さて、何ゆえここまで七尾線にはまっているのか…ここで個人的な想いを…




私は、元々七尾線から能登に興味をもったわけではなく、逆に能登から七尾線に興味をもった経緯があります。ではそんな能登に魅せられている要因はいったいなんなんだろう…

一言で言えば、私にとって能登が
故郷だからです。

ぁ…誤解なきよう、私は根っからの関東人。出身も育ちもれっきとした関東です。。

ただ…私はこれまでに一度だけ命を亡くしかけた事があります。そんな生死の狭間の時間を過ごしたのが能登なのです。つまり…今ある命は、能登の地で育んだものであると言う事が出来るのです。

生きる事の素晴らしさと言うか、生きている、ともすればごく当たり前の事を今ごく当たり前に感じる事が出来るのは、当時能登で私を助けてくれた地元の人たちのおかげ。
(念の為言っておきますが…私は別に事件を起こした訳ではありませんので誤解しないで下さいね…汗)

自信をもって言えること。七尾線が大好きなのは、掘り起こせば能登に住む皆様のその魅力に魅了されたからなのだと思います。




他方で、私は学生時代から偶然にも同地方出身の友人が多く、これがまた素晴らしい人たちばかりでして、そんな友人達の存在が先の経験とあわさり、一気に能登への想いを深いものへと変えていきました。

そんな友人達…良く石川人は人がいいとか言われますが、確かにそんな感じの友人ばかりなのです。他方、石川県は閉鎖的だとか耳にしますけど、足しげく通う私からすればそんな事を感じた事はありません。むしろ好意的に受け入れてくれる人たちばかりではないかと。

私の中で、視覚的に能登を感じる物は確かにいくつかあります。黒瓦の家並み、かもめ橋になぎさドライブウェイ、昔から何かと不思議な縁がある羽咋高校の存在に国道249号線の存在…さらにあの当時の記憶を思い起こさせる日本海の光景に濃い緑の景色…どれも私にとって能登を語る上では確かに欠かせない存在なのですが、何より一番の「能登」はやっぱりその「土地の人々」の存在なのです。

友人を通じ、そしてあの当時の経験を通じ、さらに足しげく能登の地に足を運ぶうち、これらの存在が、そしてこれらの存在をきっかけにして起こった様々な日常が、能登への想いを知らず知らずのうちに不思議な魅力を持つものへと変えていきました。日常、能登を思うだけで不思議なパワーをもらう時もあります。つまりは…正に能登は私を育ててくれた、そしてくれている土地であると言う事が出来ます。

とにかく、日本広しと言えども、能登ほど私の中に存在感のある土地は他にはありません。

能登にはそんな想いが深く多数あり、さらにそんな地で地元の人たちの生活路線として存在している七尾線…これが趣味と合わさった結果、七尾線に対する今の特別な想いが生まれたのだと思います。

人間、肌にあう空気は人夫々。
私にとって、最も自然に馴染む空気。それは紛れもなく能登であると言う事が出来るでしょう。


無論、適度な距離感があるからこその想いなのでしょうけどね(^^;)ゝ
でも…能登は一度は暮らしてみたい土地である事も事実です。