正常な新聞に立ち返るのは何故難しいのか、元愛媛新聞社員の切々な訴え

市民のためのメディア・リテラシー公開講座

中学歴史教科書 愛媛では

 週刊愛媛経済レポート 論説主幹(元愛媛新聞記者) 林 定亨
 (時) 平成17年7月31日(日) (所) 愛媛大学
 (主催)愛媛大学メディア・リテラシー公開講座愛媛県実行委員会

 私はご紹介いただいたように愛媛新聞に経済担当記者として勤務し、10年前に定年になった。定年後この10年間いろいろなことをやったが、ひょんなことで愛媛経済レポートで仕事をすることになった。今年の一月から「中学歴史教科書 愛媛では」という記事を連載している。大体8月いっぱい連載するつもりで、掲載ずみの25回までを資料としてまとめた。「中学歴史教科書 愛媛では」ということについての内容はこの中に書いてある通りなので、後でお目通ししていただければ大変ありがたい。

ここ数年、愛媛新聞あるいはそれ以外の新聞の記事を読んでいて、自分が歴史教科書問題について報道するのなら、どこに焦点を当て、どういう書き方をするか、などといつも考えていた。というのは、愛媛新聞を含めていくつかの新聞の記事に本当に納得がいかなかったからだ。これが私の実感だ。そして私が見るところ、愛媛新聞がずっと左翼新聞であったというわけではない。が、ここ何年間か左傾化している。歴史観とか、あるいは教育のあり方、あるいは外交・防衛問題などで、全く意見が食い違う。顔を雑巾で逆なでされるような感じを持つことが私自身は多かった。

 であれば、どうするか。元は新聞記者の端くれである。年輪を重ねると、やはり自分の書きたいことを書きたい。そういうものを受けてくれるところは愛媛県内にはない。地元新聞は大変な部数を出しているが、私の意見とは食い違う。しかも私の出身母体はそこであると。まあ辛い話だ。夕方飲みに行く。知らない人、あるいは知人と適当に議論する。まあ、悪口ばっかり。あっちやこっちやの悪口を言うのが一番酒は美味い。それで悲憤慷慨して発散しても、煙草の煙と一緒に自分の意見まで消えてしまうのは残念無念だ。そして意見を公表せずにそのまま死んでしまうのかと思うと、よけい残念だ。

 私は愛媛新聞で一緒に仕事をしたメンバーに、「こういう考え方もあるんだ」と言って、私の考えを知ってもらうように努力すべきだと長い間思っていた。そのきっかけは、ブッシュ大統領が来日した平成14年の2月、愛媛新聞が非常に激しい紙面を作ったときだった。私はそのときの編集局長に長い手紙を書いた。「最近紙面作りで気になることが3回あった。それは議論してもいい材料じゃないか」「場合によっては反省すべきじゃないか」というふうなことを申し上げた。

 その第一点が、平成13年8月の歴史教科書の採択。ちょうど4年前になる。扶桑社の中学歴史教科書採択での社会面作りだ。参考に、見出しだけ見てもらうつもりで持ってきた。私が偏向していると思ったのは、左側の紙面で『友好を踏みにじる行為』とか『弱者を「突破口」としてひきょう』と書いている社会面だ。少なくともこれは内容については見出しではどこにも触れていない。内容が良いとか悪いとかいうことを一言も触れていない。『弱者を「突破口」としてひきょう』というのは、何の意味か見出しだけを見たのでは分からない。記事を読めば少しは分かるが、要するに、養護学校とかどこかを突破口にして愛媛県全体の中学校に広げるつもりだろうと、大変けしからんじゃないか、という意味合いが込められている。

 「これは新聞作りとしては論外であると僕は思う。中国や韓国に気兼ねしたのか、どうしたのか。一部の県立中学に採用を決めたことを口を極めて罵倒しているとしか思えない。これまでの歴史教科書の史観に私は問題ありと思っていたので、同教科書の市販本(扶桑社の教科書市販本)を千円払って発売初日に購入し、サワリのところを読んでみたが、別に大騒ぎする類のものじゃない。逆に中国や韓国の内政干渉の仕方、あるいは中国での教育の在り方に憤りを感じた」と。「新聞が問題にするのなら、むしろその点であろう」と書いた。

 それからその年の12月23日、北朝鮮の船が沈没した事件があった。その時は「北朝鮮の船」とは新聞は一切書かない。国籍不明の不審船だったわけだ。東シナ海奄美大島沖の「東シナ海不審船事件」が起きたというわけだ。このときも似たようなものだった。『不審船船体射撃沈没』。これは一面のトップである。「北朝鮮だろう」とも書いているし、特に問題はなかった。私が大変な問題だと思ったのは、「『追跡劇最悪の結末』と書いていることだった。この新聞はどこの国の新聞かと思った。ひょっとしたら我が国にテロ行為をするかもしれない不審船のことである。逃げられたら最悪であっても、沈んだことは最悪ではない。北朝鮮にとっては逃げ帰れば最高であろうが、沈んだことは最悪ではない。捕獲されれば最悪で、このケースは最悪の次ぐらいだろう。ということは、この日の愛媛新聞社会面は国籍不明の新聞じゃないか。しいて言えば北朝鮮の新聞である政府がやることは何がなんでも批判すればいいという見本みたいな紙面だと私は思った」と書いた。

 それでどうしたかというと、次に私は、信頼できる何人かにこの手紙を見せて状況を話した。すると愛媛新聞が「左翼偏向している」という批判的な意見を持っている人が、いるわ、いるわ、という感じだった。

 偏向の理由は――というと。1つ目は「組合が強すぎて紙面作りで振りまわされているじゃないのか」「編集に経営者の方針が反映されていない」「編集権を含む経営権の放棄だ」。

 2つ目は「会社全体が左傾化しているじゃないか」。

 3つ目は強烈である。「全共闘のメンバーがいるじゃないのか」と言う。どの意見も半分は当たっているが、半分は当たっていないような気がした。全共闘のメンバーがいるという証拠は私が在籍している頃はなかった。全共闘は昭和40年代の話。昭和42、3年頃からだ。東大の安田講堂が占拠されたり、岡本公三のテルアビブで銃の乱射事件があったり、最後は昭和47年(1972年)の浅間山荘事件。全共闘、三派全学連という言葉もあったが、あの事件で少なくともそんな勢力が表面からは消えたと見られていた。ところが「全共闘のメンバーがいるんじゃないか」と言われ、「そんな」と思った。大変強烈な見方だが、そういう疑いを持たれるということ自体大変な問題だと私は思ったわけだ。「いる」「いない」というよりも。

 4つ目の意見としては、「愛媛新聞には地元紙としての役割を任せておけない。もうひとつ地元紙がいる。意見を聞かせて欲しい」と。これはそれなりに信用力のある、それこそプロの経営者が言われた話だ。資金的にどうにかなる方だ。ただし私は松山あるいは愛媛県内で新聞を新たに興すという事業化の可能性は、まずゼロだと思っている。だからその可能性はないと。それだったら1ヶ月くらい毎晩私に奢って、あとは昼寝でもしていたほうがいいんじゃないのと、冗談半分に話もしたわけだ。どちらにしても地元紙が偏向していると思っている知識人とか経営者とか役人とか政治家の方が多いということは、大変問題だと私は感じた。

 では愛媛新聞の経営陣はどうなんだと。本当に経営陣が左翼偏向しているのかというと、経営層が共産党のシンパであるとか社民党の党員であるとかいうのは、まずゼロに近い。というのは取締役には昭和60年代から非常に優秀だが、左だという方が役員になって、そういう意味では左翼思想も若干経営層に関与していたかしれないが、少なくとも代表権を持ったことはない。それで紙面作りがかなり左翼的になるかといえば、いや、そうとも言えない。そこのところが面白いところだ。では、現在の常勤役員でいえば、どうなんだと。左翼の支持者か共産党員か、そんなメンバーは私の見るところでは、「いない」。では、なぜだと、なぜ最近の紙面が左翼偏向しているんだと、おかしいじゃないかと、林の説明は矛盾しているじゃないかと、言われるわけだ。

 となると先ほどの第3の理由で言った全共闘の話が、私は「いる」という証拠は持っていないが、疑惑としてはありうるという気がする。それともう1つは中間管理職の腕力がいまひとつだということ。この腕力というのはもちろん筋力ではない。こうと思ったらいつでも議論でかかって来いという気迫を含めた、そういう力がもうひとつ欠けているのではないか。どちらにしても全共闘のメンバーがいるかもしれないという疑惑は結局残るだろうという気はしている。

 それでもなぜだという疑問は残る。47、8年で消えたはずの全共闘がなぜいるかという疑惑。これはマスコミでも霞が関のシンクタンクでも東大でも愛媛大学でも、どこでも似たようなことだ。人文科学、社会科学の分野では親分子分の関係とまでは言わないが、たとえば愛媛新聞社でいえば徒弟教育である。マンツーマンの教育でやるわけだが、それ以外の知的集団でも似たようなことがあるかもしれない。 

 そうなると、本当に共産党も頼りにならないという意味での、新左翼の流れというのがどこかには残っている。私は内閣府に残っている痕跡は知っている。男女共同参画会議に大沢真理という東大の先生がいるが、この人は元全共闘のメンバーだ。ある評論家がはっきり書いている。内閣府は新左翼に占拠されかけていると、私ははっきり言えると思う。だからそういう可能性が、新聞という製品から見る限り「ない」とは断言できない。

 それでは愛媛新聞やマスコミの世界からちょっと離れて、現在なぜそういう新左翼的な勢力がまだ命脈を保っているのか。私はひょっとしたら、そんな勢力は強まるかもしれないと思っている。

なぜそうなのかということをマスコミの世界から離れて申し上げてみると、やはり経済の世界ではグローバリズム(グローバリゼーション)の全盛だ。国境を越えた資本主義である。それも日本、アメリカ、西ヨーロッパあたりの話だと思う。

しかし、そこから外れた世界では貧困、高い失業率、エイズの拡大等々に悩んでいる国もある。中国・インドは健闘していると思うが、全く縮まらない経済格差とか強権政治と腐敗とか、そういう諸々のことからくる将来への絶望感、そんなものがあっちこっちで広がっている時代だと思う。そうしたものを解決するためには共産主義があれば一番良かったのかもしれないが、共産主義は大失敗した。そして後進国には将来への絶望感が広がっている。エイズにどうやって罹らないようにするのか、餓死から免れるためにどうするのか、いろんな不満、不条理をどう解決するのか、というような状況がある。しかしそういう状況を思想とかイデオロギーとかいう面で解決できるかというと、アメリカが、欲望のかたまりに足をとられた資本主義の超大国である限り、解決はまず出来ない。 

 そういうところから反国家ネットワークとかいうのが生まれてきているのじゃないか。いろんな問題を地球規模で解決するイデオロギーが現在は存在していない。学者が怠慢なのか、答案を書いていないのか、どうなのか。その中で今申し上げた反国家ネットワークというのは、先ほどもちょっと触れたが、霞が関、大学、マスコミに深く根を張っていると解釈してほぼ間違いがない。

 たとえば2、3年前に、朝日新聞のOBとNHKの現職が手を組んだ『戦時性暴力の模擬裁判』で、昭和天皇に有罪だと判決を下したテレビ番組があった。そんな馬鹿な、ということがあった。朝日とNHKが手を組んだ。北朝鮮のメンバーも入っていた。では、なぜだ。今、NHKと保守政治家との距離が問題にされているが、それも問題だろう、確かに。予算の決定権は自民党が握っているわけだから。ただし、もっと問題なのは、そういうもう一皮めくったところの勢力が、NHKや朝日からも出てくる。どうしてもそういう状況になってしまう。そういう状況のほうが私は大変な問題だと思っている。

 さて、愛媛新聞の話に戻るが、愛媛新聞は左翼の地方紙のひとつだということで、大変に名を売っている。ある雑誌に北海道新聞と愛媛新聞が左翼新聞だといって、愛媛県のある先生が書いていたが、愛媛新聞について書かれた部分については全くそのとおりだと思う。ただ、朝日新聞のようにずっと左翼新聞を作ってきたわけではない。平成のかなり経ってからの左翼路線というのが大変に珍しいわけで、私は正常な新聞に立ち返る可能性というのは大変に難しいけれども、ないことはないと思っている。

ここ何年間か左傾化してきたことの理由が私は2つあると思う。1つは今申し上げた反国家ネットワーク。これに愛媛新聞のスタッフの一部が取り込まれているのではないかという疑惑を完全に払拭できない点だ。新聞の入社試験を受けようかという人間だから、「私は新左翼です」とか「私は連合赤軍です」とか言って、入社試験を受けに来る馬鹿はいない。まして本籍まで調査したら人権侵害とか言われる時代だから、思想調査というのはとんでもない話だ。潜りこむ可能性というのはいくらもある。そういうメンバーは学生時代から学生運動のリーダーにもなれる。弁舌も爽やか、頭も良い、そういう人間のほうが多いわけだ。試験に受かる可能性は大ありだ。愛媛新聞はほとんどの部分で普通だと思うが、外交とか防衛とかあるいは人権とか差別とか教育とか、保守的とか進歩的とかいう立場の差によって表現の差あるいは記事の方向の差がはっきり分かる問題になると、やはり左の方に向かう

 ただ、編集局内では誰が記事を書いたかというのは、原稿は署名入りなので――外部に出るときは署名なしの原稿はいくらもあるが――内部では誰が書いたかというのは100%分かる。だから誰がどうだというのは分かっているはずだ。しかし先ほど申し上げた入社試験と同じで、思想が右だとか左だとかで人事異動をやったら全くこれは大変な話になる。そういう意味では新左翼にテリトリーを侵略された新聞では、正常な新聞に立ち返るのは非常に難しいという要素はあると思う。だから経営陣がその点について今後どのように能力を発揮するかというのを、これからずっとウォッチしていかなければならないし、経営陣には頑張ってもらいたい部分だと思っている。

 少し見方を変えよう。新聞記者にとって最も大事なのは、権力の監視であるとか批判であるとか、そういうことだ。警察が間違っていれば、間違っていると書かねばならない。県庁が間違っていれば、同じだ。やはりここでの権力批判とか、人権や平和や平等、あるいは庶民の味方とか弱者の味方とか、あるいは民主主義自体を守ろうとか、そういうことは新聞記者にとって錦の御旗である。誰も批判が出来ない。しかしこれはどれひとつを取ってもイデオロギーなのだ。ほとんど異論のないイデオロギーだとみんな思っている。いや、むしろイデオロギーだと意識していない人のほうが多いのではないだろうか。しかし、そういう人権や民主主義万能の考え方に基づく紙面作りが100%正しいかというと、そうではないケースがありうる。そこまで突っ込んだものを、やはり編集局の幹部以上は持っていないといけない。だけどそういう考え方を持つことは大変難しい。では、なぜ難しいか。

たとえば今年の歴史教科書採択の問題を取り上げてみよう。現象面としては一部の左翼が反対する。訴訟まで起こす。県庁や市役所にも押しかけるし、外国の勢力も引きずり込む。それは県庁(県教委)や市役所(市教委)が、採択権という公権力を持っているからだ。そういう公権力を批判することが、新聞にとって一番正しい道と言えるかどうか。というのは、公権力というのは一般人と対立するものではなく、一般人を代表して行使されるものだからだ。ただ、マスコミ内部で言えば、身近な公権力批判は安易な道であるのは間違いない。その道を進んでいれば社内論議を制することもでき、反対論を抑え込めるからだ。

だが今度の教科書問題というのは、県教委が採択権を行使して教科書選びをしたこと(すなわち県教委の権力)がポイントというより、中学生に歴史を教えるのはどんな歴史観の教科書がいいかという、これまでの戦後教育の是非を巡っての歴史観や教育観を評価することの戦いであると、私はそういうふうに位置付けるほうが正しいと思う。

であれば、一愛媛県の権力を現象面で批判しても的外れになるだけであろう。仮に新左翼のメンバーがこの記事を書いたとすれば、それは意識的に的を外してそういう紙面作りをしてきた可能性もないとはいえない。新左翼にとっては、「県庁はひどいところだ」「弱者を踏みにじる」「悲しい」というような感情的な雰囲気を作ればいいわけだから、教科書論争の中心点からは外れていてもかまわないのだ。論争で勝ち目がなく、しかも世論の支持もない場合、相手陣営にそういう感情的なレッテルを張りつけ、論争の土俵には上がらず、その代わり手続き面に批判や抵抗を集中する――というのが、そういう連中の常套手段なのだ。

 たとえば今年になってからの状況を見てみよう。扶桑社が白表紙本を流したのは独禁法に反するといって提訴した。しかし4年前は自分たちが白表紙本を外国に流していた。そういうことには全く口をぬぐって、知らぬ顔の半兵衛である。あるいは知事が「扶桑社版がいい」と言ったのは、教育基本法10条に抵触するといって提訴した。これはいずれも内容で議論できないか、議論しても勝ち目がないからだ。愛媛新聞の場合、同じ手法で県教委批判の紙面作りに精を出したというところだ。

 逆の場合、というのは県教委を支持する立場に立つとなると、権力に与することになり、大組織の中ではよほどの歴史観と世界観を持っていなければ、目の前の部分の表面的な社内論争には負ける。言い替えると、安易に権力機構と妥協するのではなく、毅然として新聞記者の大枠を守りながら、左翼的ではない立場の新聞を作るということは、今の日本では至難の業なのだ。朝日のように、ボロが出てもボロが出ても左翼に固執する。私はその方がはるかに安易な道だと思う。

 もうひとつ言い替えると、若い記者にも説得力のある歴史観とか世界観を提示すること、それとともに「単なる目の前の権力批判」ではない新聞の位置付けがどんなに難しいか。経営層や中間管理職にとっては、社内世論に抵抗することになり、自らの足元を掬われかねない大冒険になる可能性があるわけだ。愛媛新聞が左傾化している現状には、そんな底流があると私は解釈している。

 2つ目の理由は、紙面作りに編集局のメンバーが甘やかされてきた結果だと思っている。 2、30年前の話になるが、昭和40年代後半から昭和60年代はじめにかけ、愛媛新聞は坪内寿夫氏が経営する「日刊新愛媛」の参入で手ひどくいじめられた。収入減の結果、ボーナスは減る、社員の採用は控えるといった散々な10数年を経験した。だから競争というのがどんなに厳しく、実質独占がどんなにありがたいか、その時の社員は身にしみて感じた。しかし今の愛媛新聞にはその当時の事情を知っている経験者は役員会のメンバーと部長、局長ぐらいまでで、今はもうがらっと変わっている。

 おそらく、年寄り組は「これではいかん」と思っている部分もあろうかと思うが、若い社員は理屈で分かっていても、経験していないことはなかなかぴんと来ないものだ。大方の社員は、実質独占の現状についての実感的な価値判断が出来ず、現状が当たり前、現状で何が悪い、と思っているだろう。左傾化についても、これがなんで左翼新聞なのだと思っているのかもしれない。

  ただし、何かきっかけがあれば、紙面の内容も変化する可能性はないことはない。私が予想できるきっかけというのは一つある。人口減少である。再来年以降、平成19年から人口減少が始まると言われている。これは世帯数の減少とは直結していないが、9年ぐらいのずれで平成28年ぐらいから世帯数まで減少していくという予測は出ている。今後新聞業界は部数の食い合いの中で優勝劣敗をかけた大戦争が起きる。しかも経営層は先取り先取りして手を打っていくから、あと4、5年後には大変な戦争が始まると私は見ている。そのとき愛媛新聞に現実から遊離した新聞作りを楽しむだけの暢気なゆとりがあるかどうか

 というのは、人口減少が始まる今、また、国内外のあらゆる紛争が増加していく情勢にある今、わずかの支持層を相手に自由、人権、平等、平和などを錦の御旗に、視野の狭い新聞作りをすることは、経営的に見るとますます許されない情勢となる。国内では行き過ぎた自由、教育の荒廃、少年の漂流、家族の分解など、左翼的な手法では解決できない――それどころか余計ひどくなる――問題がいくらでも押し寄せてくる。周辺外国からは、最高の国土日本を目指して、領土的あるいは人口的な圧力が激しくなって来る一方である。そのような時代に愛媛新聞が左翼新聞を作るだけの浮世離れした商売が出来るかどうか。変わらざるを得ないだろう。

 そんな状況を視野に入れながら、では経営的にどうするかということになる。今年の4月に経営陣が交替し、新しい社長が誕生した。今度の社長は度胸のある、明晰な知性の持ち主である。知性、力量とも地に足がついており、マスコミのリーダーの一人として、また組織や新聞そのものの変革者として実力を発揮するものと私は期待している。だから私はこの男がやれば、誰がやるよりも愛媛新聞は上手くいくと思っている。先ほど申し上げたように愛媛新聞の紙面はすぐには良くはならないと思うが、是非早め早めに手を打って、うまく良い新聞を作ってほしいものだと思っている。

 では、最後に少し理屈を申し上げる。あと4、50年くらいのスパンで見て、地球はどうなるのか。その中で今私が話したような歴史観との関係はどうなるんだということをひとことだけお話したい。あと50年後といえば、ちょうど若い方々が今の我々と同じ年代になるという、すぐそこに来るという話である。2050年には地球人口が90億から100億になると、予測されている。ただし、地球という入れ物自体に人間を養える能力がどれぐらいあるかという点では、科学技術の進歩を考えに入れても100億は到底無理であろうという見通しがあり、それは説得力がある。

 そうした見通しから地球文明の寿命ということを研究している科学者の方が出てきた。環境考古学の安田喜憲(やすだよしのり)国際日本文化センター教授と惑星物理学の松井孝典(まついたかふみ)東京大学大学院教授、このお2人の理学博士に私は注目している。このお2人は、研究したことを時々私が読んでも分かるくらいに噛み砕いて本にしている。それを手に入れて私も勉強させてもらっているが、深刻な思いに浸るのは、お二方とも理系の立場から地球文明の行く末に極めて悲観的な見通しを持っていることだ。

また、面白いのは、地球文明の寿命の限界を突破できるような新たな歴史観、新たな世界観を構築できるのは、歴史学者ではないと言っていることだ。自然科学者だと言っている。「自然とは何か」という点を離れ、人間だけにとらわれた認識では将来を見通した歴史観はあり得ないと。これは安田喜憲さんがはっきりそう言っている。なぜかと言えば、資源の限界、環境の限界、経済成長の限界、人口の爆発、そういう限界を無視した今までの哲学や制度の延長線上からは、新たな歴史観は誕生しないとはっきり言っている。だから2050年までに、そういう地球文明の滅亡の限界を突破できるような新たな考え方を学者としては答案を書かなければいけない。誰が書くのか。安田先生や松井先生は必死になっている。国からも予算を貰って必死になっている。

私が一番感銘を受けたのは、安田喜憲教授の『世界史の中の縄文文化』という本である。キーワードは「水」であり、「森」であると、そういう文明が地球を支配するのでなければ地球文明は滅亡だと、そう言っている。では、なぜ「水」であり「森」であるのか。日本の縄文文化がこれだと言うのだが、それ以外の文明・文化とどう違うのか。いろんな話が派生していっぱい出てくるのだが、時間の制約上それ以上は話せない。やはり学者としてはそのような問題が地球規模で表面の問題になる前に、今すぐサバイバルの処方箋を出すべきであろう。

では、なぜこれまでそういうことが出来なかったかというと、集団としての人間の欲望をコントロールする手法というのが全くなかったからだ。共産主義も含めて資本主義はもちろん、そういうものを制限し世界をコントロールするという手法がないわけだ。それをどのようにしてコントロールするかということが、これからの問題だと思う。そういう処方箋が書けなければ、民族や人種の生き残りをかけた大変な闘争の時代になるかもしれない。あるいは過酷な現実が目の前に出てきて、あたふたするだけで終わるのか。日本も、そういう国もあったのかということで終わるのか。若い方々にとっては今後どういう分野で仕事をしようかと考えたとき、この問題を解決してやろうじゃないかと言う人が今の大学生の千人に一人くらいは出てきてほしいという気がしている。

今日はどうもありがとうございました。