10.March.2010

4年ぶりの日記になりましたが、
この世はやはり狂っていたままで、想像をしていた通り何も変わらないままに、
ただ無意味に時は流れていきました。
クソったれのこの世に価値観や自己の存在理由などは必要はないかも知れないけれど、人の人生には少しの色が欲しいものです。
“with candy”
たったそれだけでいいよ。

もう、争うのはよそう。



01.Sept.2006

ベトナム滞在最終日のためか、少しセンチメンタルになっています。
僕は他人に対して、どうしようもない嫌悪感を抱いていますが、
それでも、時折その中で垣間見える、
まるで神さまの落し物のような、微かに光る部分を愛しています。
それを見つけ出すには、果てしない砂丘の中から
綿毛を探し出すようなもので、
時々「もういいや、どうだって」とヘコタレルこともありますが、
さんざきらめく光景の中で、いつもどこかで追い求めている自分に気づきます。

きっと私たちには、安住の地はないのでしょう。
なぜなら僕たち人間は、たくさんの勘違いに気づきながらも、
自らの感情を他人の姿で誤魔化そうとしているからです。

神さまのご加護は、万人に与えられるものなのでしょうか。
人間にとって「哀しみ」とは、本当に不必要なものなのでしょうか。
その答えはもしかすると、
棺桶の裏ぶたに記されているのかも知れませんね。

今日は少し、センチメンタルな気分です。
エースコックのキャラクターも、
どこか少し悲しげに見えます。




08.Oct.2005

世界はこんなにも苦しんでいるのに
相変わらず神さまは、その姿を見せないでいる。




10.May.2005

ベスパに乗って青い空の下、過ぎていく景色を眺めながら
「お父さん…」とつぶやいてみる。
いっしょうけんめいに生きていこうと思った。




30.Apr.2005

尼崎の列車事故では、いろいろな憤りと痛切な思いを感じたけど
救助に駆けつけた民間の人たちの姿に少しの救いを感じた。
みなさん口を揃えて「震災の教訓が生きた」というけど、
それでもあの行動ぶりには感動した。

きっと僕はまだ、他人に対して誤解をしている。
僕たちは情け深い人々の中で生きている。
ニュースを見ていてそう思った。

国と企業は、人を粗末にする。
だからこそ僕たち民間人は寄り添い、
お互いを気に留めていく必要がある。
生きていこう。生きていこう。
無念のままに亡くなっていった人たちの分まで。



27.Aug.2004

どこかの国のオリンピック選手の競技シーン。
その鉄棒競技に対する審判の点数に、
観客が数分間ブーイングしている模様をテレビでやっていた。
そのことについて民放の女性アナウンサーが、
「あの観客たちは、どこまで競技について知っているのですかね」
と言っていたが、
「お前こそオリンピックについて、どこまで分ってるんや」
と思いました。
そんなことだったらオリンピックなんて、選手とルールを熟知している人たちだけが
ひっそりとどこかでやればいい。
あの世界規模のイベントを支えているのは、
「ルールなんて何だかわかんないけど、なんだかすごい」
と感じる一般の人たちだ。
本当の審判は私たち。
ふざけるな、バカアナウンサーめ。




26.July.2004

僕はたくさんのことについて
絶望しているが、
決して悲観的ではない。

ただ一切は過ぎていく。
それを真摯に受け止めながら、
せっせせっせと
天国への階段を作っている。
神さまとの約束。
それだけが唯一の希望だ。




06.July.2004


先日、初めて携帯電話を買った。
以前に持っていたのは、元同僚からもらった受信専用のPHS。
いつも公衆電話を探していた毎日だったけど、
それほど苦にならず毎日を過ごしていた。

まだこの世に、携帯電話がなかった時代。
駅の改札口に設置された伝言板に、
いろいろなドラマがあった時代。
あのころには、もう戻れないものだろうか。




22.June.2004

【神様の宝石でできた島】 MIYA&YAMI

ずっと幼かったころ、
「台風一過」は「台風一家」だと思ってた。
雨・風・河川氾濫・洪水・停電・土砂崩れ、等々。
それらをひっくるめて、ひとつの家族なのだと…。

アラクレ家族がもたらす被害は多大なものだけど、
これがなければ、この国は無かったようなもの。

日本列島はある分野の学者たちから、
「奇跡の島」と呼ばれている。
それを担う大部分の要素は、
台風とヒマラヤ山脈の存在がある。

そんな奇跡の島々を、大切にしないのは誰?
きっと、あの人たちと私たち。



18.June.2004

電車に乗って発車を待っていたとき、
ふと前の座席を見ると
コンビニおにぎりのゴミが捨てられていた。
誰も座らないだろうなあ、と思っていたら
今風の若者がやって来てその横に座り、
とても自然な感じでそのゴミを手中に握り締めた。
彼はそのまま、何事もなく発車を待っていた。
きっと、自分が降りる駅でゴミ箱に捨てるのであろう。

いいなあ、いいなあ。

だから僕は、生きているのが大好きなんだ。
生きていれば、きっといいことがある。
こんな素敵な光景が見られる。
映画館に行かなくても、ジンとくる物語は
日常の中にたくさんあるんだ。

ずっと昔、まだ若かったころ。
期待と落胆を繰り返し、この世のすべてに絶望して
『死』がとても身近だったころ。
そんな昔の僕に言いたいんだ。
「けっこういいこともあるよ」
そう、とても言いたいんだ。
「すべては、生きてこそだよ」




27.May.2004

スーパーで買った鉢植えのルッコラを、
さっそくスパゲティにして食べてみた。
摘みたてなのでメチャうまい!
あとは鉢を大きいのに代えて、庭先に吊るした。
たくさん育ったら、今度はサラダにしてみよう。
イタリアンパセリとミントは元気に育っているが、
長ねぎが元気がない。

はぁ〜。
なんとものんびりとした日記になってしまった。




14.May.2004

今年のゴールデンウィークは、久しぶりに岐阜に行った。
岐阜と長野には、山暮らし時代のたくさんの友だちがいる。
自分で増築した先輩の家を見て、
「いいなあ、いいなあ、オレもやりたいなあ」と思い、
新しく買った薪ストーブもとてもうらやましかった。

僕の夢は、半自給自足の生活。
いつの日か、必ず必ず実現しよう。
だから今はそのために、この街でがんばろう。

そうやって、いつも自分に言い聞かせている。




25.April.2004

「インテックス・フェスタ 2004」に開設するベトナム航空のブースで、
僕のスライドショーを流してもらうことになった。
とてもうれしいこと。
スライドショーはポジフィルムではなくて、
今まで撮った中の650枚の写真を収めたCDーRだ。
たくさんの人が見てくれるかなあ。



28.March.2004

いつの時代でも、若者は決まってヤリ玉に揚げられる。
悪い部分だけを取り上げられて、
まるでオトナの恥部を隠すためかのようにして
まだ幼い男女をとやかくまくしたてる。
僕は決して若者が好きではないが、
きっとほとんどの若者はたくましく誠実で、
本当は大きな夢を抱き、やさしい人ばかりなのだと感じている。
彼らのファッションや言葉、
そんなことだけをチンケなメディアが取り上げ、
ブンカブンカとうるさい蚊のようにして叫ぶものだから、
彼らの内面を見ようとする大人が少なくなっていく。

僕がまだ青年だったころ、
その悔しさと心の飢えだけがパワーとなっていた。
いや、この歳になってもそれは変わらないのかも知れない。

「若い」ということは「醜い」と、
昔と変わらず今でもそう思っている。
あの頃に戻りたいとは決して思わないが、
何か落し物をしているような気がしてならない。




16.March.2004

愛のカタチを考える。
たとえば、コンペイトウのようなもの。
彩りが綺麗だけど、ちょっと尖っていて
なんだか不透明だけど、その味は甘い。

聖書に記述されている好きなコトバ。
「その味は、口には甘いが腹には苦い」




03.March.2004

僕たちは
ちょっとだけがんばろう。

だって、
世界平和まで
あと少しじゃないか。




29.Feb.2004

僕が本当は偽善者で
まわりの人もみんな偽りで、
すべてのたくさんのことが
きっと嘘だったとしても、
僕はいたって平気だよ。

だって、
真意がどこにあったとしても
人はやさしい方がいいもの。




23.Feb.2004

ずっと壊れていたベスパを、やっと修理した。
スターターをちからいっぱいにキック、
一速にシフトして、アクセルを開ける。
クラッチをつないだら街に飛び出した。
その瞬間、数年前の思い出が
いっきに全身を駆け巡った。

楽しいことも、悲しいことも
いっぱいいっぱい
僕の痩せたカラダをぐるぐると。

僕はまだ生きている。
そう、きっとダイジョウブだ。




11.Feb.2004


とても懐かしく
と言って、今もまだ聴いているのだけど
フリッパーズ・ギターのDVDを見かけたので購入した。
僕にとっての名曲中の名曲、「SLIDE」。
この曲は聴くたびに、僕を不安定にさせ
所在ない心のくるぶしをくすぐる。
しかしその反面、
僕を確かな場所に連れてってくれるような
そんな位置にある、大切な曲。

心が痛い。
やるせない思い。魂のカサブタ。
打ち寄せるコトバと、不鮮明だったずっと昔の恋の結末。

心が痛い。あの夏のこと。
潮の香と、あなたの笑顔だけを真実として
ただそれだけを、ベールにしていたあの頃。
今も心か痛い。
ふたりのやさしさ故に、ふたりでいた寂しさが。
そしてなによりも、
今でも覚えているあなたの手のぬくみが痛い。

脳裏にはいつも、
あの日々のことがスライドようにして流れていく。
いつまでも僕だけをこの場所に置いたまま。

もう、僕を許してください。
お願いします。
僕を許してください。



29.Jan.2004

柏原市役所へ戸籍謄本をもらいに行き、
その足で、先祖の墓参りを済ませた。
ぶどう畑が連なる山を登り、
普門山 妙法寺に建立する仏舎利塔に手を合わせ、
住職さんのお話を聞く。

「あなたが何に苦しんでいるかはわからんが、
輪になりなさい。そう、限りなく『玉』のように。
きっとあなたは、それに悩んでいるのではないのかと…」

帰り道に、ひまわりの種を買った。
春になれば、玄関先に植えてみよう。
そして、ひまわりの種と夏の約束をしよう。
これ以上、今は悲しくならないように。




28.Jan.2004

お父さんが、死んでもうた。
血の海の中で逝ってもうた。
俺は親不孝ばっかりで、
最後まで、助けることがでけへんかった。

この思い、地獄や。




18.Jan.2004

雪がしんしん
ひとひらり ふたひらり

あなたの街ではどうですか。




12.Jan.2004

先日、仕事場の仲間たちと「ヤマグチカレー」を作ろうといって
アルバイトの女の子宅に集まった。
家には彼女のお兄さんがいて、
そのとき僕は、ある人によく似ているなあ、と思っていた。
話をしていると、すべてつじつまが合ってドンピシャリ。

なんと彼は、2001年のベトナムはハノイのホテルで、
同室だった人でした。
まさかこんなカタチで再会するとは…。
あの時は九州在住だったけど、現在は、大阪で医師をしているらしい。

ひゃあ〜、こんなこともあるのですね。





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