するものです。・・・」

取り扱い団体の欄を見ると,「新日本婦人の会」。他にも「新婦人しんぶん」とかが配布されていました。

この「新日本婦人の会」というのがどんな団体なのか私は知りません。しかし,「しんぶん」の一面に石坂啓のコメントを写真入りで載せているところなんかを見ても,また内容にざっと目を通しても,方向性は明らかです。去年の今ごろは「戦争賛美の教科書の採択に反対しましょう!」とか書いていたのではないかと思われます。

妻には「もう行かない方がいい」と言いましたが,妻は「体操教室自体は助かるので,これからも行く。

署名とかは,適当にあしらっておく」と言って,今も通い続けているようです。

全く世の中油断も隙もあったもんじゃないというか,主婦や子供をターゲットにして巧妙に左翼のネットワークが張り巡らされているみたいに感じたのでした。

[死ぬまで共産主義を貫いた腐臭漂う化け物]

新婦人の会といえば・・

昨年、101歳で亡くなった「櫛田ふき」の名は外せません。

この櫛田、亡くなる直前まで地元の杉並区でトークライブなるカルトショーを演じた妖怪ですが、

「日米ガイドラインに反対・・・・沈黙は共犯よ」

「憲法9条があるから半世紀も戦争しないで済んだ」

9条が改正されるのなら焼身自殺して反対する」

などとざれ言を垂れ流し、死ぬまで共産主義を貫いた腐臭漂う化け物であります。

この櫛田ふきという人物、ソ連の世界戦略の一環として展開された【国際民主婦人連盟】に呼応し、日本に「新婦人の会」の前身である『日本婦人団体連合会』を創った人物であり、バリバリの共産主義闘士であり、ソ連に渡った経歴さえあります。

そして多数のご婦人方を「母親大会」なるオブラートに包んだ名称の集会に結集させ、「政府を倒せ!」「共産主義万歳!」「東風は西風を圧している!これは中国の偉大な毛沢東の有名な言葉です!」

などと狂態じみた共産主義運動を吹聴し、参加者の度肝を抜いた経歴の持ち主なのです。

女だてらに権力闘争に明け暮れ、掴み合いまで演じた『日本婦人団体連合会』の櫛田が師と仰いでいたのは共産党の女ボス「平塚らいてう」ですが、この平塚、上記の【国際民主婦人連盟】なるわけの解らぬ団体の副議長を勤めています。

この団体は役員がスターリン平和賞受賞者や共産党員で占められており、朝鮮戦争の際には北朝鮮にまで出かけ、「米侵略群の残虐行為を非難する」とのパンフを作成し、一方的報道を世界中に垂れ流したいわく付きの団体なのです。

ちなみに「新婦人の会」が牛耳る「母親大会」なる気色の悪い化け物集団が一昨年(00年)に掲げたスローガンを紹介しておきましょう。

『私達は今でも、女、妻、母親という枠組みを押し付けられ、「私」がしぼむ生き方を強要されているのではないでしょうか。親、家、夫、組織に反発し、自分自身を生かそうとすればどれほどの障害があることか!』

以上、

どうでもいいですが、次にどこぞに不審船が現れたら誰でもいいですから共産主義者にヘリコプターに乗ってもらい、可能な限り接近して、憲法九条を朝鮮語で大音量で叫んでもらいましょう。感動してロケット砲の発射を止めてくれるかもしれません。九条を世界に広めるそうですから、まずお隣の朝鮮に・・どうぞ。腹を割って話し合えば誰でも分かり合えるそうですから手始めに町の暴力団の組長と話し合ってもらいましょう。無事、組が解散してくれたら共産主義者の神通力を信じてあげようではありませんか。

9 有本さんは「朝日新聞」の読者ではなかったかのか

(ネットから)

 今年、売れている本の一つに、古森義久・井沢元彦・稲垣武著『朝日新聞の大研究』があります。戦後の歴史を見直すための資料、ガイドとしても十分意味のある本です。しかし、今ここで触れたいのは、「まえがきにかえて」で、著者の一人、井沢元彦氏が、ロンドンに留学していた有本恵子さんが、なぜ八尾恵(よど号ハイジャック事件メンバーの元妻)の「甘言」にひっかかって、やすやすと北朝鮮に行ってしまったのかという問題を取り上げ、有本さんは「朝日新聞」の読者ではなかったかのかと推理されていることです。勿論、推理の域を出るものではありません。しかし、何を読んでいたのかということは、大きな問題だと思います。

 今回の5人の帰国者の中で、気になって仕方がないのが蓮池薫氏です。それには個人的な理由もあります。彼は私より10歳年下で、24年振りに帰国されたのですが、私は今の大学に定職を得て今年で24年目です。学生も、この24年間に随分変わってしまいました。私が就職した頃の学生は、しらけていた世代だったとは言っても、まだ、今とは違う、こだわりとまじめさが残っていたような気がします。蓮池氏は、中央大学の法学部に籍を置いていたそうで、5人の中では一番「インテリ」臭いのも一見して明らかです。その、学生蓮池氏が、なるほど有本さんとは違って、暴力的に拉致された訳ですが、どうして今の蓮池氏になったのか、それが私に気になることの一つです。

 兄の透氏を通じ伝わっていることとしては、『北朝鮮に到着してからは「招待所」に滞在。名所を見学したり映画を見たりして過ごしたが、同時に日本語や朝鮮語で日本の植民地支配に関する歴史を勉強した。北朝鮮での反日感情を知るうち、

「祖国統一」のため北朝鮮の活動に協力する気になったという。蓮池さんは植民地支配に関する勉強は「自発的に行った」』(「産経新聞10月23日)、とのこと。やや意味不明なところもありますが、これは恐らく、伝達の不十分さによるもので、言っていることは大体分かります。言われていること一つ一つを吟味すると、これは一種の洗脳だと簡単に片づけられないところがあります。彼は、どうみても簡単に信じ込まされるタイプではありません。彼が「勉強」を行う前にどういう状態にあったのかが重要なポイントになります。「朝日新聞」を読んでいた?それも可能性としてはあります。しかし、彼が大学に入ってまだ間もなかったことなどを考えると、彼が中学、高校でどういう歴史教育を受けていたのかということが、もっと大きな比重を占めるだろうと思います。「新しい歴史教科書をつくる会」の会員である私には、特にこのことが気になります。

 要するに、朝鮮併合に至る日本の近現代史について、日本の立場に軸足を置いた歴史教育をしっかりと受けて育っていたなら、彼が回顧して言っているようなことにはならなかったでしょう。

 勿論、私が学校で受けた歴史教育も大した違いはなかったはずです。その意味では私にも危ない時期があったとも言える訳です。が、私は学校で教える歴史はおかしいと思って、自分で勉強し直した訳です。しかし、蓮池氏はそういう時間を持てぬ内に拉致された訳です。因みに、今日の法曹界が概してサヨク的であるのはこのことと無縁ではありません。頭に余裕のある一部の秀才は別として、法曹界で身を立てることを志す学生は、大学に入ると、司法試験にできるだけ早く合格したい訳で、法律の勉強以外は殆どしません。歴史を勉強し直すことなど一生ないでしょう。

 学校できちんとした歴史教育をしてこなかったつけは、今、至るところに顔を出していますが、被拉致者の運命にまで影を落としていると思います。もっとも、それで命が助かった人もいるかもしれません。しかし、独裁国においては、生き死にの問題など、所詮、何が当てになるなどというものではありません。

10 左翼の人達を目覚めさせる効果

(ネットから)

○○さんは朝日新聞社の一女性記者です。日頃、(一寸、左翼的な)MLで活躍しているので、注目していましたら、最近、こんな書き込みがありました。北朝鮮の拉致事件はそうした(左翼に洗脳されているような)人達を目覚めさせる効果をもたらしつつあることに注目したいと思いました。

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○○です。私は、かなり衝撃をもって、「8人死亡」の発表を受け止めました。北朝鮮が拉致を認めることはないだろう、と思ってたし、死亡の数が多いのがやっぱり、驚きでした。同時に、それだけの死者が出ているのに、総連に配慮して、のんきに拉致被害者家族の口をふさいできた、私の属する会社のお仕事にも、なみなみならぬ疑いを抱きましたし、□□支局にいながら、有本恵子さんの両親の話を1行も書かなかった自分についても、職業人として失格である、と厳しく受け止めています。

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11 男女共同参画政策の偏見を糾弾

(ネットから)

先日、松山在住のかたから、広報誌に以下のコラムが掲載されているとの通報がありました。

以下引用

「子離れの季節に思う」

 妻は、長女が嫁いだ後、当時を思い浮かべて言いました。「長女が使っていたお茶碗を見るたびに涙があふれ、胸に詰まる思いでしたよ」「娘が幸せになれば、何よりだよ。いい日旅立ちだと受け止めて行かねばな・・・」「それに、親がいい加減に子離れしなくちゃ」 私は、とり繕うように分かりきったことを言う自分に気付いた。「オレもそうだったな」と、なぜ素直にいえないのだろう。「男らしさ」を誇示するつまらない人間であるような気がしてならない。娘が嫁いだ2年後、末っ子の次男が進学で県外の学校に行くことになった。夜のフェリーで出発するとき父親の見送りは、きっと息子が嫌がるにちがいないと考えた私は、玄関先で見送った。「行ってきます」「うん!頑張れよ」の簡単な会話だったことを思い出す。妻は、涙して送り出したことを覚えている。きっと薄情な父親だと感じたことだろう。だが子どものころから甘えん坊で頼り無い末っ子を案じる私の精いっぱいの思いやりだった。自分の考えを、思いを素直に表現できる豊かな感性の持ち主がうらやましく感じてならない。私は長い年月をかけてすり込まれ、凝り固まった性差(ジェンダー)の意識があるのだろう。きっと、子どもたちも「共に生きた」家族の旅たちを喜びそして寂しく思う立場になるのだろう。けれども若い世代の人々は、男だ女だとくだらない性差にとらわれることなく、喜びも悲しみも素直に受け止める豊かな心で暮らしてほしいものだ。

引用終わり

このコラムについて、私は、娘に対し男親として素直になれないひとを「「男らしさ」を誇示するつまらない人間」であると断じていること、「喜びも悲しみも素直に受け止める豊かな心」、つまりはそうした不器用さを持つ男性は「豊かな心」ではないと、公の広報誌として断じていることを問題に思い、電話にて抗議をさせていただきました。「私の父は私が結婚するとき、涙ひとつ見せませんでしたが、あとでひとりで泣いていたそうです。それをつまらない人間とおっしゃるのですか」

私は、男女共同参画政策というものは、こうした、「決め付け」が積み重なっていることを問題に思っています。それが「偏見」であり、「差別」であることを糾弾すること、そしてそれを同じように積み重ねてゆくことが、エスカレートしてゆく男女共同参画政策に歯止めをかけるひとつのちからになるものと思い、今回の抗議をさせていただきました。「偏見」がなくなれば、男女共同参画政策そのものに意味がなくなるとも考えています。ご参考までに、大阪近辺都市における男女共同参画政策における「偏見」を挙げさせていただきます。

「近代から今に至るまで、女性は当たり前のように家に在り「あるべき家族」「あるべき家庭」という実態の乏しい幻想に縛り付けられ、自分を殺すことによってその形を保ってきました」(堺市)

「性役割分業は、あてがわれた性役割以外をあきらめさせるシステムです」(茨木市)

「男尊女卑的な明治民法」(大阪市)

「DVは、女性差別の意識と、暴力を容認しがちな男性優位の社会のあり方が背景となって起こります」(大阪市)

いずれも、別の見方ができるものですが、公が、あえて断言しているので、私はこうした政策のありように抗議をさせていただいています。今回もそうした意味で抗議をさせていただきました。それに対し、松山市男女共同参画課から、「コラムの作者はもう使わない」「次回の広報に謝罪訂正文を掲載する」との返答をいただきました。このように、前向きな返答をいただいたことは初めてですので、どうか、様子だけでも見ておいていただけたら嬉しく思います。謝罪訂正文が掲載された広報誌を送って頂きたいとのことです。

今から夏が来るので、ますますお忙しくなられるものとは思いますし、愛媛は教科書問題でもとても大変な思いをしていらっしゃるものとも思います。そのようななか、このようなことまでも持ち込んで申し訳なく思いますが、どうか、このようなことがあることだけでも心に留めておいていただけたら、嬉しく思います。教科書問題、がんばってください。それではまた・・・

12 子どもに対する度を超えた支配権の行使

(ネットから)

 1年ほど前に出版された『カルトの子』(米本和広著、文芸春秋社)を昨日、読み終わりました。なぜこのMLに感想をアップするか、というと、「あとがき」にこうあったからです。

 「カルトの子が受けた『子どもに対する度を超えた支配権の行使』はあまりにも特殊である。会田慶介(注・エホバの証人の広報室代表)が語るように一般化できない。特定の価値観の植えつけにしろ、身体的、心理的虐待、あるいはネグレクトにしろ、度を超している。会田の先の反論(注「どこの家庭でも親が自分の価値観を教えているではありませんか」)に答えていえば、親が自分の価値観を子どもに伝え教えるのは自由であり、虐待でもなんでもない。広い意味でその家庭の文化を継承することでもある。しかし、親の価値観、たとえば日の丸、君が代に反対するという考えを子どもに教えるために週に何回か学習会に参加させたり、家庭で時間を決めて半ば強制的に聖書研究ならぬ日本史研究をさせる、あるいは子どもが読んでいる『日の丸・君が代』礼賛本を取り上げるのは「子どもに対する度を超えた支配権の行使」(虐待)となり、子どもの心を傷つける。自分の考えを伝え教えるのは自由と述べたが、不必要に罪悪感や恐怖感を与える教えは心理的虐待につながる」

 なぜか、ここで「日の丸君が代」反対が持ち出されている。別に私は、子どもに日本史研究などさせませんが、これ、事例として不適切だと思うのですよ。家庭で「反対」の価値観を補わないと、それこそ、学校による「心理的虐待」に屈してしまう。米本氏は、「カルトの子の実態調査と対策を文部省、厚生省(いずれも当時)に期待する」と書く。大筋、世間の人が肯首するでしょうが、文部省と厚生省は「カルト」じゃない、絶対中立的立場であるという保証はどこにもありません。

 こんなことを思うのは、私が今、国民学校で教育を受けた世代に集中的にインタビューをしているからかも。『カルトの子』に出てくる事例(脱会後もふと「サタン」に襲われると思う、教義の内容が実生活のはしばしで蘇る、実社会での生活能力を欠く、親への愛着が切れたまま)はそのまま、国民学校の子どもたちの体験と重なる。

 岩波新書『日本が「神の国」だった時代』を書いた作家の入江曜子さんは、いまだに「限りある身の力試さん」と唱えないと寝床から起きあがれない。あの時代の教科書に書かれた従軍看護婦のセリフだ。歴史のノンフィクションを書いているのに、天皇に敬語を使わないと何か悪いことをしたような、落ち着かない気持ちになる。街宣車の軍歌を聴くと、心の中でリズムをとってしまう。入江さんは「私たちの世代は親への愛着が切れている」とも指摘した。親は大正デモクラシーの風を受けた世代。学校は徹底して、「親の言うことより教師の言うことが絶対」と強調した、という。「実際の親より、天皇陛下、皇后陛下を親と思え」と教育を受けた。「だから、学童疎開にも耐えられた。親より大事なものがあったから」。

 ほかにも、「戦争には反対。私は国民学校には批判的」といいながら、「町中で中国語、韓国語で話している人を見かけるとわけもなく腹が立つ」といった男性。「石原慎太郎の発言は留飲が下がる」という女性。感性の中に、たった5年の国民学校教育が生きている。教科書の墨塗りでそれを克服したのではなかったか、と問う私に、ほぼ全員が「どこが問題だから、とわかって塗ったわけじゃない。先生が『1行目』といったら、何も考えなくても体がパッと一行目をぬるんだ。だから、克服なんてとんでもない」という。今、「地域や国が子育てをというスローガンを聞くと、ぞっとする。家庭の価値観を尊重してほしい。家庭の中まである価値観に塗り込めないで」と入江さんは言っていました。私も、そう思います。

 たしかに「神」という絶対的な規範を文化の中に持っていない(相対的にですが)日本では、親が「煮て食おうが焼いて食おうが俺の自由だ」と言った瞬間に、子どもの人権がふきとぶという危うさが存在しますが、それはそれ。むしろ、それを切り口に国家というカルトが、家庭の価値基準に介入することの怖さを考えた方がいいのでは、と思います。「世界」2月号で、「児童虐待防止にリスクアセスメントを」という記事と野田正彰氏の「させられる教育、途絶する教師」が並んで載っていたのは、この点で、岩波すらも(ちょっと持ち上げすぎかな)論調さだまらず、といった感を受けました。

13 ある傾きを持った知識

(ネットから)

> 特攻隊の精神を称えるというのは、タリバンの自爆テロを称えるのとたいして変わらないように思えるのは私だけだろうか。

 この学生の意見を読むと、この学生は特攻隊についての”ある傾きを持った知識”をすでに持ってビデオを見ていることが分かりますね。使う語彙がパターン化しています。『無謀な作戦』『暴走した国家』『マインドコントロールされた国民』『軍国主義』・・・けれんみもなく使っていて、自分の言葉に疑問を抱いている節が全く感じられません。戦後を主導してきた左翼言説そのままで、そんな言葉で割り切る荒っぽさに『果たして然るや』と立ち止まらせることがまず肝要かと思いました。

 人が他人の命令によって自分の”死”を強制されることの非日常性に耐えられないことは、平時においては人間の共通項でしょう。しかし、それから先に思慮の一歩を進めることができるか、できないか。これでこの学生の言う『本質』に辿り着けるか、そうでないかに別れます。この学生は非日常性にとても耐えられず、目をつぶることにより『本質を覆い隠して』逃げてしまいましたね。自分と同年齢の当時の若者が何故、特攻隊員として最終的には冷静であり得たか、それはきっとマインドコントロールしかないと考えて、そこで思考停止です。自ら『本質』を覆い隠していること に気付いていません。

 そこで思考停止すると必ず辿り着く陥穽が待ち受けています。この学生も言っていますが『特攻隊を称えるというのは、タリバンの自爆テロを称えるのとたいして変わらない』という結論ですね。立花隆はズバリこの手合いでした。小林よしのりも危うくこの陥穽の淵をすり抜けて通ろうとしていました。

 『統率の外道』と作戦創始者が自ら言明しているこの作戦がどのような経緯で組み立てられていったかのかという統率側の面と、特攻隊員はいかにして特攻隊員でありえたのかという決断と営為の個人の側面の両面から一歩を進めることがこの問題の本質に迫る基本でして、けっして軍国主義の横暴やマインドコントロールという単純さに持っていってはならないと思います。この学生さんには今一歩、歩を進める勇気を持っていただきたいものですね。

 ちなみに”勇気”の面であえて誤解を承知で感想を言いますが、今をときめく城山三郎氏は特攻隊員としては”弱かった”人でしょうね。行間に”後ろめたさ”が漂っています。弱かった分だけ戦後は特攻隊員の真実に迫るというもっともらしい『正義』に仮託して、弱かった自分を合理化しているのではないでしょうか。戦後よくおしゃべりする人にはこういうタイプもけっこう多いのです。だから、この人の特攻論はけっして権威づけされてはならないと思うのです。何かで工藤幸枝氏との対談を読んだ記憶がありますが、肝心のところで城山氏は言葉が鈍っていました。

14 「王様は裸だ」といった子供の言葉と同じ

(ネットから)

[鹿児島県議会、修学旅行先に南京虐殺記念館外す陳情採択]朝日新聞7月3日 

 鹿児島県議会は2日、中国を訪れる県立高校の修学旅行の訪問先から、南京市の南京大虐殺記念館を除くよう求めた陳情を賛成多数で採択した。陳情は鹿児島市の「新しい歴史教科書をつくる会」(村島定行会長)が提出していた。同会は、扶桑社から歴史、公民の教科書を出版した「新しい歴史教科書をつくる会」の県支部として99年に発足。県や鹿児島市に「適切な教科書の選定」を求めるなどの活動をしている。陳情は、記念館を「反日洗脳教育の牙城」と表現。訪問先の選定について「特定の教師集団の意向に迎合して決まっている」としたうえで、「公的資料の裏付けのないまま、大きく論が分かれ、教科書の記載についても、是正運動が全国的に起きている場所に、生徒を誘導するのは公教育への信頼を失墜させる」としている。県議会は定数54。現在在職している53人中、最大会派の自民が42人を占める。その他の会派は社民・県民会議が5人、公明2人、共産、自由連合、民主、無所属は各1人。採決では、社民・県民会議、共産などが反対した。陳情の採決をめぐって、県教委は県議会の委員会で「行き先や内容は、学校が生徒や保護者と決めており、特定の教師の意向で決まってはいない」と主張。「歴史的評価の分かれる施設はコース制にするなど配慮するよう指導している」と説明していた。記念館は南京大虐殺の資料や発掘した人骨などを展示した施設で、85年にオープンした。県教委によると、修学旅行で同館を訪問した県内の公立高校は99年度が9校。00年度は2校で、01年度は1校。今年度も1校が予定している。

 高嶋伸欣・琉球大学教授(社会科教育)の話 議会で陳情を採択するのは不自然。(南京大虐殺が)日中間で議論になっていることを高校生が知る機会を奪うものだ。結果として論争の一方の肩を持つことになり、大人の議論の中に子供を巻き込むことになった。教育関係者は採択に委縮せずにきちんと対応してほしい。(00:04)

[政治プロパガンダであるという事実が教えられていないのが原因]

> 注意して読むと聞き捨てにならないのが、高教組の部長さんの「政治が子供たちを縛る結果にならないか」と言っていることです。南京大屠殺記念館の展示自体が大きな政治プロパガンダであるという事実に無知なのか、知っていて故意に目をそらしているのか。中国は三十万人という数は国家が決めたことだから変更しないと言っているし、この記念館は中国国民党時代の負の遺産を象徴するモニュメントであることは最早常識になっているのだから、まさしく本質は『中国の政治』です。中国の政治に日本の子供を巻き込むな!さあ、鹿児島県高教組の部長さん、吐き出した自分のお言葉を飲み込むことが出来ますか?

学生にこのことを紹介した時の反応は、次のように意外なものでした。

 ・これらの記事を読んだ時、私は大人が子供たちの知識や真実を知ろうという気持ちを狭めているような気がしました。なぜこれが大人の判断だけで取りやめになるのか?生徒が記念館の訪問をやめたいというのならともかく、結局大人は事実を隠したがる、そういう性質は日本人独特なものなのでしょうか?隠すべきものと隠してはいけないもの。世の中にはいっぱいあると思うけど、歴史は消えるものではないのだから、隠さず真実を教えるべきだと思いました。

 ・日中間で議論になっていることはわざわざそこに行かないでもわかりますよね。結果として論争の一方の肩をもっているような気がします。しかし、少しその記念館を見てみたいとも思います。南京虐殺に対する中国の姿勢を直にはっきり見られるわけですから。

「南京大屠殺記念館の展示自体が大きな政治プロパガンダであるという事実」が教えられていないのが原因だと思います。

[県議会の決議はまことに勇気ある行為]

 修学旅行コースから記念館をはずすことを決議したということは「無知のまま見学して、鵜呑みにして帰って来る」ことの大きな弊害を防ごうということが採択の目的であり、精神ではないでしょうか。コースはずしという形式だけを強く印象づけられたのでしょうが、ご紹介の学生君の言うような”事実を大人が勝手に覆い隠す”などという感想は、わたしも意外なビーンボールを投げられたような感じがいたしましたが、さて”事実”とはどのような意味で使っているのでしょうか。

”事実”をめぐる甲論乙駁を含めてある程度予備知識を持った者が記念館を見るのは構わないと思います。どんなお化けが出てくるか見てやれという夏祭りの夜のお化け屋敷と同じでしょうから、楽しみでこそあれ無害です(笑)。しかし、甲論だけを学校で教えられて、それをさらに記念館で補強されて帰ってくるという状態が恒常化している現状のもとで、「乙駁もあるんだよ」という内包メッセージを発信したという面で県議会の決議は相当意味があると思いました。「あっ、王様は裸だ」といった子供の言葉と同じで、それは事実を隠すという行為とは全く逆のことで、昨今まことに勇気ある行為なんだということをこの学生君に分かってもらいたいのですが。このような議論から第一歩が始まり、いずれ「南京事件という規模の戦闘状態はあった」という事実と「国際政治プロパガンダの渦中で翻弄された日本の過去と現在の実像」に辿り着くものと信じます。

15 自虐のパレード

(ネットから)

[ソ連兵に強姦された多くの日本女性]

 では、社民党はこれをどのように認識するのか。旧満州国や朝鮮北部(ソ連軍が進駐して来た地区)に居住していて敗戦のドサクサでソ連兵に強姦された多くの日本女性の悲劇。腕時計を欲しがって略奪し、これに抵抗する日本人男性を虐殺し放題だったソ連兵の残虐。私の姉は、すんでのところで逃げることが出来たが天井裏に潜んで以後の難を逃れ貨物列車で南(米軍の統治地域)へ脱出した。最前線に投入されたソ連兵は凶悪犯罪のシベリア流刑囚が主体だったと後で知った。

[変わりに母親が犠牲に]

 私も叔父と従姉妹から聞きました。帰国したときは男のように髪はボーズ頭男の服装でしたのを覚えています。叔父はシベリア抑留され無事に帰国しましたが,すごい体験話を話してくれました。会社の先輩も話してくれました。ソ連軍に占領されてから自治会長の仕事を付けられたそうです。多少ロシア後が分かったから。毎日ソ連軍が来ては女を出せと言ってくる。鉄砲をつきつけられ,殺すと脅かされ娘を出すわけには行かず,変わりに母親が犠牲になったという話です。こうした話は,本になっているでしょうが,余り問題にされていません。恥部に触れることを避ける国民性もあるのでしょう。わが国も他国への加害もあったことでしょうが,平和条約を破って侵略してきた言われなきソ連軍の被害についても,声高く叫ぶ事が必要と思います。人民のための社会党はこうしたことはすでに終わったとでも思っているのではないでしょうか。

[強姦されているのをただ見るだけ]

 私の祖父の妹さんは、生前、満州で看護婦をしていました。ソ連兵が部屋に押し込んできては、銃剣を突きつけ、女、女、女をだせと狂ったように部屋の中を捜しまわったそうです。若い看護婦さんが一人いたそうで、咄嗟に床下に隠したそうですが、ソ連兵の餌食になった人もたくさんいたそうです。以前、俳優の芦田伸介(故人)さんがラジオで満州から引き上げるときの様子を話されていたのを記憶しておりますが、引き上げ列車の停車駅で日本女性がソ連兵に強姦されているのを列車の中からただ見るだけで誰も助けることが出来なかった無念さを述べておられました。ソ連兵や中国兵の残虐さにくらべれば、軍律厳しい日本軍人の悪さかげんなど数少ないものです。社民党が公党ならソ連兵、中国兵の残忍性も追求すべきである。

[ソ連軍がベルリンで9万人も]

 ドイツ人がまだ立派です。旧ソビエト軍が先の大戦の末期、占領地で働いた「暴虐」の数々を告発する動きは、占領の苦渋を味わったドイツで最近特に盛んですね。特に大戦末期に東プロイセン(現在のロシア領・カーリニングラード周辺地域)からの避難民を満載した「ビィルヘルム・グロース」号がソ連の潜水艦に撃沈され9000人もの人々が犠牲になったことや、ソ連軍がベルリンを占領したとき9万人もの女性をレイプし、市民やドイツ占領地域住人から大量の美術品や貴金属を略奪たことを告発する書籍が多数出版されています。この点ではドイツの方が日本より進んでいます。未だに自衛隊が違憲だとか寝言を言っている政党がいる国とは大違いです。

 ちょっと余談ですが、岩波出版の「早乙女某(いわずと知れた左翼作家)の母と子で見る世界」シリーズで『エルベのほとりで』と言うのがありますがソ連、アメリカの『エルベの出会い』をファシズムを倒したものとして賛美する内容で、アメリカ軍のドイツ兵捕虜への虐待や、ソ連がドイツ占領地域で繰広げた『残虐行為』などにはこれっぽちも触れていませんでした。これなぞ自虐を超えたレベルのものでは?

16 誇張・歪曲・脚色し、そして生み出された虚構

(ネットから)

[誇張・歪曲・脚色し、そして生み出された虚構:元軍人による、南京事件の証言]

 南京戦の時のTさんは、陸軍士官学校を出て間もない、若き騎兵将校でした。上海事変などを経て、日本軍は中国を早期に屈服させるべく、杭州湾に大軍を上陸させ、敵の首都・南京に迫りました。もちろん、この中にTさんはいました。ときは昭和十二年十二月、南京攻防戦の火蓋が切って落とされました。

 時間は夜でした。日本軍は南京市内にいる敵軍を粉砕すべく、市内に向かって猛烈な砲撃を始めました。ところが、しばらくすると信じられないことが起こりました。突然、城門が開き、大きな人間の塊が日本軍に向かってきたのです。日本軍の砲撃によってパニックした、敵の兵士や一般市民の大群です。何しろ夜間です、詳細なことまでわかりません。敵の反撃かと思った日本軍は、その群に向かって小銃や機関銃による弾雨を猛烈に浴びせました。まさに狙い撃ちで、バタバタと人々は倒れました。しかし、それでもパニックは収まらず、大群は日本軍の陣地になだれ込みました。それからは、大混乱の様相を呈し、敵味方入り乱れての収拾のつかない事態になりました。Tさんは、この大混乱で、少なくとも敵側に数千人の死亡者が出たのではないかと言っていました。もちろん中には一般市民も多数含まれていました。で、この混乱の最中、敵の上層部は、部下を見捨ててまんまと逃げ出すことに成功。軍規などまるでない、中国らしいといえばらしいことです。

 一夜開け、ようやく混乱が収まり、南京戦は終了しました。が、問題はこの後でした。戦闘が終われば、それで良いというものではありません。必ず、戦闘が終了した後、戦場処理をしなければならないからです。死体を片づけたり、瓦礫をどかすなどの作業です。しかし、この戦場処理の最中に、またまたとんでもないことが起こりました。

 一般市民に変装した兵士たちが、そこここに潜み、近づいてきた日本兵に襲いかかってきたのです。これをシナ事変用語で「便衣兵」と呼びますが、要するにゲリラのことです。このゲリラの襲撃により、少なからぬ損害を出した日本軍は、大規模なゲリラ掃討戦を決行します。ゲリラと思われた人間(例えば武器を所持している)を片っ端から捕らえ、即座に処刑しました(もちろん、勘違いで処刑された民間人もいると思えます)。その数は詳しくはわからないのですが、おそらく数千人規模ではなかったのではないかと、Tさんは語っていました。

 以上が、私がTさんから聞いた「南京事件」です。

 Tさんの証言を検証し、私なりに考えた結論はこうです。

 「南京における計画的虐殺はなかった。ただ、多少の手違いと、ゲリラの掃討があっただけです。もちろん、その死亡者数も三十万などという数ではなく、せいぜい数万人だった」

 Tさんの証言を正しいとするなら、日本軍の手違いによる民間人の死亡者は確かにいました。が、これは近代戦にはある程度つきものです。そこに民間人がいるからには、やむを得ません。それよりも、一般市民を退避させなかった中国軍の無責任さの方が重大なのではないかと、私には思えてなりません。さらに任務を放棄して、己の身かわいさに、真っ先に逃げ出す中国軍上層部は言語道断でしょう。

 そして、ゲリラ掃討戦。知っての通り、ゲリラは即刻処刑してもかまいません。というよりも、処刑するしかない、といった方が正しいでしょう。捕虜にはできませんし、かといって解き放すなどもってのほかです。

 ゲリラもそれを覚悟してやっているわけですから、言い訳は通用しません。

 それと、よく外国人の外交官や記者が、南京虐殺の証人のように出ていますが、おそらく彼らは「ゲリラの処刑=民間人の虐殺」と勘違いしたのではないでしょうか。ゲリラは民間人に化けているのですから無理はありません、傍目からはそう見えるでしょう。

 私の個人的見解として、アカが言っていることよりも、Tさんの証言の方が遙かに筋が通っているように思えます。考えるに「南京三十万人大虐殺」というものは、誤解が誤解を呼び、さらに日本を悪者に仕立て上げたいと思っている勢力が誇張・歪曲・脚色し、そして生み出された虚構なのではないでしょうか。みなさんは、どう思いますか?

[中国軍がもたらした大混乱によるもの]

日本将兵に対する取材本もいくつかあると思います。「仕組まれた”南京大虐殺”」(大井満著、展転社)などがそうです。

 T氏の証言は南京大虐殺の私の認識と一致しています。ただ、他にもいろいろ死者が発生する状況があります。

 ・日本軍は順次、長江の反対側から南京城郭の包囲を展開し、同時に城門内外の敵を攻撃しながら、城門の突破を目指している時、城郭の陥落を悟った南京守備軍の上層部が、反対の長江側城門から脱出し渡河して逃走したことから、残された将兵の大混乱が始まっています。このとき一部は長江側に逃れ渡河を目指すが、蒋介石らの正規軍(50万?)が守備軍をのこして渡河で退却した時、渡河用の船を多数徴用しており、数少なくなった船をめぐる奪い合いで守備軍同士の戦闘が多発し、渡船場の周辺で守備軍の死者が多数出ています。

 ・一方、城内に残された守備軍将兵は、軍服を脱ぎ捨てるために、民間人を殺し服を奪っています。だから日本軍が入城した時には、街に多数の死体があふれていました。

これらは日本軍とは関係のない死者だといえます。

 ・日本軍が数万に対し南京守備軍が10万程度と見られており、日本軍の正面を突破して逃げようとするものもあり、戦意を喪失している敵兵は戦闘後すぐに投降するのですが、数百の中隊に数千の投降兵が生まれた場合もあり、夜など、この投降兵が何かのきっかけで逃走をはじめ大混乱になって銃撃戦が起こったりもしています。(これはT氏の証言と符合していると思います。)

・それから、これは小林よしのりが戦争論2いっていたことですが、安全区国際委員会の委員長のラーベはシーメンスの南京駐在社員ですが彼の主な仕事は中国軍に対する武器販売でした。しかも、ナチス党員であり3国同盟前のドイツ人としては、黄色い日本軍にドイツの支援を受けた中国軍が負ける現実がどうしても許せなかったのではないでしょうか。「ラーベの日記」は自身で確かめることなく中国人(隠れ将兵、人民)の報告だけで書かれていますが、中国人の嘘を信じたい十分な心情的背景があったといえます。

 埋葬集計は4、5万といわれているがこれの大部分は、中国軍がもたらした大混乱によるもので、日本軍の意図的な大虐殺などとはとても考えられません。

17 洗脳された人から良心の声?

(ネットから)

[南京大虐殺の写真など、事実を知って私はとても怒りを]

先生、私は先生の授業ほど印象に残っている教科は他にありません。先生の授業は考えさせられることが多かったからです。ビデオを見せていただいたり、話を聞いたり。一番心に残っているのはやはり南京大虐殺です。すごく心にグッとくるものがありました。過去をなかったものとして消し去ろうとする日本人、果たしてそれは恥ずかしくないことなのだろうか。今考えても怒りは増すばかりです。私は前にも述べたように、悪いことを悪いこととして認めることが大切なことだと思います。

私は涙が止まらなかった。ただ恐いという感情でしかないかもしれません。しかし、戦争とは、人間の感情までも奪ってしまう恐ろしいものだと私は先生の授業を通してつくづく感じました。南京大虐殺の写真など、事実を知って私はとても怒りを覚えました。その怒りは、写真を見た時から何週間も経っていながら消えることはありません。私は"Reading"という英語を通してなぜ先生がこの事を教えるのか初めわかりませんでした。

また、「安重根は伊藤博文を撃っていない」という衝撃的な事実を知り、歴史的な説得力のある事実に基づいての見解に思わず納得させられた。南京大虐殺についてはいまだ政治家が否定的な意見を持っているが、被害者が切々と語る姿が痛々しい。誤った過去を認めることから日本という国が初めて世界の一国として意味を成すと思う。政治家は私たちの意見を否定したけど、私は自分たちのほうが正しいと胸をはっていえるし、その誤りを指摘するだけの根拠を持っている

  筑紫女学園短大英文科 真崎良幸

[自国を辱め悦に入る連中]

 この方々の「良心の声」とは 洗脳された人から良心の声が発せられるとは思いませんが、、、これは酷過ぎる、、こんな事が大学の教育現場で罷り通っているのだと再認識しました。自国を辱め悦に入る連中の「良心の声」は禍々しい呪文にしか聞えません。

[残虐なプロパガンダビデオを見せて思考停止]

 見てきました。ひどいもんですわ、おそらく授業か何かで今まで社会問題に関して全く考えたことがなかったような女子学生に残虐なプロパガンダビデオを見せて思考停止におとしめ、しっかりと洗脳している手口は、サヨク常套手段ですな。しかし、やらせの捏造ビデオだって見る方も気がつけよ。

[洗脳された学生達の今後の行動が恐ろしい]

 酷い学校ですね。こんな学校が今でも存在しているとは理解出来ないですね。国から私学助成金?をもらってこんな教育をしている。 学校と言うより政治結社ですね。普通なら直ぐ潰れるはずだが? 洗脳された学生達の今後の行動が恐ろしい

[駆除の結果を報告]

 貴重な情報ありがとうございます。地元の人間として放置できません。駆除の結果を報告できるよう全力を尽くします。

[密室で“良心”への洗脳教育]

 密室で“良心”への洗脳教育をやっているのはこれですね。日本中の小・中・高・大学の教室という密室で、オームのような確信犯が、いたいけな生徒達をこのように日々洗脳しているのでしょうねえ。何割くらいが洗脳されるのでしょうか。

18 われわれ自身も手を貸した虚構の産物

検証 旧日本軍の「悪行」ー歪められた歴史像を見直すー 田辺敏雄(自由社2003.1)

12章 メディアが誘導した危険水域

1 調査を通して得た結論

 ・調査をしながら思ったことは、わが国の近代史はこんないいかげんな事実関係の上に成り立ち、国民の贖罪意識が醸成されたのかという腹立たしさであった。最大の責任は、ごく一部を除く日本の報道機関にあり、次いでこれに追随した学者にあることは間違いない。p.347

 [常識(現実感覚)の欠如] 

 ・日本軍民の「悪行」ならば何でもいいとばかりに、あちこちに出かけていって、あり得ない、またありそうにない「被害者」「加害者」の話を丸呑みにし、「反省を、謝罪を」と報道する。それらが日本発となって世界に発信されていく。p.348

 [不公正]

 ・多くの戦友会や社友会などに連絡をとり、ときには会合に出席するなどして話を聞き、またあらたな証言者を尋ねて歩いた。この間、産経新聞以外のいかなる報道人とも出会わなかった。活字メディアが調べた痕跡はうかがえなかった。学者についても同じである。p.348

 ・また、悪行を告発する学者、研究者などの「研究成果」や「活動」について頻繁に報じるものの、それを否定する側、批判する側について産経新聞以外のマスメディアはまず取り上げないp.349

 ・日本の報道機関が関心を持つのは日本軍糾弾のネタであり、日本軍民の濡れ衣を晴らすことなど関心外なのである。p.349

 ・不祥事を現に起こしているし、非難されて仕方のない点もある。だが、鵜の目鷹の目で「悪行」のみを列挙すれば、世界中の軍隊が極悪非道な軍隊となり、先進国は例外なく残酷な民族になる。明治の日本軍を別にして、昭和の日本軍が他国の軍隊と比べて、軍紀のすぐれた軍隊とは思わないが、とくに悪い軍隊ではなく平均的な軍隊と判断しているだけである。p.350

 [不誠実]

 ・後日になって、報道が間違いと指摘されても訂正することはまずない。それどころか、指摘されていること自体を無視し、ただ頬被りする。従軍慰安婦報道で、吉田清治を追いかけて記事にしながら、虚偽証言と証明されても知らんふりで、訂正したとの話は聞かない。朝鮮人慰安婦の強制連行の確かな根拠は吉田証言によっていたのだから、報道界が当然の行動をとっていれば、国連にまで話が発展することは避けられたはずである。p.350

 ・東部ニューギニアの再三の朝日報道で、どれだけ関係者の名誉を傷つけたか記者たちは考えたこともあるまい。間違いを間違いと認める度量もなく、自らの手で再調査するだけの誠実さも持ち合わせていない。その新聞社が、国民に向かって反省、謝罪を臆面もなく要求する。p.350

 ・NHKの偏向はしばしば指摘されるが、NHKの偏向の特徴は、個々の放送内容の問題もあるが、「何を放送しなかったか」という点に問題があると思う。日本軍の悪行や欠陥となると熱心に取り組む反面、それらが疑わしく、冤罪ではないかという問題になると、まったく手を出さないことである。p.351

 ・中帰連についても、「良心的な団体」であるかのごとく好意的な報道に終始したし、彼らの偽証について報じることはなかった。p.351

2 こうした報道姿勢をつづける理由

(1) 「商売としての反体制」

 ・(岩波書店と朝日新聞に)重役は商売としての「反体制」と承知しているからいいが、下っぱが本気になってしまうのでご用心と、手を替え品を替え30年以上も前からコラムニストの山本夏彦は警告を発していた。その警告通りに事態は進み、「下っぱ」がすでに中堅、重役となっている。いうまでもなく、日本軍断罪は「反体制」報道の行き着いた先である。p.352

 ・左がかった記事の方が読者に受けるという方便がいつの間にやら絶対の正義と化した。つまり、後から入ってきた記者は、毎日毎日朝日の記事を読んで刷りこまされてしまう。そうするとだんだん方便が絶対の正義になってしまう。p.352

 ・かさぶたというものは自然にとれていくもの。しかし、日本の側でそれをすぐ引っ掻くからまた血が出る。それが教科書問題の騒ぎになる。いや、政府がやっているのではなく、お宅の国の一部のマスコミがそれをやっている。(韓国の首脳が森前総理に言った言葉)p.353

(2) マスメディアに読者が同調

 ・大成功の理由は、国民の側に受け入れる素地があったからだと思う。メディアの発信するこれら日本軍の旧悪暴露に、読者は首を振るどころかしだいに同調したから、報道に一層みがきがかかった。言葉を変えれば、メディアは読者のニーズにあった「商品」を提供し、やがてニーズそのものを支配し、他の商品(異論、異説)が細々としか生き残れないほどに市場を席巻した。p.354

 ・日本人は、自分を良識のある人間、いい人間だと周囲の人に見てもらいたいという欲求が他国の人より強いのだと思う。だから、目に見える形で直接の利害が生じる問題になれば現実的になるが、そうでないかぎり、良識的に見えそうな論になびいていく。旧悪暴露がメディアの良心的行為に見えるのである。また、論理的に物事を考えるより、情緒的に反応するので、事実を見失いやすい。p.355

 ・わが国のマスメディアが商売として成功している以上、姿勢の変化は当分期待できそうもない。p.356

3  沈黙で応じた当事者たち

[下は知らない、上は評論家]

 ・戦友会、社友会では、上の人は本を読むが、そうでない人はあまり読まない。だから、自分たちが渦中にいること自体、知る人が少ない。また話題になっても、自らが立ち上がり調査し反論しようとする例は少ない。評論すれども行動しないのが一般的な姿で、当事者という意識が希薄としか思えない。p.357

[行動する人は6~8人に1人か]

[調査する者が少なくて当然]

 ・「ある事実が存在しなかった」という証明は非常に難しい。存在したことの証明は点の証明ですむが、存在しなかったことは面の証明が必要になるからである。p.358

 ・非力な個人がマスコミを相手にして勝ち目はない。「真実は最後に勝つ」などというのは、しょせん書生論だと思う。p.358

4  終わりに

 ・日本人の安全は危険水域に入ったと思う。日本人自身が認めた残虐行為のツケは、「カネ」の問題にとどまらず、いずれ先鋭的な形で回ってくることだろう。日本人に対する危害や迫害が、どこかで起きても不思議はないと思う。p.359

 ・将来、この歴史像を変えようとする気運が起こったとき、ナチス同様、史上まれな残虐な民族という「過去の歴史」が眼前に立ちはだかり、これに反対する勢力が声高にこのことを利用するはずである。その時に、それはわが国のメディア、学者などとともに、われわれ自身も手を貸した虚構の産物だったことを知るうえで、本書が多少とも役立ってくれればと思う。p.359